舞踏会
仮面舞踏会。
華やかな中に秘密が隠されているようで、何だが緊張する場。
皆、ドレスを着、たくさんの華達がくるくると舞っている。
相手はもちろん正装した男性で、華を捕まえるように優しく、柔らかく、扱っていく。
互いの顔は全てではないが、見えない。
しかし10代から20代くらいの人間が集まって、笑い声や喋り声が明るく広がっていた。
ーつまらない。
しかしただ1人だけ、壁際に立ち、皆を見ている。
入ろうと思えば入れるのだが、何だか嘘の世界に入るのが嫌だった。
名前はメアリーといい、歳は15である。
両手を後ろに組み、幻を見るみたいに、皆から目を離していく。
ー外の空気を吸おうと。
メアリーは動き出すと、華達の間をすり抜ける蝶のように、ベランダに出る。
誰も自分には注目していない。
皆、自分のことだけ考えている。
少しでもいい蝶とくっつくように。
それでいいんじゃないと冷めた顔をし、熱気に満ちた内側から外へ出る。
その途端、秋のわずかな寒い風が吹いてきて、メアリーは髪を耳にかける。
ふうと息を吐き出すと、手すりに両手を預け、下を確認する。
降りようと思えば、降りられる距離だった。
ー逃げようかしら。
ふと魔が差し、いけないことを考えたが、親に怒られるのは嫌なので、やめておく。
メアリーは星空を見上げる。
星は舞踏会を警戒するように、綺麗に輝いている。
しかし違いがあり、舞踏会は人間の思惑があるが、自然の星だけは嘘がなく、人々の心を癒すために存在しているような気がして、メアリーは更にリラックスする。
「ティンクル、ティンクル」
小声で歌を口ずさむと、舞踏会の音が気にならなくなってきた。
神話や伝説を聞いていたほうが、自分にとっては楽しいと感じる。
もちろん1人は淋しく、つまらないが、今のこの場では楽だった。
「ーお嬢さん」
急に声をかけられ、メアリーははっと息を呑む。
全然、足音に気がつかなかった。
1人の世界に浸り過ぎたのかもしれない。
話しかけてきた相手は仮面はしているが、整った顔をしているのが分かり、歳はメアリーよりも上かもしれない。
飲み物を2つ持っており、1つをメアリーに差し出してくる。
「ー何かしら?」
メアリーは腹に力を込めると、精一杯、平気なふりをする。
相手はメアリーに触れてこようとするので、1歩下がる。
「…おや? それじゃあ駄目ですよ、お嬢さん」
「…何がいけないのかしら?」
メアリーは毅然と言い返すと、男性の前に両手を出す。
「申し訳ございませんが、私、1人でいたいので、放っておいてくれませんこと?」
「1人がいい…。なるほど」
男性は自分の分のグラスに口をつけると、ますますメアリーに近づいてくる。
ー何のかしら、この人?
メアリーはどうしていいか分からず、少しずつ下がっていく。
「どうぞ。飲み物を持って」
「…毒が入っていたりして」
皮肉めいて言ったのだが、あり得ないことではなく、すぐに断る。
しかし男性はしつこく、グラスを差し出すのをやめないので、メアリーは強く言う。
「私、喉が乾いていませんの。ご自分でお飲みくださいませ」
「それはいけない。せっかく差し出したのに」
「可愛げがなくて、申し訳ございません、ほほ」
メアリーは口元を隠し、笑うと、ベランダと賑やかな中を比べる。
皆、狂ったように楽しんでおり、メアリーの入る場所ではない。
ーせっかく1人の場所を見つけたのに!!
