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そのさん

「はあ、はあ……ここまで来れば……大丈夫だろ……」

「なんで……赤いものにあんなに……はあ……執着なんだろ……?」

 久しぶりに全力疾走したために真島と竹中は揃って息を切らせていた。

「牛と同じで……単純……なんだろ……」

 乱れた呼吸とスーツを整えながら、真島は背後を確認した。こんなセリフをあの地獄耳に聞かれたら、間違いなく明日は筋肉痛だろう。

「それにしても……まさか部長の寿命が……残り一年だなんてね……」

 長い付き合いだったなあ、と竹中は人事のように呟いた。まあ人事なのだが、いざあと一年だと言われると感じるものがないでもない。

 もっとも、天使や死神の『死』というものは人間のそれとは違うのだが。

 ――ピピピ

「ん?」

 真島は急に鳴り出した『人がいつ死ぬのか数値で教えてくれるリモコン』の画面を見た。そこには名前と残り寿命が表示されていた。

「なあ、この辺りに寿命が短いやつがいるぞ」

「どれどれ……残り二週間か。あ、あの子じゃない?」

 竹中は目の前の住宅の一室で掃除をしている少年を指差した。何やらブツブツと文句のようなものを呟いているようだが、あいにく二人には聞こえない。

「竹中、ちょっと調べといて」

「りょーかい」

 もし万が一、死亡する本人以外に声をかけたら大変である。そのためにもまずは周辺環境の下調べは重要だった。

 竹中が住宅の中に消え、真島はもう一度『人がいつ死ぬのか数値で教えてくれるリモコン』を確認した。

 やはり死ぬのはあの少年のようだ。

 それと同時に、後ろからドカドカと下品な足音が聞こえてきた。かなり息が上がっているようで、その歩調はかなりばらばらだった。

 振り返るまでもなく、関本だった。

「はあ……はあ……お前ら……赤い彗星は……それに……俺の寿命……詳しく……」

「そんなことより部長、これを見てください」

「うん~?」

 自分の寿命のことをそんなこと呼ばわりされてイラッと表情を歪めたが、真島の真面目な雰囲気に関本は大人しく『人がいつ死ぬのか数値で教えてくれるリモコン』の画面を覗き込んだ。

「えー、早川一樹十八歳――残り寿命二週間?」

「ただいまー」

 と、早々に下調べを終えて帰ってきた竹中が合流した。

「愛ちゃん、あいつか?」

「はい。早川一樹は家族四人、父、母、妹と暮らしています。妹は父親を気持ち悪いと思っているようです」

「ま、いつの時代も娘はそんなもんだろ」

 余計な情報も入っていたが、これも竹中の情報収集能力の高さの結果と言えよう。

「……何とか別の話題に逸れたね」

「……ああ。いちいち質問されてたらかなわないからな」

『人がいつ死ぬのか数値で教えてくれるリモコン』を見ながら思考を巡らせていた関本の背後で、真島と竹中は声を潜めてブイサインを出し合っていた。

 それでも、関本には若干聞こえていたようだ。

「ん? 何か言ったか?」

「「いえ、何も」」

 キッパリと否定する二人。普段ならここからさらなる追求が襲来するのだが、今回の関本はすでに『仕事の顔』になっていた。

「そうか、じゃあ……残念だが伝えに行くぞ」

「「……はい」」

 他の同僚と比べ、真島と竹中は関本との付き合いは長い方だった。それでも、関本が死亡予定の宣告に向かうときのピリピリとした刃のような鋭い空気には、未だに慣れることができなかった。


「ゴ、ゴホン」

 突如聞こえた咳払いに振り向くと、スーツを着たビジネスマン風の見知らぬ男女が部屋にいた。

「うぁっ!? だ、誰ですか!? てか、どうやって……」

 一樹は降って湧いたように現れた三人組に警戒心を持って訊ねる。すると三人に内、背の高い男が代表して前に進み出た。

「どうも、我々はこういう者です」

 そして手渡された一枚の名刺。そこには簡単にこう書かれていた。

「……天国株式会社天使課ぁ? これってどういうことですか?」

「あなたを迎えに来ました」

「えっ?」

 背の高い女が静かにそう告げた。

 迎えに……? 一体何の話なんだ。一樹には何一つ分からない。

「信じられないかもしれないが、君は二週間後に死ぬんだ」

 そして一番堂々と真ん中に立っていた小柄な女がそう付け加える。

 一体何者なんだ、この三人は。

 それに今、何て言った?

 俺が死ぬ?

「はあ? いきなり部屋に来て一体何だよ。二週間後に俺が死ぬ? そんなバカなことがあるかよ」

「まだ時間はある。その間に遣り残したことをしてくれ」

 男は一樹を完全に無視して話を進める。それに一樹は若干の苛立ちと嘲笑を含めて吐き捨てた。

「……バカじゃねーの?」

 と言うか、さっさと不法侵入で通報するべきじゃないか?

