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7 金平糖

「いらっしゃいませ……あら、公爵様。」


「久しぶりだな。」


 お店に入ると、綺麗な女の人が出迎えてくれた。


 公爵様は久しぶりだと言っているけど、もしかして昔の愛人さんだったり……?


「俺の妻に今すぐ服を見繕ってほしい。」


「まぁ、お嫁さんなんですね!お名前は?」


「る……ルチェットです……。」


「わぁ!私はディアナです!」


 店員さんは何故かとても嬉しそうに私を見つめてくる。


 するとどこからかメジャーを取り出して私にじりじり近づいてくる。


「採寸しますね、失礼します。」


「う、はい……」


「……俺は少し外に出ている。」


「は〜い!」


 公爵様は行ってしまった。


 私はディアナさんと二人きりで採寸を進められていた。


 しかし、途中で店員さんは驚きの声を上げた。


「ほ、細い……病的な細さ……大丈夫ですか!?」


「あ、大丈夫です!大丈夫ですよ!」


「……そう、無理に聞かないでおきますね。」


「ありがとうございます……」


 下手くそな笑みを浮かべて大丈夫だと言ったら、考える素振りをした後にパッと笑ってこう言ってくれた。


 私の過去は口に出したくないので助かる。


 すると、店員さんはこんな話をしてくれた。


「実はね、私公爵様の弟の妻なんです。」


「えっ、公爵様って弟さんがいらしたんですか!?それに、奥さんなんですか!?」


「ふふ、私の娘はルチェットさんの姪になりますかね。」


「姪っ子さん…!!」


 衝撃だった。公爵様が久しぶりと言っていたのは弟さんのお嫁さんだからなんだ。


 娘さん、きっと店員さんに似て綺麗なんだろうなぁ。


「娘さんは何歳なんですか?」


「六歳になります、今度遊びに行きますね!」


「はい…!」


 六歳なんだ。きっと幼くて可愛いんだろうな。


 なんて一人ニコニコ想像していると、採寸が終わったようでカタログを持ってきてくれた。


「何色が好みですか?」


「う〜ん、好みと言われても……」


「では、これはいかがでしょう。」


________



 先程、あの女はいきなり走ったかと思えば子供を突き飛ばし馬車に轢かれそうになっていた。


 俺が居るのに人を死なせるなんてあり得ない。


 瞬時に走り出してあの女の腕を掴み引き寄せると馬車は通り過ぎて行った。


 その時の女の腕はとても細く、力を加えなくとも折れそうな程だった。


 そしてあの顔。


 忌々しい程に頭に焼き付いて離れない。


 俺の腕の中で泣いていた顔が。


 初めて近くで見たその顔は、少しウサギに似ていた。


 あぁ、癪に障る。


 女は嫌いだ。


 俺の顔や財力にすり寄って俺自身を気にしない奴ばかり。


「……おや、公爵様。先程は大丈夫でしたか?」


「……。」


 俺は、何故出店に戻ってきている?


「夫人への贈り物ですか?」


 俺は答えられなかった。あの女への贈り物だと?そんな訳がない。


 ただの飾りに贈り物など必要ない。


 そう思ったが、美味しそうにチョコレートを食べていたあの女が脳裏を過った。


「……一つ、一つだけ買う。」


「何色がよろしいでしょうか?」


 黄色、青、緑、紫。沢山の色の中から不思議と手が伸びたのは、桃色の金平糖だった。 


「夫人の髪の色に似てますね。きっと喜びますよ!」


「……。」


 何故か、手が自然に伸びた。


 俺にはあの女は関係ない。

 

 そう、関係ないのだ。

 

