11話
「……記録終了。ちっ、ログを纏める価値もないな」
無数のディスプレイが青白い光を放つ薄暗い部屋で、機嫌の悪そうな少年がコンソールを乱暴に叩く。部屋の中央に設置された大小様々なホログラムはリアルタイムで変化しており、その様子は地下都市のミニチュアのようだ。
「ふん、ふ〜ん」
この空間には似つかわしくない軽やかな小鳥が囀るような鼻歌に、少年は眉間の皺を深くしながら目線だけを向ける。
「うるさい」
「ね、イチ。この間のログもう一回見せてよ。例の新人指揮官のさぁ」
「……」
イチと呼ばれた少年がホログラムを弾く。現れた画面に映し出されたのは、先日オオガミの旧整備通路で起きた戦闘のログデータ。そして、最後にイチが残した解錠コードとメッセージが残されていた。
「僕らの依頼をなんらかの方法で横取りした新人指揮官……イレギュラーな事態かと思って介入してみたけど、とんだ間抜けだ。監視する価値もない」
「僕も興味な〜い」
「……うざ。じゃあなんで見せてなんて言ったんだよ」
「一応ね、ターゲットの顔は確認しておこうと思って。それよりこれ、どうかな?清楚に見える?守ってあげたくなる?」
イチの前でくるくる踊る純白のワンピースに、ツバの広い帽子。完璧な角度で上機嫌に微笑むそれは、一部の隙もない美少女のそれだ。
「しらねぇよ、てか話聞けよ」
「聞いてるよ〜」
スカートの裾を摘んでひらりと回ると、鏡を見て楽しそうに笑う。
「あの新人に興味はないよ。馬鹿そうだし、隙だら
け。童貞丸出しって感じ?」
「ならなんでわざわざ接触する。放っておけばいいだろ」
「興味があるのは……彼が『ニルヴァ』と接触したってことだけ」
見た目は可憐な少女のまま。しかし鏡越しに見るその瞳は、獲物を狙う猛禽類のように鋭く細められていた。
「ふふ。じゃあ行ってくるね。ニンファにはいい感じに言っておいてね」
◇◇
「わぁ〜!きーちゃんってば、このリボンすごく似合う!」
「次はこのフリル付きのケープにしましょう」
「ぷゅぅ〜♪」
ホロケウとカナヒサが訪れた数日後。ハーベスタ部隊のアジトには穏やかな時間が流れていた。新規の依頼も来ず食料問題という目先の問題も解決し、リラックスしたカノンとリコリスによってきなこは着せ替え人形になっていた。オオガミ工業からの支援でふっくらとした体型を取り戻したきなこは、されるがままにピンクのリボンやレースのケープを纏い、満更でもなさそうに短い手足をパタパタさせている。
「平和だねぇ……」
その横で、ノヴァもコーヒーを啜りながらまったりと過ごす。まさに至福の時間だ。このまま自堕落に過ごし、腹を満たして二度寝、三度寝を繰り返していたい。そう思っていたのだが――。
「……あー、行かなきゃダメかぁ」
テーブルの上に置かれた一枚の名刺をちらりと見やる。先日カナヒサから渡されたそれには『株式会社クライシード 調律師ウトナ」と記されていた。
「指揮官くん、そろそろ行くの?」
「うん。僕の端末、この間の戦闘で完全にイカれちゃったからね……早く直さないとそろそろ怒られそう」
「怒られるならとっくに処分を受けていると思いますが……調律師を紹介して貰えるなんて滅多にないことですよ」
「まぁね、大企業間のコネって凄いな」
セレネの傘下の元、地下都市を支える四つの大企業、オオガミ工業が司るのが地下都市の人々の生活とするなら、クライシードが支えるのはIIDFそのものだ。クライシードはゼノタイプに対抗できる兵器エドラを研究・開発している。その卓越した技術力はエドラだけには留まらず、戦闘をサポートする端末や装置と多岐に渡る。多忙極まりない会社故に、直接やりとりすることはIIDFの軍人でも稀だ。