 一樹がポケットの中に放り込んでいたケータイに手を伸ばそうとした。するとそんな変なタイミングで新聞を持った茂が暢気に訪ねてきた。

「一樹、すまんが九時からのこの映画を録画してくれないか?」

「うわ父さん、パンツ一丁で入ってくんなよ!」

 ああ、そう言えば風呂に入るとか言ってたっけ。そんな格好でうろつくから笑美にも毛嫌いされるってのがなぜ分からないのか……。

 そんなことより。

「あ、でも助かった!」

 一樹はビシッと三人組を指差した。

「何か変なやつらが……」

「何!? どこだ? 空手五段の父さんが叩きのめしてやる!」

 空手をやっていたとは初耳だ。

 素人臭い空手の構えを取り、茂はなぜかボクシングのフットワークで一樹の部屋に足を踏み入れた。そして一樹が指差した三人を……いや、その奥の壁に貼ってあるポスターを見て溜息をついた。

「……ってポスター相手にどうやって闘えって言うんだ」

 え?

「ハハハ、お前もいい冗談を言えるようになったな」

 は?

「ま、母さんには敵わないけどな! じゃ、これ録画しといてくれ」

「ちょっ、父さん!?」

 一樹は無理やり新聞を押し付け部屋を出て行ったパンツ一丁の中年親父の背中を呆然と見送った。

 え、何?

 一樹はまさに、人生最大の混乱の真っ只中に落とされた気分だった。

 父さんには見えていない……? どう言うことだ、見るからに怪しい三人組がそこにいるのに――俺にだけ見えてる? そう言えばもらった名刺に『天国』とか『天使』と書いてあったような……それにこいつら、俺が死ぬって……え、じゃあまさか……?

 ……本物?

「少しは信じてもらえましたか?」

「…………」

 女の優しい口調が一樹の心に触れる。

「悲しいのは分かる。他人よりも、少し早かっただけだ」

「……………………」

 男の凛とした口調が一樹の心に刺さる。

 まさか、本当に俺は――死ぬ?

 俺は死ぬのか?

 死ぬ?

 俺が、死ぬ?

「……なあ」

 一樹はゆっくりと三人を振り返った。

「俺は……本当に……死ぬのか……?」

「ああ」

 小柄な女の感情のこもっていない返事が、一樹の心をさらに抉った。

「……死んだら……どこに行くんだ……?」

「会社に入社してもらう」

「……へ?」

 思いがけない答えに一樹は素っ頓狂な声を上げてしまった。

「今、何て?」

 フフン、と小柄な女は一歩下がった。

「真島、愛ちゃん、説明してあげろ」

「はい、関本部長」

 真島と呼ばれた長身の男は、手にした鞄から資料のようなものを取り出して一樹に渡した。

 ピラッと捲ってみると何となく、ゲームの攻略本を彷彿させるイラストと図入りの説明書のようなものだった。

「それでは説明させて頂きます」

 そう前置きし、愛と呼ばれた女がボールペンで一樹の持つ資料を指した。

「皆さん人間が死亡して四十九日までに死後の世界に搬送されます。いわゆる成仏というやつですね。成仏した後、そこで天国株式会社か地獄株式会社に入社して頂きます」

「え? 会社……?」

「そうなんですよ」

 真島は大きく頷いた。

「人間の皆さんが想像している死後の世界とはだいぶ異なっているんですよ」

「はあ……で、入社してどうするんだ?」

「簡単に言いますと、再び人間に生まれ変わる準備をしてもらいます」

「初めは平社員として入社し、ある程度の実績を残して社長に認めてもらうと再び人間として生まれ変わることが出来るわけです。ああ、でも君はまだ高校生ですから、向こうであと半年、きちんと高校の課程を終えてからの入社となりますね。それと、望むなら大学進学もありますので」

