公爵と弟と姪っ子と
レアン・ヴォルフレッド。
彼はシルベリアの残虐公爵と名高く、皇帝ですら彼を恐れるほど。
残虐という名前は魔物討伐の際に狂気的な強さを誇った為付けられたという。
彼は美形であり近づく女性も絶えないが、彼自身は女性が好きではない。
正確には、レアンは地位と名誉、顔に惹かれてやってくる女性が好きではなかった。
彼は幼少期から今は亡き父親に過酷な訓練を強いられており、その強さは訓練に耐え抜いて得たものだ。
レアンは誰からも恐れられていた。
それ故にずっと孤独に生きてきた。
そうリメアに聞いた私は、思わず涙を零してしまった。
「なので、私は公爵様には幸せになってほしいんです。幼少期から見てきましたが、あまりにも不憫で…」
「リメアは、幼い頃からここにいたの?」
「あ、はい。私のお母さんがここで働いていて、それで。」
公爵様は、孤独だったんだ。
きっと、公爵邸の人達しか信頼していないんだ。
リメアは、だから私に公爵様と仲良くなって欲しかったんだ。
「リメア、私はね。」
私は公爵様と愛し合うつもりはないと伝えた。
リメアは驚いた顔をしていたけれど、すぐ笑顔に戻った。
「愛がなくても、ルチェット様ならきっと大丈夫です。長々と話してごめんなさい、聞いてくれてありがとうございます。」
「聞いたのは私だし、こちらこそありがとう。お礼に、私の生い立ちを少し話しても良い?」
「ルチェット様の生い立ちですか?無理しなくても…」
「いつか、話さないといけないと思っていたから。」
私は、暴力的な所はオブラートに包みながら、リメアに生い立ちを話した。
リメアは相槌をうってくれながら聞いていたけれど、途中鼻をすすっていた。
「リメア、こんな…こんな私でも仲良くしてくれる?」
「ううっ…勿論ですとも…!!」
暗い話が続いてしまった。
窓の外を見ると、話と同じように暗く、夜になっていた。
美味しい夕食を食べてから私達は浴場へと足を運び、リメアに髪の毛を洗ってもらう。
自分で出来ると前に言ったんだけど、リメアはやりたくてやっているそうだ。
私は体を洗って湯船にゆっくりと浸かる。
温かくて心地よい。
今日は本当に色々なことがあったな。改めて疲れを感じる。
「そういえば、公爵様の弟さんの奥さんに会ったの。」
「あ、ディアナ様の事ですか?」
「知ってるの?」
「はい、お会いしたことがあります。綺麗な方ですよね。」
ディアナさんは今度遊びに来てくれると言っていたから、今から楽しみでわくわくする。
けれど、私にはやりたい事があるからもうちょっと先だと嬉しい。
「私、貴族教育を受けてみたい。」
「貴族教育ですか…確かに、先程社交界にも出たことがないと仰ってましたね。いいと思います!」
「早速公爵様に頼んでみようかな。」
明日の予定も決まったので、湯船から出て体を拭いてネグリジェに着替えた。
リメアとおやすみの挨拶を交わした後、すぐに眠りについてしまった。
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レアンはルチェットの専属であるリメアに、ルチェットが寝たら執務室に来るように伝えていた。
リメアが執務室の扉をノックして入ると、そこにはカオンもいた。
「公爵様、何か御用でしょうか?」
「………腕。」
「はい?」
「腕を触らせてほしい。」
「…………はい??」
端的な言い方に疑問しか浮かんでこないリメア。そんなリメアにカオンはこっそりと耳打ちをした。
『公爵様、夫人の腕が細すぎると思ったから比較させてほしいんだって。』
『わ、私を比較対象にする訳ですか。』
『そう、頼むよ。』
リメアは仕えている主人に腕を触られるなんて、雷が落ちるんじゃないかとびくびくしていたが、決心がついたのか腕をバッと差し出した。
レアンは腕をあの時のように掴んだ。
「………やはり、あの女は細すぎる。カシエレの貴族はふざけているのか?」
「………。」
リメアは言わなかった、ルチェットの悲惨な過去を。
ここで言ってしまえば、ルチェットを裏切る形になると思ったから。
ルチェットはきっと自分で話すことを選びたいだろう。
しかし、そんなリメアの様子にカオンは気づき何か隠していると察したが、敢えて言わないのだろうとも同時に察した。
なので、カオンが助け舟を出した。
「公爵様、アルベレア家について調べてみてはいかがですか?」
「…成る程、そうしよう。」
「僕は引き続き、スパイかどうか見極めますね。」
「あぁ。メイド、下がっていいぞ。」
「し、失礼しました。」
リメアは綺麗に一礼したあと、静かに部屋を出た。
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「かなり上達してきましたね、でもまだまだですからね。」
「は…はい!」
私が公爵邸に来てから二ヶ月程経った。
来た時は雪が降っていたのに、今は花が咲いて暖かな風が吹いている。
変わったことも色々あって、まず私の部屋。
正式な部屋が与えられて、客室から卒業したのだ。
