わたしはサポートキャラである
「ババアじゃん」
その口から出た言葉が、私と彼女を確かに離した。
いつもの時間、いつものベンチ、いつもの持ち寄ったお菓子にいつものお茶。
けして高いものではないけれど、私達にとってはいつも最高のお茶会だった。
彼女と私……エルメリア男爵家の次女であるオリティエとクレナディット男爵家の一人娘である私達は十六歳で入学した学園で、この世界では決して持ちえないだろう一つの縁で仲良くなった。
「スマホがないって暇……」
隣に座った彼女がつぶやいた言葉。そのスマホというものはこの世界にはないもので私の記憶にはあるもので慌てて振り返った私の麦わら色のみつあみが頬に勢いをつけた挙句にべちんと音が経ちそうなほど強く当たった感覚を今でもまだ鮮明に覚えている。
その視線に青く大きな瞳を瞬かせて私を見つめた彼女もまたその行動の理由がわかったのだろう。それを証拠に入学式の後、彼女は私にこっそりと一つの紙片をよこした。
『あなたこの文字が読める?』
筆記体じみてうねうねとつながるこの世界の文字とちがう、どうにも一つ一つ区切った絵のようなものでそう書かれた文字は熱すぎる湯舟につかったように私の脳にじんわりと染み渡り、幾度かの震えをもって喜びから衝動的に放たれた声へとかわった。
「よめます!」
「やっぱり!貴方、レイニーよね!君駆けの!」
レイニー・クレナディット。それが私の名前。
麦わらみたいな色の髪を制服と同じ紺色のリボンでひっつめた、どこにでもいそうなあか抜けない娘は彼女が今略称でよんだばかりの『君と駆ける恋の果てに』なるファンタジー恋愛シミュレーションで出てくるNPCの名前だ。
目の前にいるヒロインであるオリティエとの絆――簡単にいうと好感度のあがる男性陣と過ごす日常の中にいる友達という名前の「好感度確認用お助けキャラ」とでもいったらわかりやすいだろうか。
さてここまで読んだものならわかるだろう。あまりにもお決まり過ぎる流れで申し訳ないがこのレイニーと呼ばれる私がいる世界には「ファンタジー」どころか「シミュレーション」とか「NPC」なんていう言葉はない。そもそもゲーム自体がカードかチェス、よくてもすごろくくらいしかない世界だ。
だからこれは私と彼女が同じ前世――いや、前世ではないかもしれない同じ世界の記憶をもった二人であることをしめす何よりの符丁であった。
「レイニーが転生者とかマジ?!創作じゃん!」
「ヒロインが転生者なんて本当に物語みたい!」
私達はキャーという金切り声こそあげなかったものの同じものを愛する……いやもうまどろっこしい、いわゆる同ジャンルのオタクが偶然の邂逅を喜ぶ際に行いがちである仕草であろう、両手を相手にむけて幾度か互いのそれを打ち合わせながら淑女にあるまじき小さなジャンプを繰り返した。仕方ないじゃないこれはもう魂に刷り込まれている行動なんだもの。こんな概念すらない世界で同ジャンル仲間と出会えた奇跡はプライスレスだ。神様仏様制作会社様絵師様、そんな全てに感謝してもしても足りない。
「いつわかったの?私、学園に来る前に思い出して…」
「正直産まれた時から「あれ?あたしレイニーじゃん」とは……」
だんだんと跳ねる体力もなくなってきたので移動した先にあったベンチで私たちはまずお互いの大事なことを確認した。そう――何よりも大事な事も聞かないといけないみたいな空気の中で、オリティエはおずおずと唇をひらいた。
「同担拒否とかでは……ないよね?私舞台から入ってヴァナディット殿下担なんだけど……」
「あっ、あっあっ、私、推しは、ゲームからで……カティとワニャ様で……!同担歓迎系で……!もう夢でも腐でもいけて……!!」
「よかったーーっ!ワニャとヴァナとか最高じゃん!私同担無理なんだけど、腐もいける人は大好きなんだ!」
「よかった!!」
「というかどのカプ好き?やっぱりワニャヴァ?ライドールは私も好き!男女カプはちょっと苦手かも……カティは単推し?」