 なのに、あのすぐに折れそうで細い腕、抱えたときの小ささが忘れられない。


 ウサギに似ている、とは思ったが、ウサギのように力強い一面もなさそうだ。


 俺は金平糖を受け取って弟嫁の店へ踵を返した。


 女とはあんなに細いものなのだろうか。


 あまり触れたことがない為分からない。


 後でカオンにでも聞いてみよう。


 そうこうしている内に店に着いた。


 そろそろ服を選び終わっただろう。


 店の扉を開けると、女は新しいドレスを着て立っていた。


 俺に気づくとくるりと振り返って公爵様、と呼んだ。


「あの……こんなにフリルが付いていて変じゃないですか?あっ、勿論ドレスを貶している訳ではなくて!」


「似合ってますって!ほら公爵様、どうです?」


 弟嫁は俺に聞いてくる。


 どうと言われてもドレス一つで変わるわけがない。


 適当に褒めておけば女はすぐに機嫌が良くなる。


「似合ってる。」


「ほ、本当ですか……?」


 嬉しそうに微笑むだけで、それ以上褒め言葉を求めてこなかった。


 他の女より慎ましいんだな。


「いくらだ?」


「ふふ、楽しくお話できましたし半額でいいですよ。」


 女は困っていたが、俺は指定された金額を払うと女を連れてさっさと店を出た。


 店を出て少し歩くと、俺は金平糖の入った袋を指摘された。


「可愛らしいラッピングですね、愛人さんにあげるんですか?」


 今、なんて言った?愛人と言ったか?


 そんなくだらない存在が俺にいるとでも思っているのか?


 はは、頭の悪い女だな。


 だが、その方が都合が良い。


「これはアンタのだ。」


「えっ、私の……?」


 開けて良いと言うとおずおずと留めてあったリボンをほどいた。


「これは、金平糖……いいんですか!?」


「あぁ、子供を助けたからな。報酬だ。」


「いただけません!」


「……は?」


 金平糖の瓶は、俺の胸に押し返された。


 俺からの贈り物を断るだと?