次に、貴族教育が始まったこと。
貴族教育は公爵様に頼むとすぐに開始されて、マレシア先生と一緒に日々励んでいる。
教育が始まってすぐの頃、先生は私の無知さに驚いていた。
だから、常識から教えてもらうことにしたのだ。
話を聞いた中で大切な事は二つだった。
一つは、魔法の存在。
私は最初おとぎ話かと思ったけれど、魔法は実在していて魔塔という魔法使いが集まる所もあるらしい。
そして、二つ目は魔物の存在。
魔物は本来大人しいはずだけど、何故か襲ってくる個体が増えてきているらしい。
この二つを基本的に教わった。今は社交界に出るために姿勢や言葉遣いの練習をしている。
「もっと背筋よく!」
「はい!!」
社交界は私には無縁だと思っていたから、マナーや動作がわからない。先生がいてよかった。
デビュタントもしていないから、本当に何もわからない。
今までの私は、もしかしたら言動もおかしかったかもしれない。
先生はよく『やる気だけはあってよろしい!』って言ってくるけれど、私が本気でやっているのを見て褒めてくれたりするからなんだかんだ優しくて好きだ。
「よし、今日はここまで。良く頑張りました。」
「ありがとうございました!」
レッスン室を出て自分の部屋に戻ろうとすると、公爵様の姿が見えた。
公爵様はあのお出かけの日から、やたらと食べ物を勧めてくるようになった。
食事は別々だったんだけど、最近一緒にするようになったりもした。
私のこと、餌付けしてるのかな。
「ルチェット様!」
「カオンさん。どうしたんですか?」
「お客様です!ディアナ様がいらっしゃってますよ!」
私はそれを聞いて、リメアを呼び、身なりを整えて客室へ急いだ。
「あら、お邪魔してます。」
「こんにちは!会いたかったです!」
「ほら、挨拶して。」
ディアナさんの座っているソファの背中側から、ひょこっと小さな頭が出てきた。
「…………。」
「あらら…この子はシェルミィです。」
「シェルミィちゃんって言うんですね…!」
シェルミィちゃんは顔半分だけ出して私を怪しげに見ている。
近づこうとするとまたソファの裏に隠れてしまってどうしようもなかった。
きっと恥ずかしがり屋なのね。
「シェルミィちゃんは好きなものはありますか?」
「……ウサギさん。」
「ウサギさんが好きなんですね!じゃあ、これなーんだ!」
私は一ヶ月前から少しづつ作っていた、ウサギのぬいぐるみを見せてみる。
貴族たるもの、裁縫が出来ないとダメってマレシア先生が言っていたから、頑張ってみたのだ。
すると、シェルミィちゃんはキラキラと目を輝かせて興味を示してくれた。
「私が作ったんです!どうぞ。」
「……!」
シェルミィちゃんは嬉しそうにウサギのぬいぐるみを抱きしめて微笑んだ。
か、可愛い…!
「お姉さん、お名前は…?」
「ルチェットです!」
「ルチェットお姉さん、ありがとう。」
照れてあわあわ慌てている私と、ニコニコしているシェルミィちゃんを見守っているディアナさん。
ディアナさんもなんだか嬉しそうにしていてよかった。
「ルチェットお姉さん、お友達になって…!」
「えぇっ!?いいの?」
「うん、お庭お散歩しよう。」
「はわわ……!!!」
私達は外に出て庭園へ向かう。庭園は春でいっぱいで、色とりどりの花が沢山咲いていた。
「ウサギさん、お花だよ。」
シェルミィちゃんは、私の作ったウサギのぬいぐるみを花に向けて、見せているようだった。
「ふふ、可愛いですね。」
「うん……あ、伯父さんだ。」
「えっ?」
公爵邸の窓を見ると、公爵様がこちらを見ているのが分かる。
すると、シェルミィちゃんが手を振り始めたので私も手を振ることにした。
「公爵様ーー!」
「伯父さん!」
シェルミィちゃんがいるからなのか、手を振り返してくれて嬉しくなった。
私に向けてはないんだろうけど。
それからなんやかんやあってシェルミィちゃんは遊び疲れてしまい寝てしまった。
なのでリメアにシェルミィちゃんを託して、ディアナさんを探しに行くことにした。
廊下を歩いていると、知らない人が前から歩いてきて私に話しかけてきた。
「こんにちは、君がレアン兄さんのお嫁さん?」
「そうですけど…貴方はもしかして…!」
「僕、弟のロアンといいます。よろしくね〜。」
「私はルチェットと申します。」
なんだかふわふわした感じの人は、やっぱり公爵様の弟さんだった。
私はドレスの裾をちょこんと摘んでお辞儀をした。
「へぇ〜、可愛らしい人だね。レアン兄さんも気に入ってるわけだ。」
「ふふ、お上手ですね。」
「いや、本当の事だよ。レアンも言ってたしね。」
「えっ?公爵様が?」
「うん、最近肉が付いてきてマシになったって言ってた。兄さんったら素直じゃないね。」
言い方はアレだけど、褒めてくれてるのかな?
実際、食べ物を沢山貰ったから健康な体型に近づいてきたし。
「そういえば、この前ディアナの店に来てくれたんだね。街はどうだった?」
「楽しかったです!新鮮で知らないものばかりで…!」
「そっか、じゃあパーティーはまだなのかな?」
「ぱ、パーティー?」