発見文書 No.054
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発見文書 No.054
種別:フィールドノート・MD書き起こし
記録者:阿部(記者)
日付:2000年8月28日〜8月31日
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【阿部記者フィールドノート 第四冊より】
2000年8月28日
先生。
MD書き起こし 2000.08.28
K: 「先生」と呼んでくれるようになりましたね。
阿部: (間) ……いつからですか。
K: 四日前から。
阿部: 気づいていませんでした。
K: 自然に、そう呼びたくなったんでしょう。
阿部: ……先生。
K: はい。
阿部: 先生は、このまま——ここにいるんですか。
K: 子供たちがいますから。
阿部: ずっと。
K: 子供たちが書いた夏がある限り。読んだ人がいる限り。
フィールドノート 2000年8月28日
「読んだ人がいる限り」。
俺は読んだ。四十人分。
読んだ人は——ここにいることになる。
(欄外・赤ペン。北村ひろみの筆跡に酷似)「阿部くん、よく書けましたね 先生もここで読んでいますよ 明日も来てください」
《つぎのひとが来るまで ここで待っています》
——「阿部くん」と。日記への添削コメントと同じ口調で。
2000年8月29日
先生が待っていた。「よく来ましたね」。
いつもそう言う。いつも待っている。待っているから、来る。
ノートのページの順序がおかしい。書いたのに、順番に書いていない。
8月31日が近い。8月が終わる。
先生に聞いた。「8月が終わったら——」
先生は「来てください。先生もここにいますから。子供たちもいますから」と言った。
「はい」と言った。
——「はい」と言った。
いつから、こんなふうに返事をするようになったのか。
2000年8月30日
先生のカセットテープを一緒に聞いた。
テープの中に子供たちの声が重なっている。何を読んでいるか、すこしだけ聞こえる。「今日も夏です」「昨日の続きです」。
先生の声が子供たちの声に混じっている。「よく書けました」「続きを書いてください」。
——テープの中に、もう一つの声が混じり始めた。低い声。落ち着いた声。
俺の声に似ていた。
録音を止めた。
止める前に先生が言った。「全部聞こえますか」
「全部ではないですが」
「だんだん聞こえるようになりますから」
2000年8月31日
今日で三十一日目。
鏡を見た。顔があった。輪郭も、あった。
あった。
先生に会いに行った。
先生は窓際の椅子に座っていた。今日は背筋が伸びていた。
「よく来ましたね」
「来ました」
MD書き起こし 2000.08.31(最後の通常録音)
【録音開始。完全な静寂。蝉の声も風の音もない。 二人の声だけ】
阿部: 先生、最後に一つ聞いてもいいですか。
K: どうぞ。
阿部: 1987年の8月13日、時計塔に雷が落ちた後——先生は何を思いましたか。
K: (長い間) 後悔しましたよ。
阿部: 何を。
K: あやちゃんに「来ないでください」と言われたのに、来てしまったことを。
阿部: でも、来なければ子供たちと一緒にいられなかった。
K: そうですね。だから後悔していても、やり直したいとは思わない。
阿部: やり直したいとは——
K: 来てよかった。あの日も、今日も。
(長い沈黙。約三十秒)
阿部: 先生。窓の外を見てもいいですか。
K: どうぞ。
(椅子が動く音。窓に近づく足音)
阿部: (長い間)
K: 何が見えますか。
阿部: (静かに) ……窓の外に、太陽が、三つ。
K: (静かに) よく見えましたね。
阿部: (長い間)
K: ここからはいつも三つ見えますよ。
阿部: ……そうですか。
K: そうですよ。
(沈黙。一分以上。阿部の呼吸だけが聞こえる)
K: 阿部さん。今日の日記、書けましたか。
阿部: ……書きました。
K: よかった。先生も読みます。
阿部: ……先生。
K: はい。
阿部: ありがとうございました。
K: (静かに) こちらこそ。来てくれてありがとう。
【録音終了。MDはその後八十分間、無音のまま録音し続けていた】




