偽りのマリー~伯爵令嬢に隠した王家の血と愛 マザコン男なんて紹介するんじゃないわよ。素敵な方とわたくし幸せになります。
「お前がマリーか。私がエフェルだ。コーエン公爵家の次男だ。公爵家の私が伯爵家に婿に入ると言っている。感謝するんだな」
マリー・アレスト伯爵令嬢は驚いた。ロディス王太子殿下がアレスト伯爵家に婿を紹介してくれるという。今まで、派閥の筆頭公爵家ディセシア・レセル公爵令嬢に仕えるのに忙しかった。
茶の髪に青い瞳。地味な容姿のマリー。
しかし、マリーももう20歳。そろそろ婿を取ってアレスト伯爵家を継がねばならない。
どこか娘に遠慮しているアレスト伯爵夫妻。そりゃそうだ。アレスト伯爵夫妻は本当の両親ではないのだから仕方がない。
ロディス王太子殿下の紹介とあっては断る訳にもいかない。
両親とともにコーエン公爵家に出向いた。
客間でコーエン公爵夫妻と、公爵家次男のエフェルという、婚約を結ぶ予定の令息に面会した。
アレスト伯爵夫妻は頭を下げて、
「これはコーエン公爵、本日はお招きを頂き有難うございます」
「こちらがわたくし達の娘マリーですわ」
「マリーでございます」
マリーが挨拶すれば婚約予定のエフェルに言われたのだ。
エフェルは見かけは美しい。金の髪に青い瞳の令息だ。歳は20歳。
「お前がマリーか。私がエフェルだ。コーエン公爵家の次男だ。公爵家の私が伯爵家に婿に入ると言っている。感謝するんだな」
思いっきり上から目線で。
コーエン公爵もふんぞり返って、
「うちの息子は見た通り、金髪に碧眼と完璧な容姿。優秀なのに、どこの家も婚約を結びたがらない」
コーエン公爵夫人も、
「うちのエフェルのどこが悪いと言うのかしら。何をやらせても完璧なはずよ。王立学園でも勉強の成績は20位には入っていましたし、剣技だってロディス王太子殿下と同等に渡り合う程に出来がよろしくて。それなのに皆、遠慮してしまうんですの。あまりにもうちのエフェルが完璧だからかしらねぇ」
マリーは思い出した。
マリーはロディス王太子のファンだったから、時々、他の令嬢達に交じってこっそりと王立学園時代、校舎の違うロディス王太子を見に行ったことがあった。
そういえば、この男。いたわね。
ロディス王太子が人望があり、沢山の生徒達の中心にいた。しかし何故か、エフェルが歩くと人が避けていたような気がする。
優秀だけど、どこか変人で態度も傲慢。問題があった人。そういう印象だ。
ちょっと、こんな問題児をどうして、わたくしの婚約者に選んだのかしら。ロディス王太子殿下。失礼だわ。
怒りが沸きあがる。
諦めるしかなかったロディス王太子殿下への想い。
王立学園を卒業してから、やっと自分の人生を生きようと思ったのに。
エフェルはマリーに、
「マリー・アレスト伯爵令嬢。男女共の成績順位で25位を常にキープしていたな。私より少し下か。まぁ女は少し愚かな方がいい。その方が可愛げがある。そうでしょう?ママ。じゃなかった母上」
マリーは心の中で毒づいた。
ママ???ママって言ったわよね。この男。とんだマザコン?