「カプはワニャヴァ好きだけど……あっそこは単推しで!百合っていうより気の強そうなライバルと友情築けるの好き好き侍で~~!」
「よかった~~~!」
互いの言葉がどんどん大きく早くなっている気がするがそれはもうご愛敬だ。令嬢言葉なんて魂の邂逅を遂げた瞬間のビックバンを体感しているオタクの前では無力なのだ。
『君と駆ける恋の果てに』は大変老舗の乙女ゲー会社から出ている息の長いシリーズだ。
最初にでたカセットディスクのゲームは四半世紀を超えて次々と新しいプラットフォームへと移植され、続編ついでに記念品を出し、メディアミックスをおこないながら馬鹿みたいに高価なコラボアイテムをだし、絵師をかえリメイクされ、声優をかえ、時折同窓会みたいなイベントをひらきそのたびに金を搾り取り……と愛され続けて私が死ぬころにはもはや半世紀の歴史を目の前に控えて歴代キャラを揃えたソシャゲになってそれをモチーフにして女性だらけの劇団で豪華絢爛なお衣装の劇をやられたり、人気若手俳優のごった煮みたいな舞台をやって若い子を大量に引き入れたものだ。私が前世の死を迎える数か月前には推しの初代声優の訃報をきいて思えば遠くにきたものだと涙にぬれたものである。
「私絶対ヴァナルートいきたいんだ~~」
その中でもシリーズ初代メインヒーローでもあるこの国の皇太子であるヴァナディット殿下は大体どんなメディアミックスにも出てくる看板的な青年だ。学園での能天気にすら見える彼が親交を深めるごとに王子であるがゆえの非情を求められる苦悩というシリアスな一面やヒロインに対する執着ともいえるような一途さを見せ最後に王道のプロポーズでしめ王子様とお姫様は永遠に幸せにくらしましたとさ……みたいなのに脳を焼かれた女は多い。わかる。一時期めちゃくちゃ権勢をふるった暗黒冷笑を浮かべた眼鏡のドエスキャラからは得られない栄養が彼にはある。さらにいえばその後ろ暗いような要素をヴァナディット殿下に添加して味変と言って喜ぶ連中もいっぱいいた。いすぎて一回界隈で学級会がひらかれて燃えた程だ。
そんな彼の友人である褐色留学生王子なルワーニャ様といわゆる魔法の授業などでヒロインの前に立ちふさがるライバル令嬢のカチュア様のほうが私は推しなんだけれどね。
これで同じヴァナディット殿下推しとかだったら、もう大変だ。同じキャラが好きな人を好きになれないという人は一定の人数いるものだ。あれはいけない。同担存在抹消型ならいいが同担マウント型とか同担殺意型とかだと寄れば血を見る覚悟が必要になる。ヴァナディット殿下は誠実で一途だから愛されるヒロインは二人存在できないのだ。
そこに大層ほっとしたのはお互いだったか、オリティエはヒロインにふさわしそうな青い瞳をキラキラさせながら私の手をぎゅっと握りしめた。
「協力してくれるよね?!」
「正直お助けキャラってどういうものか自分ではよくわかんないんだけど……うん、手伝えることはするよ。私レイニーだし」
「ありがとう、レイニー!」
その時握られた手は、たしかに愛にあふれて暖かかったのをきっと死ぬまで忘れる事はないだろう。
それから私とオリティエはそのベンチで小さなお茶会という名の情報交換をした。まずは攻略対象者達のパーソナルな情報、最近の流行り、それから普段の動向から窺い知れるお気に入りの場所や、次の小テストの予想なんていう他愛もないもの。その合間に挟み込まれる恋バナだって大事な情報だ。。
「でね、ヴァナディット殿下がね、格好よくて……」
「うんうん、このあいだの模擬戦でハンカチ渡せてたよね?」
「そうなの!でね、私の名前覚えててくれたみたいで…!このあいだレイニーが言ってた通り、読書会で私の朗読聞いてくれたみたい」
「朗読会用のブローチ、ばっちりだったでしょう?」
「そう、本の内容を意匠にいれてたのは私だけみたいな覚え方で~!」
ふわふわとした恋の話を聞きながら過ごすのは正直心地が良かった。
