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記憶



「__待ってくれ!!」


 後ろに引っ張られ、背中に重みを感じる。


 お腹には腕が回されていて、後ろから抱きしめられていると理解するのにそう時間はかからなかった。


「君は……誰なんだ。」


「……悪い精霊さんですよ、私が言ったことは気にしないでください。」


 腕から抜け出そうと抵抗したが、体がピクリとも動かない。


 それほどに、私は強く抱きしめられていた。


「ッ離してくれませんか……?」


「嫌だ、何か、何か大切なことが……」


 引き下がることのないレアンに、私は必死に気持ちをしまい込む。


「……離してください。」


 私が強くそう言うと、腕の力が少し緩んだ。


 しかし、それでも私を逃がしてはくれなかった。


「……何故、俺を愛していると言った。」


「ですから……!!」


「俺のこの気持ちは、愛なのか?」


 そう言ったレアンの腕の力が完全に抜けて、私はすぐに距離をとった。


 しかし、その場から動けなくなってしまった。


「……どうしようもなく君が欲しいと思ってしまう。ほかの誰にも渡したくない。」


 レアンが、大粒の涙を流していたのだ。


 私でも、泣く姿をあまり見たことがないというのに。


 レアンの心が、それほど揺らいでいるという証拠だろう。


「……君は俺のことが嫌いなようだな。」


「そ、それは……!!」


「一つ、一つだけ頼みがあるんだ。」


 レアンは私の頬に手を添えて、縋るようにこう言った。


「キスを、させてくれないか?」


「ッ……キス、ですか?」


「こんな頼みをするべきではないとわかっている。だが、どうしても君に触れたいんだ。」


 ああ、愛とは何故こんなにも私をかき乱していくのだろう。


 私はどこまでも弱くて愚かな人間だ。


 だって、こんなにも簡単に愛に溺れ__決心を絆されてしまうのだから。


「キス、していいですよ。」


「……ッ感謝する。」


 レアンは顔を近づけてきて、私は目を瞑ってただその時を待った。


  そして、涙に濡れた唇が触れ合って、熱を共有していく。


(ああ、なんて幸福で残酷な時間なんだろうか。)


 わずか数秒の時が、これほどまで長く感じることは、この先二度とないだろう。


 唇が離されて、終わりを迎えようとしたその瞬間のことだった。


 言葉を発する間もなく、私の唇はまた塞がった。


 先ほどよりも深く、冬の寒さを感じないほどに熱い。


「ん……ふ……」


 お互いの吐息が混ざって、発する母音は呑み込まれていく。


 私は体に力が入らなくなってしまったが、レアンに支えられて、逃げることが許されなかった。


 苦しさからレアンの胸元を軽く押すと、ようやく解放され空気を吸うことができた。


「……俺も君を愛しているよ、"ルチェット"」


「あ……えっ……名前……」


「君はいつもそうだ、自分ばかり犠牲にして、先に行ってしまう。」


 レアンは困ったように笑いながら、私の上気した頬を撫でた。


「記憶が……戻って……」


「ずっと君に会いたかった。」


 こんな奇跡が起こって良いのだろうか。


 私はレアンの胸元に顔を埋めて、静かに泣いた。


 レアンは私を優しく包んで、泣いている間背中を撫でてくれていた。


 鼻をすすりながら上を見ると、穏やかに微笑んでいるレアンと目が合った。


「状況は大体理解した、君は過去に戻ってきたのか?」 


「はい、ルミアさ……光の精霊に会って……」


 今に至るまでの出来事を簡潔に伝えると、レアンは顎に手を当てて何かを考えている様子を見せた。


「わ、私の説明がわかりにくかったですか?」


「いや違う、世界が過去に戻っているということは、婚約もなかったことに……?」


「そういうことになりますね、今の私は平民ですし……」


 レアンはショックを受けたような顔をしてから、私の手を取って片膝をついた。


「えっ、急にどうしたんですか……!?」


「ルチェット・アルベレア。」


「は、はい!!」


 手の甲にそっと口づけをして、私を見上げながらレアンはこう言った。


「俺のフィアンセになっていただけませんか?」


 止まったはずの涙が、ぽたぽたと地面に落ちていく。


「私でいいんですか?」


「君しか考えられない。他の誰でもない、ルチェットがいい。」


 その一言で、私の心は彼の愛に支配されてしまった。


 他の人となんて結ばれないで。私だけを愛してほしい。


 鍵をかけて閉じ込めていた気持ちが、愛が溢れ出していく。


「レアン。」


「どうした?」


「愛しています……世界でたった一人の、私の夫になってくださいますか?」


 そう私が言うと、レアンは立ち上がって私をきつく抱きしめる。


「もちろんだ、もう絶対に俺を置いていかないでくれ。」


「置いていったりしないから、私のことを離さないでいてください……!」


 私達は再び口づけをする。


 狂おしいほどの歓喜と幸福が、私の骨の髄まで侵食して、思考を支配した。




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