【定番】欲しがり妹とトンズラする姉
定番、欲しがり妹を書きました。
【2026/8/12 追記】
本編後のアマーリエたちのおまけSSを、活動報告にアップしました!
よろしければ覗いてみてください〜。
「アマーリエお嬢様にはこちらのブローチが、オフェリアお嬢様にはこちらが合うと思います」
伯爵家へ出入りしている商人が差し出してきたブローチを見て、オフェリアが手を叩いた。
「まあ、どちらも美しいわ!ねえ、お姉様、どちらも私のほうが似合うわよね!?」
「……ええ、そうね」
商人は困ったように首を傾げた。
「どういたしましょう?」
「両方オフェリア用に。……私はいいわ」
彼は一瞬動きを止め、そして何事もなかったかのように微笑んだ。
ブローチが入った小箱をそっと閉める。
「では、こちらをどうぞ」
そのまま二つのブローチをオフェリアに渡した。
執事の手元には、売買契約書が差し出される。
――予算もオーバーしていないし、これでいいわ。
私の分は、後でオフェリアから使い古したものを貰えばいい。
「商人がお客様を満足できないとは、名折れです。アマーリエ様には是非こちらを……」
そう言って鞄から取り出したのは、小ぶりの花が散りばめられたバレッタだった。
「あら、サービスがいいじゃない!良かったわねお姉様、おまけを貰えたわよ!」
「……ええ。ありがとう。使わせてもらうわ」
私は、ハンカチの上に置かれたバレッタへそっと触れた。
先ほどのブローチほど華やかなものではない。
指先にひんやりとした金属の感触が伝わる。
「いいえ。“大切なお方には誠意を”が私の信念ですから」
商人は胸に手を当て、芝居がかった様子で言った。
――林檎の花?果実がついているのね。
まだ若いというのに、顧客を掴むのが上手い。
私は思わず、彼の黒い瞳を見ながら微笑んだのだった。
「今回もいいものをありがとう。またね」
オフェリアはそう言って、二つのブローチを素早く手に取ると、おざなりに挨拶をして部屋を出ていった。
早速身につけに行くらしい。
あの子の性格では我慢できないはずだ。
その背中を見送り、商人へ微笑みかける。
「これ、ありがとう。銅を加工しているのかしら?私の金髪に映えるわ」
「いいえ。喜んでいただけたら幸いです。……では、これで」
商人はそう言って、屋敷を後にしていった。
◇◇◇
私、アマーリエはくすんだ金髪に青い瞳だ。
対して、オフェリアは艶のある黒髪に青い瞳、目を引く容姿だった。
オフェリアは、なぜか人のものほどよく見えるらしい。
その性質は、幼い頃から直らなかった。
彼女の前で何かを大切にしていると、癇癪を起こして私のものを欲しがる。
――だから。
私に縁談が舞い込んだときから、予感はしていた。
◇◇◇
「久しぶり、アマーリエ嬢」
「ええ……。今日はよろしくお願いします、ギュンター様」
私の婚約者であるギュンター様は、爽やかな笑顔で挨拶をした。
彼は私よりも鮮やかな金髪で、目を見張るほど整った顔立ちをしている。
そして、物腰も洗練されていた。
ギュンター様とは昔、よく顔を合わせていた時期もある。
どうやら彼も、その頃のことを覚えていたらしい。
「あの……!ギュンター様!私、妹のオフェリアです。前から――」
「オフェリア!」
父の叱責で、オフェリアが口を噤んだ。
「オフェリア嬢。ありがとうございます。これからも親しくしていただけると嬉しいです」
後ろで、オフェリアが息を呑んだのがわかった。
ああ、やっぱり――。
この先を想像して、胃が重くなった。
「……ギュンター様、早く行かないと劇場が混雑しますわ」
「ああ、そうだね。……じゃあ、行こうか」
背後から、オフェリアの強い視線を感じる。
どうやら、予想通りの展開になりそうだ――。
デートから帰ってきた私に、オフェリアが詰め寄ってきた。
今日は気を張って疲れたというのに、早速だ。
「お姉様の婚約者――ギュンター卿を譲ってください!」
「オフェリア……。さすがに人は譲れないわ……」
オフェリアのわがままは、今に始まったことじゃない。
もう何度も経験してきた。
欲しいものが手に入らないと、暴れ回って癇癪を起こす。
