涙雨
幼さが足りないかも;;
……ぁ、降ってきた。
と思った時には遅かった。
今日の朝は寝坊して、天気予報なんて見てなかったんだ。傘なんて持ってない。
仕方がないのでパーカのフードを頭にかぶって、私はちょっとだけ早歩きして門を出る。
─────こんな時に、家が遠いってヤなんだ、もう。
ちょっとだけ拗ねながら歩いていくと、公園でベンチに座っているおじさんを見つけた。
おじさんも、雨宿りかな。じゃあ私も一緒に。
おじさんの隣に座って、ランドセルはひざに乗せた。教科書が重いけど、大丈夫。
「君も、雨宿りしてるの?」
おじさんから声を掛けてくれたのが嬉しくて、私はうなずく。
「……雨って、どこから来るのか知ってる?」
雨?空から?だけど、空のどこかな。お姉ちゃんは、雲とか水蒸気とか言ってた気がするけど……違うっけ。
考えてしゃべらなかったら分からないと思われたみたいで、おじさんは続ける。
「雨ってね、神様が悲しい時に降るんだよ」
「悲しい時……じゃあ、神様が泣いてるのが雨なの?」
神様でも、泣くんだ。ずっと、生きてる人を見て笑ってるんだと思ってた。
「そう、涙。……だんだん、きつくなってきたね。神様はもっと悲しくなってきたんだ」
なんでだろう、なんで泣いてるんだろう。
「私、泣きやませてくるよ。このままだと、可哀そう」
私は雨────涙の中に走り出た。
しばらく走って、どこに行けば神様のところへ行けるのか、何も知らないことに気付いた。
警察の人に聞いてみる?ダメ、迷子だと思われちゃう。
誰かに聞いても、きっとお家どこ、なんて聞きかえされるだけ。
もっと走ると、歩道橋が見えた。階段だ、上に行けるかな。そう思って、一段飛ばしで階段も上っていく。
階段が終わっても、下に見えるのは車だけだった。
道、間違えた。そう思って降りようとすると、もう少し先にまた階段があった。今度の階段は光っている。
きっとこれだ、とこの階段も走って上った。それでも階段は終わらない。私はだんだん疲れてきて、いつも学校に行くのと同じくらいの速さで歩いて上ることにした。
ずっと、終わりがないんじゃないかというくらい上っていくと、女の子が1人で泣いているのを見つけた。
階段が終わった、すぐそばに。
「どうしたの?そんなとこで泣いてたら、落ちるよ」
あんなに階段は長かったのに、ここから落ちたりしたら大変。
女の子は振り返って、驚いたような顔になった。
「あなたこそ、どうしたの。死んじゃったの?それなら場所が違うよ。あっちに行かないと」
死んじゃった?じゃあ、ここって天国なの。
答えない私に、女の子は笑った。
「……違いそうだね。よかった。階段からは落ちないよ。神はね、落ちないの」
「神様なの?」
まさか、私よりは大きいけど、さっきのおじさんよりも小さいのに……神様なんて。
「……うん、神、そんな感じ」
じゃあこの女の子が泣いてるから、今日は雨なんだ。
「なんで泣いてるの?こけたの?」
それとも、病院で痛いことされたり、友達とけんかしたり。他に、どんなことで泣くっけ。
「ううん。こけたりしてないよ。……ここ、来てみて」
女の子は私を呼んで、そこから見える景色を見せてくれた。
そこからは、
さっき上った階段が見えた。
その前に上った歩道橋が見えた。
歩道橋を渡って行く人が見えた。
その下を通る車も見えた。
学校が見えた。
家も、いつも行くスーパーも見えた。
公園も見えたけど、おじさんは木のかげで見えない。
「すごい、なんでも見える。……でも、さっき歩道橋渡った人、なんであの階段通り過ぎたの?不思議だし、上ろうと思わないのかな」
私が言うと、女の子はあなたにしか見えないのよ、と言った。
「ここから見えるのは、楽しいものばかりじゃない。さっきは友達とけんかして泣いてる子が見えた。お店で万引き───って分かる?お金払わずに物とってくることね。そんなことして、ちょっとだけ後悔してる子が見えた。前なんて……車同士でぶつかって、1人死ぬのが見えた。あそこに置いてある花のところ」
女の子は寂しそうな顔になると、ちょっとだけ笑う。
「嫌な世界だって思うと、泣いちゃうの」
また女の子が泣きそうになったので、私はポケットからハンカチを出した。
いつもお母さんが持たせてくれるけど、ほとんど使わない。でも今は、使わなくてよかった、と思った。
それを女の子に渡すと、女の子はそれで涙をふくと、さっきとは違って明るく笑った。
「でもね、あなたみたいに優しい子がいるって思うと、笑えてくるのよ。ありがとう」
女の子はきれいにたたみなおしてハンカチを渡してくれたけど、私はまた女の子に渡した。
「すぐに泣くでしょ。6月なんて大変だもん。だからこれ、あげる。泣くたびにこれで拭いて、泣きやんで。雨って、外で遊べないしつまんない」
女の子は少しだけ怒ったような顔になって、吹きだした。
「あなたみたいに小さい子に心配されるほどじゃないよ。でも、もらうね、ありがとう。これ見るだけで、あなたのこと思い出して笑えそうだしね」
そこまで言って、女の子は立ち上がる。
「もう帰んなきゃ。お家の人心配するよ。あの階段も消えちゃうかもしれないし」
寂しいけど、私もうなずいて立ちあがった。
女の子に手を振って階段を下りていく。帰りは早くて、すぐに歩道橋が見えた。
「ほら、虹」
気付いたら、おじさんが空を見上げて笑っていた。
「だって女の子が笑ったんだもん」
「女の子?」
「そう。神様はね、女の子だったよ」
私がそう言った時、また雨が降ってきた。……ほら、すぐに泣いた。
でもさっきとは違って、空は明るいし、あたたかい。
「嬉しくて、泣いてるんだよ」
おじさんの言葉にうなずく。
その雨は、すぐに止んだ。────ハンカチ、役に立ったんだ。
だって、あの雲のすき間から、女の子の笑った顔が見えたんだから。
ありがとうございました^^