「子供を助けたのは私の勝手ですから、報酬なんて貰えません。」


「……ハハッ、いいから貰っておけ。」


 面白い、世間知らずで血も見たことのないような箱入り娘なんだろう。


「……ありがとうございます?」


「帰るぞ。」


「あっ、はい!」


 このウサギ女は歩くのが遅いから、仕方なく手を引いて歩いてやることにした。


________


 公爵様から金平糖を貰ってしまった。


 私を心底面白そうに見て笑いながら。


 断るのは失礼だと思ったけれど、報酬だと言われたら断るしかなかったんだもの。


 しかも、街に来た時より態度が変わっている気がする。


 今だって手を引いてくれて歩く速度も遅くしてくれている。


 それにしても、今日は久しぶりに死にかけた。


 公爵様が助けてくれたから生きている。


 掴まれた腕がまだ痛むけれど、折れては無いと思う。


 無言のまま歩いていると、着いたのは馬車ではなく綺麗なレストランだった。


 中に入るとお店の人は驚いていて、公爵様は顔が広いんだな、とその地位を改めて感じた。


 案内されたおそらく一番眺めのいい席に座って、メニューを見る。


 どれも美味しそうだったけれど、値段を気にしてしまって中々決められないでいた。


「決まったか?」


「う……まだです……」


「値段は気にしなくて良い。それとも、俺は財力が無いように見えるか?」


「いえ!そんなことは!」


 私は仕方なく飲み物だけ頼んだ。


 公爵様は怪奇そうな顔で見てきたけれど、ニコニコ笑って押し切った。


 頼んだベリージュースは甘酸っぱくて美味しかった。


 公爵様は綺麗にお肉を食べていて、見続けるのは良くないと思いすぐに目を逸らした。


 窓から見る外の景色はとても壮大で、街並みが綺麗だった。


 食事を終え店を出て馬車まで着くと、また御者さんが手を差し出してくれた。


 今度は躊躇わずに差し出された手に自分の手を乗せて馬車の中へ入った。


 扉が閉められて、馬車が動き出す。


 相変わらずゴトゴト揺れてお尻が痛い。


 いつの間にか私は顔を顰めていたのか、公爵様が私の顔がシワだらけだと指摘した。


 恥ずかしい。


 すると、朝と同じように大きくガタン、と音を鳴らして馬車が揺れた。


 私はまたバランスを崩して頭を窓にぶつけてしまった。


「ご、ごめんなさい……」


「こちらへ来い。」


「えっ?わぁっ!?」


 公爵様は私を自分の方に引き寄せて、隣に座らせた。少し狭い。


「公爵様、あ……えぇ……?」


「なんだ、まだ揺れるか?」


「いえ、揺れてません……けど……」


 何故公爵様は隣に座らせてくれたのだろうか。


 公爵様、なんだか様子がおかしい気がする。


 私の気の所為ならいいんだけど、お出かけのせいで気分を損なったなら私は処罰を受けるかもしれない。


 痛いのは嫌。


 私は向かいの席に戻ろうとしたけれど、公爵様がそれを阻止した。


「俺の隣は嫌か?」


「いえ、滅相もございません!!」


「なら座ってろ。」


 結局隣に座り続けることになってしまった。


 しかも、色々あったせいで眠たくなってきた。


 あぁ、私の瞼。


 どうにか耐えて……はくれずに、そのまま意識は夢の中へ旅立ってしまった。


「……すぅ」


(ん、寝たのか?)


 レアンは横に座るルチェットが頭を預けてきたのをきっかけに彼女を観察する。


 小さくて暖かいルチェットはすうすうと気持ちよさそうに寝ている。


 しばらく見ているとルチェットの呼吸が荒くなってきた。


「は……はぁ……嫌……」


 レアンはどうせゴーストの夢でも見ているんだろうと無視しようとしたが、次の寝言がそれを拒否させた。


「痛い……お父様……やめて……」


 ルチェットは涙を一筋流して辛そうな顔をしている。


レアンはそれを見て眉を少し上げたが、特に咎めることもなくそのままにしていた。



________


「おい、起きろ。」


 公爵邸に戻ったのか、私は公爵様に肩を軽く叩かれて起こされる。


 また悪夢をみていたようで、汗をかいていたし目には涙が溜まっていた。


 公爵様にそんな姿を見られたくなくて、ゴシゴシと目を擦ってから笑顔を作った。


「着いたぞ、降りろ。」


「はい、すみません。」


 馬車を降りるとリメアとカオンさんが出迎えてくれた。


「おかえりなさい!」


「ただいま!」


 リメアと私は先に部屋に戻るように公爵様に言われて、カオンさんは公爵様とその場に残っていた。


 何か話すことでもあるのだろうと思い、私はあまり気に留めなかった。


 部屋に戻ってすぐにリメアがとてもいい笑顔で質問をたくさんしてきた。


 公爵様とはどうだったか、何か買ってもらったか。


 そんな今日の出来事を根掘り葉掘り聞かれた中で、公爵様の話題でリメアは盛り上がっていた。


「公爵様が!?そんな行動をされたんですか!?」


「うん、馬車で帰る時も揺れるからって隣に座らせてくれたの。」


「えぇっ!?」


 リメアは驚きと興奮が混じった顔をして私の手をとった。


「ルチェット様、きっと公爵様に気に入られてますよ!よかったぁ、お出かけを提案して!」


「気に入られてるの?」


「公爵様は女性に興味があまり無いタイプなので、金平糖を貰ったっていうだけで凄いんですよ!」


 リメアは心底嬉しそうに私を見つめている。


 別に、気に入られててもそうでなくても、気まぐれでもどうだっていいのが本心だ。


 私の求める幸せの中に愛が条件とは限らないから。


 まぁ、公爵様に気に入られるとしたら殺されるリスクは少なくなる。


 これは一歩前進でいいのかな。


 そういえば、私の中での公爵様は顔が怖い小動物が好きな人っていう印象だけど、残虐というのは本当なのかな。



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