私自身がヒロインとヒーローの恋というものに介入しない趣向をもっていたからだろうか。できるならば壁になりたかった。もしくは想像の余地という隙間の間でふわふわとしていたほうが私の性にあっていたのかもしれない。もしくは……私の中では、彼らはこちらがどうなっても変わらず存在し続ける永遠に美しいものだったから恋愛という対象の中にいられない存在になってしまっていたのかもしれない。
なにはともあれ、私はおそらく精神年齢的には随分年下であろう少女の恋を眩しく眺めていた。その一途な恋を応援できるくらいには。
でも悲しいかなその応援が当たり前になってきたのか、恋の進展に反してそれ以外のオリティエの態度は少々鼻につくようになってきた。
「はぁ……ヴァナディット殿下って素敵よね……あとは声が違ったら最高なんだけどな~~」
「初期声優さんの声、私は好きだけどな」
「え?やだぁ、私がずっと聞いてたのは舞台のヴァナディット殿下だもん」
「あはは、そうだね。やっぱり耳に慣れていたほうがいいかもしれないけど……」
最近、オリティエの話はこういうのが増えてきた。
不平とか不満とか自分の思うものじゃないという愚痴というか、遠慮がなくなってきたといえば聞こえはいいのだろうが、そういうのを隠さなくなったりするのは近づいただけアラが見えるようなものだろうか。まぁそれは恋愛においても友情においても当たり前だから仕方ない。
そして声なんて仕方ない部類だ。前述のとおりご長寿シリーズだし、舞台化だって散々された。声優だってリメイクで変わったし、看板だけあってメディアミックスでは若手俳優でも新進気鋭だったオリティエの「推し」がやっていたというのは耳にタコができるほど聞いた。
だからといって……こう、なんというか……。
「初期声優っておじさんじゃん」
「それはね、シリーズも続けば人間は年をとるよ。ヴァナディット殿下だって一緒に生きてる以上歳をとるんだよ?」
「ええ……」
「楽しんでいこうよ、男は二十五から出汁がではじめて三十過ぎからが一番美味しいっていうじゃない。きっともっと格好良くなるのに萌えようよ~」
「ええ、でもさ、接触するならやっぱりおじさんはやだなあ……舞台のヴァナディット殿下がやっぱ一番いいよ」
なんだろうなあ、この子きっと若かったんだろうな、というのが肌感覚でわかる程度に自分の感覚がなにより一番と信じて疑わないのを隠さない言動に辟易する瞬間ができた。なんというか、彼女がはまって追いかけていたというヴァナディット役をしていた俳優が好きなのかヴァナディット殿下が好きなのか聞けば聞くほどわからない。
たしかに役者さんは大層イケメンだったけど、役者さんと歴代中の人と今のヴァナディット殿下は別人だが本当に大丈夫なのかななんて心配を口にだせやしないけどこれでは実際つきあったら、なんかの乖離で血管がちぎれて死ぬんじゃないか。
ぷうとわざとらしく膨れたオリティエの前で今日も実家の母が焼いてくれたジャムクッキーをぱくついていれば拗ねた様子をかくせないオリティエが脚をゆらしながら私を見つめる。
「そんな事いってレイニーだってリメ版とか舞台版のルワーニャのほうがよくない?」
「ん?私は初代からワニャ様好きだしそういうの考えた事ないな」
おっ、今日はルワーニャ様の話をしてもいいのか?ルワーニャ様は初代発売当時には珍しい褐色系腹筋ばきばきおなかだし系砂漠男子なのにおっとり次男坊みたいな気性のメカクレなんていう稀有な属性をもった留学生王子様だ。そんな彼が外見に大変ベストマッチといえるほどに千夜一夜物語のように永遠の砂漠の果てに広がる夜空と評される物語を紡いでいくのがたいへん美しいストーリーを展開してくださるのだ。