 未成年の死亡者には最低限の一般教育が必要ですからね、と真島は付け加えた。

「なるほど……天国と地獄って、やっぱり違いがあるのか?」

「天国がいいに決まってるだろう!?」

 と、今まで黙って二人の説明を眺めていた小柄な女――関本が声を張り上げた。

「ぶ、部長……このことを訊かれたらきちんと答えろと社長命令が……」

「ちっ」

 隠すつもりのない悪態が関本の口から洩れた。

 何か気に障るような質問をしたのだろうか。

「……えー、大して違いはありません」

 愛が関本の方を窺いながら言いにくそうに答えた。

「天国は楽だとか、地獄が辛いとかはないですね。あれは昔の人間が勝手に想像したものなので」

「ああ、でも罪の意識が大きい人間には、地獄株式会社の死神が勧誘しに来やすい傾向はあるようだがな」

 ま、あくまで統計だから当てにならんが、と関本が苦虫を噛み潰したような表情で付け加えた。

「そう、なんだ……」

 一樹は呟き、もう一度手元の資料を眺めた。

 何度見ても妙に緊張感のないイラスト入りの資料だったが、その内容は腹立たしいことに酷く理解しやすく、かつ不自然なほどの説得力があった。

 一樹はもう一度訊ねる。いや、何度だって訊ねてやる。

「……俺は本当に死ぬのか?」

「残念ですが……」

「……くそっ」

 やはり変わらぬ答えに一樹は苛立ちを覚えた。

 一樹はベッドに荒々しく腰掛ける。ギシッと軋む音がしたがそんな些細なことは無視し、天井を仰いだ。

 俺はまだ、十八だ――病気も何もない、健康体だ。

 いや、ひょっとしたら事故で死ぬのか? それなら年齢なんて関係ない。

 やっぱり苦しいのかな……死ぬのって。

 はっ、そりゃそうだろ。文字通り、『死ぬほど』苦しいに決まっている。

「じゃあ、この紙に名前を書いてくれ」

「これは……?」

 関本が厳重に鍵のかけられたケースから一枚の書類を取り出す。そこには『天国株式会社入社同意書』と書かれている。

「文字通り、天国株式会社への入社同意書です」

「スカウトマンの天使や死神はこの同意書を集めることで昇進したりすることが出来るんですよ」

 あの世というのも、存外この世と大して変わらず大変らしい。

  一樹は渡された同意書を眺め、思案に耽った。

 俺がこれにサインすればきっと、死ぬことは確実になるのだろう。それはつまり自分の死を受け入れると言うことになる。

 そんな覚悟、俺にあるのか? 彼女は出来たばかりで、まだちゃんと分かり合っていない。家族との大切な時間もまだまだ足りていない。

 大切な人の笑顔を、もっと見ていたい……!

「……まだ書けない」

 一樹は同意書をつき返した。関本はそれに目を剥いて驚いた。

「もう少し……時間をくれ」

「オイお前っ!? 地獄の方に入るつもりか!?」

 何を勘違いしたのか、関本は一樹に食って掛かろうとした。だがそれを真島と愛は一瞬で取り押さえ、苦笑いと作り笑いを浮かべて関本を引きずった。

「で、ではまた伺います!」

 そう言い残し、三人はまるで霧のように姿を消した。

 ああ、やっぱり本物だったのか。一樹は掃除の途中だった部屋を呆然と見渡す。

 さっきまでのことは夢だったかのように、結構好き放題やっていた三人の痕跡はどこにもない。

 本当に夢だったら、と思った。自分の死を宣告されるなんて、趣味が悪いにも程があるが。

 だが一樹の手の中には、『天国株式会社天使課』の文字が並ぶ名刺があった。

 はあと溜息をつき、おもむろにケータイを取り出し、着信履歴を開く。

 つい数十分前に電話で話した相手に、再び電話をかける。

 彼女は、ワンコールと置かずに出てくれた。

 はあ、何て俺は幸せだったんだ。

「……もしもし真央? ちょっと……大事な話があるんだ……」

 一樹は電話越しの彼女に、静かに口を開く。

 どうせ信じてもらえない――下手をすればフラれるような話題だ。だが構うものか。

 少なくとも一樹には自分の死に向き合う、それくらいの勇気があった。


 ちなみに全くどうでもいい話だが、茂に頼まれた映画の予約はすっかり忘れていた。

 それが発端で一樹VS茂と、なぜか茜を巻き込んだ壮大な親子喧嘩に発展するのだった。ちなみにその間、笑美はそれを暢気に傍観していた。

 全くもって、どうでもいい話であった。



 ボフッとベッドに腰掛け、亜季は枕を抱き寄せた。すでに夕食も入浴も済ませ、本来ならば勉強を始めているべき時間である。

 いや、クラスメートの面々はきっとしているのだろう。だが亜季にはそんな気は全くと言ってもいいほど起きない。

「一体何なの!?」

 亜季は枕を壁に叩き付けた。思ったより強く投げてしまったようで派手な音を立て床にずり落ちた。その時の衝撃で天井の蛍光灯の笠が細かく揺れる。

「お兄ちゃんの時は何にも言わなかったのに私だけ……」

 成績優秀、品行方正、運動神経抜群、ついでに容姿端麗――これほど否の打ち所のない兄がいてコンプレックスを抱かない弟妹がいたら亜季は是非とも会ってみたい。

 冬斗はよく小学生だった亜季の勉強を見てくれた。冬斗の教え方はとても分かりやすく、その時の亜季の成績はかなり良い方だった。両親はそれが誇りだったし、亜季自身も褒められることはとても嬉しかった。