だからといって、このまま頷くわけにはいかない。
「……ごめんなさい、オフェリア。こちらから、そんな提案はできないの」
「ずるい、お姉様ばかり狡いわ!」
「……でも、あなたにも縁談の話が来ているでしょう?お会いしたの?」
妹にも何件か話が入っているはずなのだ。
でも、オフェリアはそれを一蹴した。
「だって、欲しくないもの!勝手に私の結婚相手を決めるなんてお父様もお母様も酷いわ!」
「……そうよね。でも、お会いしたら気に入ることも……」
興奮したオフェリアを宥めようとするが、無駄だった。
触れようとした瞬間、手を振り払われる。
「なによ、なによ。ギュンター様なんて、社交界きっての美貌で人気じゃない!なのに、私は顔も知らない人?酷いわ!それに、ギュンター様は、地味な性格のお姉様とは合わないわ!」
確かに、オフェリアは人目を引く華やかな娘だ。
対して私は本が好きで、最近では父の帳簿を手伝い始めた。
私としては将来的に役に立つから、文句はないのだけれど。
「……確かに不釣り合いかもしれないわね。でも……それじゃあ……私のお相手がいなくなるわ」
こうなったオフェリアは止められない。
今まで嫌というほど経験してきた。
「私が、お姉様より先に手に入れちゃえばいいのね?大丈夫よ、お姉様の相手なんていくらでも見つかるわ。ふふ、おじさん達と話が合うじゃない」
「まって、そんなに簡単な話では……」
勝手に結論をだしたオフェリアは、人の話も聞かずに部屋を飛び出していった。
大方、妹に甘い両親の元へ行ったのだろう。
そっと胸を押さえる。
きっと大丈夫よ。
彼の顔を思い浮かべ、目を閉じた。
「大丈夫――。“奪われない”ものだってちゃんとあるわ……」
それを教えてくれたのは、他でもない彼だった。
だからこそ、今回こそは大丈夫――。
その後、特に何もなく平穏な日々が続いた。
結婚かぁ……。
ベッドの下から、小さな箱を引き出す。
机の上にある豪華な宝石箱とは違う。
こちらには、私が本当に大切にしているものだけをしまっていた。
オフェリアのものと比べると、ぱっと見は地味だろうけれど、私は気に入っている。
あの子に取られず、この箱に残っているアクセサリーたち。
ふふ。確かに地味だわ。
派手な宝石も付いていない。
小振りな林檎や花の意匠が、ささやかに目を引くだけだ。
そんな時、部屋の扉がノックされた。
「……アマーリエお嬢様。旦那様がお待ちです」
呼び出されること自体は、特に珍しくない。
しかし、その場所が執務室というのはあまりなかった。
「……ねぇ、お父様の要件は?」
何かが起きている……。
そんな確信めいた予感から侍従に尋ねたが、彼は気まずそうに視線を逸らしただけだった。
――ああ、もしかしたら。
そんな考えが頭を離れず、父の執務室まで足を運んだ。
「アマーリエ、ギュンター卿との縁談だが、オフェリアに譲ることになった」
呼び出された父の執務室には、すでに先客がいた。
オフェリアが父の横で微笑んでいる。
――ほら、やっぱり……。
私の頭の中で声がする。
(こうなるってわかっていたじゃない……)
「お姉様、ごめんなさい。実は先日の夜会でギュンター様と結ばれてしまったの……」
「ああ……。頭が痛いが、大勢の目撃者がいる」
父の言葉を聞いて、目眩がした。
……未婚の令嬢がなんてことを。
これじゃあ、社交界で早速噂の的になっているはずだわ。
「……こほん。そういうわけだ。両家で話し合った結果、オフェリアをギュンター卿に嫁がせることになった」
バクバクと鳴る心臓を抑え込み、必死に答えた。
ここまで来たら、私も腹をくくるしかない。
これは、両家の醜聞だ。
いくらギュンター様といえど、未婚のオフェリアに手を出したとなると問題になる。
――二人が結婚することで始末をつける……。
それが一番いい落としどころだろう。
(……もう、いいか。ここまで我慢したのだもの)
「わかりました。……ですが一つだけお願いしてもいいでしょうか」
「……言ってみなさい」
「これから社交界で、私は噂の的でしょう。……もう疲れたのです」