まぁ婿に来るなら、いくらなんでも母親はついてこないわよね。
コーエン公爵夫人は、
「王都の屋敷はお互いに近いわ。可愛いエフェル。婿に行ってもわたくしは様子を見に行きますからね」
「ああ、母上に会えるなんて嬉しいよ」
マリーはコーエン公爵夫妻に向かって、
「この婚約、お断りさせて頂きますわ」
コーエン公爵は、
「ロディス王太子殿下からの紹介だぞ。王家の命を断るのか?我が公爵家にも失礼だろう」
アレスト伯爵夫妻は真っ青な顔をして震えている。
マリーは、コーエン公爵に向かって、
「それならば、わたくしから王太子殿下に抗議致します。それでよろしいかしら?」
エフェルは怒りまくって、
「何て生意気な女だ。伯爵令嬢ごときが、我がコーエン公爵家との婚約を断るだなんて。我が公爵家からも王家に訴えさせて頂く。どんな罰が下ろうとも覚悟する事だな」
マリーはアレスト伯爵夫妻に、
「帰りましょう。父上、母上」
二人を促して馬車に乗り込んだ。
怒りが沸きあがる。
二人に向かって、
「お二人は心配しなくてよろしいわ。わたくしから王太子殿下に抗議致します。なんであんなひどい男をわたくしの婿にしようとしたのかしら。馬鹿なの?馬鹿?きっと馬鹿なのね。だから安心して下さいませ」
アレスト伯爵は首をかくかくと振って、
「任せるよ。マリー」
マリーは二人をアレスト伯爵家の前で降ろすと、その足で王宮へと出向いた。
ロディス王太子殿下に面会を求める。
客間で待っているとロディス王太子が慌てた様子でやって来た。
「こ、これは、何用かな?」
マリーはロディス王太子に向かって、
「貴方、わたくしに何か恨みがあるのかしら?何であんな男を婚約者に推薦したのか、じっくりと聞かせて貰いましょうか?」
「そ、それは彼はコーエン公爵家の次男で、成績も優秀。アレスト伯爵家の婿にふさわしいと」
マリーは叫んだ。
「彼の人柄をしっかりと貴方は見ていたのですか?あのような男を婿に受け入れてわたくしが喜ぶとも?わたくしは、ずっと貴方の事が‥‥‥」
ロディス王太子は俯いて、
「私だって君の事を気にかけていた。時々見かける君の凛とした姿が‥‥‥でも、私は当時、隣国の王女と婚約を結んでいた。王女が亡くなって君が婚約者になると聞いてどれだけ嬉しかったか」
「わたくしもですわ。わたくしだって側妃になっても良い位に、貴方の事を好きだった。貴方の傍にいることしか、考えられなかったの。でも、それは叶わなくなった。わたくしは‥‥‥」
部屋のドアが開いて、ロディス王太子の婚約者のディセシアが入って来た。
マリーを見ると、
「お久しぶりでございます」
ロディス王太子はディセシアの傍に行き、
「私はディセシアを今は愛している。彼女の人柄を。彼女と出会えて幸せだと思っている」
涙が零れる。
運命はなんて残酷なの。
マリーは、
「ともかく、わたくしはコーエン公爵令息と結婚はしたくありません。この婚約、いかに王家の命といえどもお断り致しますわ。では失礼します」
見たくない。あの二人が仲良く寄り添う姿なんて見たくない。
マリーは、その場を後にしたのであった。
今でも思い出す。
あの衝撃の夜を。
マリーがディセシアとして、ロディス王太子との婚約を喜んでいたあの夜‥‥・
ディセシアの母、レセル公爵夫人が告白したのだ。
ディセシアはそれまで有頂天になっていた。
だって、好きだったロディス王太子の婚約者に選ばれた。
王妃様がディセシアを推薦してくれたのだ。
王立学園で見かけて以来、彼が好きになった。
美しきロディス王太子殿下。
校舎が違っていても、他の女生徒達と一緒に、密かにロディス王太子の姿を見に行った。
彼が隣国の王女の婚約者だったとしても。