 だが冬斗が高校に入学し、勉強と部活で忙しくなってくると亜季の勉強に付き合う時間も減り、大学に進学すると冬斗は家を出て、そんな時間は全くなくなった。

 そこからの亜季の成績の下がりようは自分でも信じられなかった。

 まずは初めから苦手意識があった英語の授業についていけなくなり、数学の公式が覚えられなくなり、古文単語を忘れるようになった。

 言い訳はしない。明らかな勉強不足だった。

 だがあえて言い訳をするならば――冬斗の教え方が上手すぎたのだ。英語の分からない構文は甘やかさない程度にヒントをくれ、数学は予備校教師も知らないような裏技を教えてくれたし、古典は面白いウンチクも披露してくれた。

 だが亜季を教える教師たちには、それがない。

 はあ、と亜季は溜息をついた。

 あたしって兄離れできてないなのかな、やっぱり。

 ……………………。

「あーもうっ! 何かもう勉強する気なんておきない! こんなことなら就職選んでれば良かったよ」

 こうなったら不貞寝だと言わんばかりにそのままベッドに横になり、すぐに枕がないことを思い出した。

 メンド臭い……。

 枕を拾いにいくのも、点けっぱなしの電気を消すのも、何もかもが面倒で――煩わしいだけだ。

 もう……どうでもいいや……。

 そのままなし崩し的に眠りの世界に引き込まれそうだった亜季を、コンコンと控えめなノックが押し留めた。

「亜季……? お母さんだけど……」

 亜季は眉間にシワが出来ているのを感じた。誰も見ていないので嫌悪感を隠す必要もない。

 返事をしないでいると、夏美はドア越しに話しかけてきた。

「……今日は言いすぎたわ。冬斗と亜季は違うって分かってるつもりなんだけど、亜季のことを考えるとどうもキツイ言い方になっちゃって……」

 それがどうした。分かっていてやっているのなら、分かっていて直せないのなら、それほど性質が悪いものはない。

 ちょうど、亜季自身のように。

 眉間のシワを深く刻んだままベッドにうつ伏せになる。亜季の無言をどう捉えたのか、夏美はさらに控えめな口調で続ける。

「おにぎり置いておくから、良かったら食べてね?」

 ガチャリとドアがほんの少し開き、その隙間からお盆に乗った三角形のおにぎりとお茶が差し出された。まだ湯気が上がっている。

 しばらくしてトタトタとスリッパで階段を下りる音が遠ざかり、再び無音が亜季の周囲を支配した。

「何よ、お母さんなんて……! それに謝る気もないくせに!」

 チラッと夜食として出されたおにぎりを見る。

 ホカホカと湯気が昇るおにぎりは、米粒が潰れないよう優しく握られている。恐らく中の具は、亜季の好きな濃い味の塩鮭だろう。小学校の運動会ではよくこのおにぎりが出され、亜季は嬉しそうに頬張っていた。

「……で、でも、あたし今ダイエット中だしっ……夜食とか、論外だしっ……そもそもあんなやつが作ったおにぎりなんて食べる気も起きないしっ」

 ――ぐう

 誰だ今、体は正直だな、何て思った奴はっ。

 もう一度おにぎりをチラ見する。

 相変わらず、美味しそうに温かな湯気を湛えている。

「……このままにしとくと夏場だし……腐っちゃうかな? い、いや……誰があんなやつが作ったおにぎりなんて……!」

 ――ぐう

「くそっ……ぜ、絶対食べないんだからね……!」

 心と体の背反の中で、亜季は必死で戦っていた。

 そんな時、部屋の外から何やら物音が聞こえた。

『あー、あー、うん、よし……』

「…………?」

 拡声器だろうか。ノイズの混じった男の声が部屋に侵入してくる。

『えー、お前はすでに包囲されているー』

「な、何!?」

 普通ならここで不審者が不法侵入したとして、亜季はすぐさまケータイから一一〇番通報するなりするべきだったのだろうが、幸か不幸か亜季の思考のほとんどがおにぎりに持っていかれていた。

「うるさいな静かにしてよ……こっちは大切な戦いの最中だってのに……!」

 かまわず拡声器は続ける。

『小林夏美四十二歳、だなー? 地獄からー、残念なお知らせがあるー』

「……あたし、亜季なんだけど……まあ、言わせとけばいっか……」

『大人しくー、出て来なさいー』

「…………」

『閻魔社長の礼状もー、ここにあるー』

「……………………」

『お前は今からー、一週間後に死亡するー。残りの時間をー、有意義に過ごすようにー』

「……あんまりふざけたこと言ってると警察呼ぶわよ?」

 流石にもう無視できるとか、そういうレベルではなかった。

 ドアを蹴破らんばかりの勢いで開け放ち、拡声器の主を恐ろしく不機嫌な表情で見据える。

 部屋の前で突っ立っていたのは、見るからに冴えない、疲れたサラリーマン風の男だった。よれよれスーツ、ボサボサの髪。猫背、眠そうな目、疲れた表情と、万年平社員の同い年の上司にこっぴどく怒られていそうな雰囲気を、これでもか、と醸し出している。