ぐっと顔を上げて、お父様とオフェリアの顔を見る。
口元を引き締め、背筋を伸ばす。
「……私を除籍してください。平民として生きていきます」
「アマーリエ!そんなに思い詰めなくてもいい!」
父が慌ててテーブルに手をついた。
オフェリアも茫然として、口をぱくぱくと動かしている。
「いいえ。疲れたのです。価値が落ちた娘に、わざわざ持参金を用意する必要もないでしょう」
――疲れた。それは本当だ。
もう、オフェリアから自由になりたい。
それ以上に、私は自分の人生を取り戻したかった。
「アマーリエ!」
「お姉様、そんな……!」
なぜか二人は、今さら私を引き止めた。
いえ、それは少し言い過ぎた。
彼らは、家族だった。
別に私への悪意があったわけじゃないのだ。
執務室を出ると、母が立っていた。
「アマーリエ。……本当に?他にいい方を見つけてくるわ」
母は目尻に涙を溜め、私に抱きついてきた。
市井に下りるということは、もう気軽に会うことはできない。
私は母のふくよかな身体をぎゅっと抱きしめた。
「いいえ。今はオフェリアがいつもの癖を出さないように結婚を急いだ方がいいでしょう」
「……決めてしまったの?」
母の沈んだ声に胸が痛くなる。
でも、ここで決意を緩めたら、きっと私は先に進めない。
「はい。もう決めました。いつも通り、オフェリアを支えてあげてください。明日の早朝に馬車を借ります」
「……行く当てはあるの?」
母の肩が小刻みに震え、抱きしめる腕に力がこもった。
安心させるように、ゆっくりと答える。
「ええ。心配しないで。落ち着いたら必ず連絡します」
私がオフェリアに譲るたび、母はいつも申し訳なさそうに謝っていた。
内緒で、目立たないように本を用意してくれたこともある。
オフェリアが本に興味を持ったことは、一度もなかったけれど。
そう。誰にも奪われないものは、この頭の中にある。
「今回の件はごめんなさい……。本当に、オフェリアをどう制御したらいいのか分からないわ……」
お母様の肩をそっと押して、目を合わせる。
私とオフェリアは、この人から同じ青い瞳を貰っていた。
「社交界は残酷です。お母様も知っているでしょう?……甘やかしてしまった私たちにも責任があるけれど……」
あの子の好きなようにさせてきてしまった。
それは家族の責任だ。
私も途中から、止めることを諦めてしまった。
「きっとオフェリアには、厳しい世界でしょう」
あの子の悪癖は簡単には直らない。
でも、この先は今まで通りにはいかないでしょうね。
「……よし!」
部屋に戻り、カバンに荷物を詰める。
かさ張るドレスは置いていく。
豪華な意匠の宝石箱を開けると、オフェリアのお下がりが詰まっていた。
これは後で換金しよう。
中身を全部、袋に入れる。
そして、ベッドの下から粗末な箱を取り出した。
私の“本当の宝石箱”だ。
小さな指輪を手に取る。
子ども用だから、もう小指にも嵌まらなかった。
――世界は広いですよ。宝石よりももっと貴重なものを俺は知っています。
幼い頃の彼の言葉が蘇る。
それをそっと、空になった豪華な宝石箱へ移した。
次に小さなオルゴールを手に取った。
――この国とは違う旋律でしょう?この音を聞くと、その国にいるような気がします。
壊れないようにカバンに詰め込む。
髪を飾るバレッタ。
これは付けて行こうかしら。
鏡の前に立って、少し手間取りながらバレッタを留める。
箱の中には、まだまだ大切なものが入っていた。
ふふふ。思ったよりも贈り物が多かったのよね。
これは全部持っていかなくては……。
林檎と花、そして鳥。
全部彼がくれたものだった。
少しだけ涙が滲む。
それでも一つずつ、空になった宝石箱へ移していく。
だって、このすべてが私を後押ししている。
これから私は、人生で一番大きい賭けに出るんだから。
「……応援してね」
『世界は広いんですよ』
『異国を知っていますか?服装も、顔立ちも、そして……色さえも違うんです!』
『こんなアクセサリーはこの国では十年も流行らないでしょう。ですが、他の国では真新しい。それが面白いんです』
――そうね。私は簡単に奪われるものに興味がない。