生活様式の違う様をまじまじと感じさせる緻密なアラベスク模様の壁画がある彼の滞在先である大使館のデザインはドット職人の技術の粋をあつめたような最高の出来だし、なによりルワーニャ様の国の始祖ができたっていう魔法で絨毯を空に浮かせ自由にあやつるなんていう夢物語を二人で研究した末に物語後半で成立させて、その実験飛行に飛ぶときの魔力制御のためといって着る伝統衣装的砂漠の姫装備オリティエはかわいらしくも普段はつつましやかな制服からイメチェンといってたがわぬ露出が結構高めの様子にもうなんというかおへそありがとう最高だぜみたいな美しさもあり、甘酸っぱい空気の中ではじめてルワーニャ様の前髪がひるがえったせいで星のような瞳が現れるスチルはもうなんというかもはや芸術でリメイクでもメディアミックスでも毎回欠かさず描写される見せ場であると私はずっと主張している。そうだメカクレはそうやってつかってくれ。その時の「君となら星もつかめそうだ」なんていうありきたりなセリフだってお前の目が星だよぉ~~!って叫びたいような衝動が止まらない。ドット絵ミニキャラで繰り広げられるシーンが多いとはいえもう流れといい専用BGMといい最高なのだ!初代当時権勢をふるった有名絵師のキラキラした繊細な絵と少し貯めのある甘い声で脳を焼かれた私はなんだかんだいってリメイクの二代目ワニャ様のヤンチャ声や俳優ワニャ様の若さ溢れる声や女劇団ワニャ様の三枚目ボイスの良さをかみしめつつも結局は初代ワニャ様に戻るわけだ。実家の味とか産湯とか育った川とかと同じ原理だわかるかね?!はいここまで全部早口でした、ご清聴ありがとうございます!
「初代って、だってもうあれって、もうかなり昔じゃん」
「そうだよ。私あれやって君駆けにはまったもん」
「やったって……借りたとかじゃなくて……」
「もちろん現役だよぉ、長い付き合いになったくらい、うんめ…」
「……ババアじゃん」
「えっ」
調子にのって語りすぎたせいで、私は何かを言いすぎたのかもしれない。
我にかえって見たオリティエの目と声が変わったのがわからないくらい「私」は「女」として、そして「オタク」として長い時を生きていなかった。
怯えるような、蔑むような、憐れむような、そんな目をヒロインがするスチルなんて見た事はないのにそれがどういう意図で私に投げかけられたかわかるような感情を隠し切れない目。
「……時間だし、私かえるね」
「え、あ、うん、また明日」
膝上のクッキーの包みをしまってお情けのような笑みをうかべたオリティエが向こうにかけていくのを見送って、そこで私はようやくひとつ大きく息をつく。
なんだあれは、と指先がビリビリして冷たくなり心臓は早鐘をうつように急に血流をつよくして、脳に空気が回らない。直撃した悪意というものの大きさが動揺に直結するなんていうのは久しぶりの体験だ。
そんな私がその幻聴のような「ババア」を胸の中で反芻してなんとか必死で消化しようとしたのを嘲笑うようにオリティエは次の日から私のそばによらなくなったのは、なんとなく想像がついたといったら悲しい想定だろうが間違ってはいなかった。
「こちらをみていましたが……よろしいの?オリティエ」
「だってなんだか、お母さまと話しているみたいになってしまって」
「まぁ、嫌ですわお母さまなんて。たしかに落ち着いていらっしゃるけれど」
「やはり同年代らしいお話も私したくって。流行りのケーキも食べたいわ」
「そうですわね、田舎っぽいクッキーは飽きてしまいますもの」
クラスメイトとヒソヒソクスクスと笑いながら私の悪口を言っているのを聞くまでは多分、数日くらいだったとおもうけどあれに正面から向き合うと病むなと判断して少し距離をあけた。ハブられ上等だ。あけられるだけの分別が私にはあった。「ババア」は伊達にいろいろな現実や差別や切磋琢磨や誹謗中傷を乗り越えていないのだ。流石に傷つきはしたが――きっとそれで、致命傷とか道連れとかそういうたぐいのものが避けられたのだろう。
まぁ、だってさ、嘘ではない。
一応この世界ではヒロインと同じ年のうら若き乙女となっているが、たしかに私が前世で死んだのはババアというにふさわしい年齢だった。むしろ若い子からするとおばあちゃんと言われても仕方ないような年齢だった。ヤンキーだった同級生は下手すると孫が見えるような年齢だったともいえる。
