あの人は
「ふあ……」
大きなあくびをしながら、上半身を起こして窓を見た。
カーテンからは日が透けているので、もう日が昇ったようだ。
(エレンは……まだ寝てるみたい。)
起こさないようにそっとベッドから降り、外に出たあと魔法でバケツに水を満たして顔を洗った。
朝食のベーコンを焼きながら、魔法でパンを浮かせて机の上のカゴに入れる。
それから、野菜を水で洗って食べやすい大きさに切っていく。
「……あ、昨日卵を買い忘れたわ。」
スクランブルエッグを作ろうと思っていたが、肝心な卵がないため、今日の朝食はサンドイッチだけで我慢してもらおう。
「おはようございます……」
弱々しい声がして振り返ると、ボサボサの髪の毛で眠そうに目を閉じているエレンが立っていた。
「おはよう、よく寝られた?」
「まだ……眠いです……」
「朝食がもうすぐできるから、少し待っていて。」
エレンはのそのそと遅い動きで椅子に座り、目元を軽くこすりながら大きなあくびをしていた。
ベーコンがいい具合に焼けたので、皿に盛ってエレンの前に差し出した。
「……いい匂いがします。」
やっとエレンのぱっちりとした目が開かれて、パンを一つカゴから取っているのが見えた。
「パンに切れ込みを入れてあるから、ベーコンと野菜をはさんで食べて。」
私の言った通りに、エレンはレタスとトマト、それからベーコンをパンにはさんで、ぱくりと一口食べた。
「お、おいしい……!!」
一気に目が覚めた様子のエレンを見て、少し安心した。
イヴァスに乗っ取られていたのだから、まだ生身の体に慣れないであろうエレンの体調には気をつけないといけない。
私も席につき一緒に朝食を済ませて、着替えをして鞄を持ってエレンと外に出る。
これから長い間住むであろうこの町を、一度じっくり見て回りたかったからである。
朝から人々は活発に行動していて、特に市場が賑わっていた。
果物、野菜、加工された肉などの食べ物はもちろん、衣服や小物も売っていた。
「やっぱり売っている服は無地ばかりね。」
「はい、それにどれも同じ作り方ですね……」
エレンはまぶたを半分にして、売っている服をじとりと見ながら触って品質を確かめる。
「ちょっと、売り物に触らないでもらえる?」
「あっ、ごめんなさい。」
買出人に怒られてしまったので、私達はそそくさとその場を離れる。
すると、エレンが突然こんなことを言い出した。
「お姉様、デザインが思い浮かんだので、一度家に帰りませんか?」
「そうね、アイデアはすぐ何らかの形にしたほうがいいと思う。」
エレンはニコニコしながら小走りで家の方へ向かう。
途中、全く違う方向に行った時は焦ったが、無事に家に戻ることができた。
◇◇◇
家に帰ってから、エレンはずっと紙と向き合っていた。
私は洗濯物を干したり、お茶を淹れて休憩したりしていた。
「お姉様、できました!」
急にエレンが立ち上がったかと思えば、私に紙を何枚か見せてくる。
「スカートの裾や頭巾に刺繍を入れて、シャツの袖にフリルを付けて可愛らしくするんです!」
「わあ、とっても可愛い絵。」
「男性のシャツには、胸元に少しフリルを付けて、袖をキュッと絞れば上品なものができると思って!」
「本当だわ、すごく上品に見える。」
しかし、絵を見せ終わったエレンは、しょんぼりとした顔をしていた。
「でも……刺繍は貴族の嗜みですから、ここでは糸が手に入りません。」
「それなら私に任せて。」
私は魔法で小さな蜘蛛を創って、キラキラ光る糸を出してもらう。
その糸が魔法を解除しても残るように、魔力を注いで完成だ。
「わあ……!!綺麗な糸ですね!!」
「うん……具現化は魔力をすごく使うから、一日糸巻き一つ分くらいしか出せないと思う。」
「十分です!早速作りましょう!」
机の上に材料を並べて、買っておいたトルソーを数体持ってくる。
パステルカラーの布をスカートになるように巻いて、印を付けて裁断していく。
魔法で糸と針を動かしてスカートを縫ったり、布でフリルを作ったり、複数の作業を同時に行っていく。
すると、トルソーにはあっという間に素敵な服が着せられた。
「よし、最初だから少しだけですが、何とかできましたね!」
「ええ、明日市場に出店してみましょうか。」
「はい!」
◆◆◆
「エレンと暮らし始めた時は、こんな感じだったな。」
私達の作った服はどんどん人気になって、それは首都にも広まっていき、大勢の貴族からこんなことを言われ続けた。
『支援をするから、店を開かないか。』
『収益は七対三で、そちらが多く貰っていい。』
『貴族へ向けた服も検討してくれないか。』
エレンのデザインセンスは大変素晴らしいもので、多くの人を笑顔にしていた。
「お姉様、私……首都でお店を開きたいです。」
今の生活に満足していたので、二人で長い間思案した。
だけど、エレンを応援したいと思った。
悩んだ末に、私達は首都に移住して店を開く決断をしたのだった。
『公爵領には絶対行かない』という約束をして。
そうして新しく開店したエレンのお店は大繁盛した。
可愛らしいドレスは好評で、売りに出すと令嬢達が取り合うほどに売れた。
紳士服も、男性の貴族からはデートに着ていく服として、定番化しているほどの人気だった。
毎日忙しくしていると時が経つのは早いもので、孤児院を出てから二年が経過しようとしている。
あれからも少しずつ孤児院に通っているが、毎回年下の子が大きく成長していて驚かされる。
「お姉様、今日は久しぶりのお休みですから、街にお出かけしませんか?」
エレンと暮らし始めてから今に至るまでを振り返っていると、エレンにそう声をかけられた。
「息抜きは大切よね、お出かけしましょうか。」
「やった!お姉様と一緒に行きたいパティスリーがあるんです!今日はそこに行きましょう!」
エレンは十五歳になり、日に日に美しさを増している。
だが、元気な性格は変わらずに……おてんばに育っている。
「はいはい、はしゃぎすぎて転ばないように気をつけるのよ?」
「わかってます!さ、よそ行きの服に着替えましょう!」
今、令嬢の間で流行っているのはワンピースだ。
ドレスよりもはるかに軽いのに可愛いと、皆がこぞって着ている。
今は冬なので、暖かいもこもこした上着と合わせている令嬢がほとんどだ。
私達もワンピースに着替えてから、暖かい上着を着て外に出る。
「わ、今日は雪が降っていますね。」
「そうね……」
雪を見ると、あの日を思い出す。
私がレアンと出会ったのは、雪の日だった。
エレンの後ろを歩きながら、私は苦い顔をしていた。
(……どうしてもレアンのことを引きずってしまうわ。)
彼は何も覚えていないから、会えば辛い思いをするだけ。
ならば、最初から出会わなければいい。
「お姉様、あれって……」
「……いてっ。」
突然エレンが止まったので、背中に顔をぶつけてしまった。
「もう……どうしたの?」
エレンが無反応なことを不思議に思い、美しい金髪の隙間から前を覗いた。
そこに立っていたのは__
「嘘……でしょう……?」