自分は側妃でも構わない。彼の傍にいたい。そう思った。
だから、隣国の王女が病死したと聞いて、そして正式に自分が婚約者に選ばれたと知って、なんて幸せなと。
しかし、母レセル公爵夫人は父レセル公爵に向かって、
「この婚約を断って下さいませ」
「何故だ?我が公爵家から将来の王妃が産まれるのだ。誇らしいではないか。筆頭公爵家として相応しい栄誉だ」
「でも、貴方。これだけは絶対に駄目なのです」
ディセシアは母に向かって、
「何故?お母様。わたくしはロディス王太子殿下と結婚したい。側妃でもいいから傍にいたいと常々言っていたではありませんか。やっと叶うのですよ」
レセル公爵夫人は泣き崩れて。
「姉弟が結婚出来るはずないでしょう。貴方は国王陛下のお子。陛下の血を引いているのです」
レセル公爵は真っ青になり、
「お前、私を騙して結婚したのか?」
「だって、わたくしはあの方を愛していたのですもの。どうしても産みたかった。でも、それは許されぬこと。王妃様に知られたら。だから、わたくしは貴方の子としてディセシアを」
わたくしとロディス王太子殿下は姉弟だったの?わたくし達は‥‥‥きょうだい‥‥‥
あまりのショックに泣き崩れた。
あああ、わたくしとロディス王太子殿下はきょうだいっ‥‥‥
食事も喉を通らず部屋に籠って泣いた。泣き暮らした。
ディセシアは、マリー・アレスト伯爵令嬢として生きる事になった。
父が、レセル公爵家の名誉を優先したからだ。
自分とよく似ているマリーと、ディセシアは入れ替わる事になった。
現在、入れ替わったマリー、現ディセシアは、ロディス王太子殿下の婚約者として、仲睦まじく暮らしている。
そして自分は‥‥‥
あの男だけは嫌だ。
そう強く思った。
絶対にあの男と婚約なんてしない。
強く誓って、王宮を後にした。
コーエン公爵家との婚約話は無くなった。
だが、ロディス王太子は次なる令息を紹介してきた。
婚約者候補が近いうちにアレスト伯爵家に来ると書いてあった。
「余程、わたくしの事が心配なのね。王太子殿下。でも、今度はちゃんとした人を紹介して欲しいわ」
そう思っていたら、二日後、アレスト伯爵家に一人の人物が訪ねてきた。
「リンドールと申します。王宮で母の執務を手伝っております」
「え???えっ。リンドール殿下。リンドール殿下が我が家に何用で」
アレスト伯爵家の両親がそれはもう慌てた。
勿論、マリーもである。
ロディス王太子に似た眼差し。それはそうだろう。彼はロディス王太子の兄なのだから。
ただ、マリー(ディセシア)との血の繋がりはない。
王妃が前夫との間に産んだ子だからだ。
リンドールは長い金の髪を背まで伸ばして、後ろでひとまとめにし、優雅な仕草でソファに腰かけて。
「ロディスと母の勧めでこちらに参りました。私を婿に迎えるというのは如何でしょう」
リンドールは今、23歳。マリーより3歳年上の男性である。
全くの初対面だ。王宮の行事で見かける事はある。
彼自身は殿下と呼ばれているが、王族ではない。
王妃が前夫との間に産んだ息子なのだから。王妃の実家は兄が継いでいるので、リンドールがそちらを継ぐことは出来ない。
リンドールは言葉を続けて、
「私は今、中途半端な立場におります。よろしければそちらに婿に入れれば良いと。ロディスはいい顔をしなかったんですが。兄に気になっていた人を取られるのは嫌なのでしょうね。私は貴方とは初対面で、会った事はありません。でも、貴方がロディスを諦めなければならなかった悲しみ。とてもよく解ります。ですから、どうか、私と婚約して下さいませんか?これから伯爵家の婿として勉強をさせて頂きます。母が勧めてくれたんですよ。マリーには幸せになって欲しいと」
王妃様が気にかけてくれていた?