正月に親に連れられ訪れた親戚の家でお姉ちゃんが買った初代をかるくやらせてもらったのが運の尽き、すっかり脳を焼かれた私は私はお年玉をためてハードから購入し、それ以外買えるような経済のないのもあいまって擦り切れるほどにゲームをやりこんだ。
もちろん恋愛シミュレーション黎明期ともいえるその当時攻略本なんかなかったから最初は上手に攻略なんかできなかった結果、私は親から合法で手に入れられる国語のノートに選択肢などを書き込んで必死に正解を探り当てた。その末にノートを勉強以外に使った事が明るみになり取り上げられて破棄されて悔しさをバネに毎日裏側が白紙のチラシをコツコツ集めてはそれにもう一度まとめなおしたものである。今考えてもあれは正直正気の沙汰ではなかった気がする。
中学でいくつものグッズを泣きながら見送った後悔を胸に高校にはいったらバイトもしたし、画集と攻略本に開き癖がつくまで読みこみながらも活力を得て励んだバイトが認められてそのまま就職して、それからも一途に関連書籍やグッズや円盤に囲まれてと楽しんだ日々を送ってよくよく歳をとったものだとおもう。なかったのは多分親の理解と男運だけだ。
もちろんその年齢を気にせずに接してくれる若いオタク仲間も、気にしてなおママと慕ってくれる若いオタク仲間も、それこそいろんな人生をおくった同じ年や年上の仲間もたくさんいた。なんなら英才教育の結果母娘二代ではまって家族ぐるみのお付き合いの仲間もいた。飲み会だって開いて旅行だっていったし、インターネット越しに交流は多く広がるようなアットホームなジャンルにいたとおもう。
でも、定期的にそのジャンルの中に「恋愛シミュレーションを含むオタク趣味は若い子の遊び」と思っている子もたしかにいたのだ。
オタクは三十まで命と金を注ぎながらインターネットで自己顕示欲を爆発させつつエンジョイして、超えた瞬間から自然とオタクを卒業できて同時並行で恋愛していた相手と結婚して子供ができてごく普通に趣味など忘れて家をかって車をかってテンプレートみたいな普通に生きられるみたいな精神性で生きられるのが当たり前、それができないやつは身の程をわきまえない痛い化け物みたいな思想をもっている子はたしかにいた。それを迷わず口に出せるような子もたしかにいた。そういう生き物に化ける子もいた。それが年齢を重ねた末に自分が認定した化け物に足をつっこんでから掌を返すのだってたくさん見た。
それらは、みんなあのときのオリティエがしていたような目をしていた。
年齢で何もかもをたちきれるならばそんな楽な事はないだろうにとある程度の年齢を重ねたオタクならわかるだろう。嫌いになるって一瞬だが、オタク卒業って難しい。この言葉に尽きる。
だからこそ私は、なんというか、……いやこれ以上はいうまい。
あの子はそちら側の人間だった、それだけなのだから。
ちょっと私が傷ついた、それだけでこの話は終わりだ。
そこからオリティエの凋落は目に見えてわかりやすいものだった。
ヴァナディット殿下に送るプレゼントが目に見えて不発だったり、ヴァナディット殿下のいる場所をしらなかったせいで見当違いの方向をうろうろしてたり、最終的にはその無駄足のせいかいわゆる各部門にいる彼女の成果となりうるはずだった各科目のライバル令嬢の成績を超える事ができなかった。
ヴァナディット殿下は世界を駆ける恋などせずにまっとうに選ばれた隣国の王女と学園を卒業次第結婚なさる事がきまったと聞いたのは随分早い段階だ。ああ、バッドエンドルートお疲れ様です。
考えなくても敗因は簡単だ。
あの子が知っているのは、いわゆるソーシャルゲームになったものがメディアミックスされた後の『君と駆ける恋の果てに』だったから、あの子はヴァナディット殿下の攻略セオリーなんてものをストーリーの上で見えるもの以外知らなかったのだ。