『知識は奪われません』
――流行りだけを追っていたら大切なものを見失う。
『外国では、新しい価値が生まれます』
すべてを詰め終え、宝石箱ごとカバンにしまう。
部屋を出る瞬間、一度だけ振り返った。
十八年過ごした部屋だ。
ここに来ることは、もう無いだろう。
「じゃあね、“全てを譲ってあげる”アマーリエ」
そのまま一歩踏み出した。
もう、未練はなかった。
とある商会の扉を叩く。
「こんな早朝に失礼します!次期商会長に会いたいの……!」
「へ!?坊っちゃんに用?というか、あんた誰……」
最初に出てきた人物が、後ろの馬車の家紋を見て、慌てて下がって行った。
よかった。中に通してもらえる。
私は御者に手を振って、軽く別れを告げた。
商会の中へ通され、彼を待つ。
その間、手持ち無沙汰できょろきょろと周囲を見回した。
(ここは商会の表玄関かしら)
カーペットや絵画など、上質なものが飾られている。
そのカーペットの上にカバンを置いて、自分も座り込む。
もう恥も外聞もないわ。
――ここで説得しなければ。そのためにここへ来たんでしょう。
カバンを開け、宝石箱を取り出した。
胸がうるさいわ。どうしましょう。
……ちゃんと伝えられるかしら。
彼を待つ間、何度も頭の中で言葉を並べ替えた。
ずっとずっと……隠して隠し続けて、気づかれなかった宝物だ。
私の来訪に驚いたのか、従業員が何人も落ち着かない様子で動き回っている。
居心地が悪くて、逃げ出したい気持ちが押し寄せる。
お願い……!早く来て。せっかくここまで来たのに、逃げ出したくなってしまう――。
そんな時に、聞き慣れた低い声が掛かった。
「アマーリエお嬢様……。いきなりどうされました?」
――来てくれた!
慌てて着替えたのか、いつもより少し乱雑な黒い髪に、よれた服だった。
“彼”だ。
私に新しい世界をくれた人――!
「ランディス!ランディス!ようやく貴方の名前を呼べるわ!」
「え……!?お嬢様、ちょっと落ち着いて……」
「ギュンターと結婚しなくてすんだの!家も出られたのよ……!」
ここ数年、彼とは通いの商人としてしか会えなかった。
昔はよく遊んでいたのに。
伯爵家の庭園で、いつも一緒にいた幼馴染の男の子。
私の初恋が、ランディスだった。
あんなに、キラキラした黒く輝く瞳で私に世界の広さを教えてくれたのに。
ランディスが成人してからは、商人として伯爵家へ通うようになった。
私にとっては、名前すら呼べない、つらすぎる数年間だった。
「ランディス……!ねぇ、これは異国のものよね!?これは、私に毎回くれていたんでしょう……。そうよね……?」
今までもらった「おまけ」を全部抱えて詰め寄る。
そこに視線を落とした彼の瞳が揺れた。
「勘違いなら言って。これのモチーフは全部花ね。花を運ぶ鳥もあるわ。深読みしてもいいかしら!?」
「……いえ、それは」
ランディスはチラチラと後ろを窺って、私の話を聞いてくれない。
今、私は人生を賭けて……こ、告白をしているのに……!
『……おい、林檎の花って確か――』
『……ああ。それに鳥のモチーフってさ……』
ランディスの後ろでは、従業員が小声でささやき合っていた。
でも、気にしていられない。
私は、このチャンスを逃せないのだから……!
「昔、窮屈だった私の世界を広げてくれて、オフェリアに取られるものなんて本当はちっぽけだって教えてくれたでしょう!?」
私が詰め寄ると、ランディスは一歩下がった。
いつの頃からか、彼は必要以上に私に近づかなくなった。
昔は私が転んだら手を差し伸べてくれたのに。
「アマーリエ様、あの……ここでは……!」
世間的な価値?
そんなもので彼は計れないのに。
ランディスは、私の手に届かないほどキラキラしているのよ……!
私が好きなものは、私が決める。
商人だからと距離を置かれるなんて、そんなのは嫌よ。
「いいの!もう平民よ!体裁なんていらないの。振られても平民なら夜通し飲んで忘れるんでしょ?」
聞きかじった話を伝えると、ランディスは顔色を変えた。
「……そんなことはさせられません」
商人なのに、押し売りに弱いの?
私にだけだと思ってもいい?