「あ、あれ……?」

 男は、登場した亜季の姿を見て動揺した。

 二、三度目を擦り、改めて亜季のつま先から頭の先まで眺め、そして手にしていたケータイ状の物を確認し、もう一度亜季の顔を凝視した。

「「……………………」」

 沈黙が続く中、男の表情がどんどん青くなっていく。その理由は分からないが、亜季はただジッと不機嫌そうに怪しい男を睨み付けていた。

「あー、えーっと……」

 恐る恐る、男は口を開いた。

「もしかして……小林夏美……じゃない?」

「夏美はお母さん! あたしは娘の亜季!!」

「え……マジで? ちょっ……ヤバ! 今の……聞いてた?」

「『お前はすでに包囲されている。小林夏美四十二歳だな? 地獄から残念なお知らせがある。大人しく出て来なさい。閻魔社長の礼状もここにある。お前は今から一週間後に死亡する。残りの時間を有意義に過ごすように』……バッチリ聞いてたわよ!」

 スラスラと男のセリフを暗唱し、男に剣呑な視線をぶつける。

 途端に男はムンクの叫びのようにやつれ、その場に倒れこんだ。

「俺……とうとうクビ……?」

 何をわけの分からんことを……!

 亜季はビシッと男に人差し指を突き指した。

「ちょっと正座」

「は、はい……」

 素直に従う怪しい男。その疲れた表情はさらに濃くなっていた。

「まず、あんたは誰なの?」

「えっと……地獄株式会社死神課の高鬼亮という者です」

 ゴソゴソとシワだらけの財布から名刺を取り出し、男――高鬼は亜季に差し出した。

「地獄株式会社死神課? 何コレ、ふざけないでよ。マジで警察呼ぶよ?」

「ふざけてるつもりはないんだけどな……あ、おにぎり食べていい?」

「……別にいいけど」

 ツンとそっぽを向き、亜季はあごでおにぎりを指した。

「サンキュー! 実は腹ペコでさあ……モグモグ……で、俺のことなんだけど……モグモグ……俺、いわゆる死神ってやつでさ……モグモグ……君のお母さんを迎えに来たんだよ……ふう、ご馳走様」