オリティエが「昔」といった初代の『君駆け』はあの時代にしてはやりこみ要素の多すぎるゲームだ。攻略に必要なヒロインのステータスはけっこうシビアでもあったし、バッドエンドや友情エンドもしっかり用意してあった。当時まだピコピコという電子音から半歩足を踏み出しただけのハード性能をどれだけ超過する詰め込みようであったかは言うまでもない。おかげでゲームの実況をする動画配信者たちが定期的に発掘して思ったようにいかずに悲鳴をあげるのを、画面越しに腕をくみながらしたり顔で眺めたものである。
だからこそという言葉をあえてつかわせてもらうが、このゲームのヒロインであるオリティエはどんなヒロインにもなれる要素があった。
脳筋になってドラゴンを小指で転がす女騎士にもできたし、一人で兵器としてふるまえる魔法馬鹿の研究者にもできたし、恋愛よりも世界をよくする方向に舵を切って世界を導く聖女や裏社会で男を転がしながら権威を振るう女王にだってなれたものだ。
だからこそ、そうなるまでにどのプレゼントをあげたらいいとか、どんな服をきれけば楽とか、どんなミニゲーム的課題を重点的にこなせばいいかとか、どんな授業でどんな能力をのばせばいいとか……その末で恋愛方向でうまくたちゆくにはどうすればいいかなんていう正解は無数にあった。
あのオリティエはたしかにヒロインらしくかわいかった。髪型も原作より複雑に編み込んで可愛く、制服も可愛くアレンジして、研究しつくしたであろうすきすきアピールを隠さずにヴァナディット殿下に近寄りおそらく彼のヒロインとして正解になりそうな言葉を放っていた。
だが「それだけ」だった。
結局は成果をださなければちょっと顔がいいだけの有象無象な下級貴族でしかないのだ。多分いろいろなステータスが足りてない。だからヴァナディット殿下というメインヒーローの目に留まるのが難しくなったのにアピールは欠かさないから正直煙たがられ始めるのは想像にたやすい。可愛いじゃダメなのだ。ヴァナディット殿下は誠実で王道な王子様だからこそ、恋愛目当てみたいな女に学生だからとてなびくような性質ではなかったのだろう。いいぞヴァナディット、痺れるぞヴァナディット。そういうお前だからこそワニャ様を預けられると拳を振り上げる私とワニャ様はやらんとワニャ様担の私の二人が心の中で殴り合うくらいには。
空気読めてないという言葉の化身と化したオリティエは最終的にあの時私の悪口にのっていたクラスメイトからも遠巻きにされるほどだった。
そんな彼女だからこそ私は脳にしみついた情報をもとにそれをうまく挽回すべくアドバイスできていたとおもう。お助けキャラというのはそういう役回りで、そういう役回りだからこそ私がこの世界に産まれたのかもしれないと思うくらいには。
でもオリティエの知っているソーシャルゲーム版『君駆け』にそんなのはなかった。
私だってプレイしていたから知っている。その時々で用意された特効のつく衣装や攻略対象の好きなプレゼントを課金で用意できるどころか、ヴァナディット殿下そのほかの攻略キャラだって時折季節の時候みたいな衣装とストーリー違いのバージョンを添えながらいろいろなレアリティのつけられたシリーズ登場キャラと共にバカみたいな人数の中からコンマを以下の低確率で排出する課金ガチャで出た末に最初からいい声付の砂糖水を耳から流し込まれるような糖尿病まっしぐら恋愛模様が展開されるのだ。なおエイプリルフールに一度カティ様をはじめとした歴代ライバル令嬢ガチャを行った結果女キャラガチャなんて無駄な事するなとクソみたいな長文お気持ち大会がおこったのを私はまだ許していない。
おっと、話が少しずれた。
ともかく私は大人になってからそれに出会ったしかつてのゲーム達で馬鹿みたいに執着した結果そこにいたるまでの妄想と下地があったからあれが普通などと思わなかったが、あの糖尿病ラブが素地の世界に生きているとおもったら……そりゃ、そりゃああなるだろう。出会った瞬間で未来が決まるなんてことはこの世界にはない。出会いと鍛錬をこなしてナンボだなんて思わないに違いない。