震える拳をぎゅっと握りしめ、大きく彼へ踏み寄った。
「私、書類仕事も計算もできるわ、だから……」
「……これ以上は男の俺に言わせてください。ですが――」
ランディスの耳が真っ赤になっている。
そして、そっと私から視線を逸らし、口元を覆った。
え――。
この反応。
男性に可愛いなんて、おかしいけれど……。
「まずは……従業員が見ているので」
「……あ」
通された彼の部屋は、思ったよりも質素だった。
(やだ、緊張するわ……。ランディス個人の執務室なのかしら……)
あまり物を置かないタイプなのかもしれない。
でも、もしかしたら大切なものは、どこかに隠しているのかもしれないわ。
部屋に入って、彼はすぐに本題に入った。
皮肉げに口元を歪ませている。
「……俺が放っておけないのは計算のうちですか。狡い人だ」
「ふふふ。……狡いから、今度は私が手に入れに来たの」
私だって、大きな口を叩いても怖いのは変わらない。
ランディスが私を好きなのか。
昔からの情なのか。
それとも、ただ放っておけないだけなのか。
まだ、何も分からないのだもの。
彼に私の気持ちはちゃんと伝わっているかしら。
“ランディス”に賭けて、私はここまで動いてきたの。
ある意味、オフェリアより馬鹿な女でしょう?
私の言葉に、ランディスは俯いて頭をかいた。
簡素なベッドに腰掛けた彼は、いつもきっちりした商人の顔とは違っていた。
昔、いつも傍にいてくれた少年の頃の彼を思い出す。
「あー……。あの色男とあなたへの結婚祝い。気が重かったんですが、それも考えなくていいってことですね?」
「……あなたの方が狡いわね。流されたふりで誤魔化すの?」
ランディスの本音が聞きたかった。
でも、お互いに不器用すぎる……。
「……いえ。ただ……手が届かないはずの林檎が、いきなり落ちてきたもので……。いや、何言ってんだろ……」
彼は、昔見たような笑顔で手を広げた。
本当に狡いわね。
「……私は、林檎扱い?」
「そこは商人ですから。お金を積んでも届かない場所にあった、特別な林檎ですね」
もう。私から飛び込まなきゃだめなの?
でも、ランディス。
私だって、そのくらいはできるのよ。
ずっとずっと、隠してきた大切なもの。
それを守る為に、私は今まで、全てを譲ってきたの。
「じゃあ、貴方だけの林檎になるわ。小鳥さん」
「いいんですか?一度手に入れたものは、手放さないのが商人ですよ」
「……ええ、手放されたら困るわ。それよりも……」
もう、焦れったい。
まだ何か言おうとするランディスに我慢できず、口を挟もうとした。
その瞬間、彼の指が唇に触れる。
突然の接触に驚き、身体が固まってしまった。
「……黙って。最後まで聞いてください。俺が貴女に触れてもいいってことですか?男として?」
「……ええ」
コクコクと壊れたように首を縦に振る。
もうやだ。私ったら、恥ずかしくて彼の顔を真っすぐ見られないわ。
「ですが初めて手に入れたのは俺なんですよね?」
「ふふふ。気にするのはそこ?……他の男性なんて知らないわ」
「……あの色男が貴女に触れていると思うと、いつも居ても立ってもいられなかったんだ」
嫉妬かしら?
そんなことで本当に?
ランディスの胸にそっと顔を寄せる。
恐る恐る彼の背に手を回した瞬間、思い切り抱きしめられた。
彼の鼓動が聞こえた。
私と同じくらい、速く脈打っている。
「……ランディス」
「ずっと、貴女が好きだった。アマーリエ」
◇◇◇
――オフェリア――
「なんでこんなことになったのかしら……お姉様……」
結婚してから三年。
ギュンター様の女遊びは、ますます激しくなった。
もう喧嘩するのにも疲れてしまった。
お姉様は家を出て、平民として暮らしている。
全てにおいて、私の方が上だったはずなのに。
なのに、満たされない。
ずっと、ずっと……。
今日も旦那様は帰ってこない。
「私は、お姉様より幸せなはずよ……。そうに決まってる……」
早く子どもを授かって、自由になりたい。
義務さえ果たせばいいのだもの。
それが貴族の結婚よ。
――ああ。早く自由になりたいわ。
【2026/8/12 追記】
感想をいただけたのが嬉しくて、アマーリエとランディスのその後のおまけSSを書きました!
本編とは少し雰囲気が違うため、活動報告にアップしています。
よろしければ覗いてみてください〜!