「え? あんたバカ? 死神ってのはドクロの顔に黒いフードと鎌を持ってるもんよ。あんたみたいにさえないサラリーマンみたいな格好してないって」

「……やれやれ……何かだいぶ誤解してるね。テレビや漫画の見すぎ」

 呆れたように首を振る高鬼。なぜか亜季はそのリアクションに無性に腹が立った。この、自称死神がヘボそうな窓際社員みたいな格好をしているからだろうか。

「今時そんな怪しい格好してても流行んないって。まあ観光課のやつらはたまに着てるみたいだけどね」

「ふーん」

「……『信じろって言われても無理』って顔してるな。でも考えてみてよ」

 ピンと高鬼は指を刺した。

「どうやって誰にも気付かれずにこの家に入って、しかも気付かれずに大騒ぎしてるのか、とか。それにおにぎりを一瞬で全部平らげたとか」

「あっ! 何全部食べてんのよバカ!」

 お盆の上にあったおにぎりは跡形もなく米粒一つ残さず消えていた。ご丁寧にお茶まですっかり飲み干されている。

 だが高鬼は済ました顔で悪びれる様子がない。

「絶対食べないんじゃなかったの?」

 一体いつから聞いていたんだ。

「くっ……まあ確かに、どうやって……?」

 高鬼の言うとおり、彼は誰にも気付かれずに不法侵入を果たし、大騒ぎし、あろうことか亜季の夜食を平らげてくれた。

 ヘヘッと高鬼は笑った。

「コレがこうでコレなもんで」

 まともに説明する気はないようである。

「はあ……まあ別にいいわよ。てかお母さん迎えに来たって言ってたけど……何? お母さん死ぬの?」

「……言い辛いけどね」

 高鬼はなぜか自分自身のことのように――済まなそうな、哀しそうな表情を浮かべた。

「……あと一週間しか生きられないんだ……」

「やったっ♪」

「えっ……?」

 キョトンと高鬼は間抜けな声を上げる。そして訝しげに亜季の顔を覗き込んだ。

「普通、泣くとかするんじゃないの? 君のお母さんだよ?」

「あんなやつ……死んじゃえばいいのよ」

「そ、そんな言い方しなくたって……」

「あたしのことなんてお構いなし、優秀なお兄ちゃんのことしか興味ないやつなんて、死んで当然よ!」

 言い放ち、亜季はベッドに腰掛ける。

 その間、高鬼は終始複雑な視線を亜季に送っていたが、すぐにハアと溜息を洩らす。

「まあ、個人のことだから口出ししないけど……あの、このこと内緒にしてもらえます?」

「……何でよ」

「あー……間違えたことがばれると、俺クビになるんだわ」

「そりゃ大変ねー」

 そう言えば地獄『株式会社』って言ってたっけ。

「てことは死後の世界って会社なの?」

「まあそんな感じだけど……あの、内緒に……」

「入社届けみたいなのもあるんだ?」

「そりゃ、まあ……それより」

「今ある?」

「……ある、けど……ほら」

 ゴソゴソと手持ちのアタッシュケースのふたを開け、中から一枚の書類を取り出す。それを亜季は高鬼が抵抗する間もなく一瞬で奪い取り眺める。

「あ」

「『地獄株式会社入社同意書』……ふーん、これが」

「よ、汚したり破ったりしないでくれよ? それ、俺の昇進がかかってるんだから!」

「大丈夫よ」

 ふむ、どうせなら……。

 亜季がメチャクチャ邪悪そうな笑みを浮かべると、高鬼は一瞬で青くなった。

「よし、これはあたしが預かっておこう!」

「ちょっとぉっ!? か、返してくれよ!」

「うーん……」

 それにしても今夜は暑いなー、と棒読みで呟く。

「あー、なんかアイスが食べたいなー」

「はい?」

「あたし、ハーゲンダッツしか食べないんだよねー」

「は、はい……あのぅ……お金は……?」

「え、なーに?」

「分かりましたよ……トホホ……」

 ゆっくりと立ち上がり、ボロボロの財布の中身を確認する高鬼の背中からは哀愁が漂っていた。

「高鬼君」

「今度は何でしょうっ」

 ピッとドアの外を指差す。

「ダッシュ」

「い、イエス、マム!」

 ダカダカと下品な足音を立てながら廊下を駆け抜ける高鬼。そんな喧しい足音に誰も反応しないところを見るに、本当に彼は亜季にしか見えていないし、聞こえていないようだった。

 高鬼の足音が遠ざかり、亜季はベッドに横になった。

 お母さんが――死ぬ。

 あと一週間で。

 たったの、一週間後に、死ぬ。

 亜季は自分でも気付かないうちに、唇を噛み締めていた。

 そして震えるような声で、独り言を搾り出す。

「……あんなやつ……死んで当然よ……」

 この場に、亜季と誰か仲のよいクラスメートか新田、もしくは夏美、もしくは高鬼がいたら――それは負け惜しみのように聞こえただろう。


 まるで女王様のような態度の少女に使いっ走りにされた高鬼は息をこれでもかと言うくらいに切らせて部屋に戻ってきた。

 もう酒、やめようかな……。

「は、はい……はあ、はあ……おまっ、お待たせしまし、た……」

「あら早かったじゃない。お疲れ様」

「はあ、はあ……」

 そして亜季は、震える腕でアイスの入ったビニル袋を差し出した高鬼を、やはり女王様のような堂々とした態度で高鬼を迎え入れた。もう完全にお互いの立場は決定してしまったようだ。

「……ちょっと」

 据わった視線をぶつける亜季。対してビクッと震える高鬼。

「な、何でしょう……?」

「これ、ハーゲンダッツじゃないよね」

「いや……そ、それが……そこのコンビニにちょっとなくって……」

「隣町のコンビニにはあるかもよ?」

「はいぃっ!?」

 また走るのおっ!? と高鬼はゾッとした。

 そこのコンビニと言っても、軽く五百メートルは全力疾走した。中年と言われる歳になり、長らく運動とは縁のない生活を送ってきた高鬼には、一キロダッシュは辛過ぎる。

 だが女王様はクスリと怪しく笑い、アイスを取り出した。そしてふたを開けると使い捨てのスプーンでアイスを掬った。

「冗談よ」

「お、脅かさないでよ」

「ゴメンゴメン」

 笑いながらアイスを口にする亜季。つめた~い、と嬉しそうに笑う少女を見て、高鬼は何となく何も言えなくなった。

「はあ……じゃあ俺、一回帰るよ」

「え?」

「いや、まだ事務処理とか残ってるし……それに今なら向こうに帰るための水鏡もまだ開いてるしね」

「そうなんだ……」

 亜季はアイスのカップを膝の上に置き、高鬼を見る。

 自覚はないのか、その瞳には薄っすらと意地で覆われた悲しみが浮かんでいた。

 強がっても、やっぱり子供は子供か。

 高鬼は無言で亜季を見る。

「……また、来るの?」

 どこか寂しげな口調だった。きっと彼女自身に自覚はないのだろう。高鬼は気付かない振りをして感情を込めずに返した。

「ん、まあね。お母さんを迎えに来ないといけないし……死ぬ前に、お母さんと仲直りしときなよ? 親は誰だって子供のことが心配なんだから」

「……考えとくよ」

 そうか、と高鬼は安心した。

 一応、考えておいてはくれるのか。

「あと、次来たときはその同意書、返してくれよ?」

「ソレも考えとく」

「はあ……じゃあね。あ、それと亜季ちゃん」

 高鬼は部屋を出ようとした足を止め、亜季に向き直る。

「何よ」

「せっかく可愛いんだから、ちゃんと笑いなよ」

「……ばーか」

 亜季は苦笑いを浮かべ、アイスを頬張った。

 オッサンに言われても嬉しくないっつーの、と顔に書いてある。

「じゃ」

 今度こそ高鬼は部屋を去り、スウッと壁の向こうに消えていった。



 すでに豆電球しか点いていない蛍光灯が照らす薄暗い廊下を歩く一人の女性がいた。きっちりとシワのないスーツに身を包み、それほどヒールの高くない上品な靴をコツコツと鳴らしながら歩くその姿はまさに秀才といった風情が整っている。