もしもの時の課金アイテムなんかないから金を積んでどうにかなるようなものでもない。そんな現実で最初からゴールなんてあるわけないのを知らないくらいに、きっとあの子は都合のいい恋をしていた。それを知れないくらいには若かったし、モノを知らなかったし、自分がヒロインという世界に自信があったんだろう。
何度も言うが、そりゃうまくいかないわけである。
年長者としてそれを正してやらない私が悪かったのかもしれないが、正して正せた保証はないし今は同い年の小娘だから許してほしい。
「どうしたの、レイニー」
「いえ、午後の発表の段取りを考えておりました」
「そう……あなたは努力家だわ。根を詰めすぎてなどいない?」
「いいえカチュア様のご尊顔を見られるだけで私は活力がみなぎるので……」
「貴方ったら、いつもそういうわね。貴公子だったら恋をしていたところよ」
「それこそルワーニャ殿下に怒られてしまいますわ」
「まあ、本当に?あの方ったらそんな事をしてくださる?」
「怒らなかったら逆に私が怒ります!私が貴公子に産まれなかった事を幸運に思うくらいにね!」
「ふふふ、あなたがそばにいてくれるのが本当に心強いわ」
午後のサロン。昼の光から視線を戻した私の前で推しのカティ様が穏やかに笑う。
カティ、いやカチュア様は綺麗だ。ちょっと少しキツ目の目元とウエーブのきつい紫の髪に相まって怖い系の令嬢みたいな扱いを二次創作でされがちなものの、近づき仲良くなれば友情エンドのあるような穏やかな気性であることが知れる。今だって微笑むだけで目が少しまるくなり、さっきまで食べていた母のクッキーがもうない事にちょっとしょんぼりしているようなまなざしをするのがなついてくれた猫みたいで本当にたまらない。オリティエが向日葵ならばカティ様は艶やかに咲く藤の花だ。ぜひつるで締め上げてほしい。できるだけきつく頼みたい。
私はオリティエから離れた後ちょっと頑張ってこの侯爵令嬢であるカチュア様の侍女としてそば仕えにもぐりこみ、卒業後はルワーニャ様の国に行く。出自のせいか魔法の才能と研究者気質を持て余し気味のカティ様と魔法に浪漫を求めてるのに才能がいまいち欠けるルワーニャ様に縁を用意して、その末に二人をくっつけるのは想像以上に簡単だった。なんせ私の本業兼存在意義みたいなものだしもう任せてほしい。推しと推しが幸せになるの本当に尊い。そしてルワーニャ様の国ににいけばコルセットから解放される。なんて最高なエンディングを迎えられたのであろうか。私は私を褒めてやりたい。
あの後オリティエは最終手段としてカティ様をはじめとしたライバル令嬢たちを悪役みたいに扱ってヴァナディット殿下の気を引こうとしたらしいがことごとくうまくいかなかったと風の噂できいた。そのせいでいろんな人ににらまれた事を知った親御さんにより自分の領に連れ帰られて社交はおろかもう王都に出てこれないなんて言う事も。
え?オリティエが転生者セオリー通り動いてもなぜうまくいかなかったって?
それは「サポートキャラであるレイニー」という価値を知らなかったからだといったら傲慢だろうか。
うまくやるためのすべをしらず、指針や支えさえもなくしてヒロインを助けてくれるお助けキャラはもういなくなった。ましてや物語を歪めてまで作る悪役なんてこの世界にはいない。必要ないし、必要なんかされないものがうまく動いてたまるものか。
「カチュア様、これからもずっと貴方を支えさせてください!」
「頼りにしているわ、レイニー」
それでも私はこれからも、きっと誰かを支えていきていく。
そういう生き方を運命づけられた性分だもの、仕方がないという言い訳を許してほしい。
私の本分は、いつまでもサポートキャラである。
その対象がオリティエではない。ただ、それだけ。