むっとして顔を上げると、中を手で示す。
「中で楽しんできたらいかがかしら?」
何とか誘導しようとするのだが、男性は無視してくる。
「僕もちょっと疲れてね。こういう場は苦手だ」
おや、とメアリーが意外そうな顔をする。
色んな華が求めそうなものを、彼は嫌がっているらしい。
「苦手ですの? こういう場は?」
「そう言ったよ。悪いけど、僕も1人のほうが楽だ」
「そう…」
メアリーはじっと男性を見る。
身長は高く、メアリーと一定の距離を保っている。
無理強いはやめたのか、グラスを口に当てると、ぐいっとあおったのだった。
「ふー。お酒でも飲んでないとやっていられないな」
「…本当ですの? そう言って嘘かもしれませんし。中に入ったらいかが?」
嘘の世界に誘おうとするのだが、男性は言葉を流したらしく、手で顔を扇ぐ。
「あー、退屈。つまらないの。こんな世界」
空いたグラスを足元に置くと、急に口調が変わった。
メアリーは目を瞬かせる。
どうやら男性も大きな猫をかぶっていたらしい。
アルコールのせいもあり、本音を漏らしたということだろうか。
「本心ですの? 私には平気なように見えますけれど」
「そう? それならいいけれど。あー外のほうが気持ちがいい」
ベランダの手すりにつかまり、息を吐く。
どうやら本当に、中に戻る気はないようだった。
「皆、待っていませんの?」
「待っているわけがない。…というのは嘘だけれど、君は?」
「私は1人がいいので」
はっきり断ると、男性はくっと笑ってくる。
何がおかしいのか、全く分からなかった。
「僕が相手をするから、中へ戻るかい?」
「さあ…? 私、ダンスに苦手意識はありませんが、どうもこういう場は苦手で。1人にさせてくれませんこと?」
ちゃんと断ったつもりが、男性は無視して膝をついてくる。
「ー僕と踊ってくれませんか?」
「はあ!?」
何故そうなるんだと、メアリーは頭が痛くなってきた。
酔っているのね、この人はと思いつつ、扇子を取り出し、差し出す。
「これと踊ってきなさいな」
「…つれないな」
相手は失笑したが、立ち上がる気もなければ、去る気もない。
困ったのはメアリーで、どうしようかと、頭がぐるぐると回る。
ー手強い相手ですわね。背中を見せて無視しようかしら。
実際に身体を動かし、トントンと手すりを叩く。
メアリーを応援するように、風がさあっと吹いていく。
そろそろ男性も戻ったかしらと思うのだが、ちらりと振り返ると、膝をついたままだった。
何故、そんなにしつこいんだと、メアリーは気をもむ。
「ー僕を覚えていないの、メアリー?」
「…は」
心臓にナイフが刺さったかのような、そんな強いショックを受け、メアリーは急いで振り返る。
まずいと思ったが、遅かった。
男性は立ち上がると、メアリーの手を取ってくる。
「な、何で、私の名前…!!」
「しー」
人差し指を立てると、メアリーの手の甲にキスをしてくる。メアリーは軽く拒絶しても良かったのだが、男性に名前を知られている以上、やめておくことにした。
ー親に迷惑をかけても困るし。
何だか負けたような悔しさが心の中に広がり、男性の目をじっと見つめる。
青空を思わせるような、光に満ちた瞳。
メアリーを拒絶するどころか、集中しているようだった。
ー何なの、この人?
メアリーが困っていると、手がひかれる。
ちょっと、と言おうとしたが、相手は強引に中に入ってしまう。
すると遠かった音楽や笑い声が、一斉に襲いかかってきて、メアリーはくらりとする。
男性がメアリーの細い腰を抱き、笑いながら言ってくる。
「ー一曲、相手をどうぞ」
「…」
ここで拒絶しても良かったのだが、何だか悔しかった。
メアリーとしては、自分のことを知っているだけに、慎重になる。
「後悔しても知りませんことよ?」
「それはこちらの台詞。ーほら」
肩を抱かれ、メアリーは華達の中に入る。
急に表舞台に立たされ、本当は嫌なのだが、逃げるわけにはいかない。
メアリーは覚悟して男性を睨むと、ふんと鼻を鳴らす。
「ーよろしくお願いいたしますわ」
「喜んで」
2人は手を繋ぐと、ダンスを始めたのだった。