 さらにその容貌は若々しく、実年齢を聞いたらまず全員が目を向く。

 書類を抱え、久しぶりに戻ってきたオフィスのドアに手をかけた青鬼(あおき)京香(きょうか)は、中の電気がついているのに気づいた。

 腕時計を確認すると十一時を回っている。この時間まで残業している人がいるとは珍しい。

 いや……よく考えたら珍しくもないか。

「高鬼君?」

「ん? あれ、青鬼じゃん」

 青鬼は入社以来――いや、高校以来の友人に声をかけた。

「どうしたのこんな時間に」

「いや~、今日は久々に人間界に行ってきてさ。帰ってきたらもうこんな時間になってて。事務処理が全くの手付かずで」

「人間界って……高鬼君、まだノルマ終わってなかったの?」

「恥ずかしながら」

「もう、高鬼君はいつまで経っても高鬼君よね」

 高鬼は苦笑いを浮かべながらペンを置き、ボキボキと関節を鳴らしながら伸びをした。相当疲労が溜まっているのか、その音は青鬼の耳にまで届いた。

「で、どうだったの?」

「うん?」

 余分なものが一切置かれていない自分の机に着き、青鬼は高鬼に訊ねた。

「ノルマ、達成できそう?」

「あ……え~と……」

 目を泳がせる高鬼。青鬼は長い付き合いから、こういう時の高鬼は何かを誤魔化そうとしていると知っている。

「まさか一人も見つからなかったとか……?」

「そ、そんなことわないよっ」

 本当かしら、と青鬼は目を細める。あからさまに棒読みになった高鬼の言うことは限りなく怪しい。

「や……ホントに見つけたんだって。でもその人が結構頭が固くてさ……」

「そうなんだ。大変ね」

 青鬼は立ち上がり、壁際の棚からインスタントコーヒーのビンを取り出す。そして自分と高鬼の分のカップにコーヒーとお湯を淹れる。

「はい」

「お、サンキュー」

 ズズッと美味しそうに砂糖レスで飲む高鬼。それを見て青鬼はアレ、と思った。

「高鬼君、甘党じゃなかったっけ?」

「ん、ああ……最近少し太ってきてさー。ちょっと気を付けようかなって……今日久々に走ってショックだったし……」

「え? 走ったの?」

 ずいぶん大変なスカウトだったらしい。

「と言うか高鬼君、すごくオジサン臭いよその発言」

「そう言われましても、年齢的には十分オジサンだと思うんだけど……」

「あら、そう言うことなら同い年の私はオバサンになるんだけど?」

「う~ん、青鬼はオバサンと言うより姐さんだよねー」

 褒められているのか、貶されているのか……素直に喜べないなあ。

 青鬼は苦笑いを浮かべただけで、無言で自分の仕事に向き直る。最近は死神課よりも秘書課の仕事がメインになってきてしまっているが、青鬼の所属はあくまで死神課だ。高鬼ほどではないが、細々とした雑務が残っている。

 しばらくは青鬼、高鬼ともスラスラとペンを走らせていたのだが、ふと高鬼が声を上げた。

「オバサンと言えば、今日関本と会ったよ」

「失礼な単語から誰を連想させてるのよ高鬼君は!」


『ぶえっくしゅーんっ』

『うわっ、部長ツバ飛ばさないでくださいよ!』

『悪い悪い……何かすごっくムカつくクシャミが出たな……』


「はあ……それで関本さん、どうしてた?」

「ん~、相変わらず部下に弄ばれてたなー」

「……関本さんも相変わらず大変そうね」

 高鬼と同じく、高校時代からの友人である関本静香。やはり社が違うのでここ最近はすっかり疎遠になってしまっていた。入社したての時は青鬼と高鬼、関本の三人組でよく呑みに行っていたものだ。

「もうすっかり昔の話みたいになっちゃたわねー」

「んー、そう言えばそうだな。最近は顔合わせることもなかったしな」

 向こうは部長、こっちは平社員だしなー、と高鬼は自嘲気味に笑った。

「そんでさ、試作品だってコレ貰ったんだ。いやー、ビックリしたな。こんな装置が開発されてたなんて」

「え……高鬼君知らなかったの?」

「うん」

 高鬼がスーツのポケットから取り出したのは、正式名が無駄に長いため地獄株式会社では単にリモコンと呼ばれている装置。どうやら天国株式会社の新製品らしく、かなり小型化されている。

「関本に『これを知らない天使はいない』って言われちゃったよ。やっぱ常識だった?」

「まあ人間界で言う携帯電話みたいなものだから、知らないっていうのはさすがに常識がないって言わざるをえないけど……高鬼君、本当に知らなかったの?」

 と言うか覚えてないの?

