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赤崎真純の家に向かう間に、智秀は思った。


本当は、先生も赤崎さんの家には行きたくないのかもしれない。


あの仏頂面の担任教師があそこまで表情を崩したことが、どうしても解せない違和感を残していた。あのホッとしたような表情は、頼みを引き受けてもらえた安心とは別の、もっと大きな理由があったのではないか。そんなふうに考えていくと、自然と回答が出た。

忙しいからと言って赤崎真純の家に行くのを回避した理由は、ひょっとしたら宇垣智秀が抱いた感情と同じものだったのかもしれない。

考えてみれば当然だ。あれだけ赤崎真純はヒドイことをされていたのに、それにちっとも気づかないはずがない。


あの先生は、無視してるのか。

赤崎さんがいじめられてることを。


教師がそんなことでいいのか。

そんな憤りを一瞬覚えた。

が、すぐに冷静になって考えを改める。


僕も、同じだ。


教師も生徒もない。いじめを見て見ぬフリをしていることに、どちらも変わりはない。どっちが良い悪いの問題ではないのだ。


僕ももあの先生とやっていることは同じなんだ……。


宇垣智秀は、いけないと思っていても、周りが止めないし何も言わないので、それに追従している。

では、あの教師はなぜいじめを見なかったことにしているのか。面倒な事件に関わり合いたくないからだろうか。大人のメンツを保つために、クラスに問題があることを公にしたくないからか。


卑怯だな。

僕も、みんなも、先生も。


ため息が漏れた。

そこで、十字路にさしかかった。

「っと、ここを右か……」

ポケットから一枚の紙切れを取り出す。赤崎真純の家の場所が記された、手書きの地図だ。ついさっき担任から彼女の成績表と一緒に受け取ったものだった。

たしかに彼女の家は、智秀の下校の途上にあった。正確には、道を何本か入ったところだが。それでも、帰りに寄っていくことは充分できる。

車道と歩道を兼ねた、幅の狭いコンクリート道の両脇に家々が並んでいる。いつも大通りを歩いて学校を行き来している智秀にとっては、一度も立ち入ったことのない、まったく見知らぬ道だ。

地図を頼りに歩いていく。

しばらくすると、それらしき一軒家が見えてきた。


あれかな……。


地図で確認する。

間違いない。少し離れたところに見える、象牙色の一軒家が赤崎真純の自宅だ。

近づいて行って、門にかけられていた表札を見てみると、やはり『赤崎』と書いてあった。

赤崎真純の家は極一般的な二階建て。門のすぐ隣には、自動車一台分ほどのガレージがある。ガレージは空いていた。

門に視線を戻す。

表札の直下に、郵便受けがあった。

ここに、いま鞄の中に入っている彼女の成績表を入れておけば、目的は果たせる。

智秀は鞄から成績表を取り出そうとする。

けど、鞄の口を開けようとしたその手が、ふいに止まった。


いいのか?


心の中に、どうしても見過ごせないものがあった。それは疑問のようでもあり、非難のようでもあった。いいのか、と。心の中にあるそれは、宇垣智秀に問いかけていた。

赤崎真純の、あの女子グループに蹴られていた姿。

それをずっと遠巻きに見ている自分と周りのみんな。

それで、いいのか。


違う。

いいわけなんて、ない。


ここで彼女と会わずに、またいつもの平穏な日常に戻っていくこと。それを自分は良しとできるのか。

できない。

あの教師と同じように、赤崎真純と関わらずに過ごしていこうとすることは、いけない気がした。


嫌なもの、面倒なものは見ない。

そんなことをずっと続けていったら、ダメだ。


智秀は、鞄を開けようとしていたのをやめた。門をくぐり、家の敷地に入っていく。

彼女に会わないといけない。

会って、向き合わないといけない。

玄関のわきに備え付けられたインターホンに手を伸ばす。軽快なベルが鳴って、しばらくすると「はーい」と若い女性の声が応えた。

すぅっと、軽く息を吸った。

「赤崎……真純さんのクラスメートの者なんですけど……あの、お見舞いに来ました」


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