だって、わたくしは母が国王陛下と不倫をして出来た子よ。憎いはずだわ。
でも‥‥‥
リンドールに向かって、
「わたくしは前向きに考えたいと思います。貴方の人となりを知りたいわ。それから王妃様にお礼を言いに伺いたいです」
王妃様のお気持ちが嬉しかった。憎いはずの自分を気にかけてくれたその気持ちが。
リンドールはにこやかに、
「母も貴方に会いたがっている。一緒に参りましょう」
王宮の王妃陛下の自室にマリーは招かれた。
王妃はマリーに向かって、
「貴方、大変だったわね。こうして会えて嬉しいわ。あえて、似ないようにしているのね。ディセシアに」
ディセシアは美しい金の髪に青い瞳の女性だ。
マリーは、そのままの姿だとディセシアにそっくりになってしまう。
だから、髪を茶に染めて、出来るだけ地味な見た目にしてきた。
マリーは王妃に向かって、
「この度は、リンドール殿下をわたくしの婿に勧めて下さり有難うございます」
リンドールはマリーの手を取って、
「私としてはアレスト伯爵家に婿に入ることは構わない。いずれはどこかの家に婿に行かなければと思っていたから」
王妃はマリーに、
「貴方がロディスの事を愛していたと知って、あまりにも悲しいと思ったわ。国王陛下の過ちが貴方をこんなに苦しめる事になるだなんて。勿論、わたくしも苦しんだわ。ああ、でもどうか、リンドールと結婚して幸せになって頂戴。リンドールは優秀でよい息子だわ。ほら、ロディスに似ているでしょう。でも、ロディスよりも、ずっと貴方の役に立つと思うの。ね?」
「有難うございます。リンドール殿下の事をわたくしはまだ何も知らないわ。ですから、少しお付き合いをして、アレスト伯爵家の婿としてふさわしいか見極めたいと思います」
「そうね。王家の命としての婚約と思わないで頂戴。貴方が嫌だと思ったら断っても構わないわ」
王妃様の心が嬉しかった。
だから、前向きに考えよう。そう思えた。
リンドールは真剣にアレスト伯爵家の領地の事を勉強した。
アレスト伯爵夫妻も、
「優秀な婿が来てくれるなんて、本当に助かる」
「そうね。それもリンドール殿下だなんて」
マリーはリンドールに領地の事を教えながら、まだまだ自分にもわからない事があるので、共に学んだ。
息抜きに王都の街へ馬車で出かけた。
「ああ、今日はいい天気だね。君と一緒に出かけられるなんて嬉しいよ」
「わたくしもですわ」
馬車から降りて、流行のカフェに行こうとしたら、声をかけられた。
「マリーだな。待っていたぞ。私がお前と結婚してやるというのに断って。ママも怒っていたぞ。よくもコーエン公爵家に泥を塗ったな。野郎ども。やってしまえ」
リンドールが腰から剣を抜いて、
「コーエン公爵家はこんな汚い事をっ。私が相手だ」
その時、ガタイの良いムキムキ達が現れて、あっという間にならず者たちを倒してしまった。
一人、残されたエフェル。悔し気にこちらを睨みつけてきた。
金髪の美男が進み出て、
「コーエン公爵子息のエフェルだな。屑の美男だ。野郎ども。簀巻きにしろ」
あっという間にエフェルは簀巻きにされた。
マリーは金髪の美男に向かって、
「助けて頂き有難うございました」
「いや、こちらだって、屑の美男が手に入ったんだから」
「屑の美男?」
「ああ、これから正義の教育をじっくりと。それでは」
簀巻きにされたエフェルが叫んだ。
「私をこんな事をして我がコーエン公爵家が黙っていないぞっ」
リンドールが、
「変…辺境騎士団の皆様方ですね。貴方達はどこの王国にも属していない」
エフェルは真っ青になる。
「え?それじゃ。私は。いやだぁーーーーーーーーー」
噂に聞いていた変…辺境騎士団。屑の美男を教育するムキムキ達がいるどこの王国にも属さない。
そこへ攫われていったのか。
マリーは、リンドールに優しく顔を見つめられて、
「君に怪我が無くてよかった。さぁ、カフェに入ろう」
二人でカフェの個室に入って、夕日を見つめながら色々と話した。
王国の事。領地の事。これから先の事。
リンドールはマリーに、
「君に言ったら怒られるとは思うけど、私は君に出会えてとても幸せだと思っているよ。本物のマリーはもっと気弱な感じでね。私は君みたいな凛とした女性がとても好みだ。母の影響かな。そんな事を言ったら母離れ出来ないと思われそうだ」
「エフェル様は母離れ出来ないマザコンでしたもの。リンドール様が王妃様を理想とするお気持ち解りますわ。王妃様は立派な方ですわ。でも、まぁマザコンはほどほどにお願い致しますわね」
二人で顔を見合わせて笑った。
この人となら新しいマリーとしての人生を、幸せに生きる事が出来る。
マリーはそう強く思った。
後に、マリーはリンドールと結婚した。
可愛い4人の娘に恵まれ、リンドールは、めちゃくちゃ娘達を可愛がった。
テラスで今日も、娘達と一緒に遊ぶ夫リンドールを見つめながら、幸せに浸るマリーであった。