「え、何か言った?」

「……ううん……覚えてないならそれでいいんだけど……でも高鬼君がノルマ達成できてなかった理由が分かった気がするわ」

「あはは……」

 乾いた笑い声を上げる高鬼。その時の妙に愛嬌がある目元は高校時代のままだ。高鬼は案外、自分で思っているほど歳はとっていない、と青鬼は思った。

「それじゃ、ノルマ達成目前の高鬼君にご褒美です」

「ん?」

 なぜそんなことを思いついたのかは自分でも分からないが、青鬼は何だか嬉しかった。たぶんきっと、関本の話題と高鬼の笑顔がそうさせたのだろう。

「高鬼君がノルマを達成したら、関本さんも呼んで久しぶりに呑みに行こう? きっと楽しいよ?」

「お、いいねっ! 何? 青鬼の奢り?」

「そんなわけないでしょっ。高鬼君も関本さんもかなりのウワバミじゃない!」

 そんなことをされたらきっと一晩で財布が空になる。

 いやー最近は酒も抑えてるんだけどね、と高鬼は笑った。そう言えば最近、高鬼が二日酔いで遅刻すると言うことは減ったと聞いている。それを思い出し、青鬼も笑った。

「それじゃあ私はこれで。電気と戸締りよろしくね」

「おー、お疲れー」

「お疲れ様」

 仕上がった書類をファイルに綴じ、青鬼は手を振ってオフィスを出ようとした。だが、ちょうどドアノブに手をかけたところで高鬼に呼び止められた。

「そー言えば青鬼―」

「何?」

「十代後半の女子って、やっぱり親に反感を持つもんなのかな?」

 いきなり何を言い出すかと思えば。青鬼はドアに寄りかかって高鬼のほうを見る。

 高鬼の顔は、真剣そのものだった。人間界で何かあったのだろうか。

 そこはやはり付き合いが長い青鬼だった。詳しいことはあえて追求せずに、質問にだけ答える。

「どうだろう。私達ってそういう記憶(おもいで)って、こっちに来る時に消されるから覚えてないけど……うん、私も結構反抗してた気がするな」

 でもね、と続ける。

「そういう時たいていの場合、反抗はポーズなんだよね。親にもっと自分のことを知ってもらいたいから、あえて反抗的な態度を取るんだよ。それで親は親で、やっぱり大人だからそんなことをしても無駄だ、って決め付けちゃうのよ。自分も昔は子供だったから、経験からね。それでどんどん溝が深まっちゃうんだけど……まあ短期間で出来ちゃう溝だから、埋めるのはキッカケとコツさえあればわりとあっけなく埋まるんだけどね」

 そのキッカケというのがまた難しいんだけどね、と青鬼は締めくくった。

「キッカケ?」

「うん。子供の考えに親が理解を示したり、親の優しさに子供が触れたり、とかね。まあそんなに上手くいかなくて、一生わだかまりを残す親子を知らないわけじゃないけどね」

 死神として、たくさんの人達を見てきた。その中に、そんな悲しい親子がいなかったわけではないのだ。

 きっと高鬼も、そんな親子に遭遇したのだろう。

 ウンウンと神妙な面持ちで頷いていた高鬼はニッコリと笑って顔を上げた。

「そうなんだ……うん、ありがとう青鬼」

「どう致しまして」

「それともう一ついい?」

「何かな?」

 青鬼は首を傾げる。

 高鬼が先ほど以上に真剣な表情を浮かべたからだ。

 一体何だろう……?

「観光課からテレビ出演のオファーが来たってホント?」

 ゴンッと派手な音を立ててドアに後頭部をぶつけた。かなり痛い。

「……大丈夫?」

「だ、大丈夫だけど……もう、高鬼君はどこからそんな情報を仕入れてくるのよっ」

 四十にもなってテレビ出演なんて、恥かしいから誰にも話さなかったのに!

「人の口に戸は立てられぬ、ってね。まあ俺たち死神だけど」

「そんな暇があるなら真面目に仕事しなさいっ」

「オンエアいつ? チャンネルどこ? あ、地獄放送だから十三かな?」

「絶対教えませんっ! じゃあねっ」

 青鬼は顔を真っ赤にしてドアを開け放ち、さっさとオフィスを後にした。

 ドアを閉めるときに少し振り向くと、高鬼が笑顔で手を振っているのが見えた。

 まったく、敵わないなあ……高校の時から全く変わってないじゃない。

 青鬼はつくづくそう思った。

 本当、勝てる気がしないよ、高鬼君には。



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