「会社も凄い大きくて綺麗だよねー」
「一流企業ですからね」
「……実はさ、僕も昔クライシードに入社しようと思ったことあるんだよね」
「えっ!? 指揮官くんが!?」
リコリスが目を丸くした。
「確かに指揮官くん、手先も器用だし機械弄りも好きだからね〜」
「むしろなぜ軍人に?」
「あはは……それがさぁ……面接の日に、盛大に寝坊しちゃって」
「えっ」
「起きたら夕方だったんだよね。当然不採用」
「…………」
カノンとリコリスが何とも言えない表情を見合わせる。
「貴方ならやりそうですね」
「指揮官くんらしいというか、なんというか……」
「ぷゅ……」
「分かってたけど微妙に傷つくリアクション」
「昔から変わらないのですね。……また寝坊したと思われますよ、ノヴァ。急いで下さい」
「はぁい、じゃあ行ってきます」
壊れた端末と財布を適当に鞄にしまい、ひらひらと手を振る。
「はい、いってらっしゃいませ」
「お土産よろしくねー!」
「ぷゅーッ!」
三人に見送られ、ノヴァは渋々アジトを後にした。
◇
拠点のある中層区画から、巨大なエレベーターに乗り込む。白と銀のフレームにガラスが嵌め込まれた豪奢なエレベーターが静かに下降していく。上層のエレベーターとは異なり、重力を感じさせない。地下都市の住民に余計なストレスを掛けないように細かに調整されていた。
暫くすると窓の外の景色が一変する。無機質で規律正しい軍事施設が並ぶ上層とは異なり、地下都市の下層は、美しい空と街並みが広がっていた。
セレネや企業たちが作り上げた地下都市は、人工照明とホログラムによってかつて存在していた大都市を完全に再現しているという。地下で生まれ育ったノヴァが本物を知る由はないが、歴史がそうだと言っているのなら、間違いないのだろう。
「久々に来たけど相変わらず賑やかだな」
エレベーターを降り、改札を抜ける。ピロン、と軽快な音と共に身分証明の確認が自動で行われると、『おはようございます。ノヴァ・ヘリクス。今日も素敵な一日でありますように』と、都市の人工知能から歓迎の言葉をかけられる。
「よかった。端末壊れてるけど、承認してくれた。紙の証明書とかどこで使うんだと思ったけど、捨てないでよかった」
などと独り言を言うと、人工知能が近くのパネルにクライシードへの道筋を示す。親切心からなのだろうが、早く端末を直してきなさい、と急かされたような気分だ。
セレネによって完璧に統治された都市。道ゆく人々は皆満たされた表情をしており、ここが楽園であることを再認識する。
「ちょっとだけど、息苦しいけどね」
ノヴァは人混みを縫うように歩きながら、ぐぅと腹の根が鳴ったことに気づく。
「……腹ごしらえしてから行くか」
ポケットから財布を取り出し、中身を確認した。中に入っている透明なカードには僅かなレネしか記載されていなかった。
「レネ、チャージしたはずなのにもうない。なんか屋台で買うか」
世知辛い現実に肩を落とし、安そうな屋台を探そうとした、その時だった。
「あら……困りましたわ。どうしましょう」
通りの脇、少し開けた広場のベンチで、一人の少女が立ち尽くしていた。
真っ白なワンピースに、ツバの広い帽子。深窓の令嬢といった風情の少女だ。彼女は足元の小型の機械を見つめて困り果てていた。
その美しくどこか浮世離れした雰囲気に微かに虹彩煌めく青色は、地下都市の貴族――永遠の時を保証された人類「エテルニタス」のそれだった。
ノヴァは自然と少女の元へと向かっていた。
「大丈夫?」
「えっと、急に装置が動かなくなってしまって」
少女が指差したのは白い鞄だった。ただの鞄ではなく、物質を電子化して情報を取り込み、大型の荷物を簡単に持ち運ぶ用途で使われる小型の精密機械だ。装置が故障すれば、中に入ってる重力がそのまま反映されてしまい、小柄な少女の腕ではびくともしないだろう。
「ちょっと見せて。直せるかも」
「まぁ! よろしいのですか?」
ノヴァは膝をつき、手慣れた様子でパネルを開ける。簡易的な応急処置なら、工具なしでもなんとかなる。配線を指先で器用に繋ぎ直すと、装置が正常に作動する。
「とりあえず大丈夫そう」
「すごい……!魔法みたいですわ!」
「へへ、昔ちょっと弄ったことがあったから」
「ありがとうございます、助かりました。私はヒムカと申します。貴方様のお名前は?」
「僕はノヴァだよ」
「ノヴァ様……お優しいお方ですわね」
ヒムカと名乗った少女は、花が綻ぶように微笑んだ。その笑顔の破壊力にノヴァも自然と頬が緩む。
「……ヒムカも、この辺りに用事があったの?」
「ええ。私はガーデンから来たのですが、クライシード社へ父のお使いがあって……ノヴァ様のおかげで荷物を無事に届けられそうですわ」
「ガーデンね……お嬢様がそんな遠いところからわざわざ……」
納得したノヴァは、ポンと胸を叩いた。
「僕もこれからクライシードに行くところなんだ。よかったら案内するよ」
「本当ですか?まぁっ……なんて素敵な偶然!」
ヒムカは瞳を輝かせ、ノヴァの手をギュッと握った。
「ぜひお願いします、ノヴァ様」
「……う、うん。任せて」
ふわりと漂う花の香りに思わず目を逸らすノヴァ。カノンやリコリスとも違う、甘い香りが鼻腔をくすぐった。
◇
「あれは何ですか?とってもいい匂いがしますわ」
「あれはハンバーガーの屋台だよ。ガーデンにはあぁいう出店はないの?」
「えぇ、基本的にお食事は全てお屋敷に届けられるので。カフェやサロンはたくさんありますが」
「住む世界が違う……」
ヒムカは初めて見るような景色に興味津々で、ことあるごとにノヴァに質問を投げかける。その無邪気な様子に、ノヴァもついつい口が滑らかになる。
「いい匂い……。そういえば、お昼がまだでした。ノヴァ様は?」
「あー、僕もなんだよね。どこかで食べてく?」
ノヴァが提案すると、ヒムカは近くにあった小綺麗なオープンカフェを指差した。
「あのお店、素敵ですわ! 入りましょう!」
「う、うん!いこ、いこ」
エテルニタス御用達の豪華なカフェとは比べるべくもないが、少し値が張る店だ。ノヴァの財布の中身では、コーヒー一杯が限界だろう。
言い淀むノヴァを見て、ヒムカはきょとんと首を傾げ、そしてすぐに何かを察したように微笑んだ。
「案内のお礼に、私がご馳走しますわ。……ダメですか?」
「えっ」
「ノヴァ様のおかげで助かったのですもの。これくらいさせてくださいな」
上目遣いでお願いされ、さらに懐事情も寂しい。ノヴァに断る理由はなかった。
「……そ、そこまで言うなら、お言葉に甘えようかな!」
「ふふ、やった! たくさん食べてくださいませ」
席に着き、運ばれてきた豪勢なランチセットを前に、ノヴァは心の中でガッツポーズをした。
美少女とデートができて、しかもタダ飯にありつける。今日はなんてツイている日なんだろう!心の声が表情にダダ漏れだと、リコリスやカノンがいたら突っ込まれたことだろう。
「美味しいですわね、ノヴァ様」
「うん、最高……」
向かいの席で、上品にサンドイッチを頬張るヒムカを見て、ノヴァの口から自然と幸せそうな声が溢れる。
なお会計の際はヒムカが全て支払ってくれた。
レシートを見て目を剥くノヴァを見て、ヒムカは面白そうに微笑んでいた。




