久々の食事と
部屋に入ると同時に、香ばしい香りが鼻腔を擽った。
長机の上を見ると、そこには美味しそうなスープにふかふかそうなパン、焼き加減も完璧なお肉、そして見たことの無い不思議な食べ物が並べられていた。
「さぁ、召し上がって下さい!」
「えっ、これ全部私の分なんですか!?」
「はい?勿論そうですよ。」
今日は沢山良いことがあってとても楽しい、これが幸せなのかな。
私はうきうきしながら、そしてドレスに気をつけながら椅子に座って、まずはスープに目を向ける。
ゴクリ、と私の喉が鳴った。
スプーンを持ち、慎重に掬って音を立てないように啜った。
一瞬で口の中にはコーンの甘さとしょっぱさが口に広がって、咀嚼したい程に美味しかった。
そのままもう一度スープを飲んで、飲んでを繰り返して、次はパンとお肉を食べる事にした。
お肉をフォークで刺すと、じゅわっと肉汁が溢れてキラキラ光った。
そのままパクリとお肉を頬張ると、煮込まれたソースの濃厚な味とお肉の柔らかさが伝わってきて、う〜んと唸りそうになった。
「美味しい……美味しいです……!」
「ルチェット様!?何故泣いて…!?」
「こんなに美味しい食べ物は初めてです…料理人さんありがとうございます……!」
気づくと私はポロポロと涙を零していた。
行儀が悪いと思ったのでゴシゴシと拭うけれど、中々止まらなかった。
こんなに幸せでいいのかな。
止まらない涙に申し訳なくなりつつも、食べる手は止まってくれなかった。
流石に全部は食べ切れないけれど、胃袋が許容する量を食べる。
そして、いよいよ最後にこの不思議な食べ物を食べる事にした。
お腹はいっぱいだけれど、どうしても気になってしまう。
茶色くて丸くて、フォークで突いてみると固くて、でも甘くてとろけそうないい匂いがする。
これはきっとお菓子なのだろう。
私は茶色の丸を一つ指で摘んで、意を決して齧ってみた。
すると、私の中で未知の甘さにまず驚きが湧いた。
砂糖くらい甘くて、それでいて苦味もあって独特な味。
「美味しい……!!!」
「ふふ、これはチョコレートと言うんですよ。」
「チョコレート…!」
茶色の丸はチョコレートと言うらしく、可愛い名前だなともう一つ頬張りながら思った。
食べ終わったので食器を洗おうとキッチンへ持っていこうとしたら全力で止められたのでやめておくことにした。
部屋を出て廊下をリメアと歩く。
「美味しかったです!特にチョコレートが気に入りました!」
「それは良かったです。そうだルチェット様、食後に紅茶はいかがですか?お部屋にお持ちしますね。」
「ありがとう、リメア!お願いします!」
私はリメアと別れて、紅茶の味を想像しながら昨日まで寝ていた部屋に戻った。
________
ルチェットが肉を頬張っていた辺りから、部屋の中の様子を伺っている人物がいた。
そう、公爵であるレアン・ヴォルフレッドである。
レアンはルチェットの朝の様子が気になったのか、それとも単純に気まぐれなのか、こっそりと食事の様子を見ていたのだ。
最初は何事もなく普通だと自室に帰ろうとしたのだが、足を進めようとしたその時にルチェットが美味しいと涙を流しながら震えていた為、レアンは目を少しだけ見開いた。
(アルベレア家の食事は低級なのか?それにしても泣くなんてことはあるのか??)
などと考えていると、今度はルチェットがチョコレートを食べ始めたのが見えた。
泣いたり笑ったり忙しい女だな、と少しの間だけじっと見つめてその場を後にしていたのだった。
レアンは自室へと戻り考える。
(あの女はカシエレ王国の人質のつもりだったんだが…行動がおかしいものばかりな気もする。もしかしたらスパイというのもありえるかもしれない。)
そして、ルチェットに対してある事を決める。一番信頼できて、いざという時にすぐ正しい判断ができる者。
「…騎士団長を付けるか。」
そう言って立ち上がるレアンは、訓練場へと足を運ばせた。
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「ねえリメア、そういえば私の事を助けてくれた方はどなただか分かる?」
「公爵邸騎士団の団長の、カオンさんです!彼は人懐っこくて強くて人気があるんですよ!」
まさかの騎士団長さんに助けられていて、私はそんなすごい方が通りかかってくれて運が良かったのだとしみじみ思った。
リメアが淹れてくれた絶品の紅茶を一口ごくり飲んでから、私は騎士団長さんにお礼を言いたくてリメアに居場所を聞いてみることにした。
「リメア、騎士団長さんは何処にいらっしゃるか知らない?」
「今の時間なら、訓練場にいらっしゃると思いますよ!行ってみますか?」
「うん、行ってみたい。」
リメアは頷くと早速上着を持ってきてくれて、何やらそわそわしていた。
どうしたのか聞くと、公爵邸の人と仲良くなってくれて嬉しいと言ってくれて私も口元が緩んだ。
「何か差し入れを持っていったほうがいいかな?」
「わぁ!いいですね!きっと何でも喜んでくれると思います!」
そう言ってくれて少し安心した。助けてくれたとはいえ、公爵様みたいに怖い人達ばかりだったらどうしようと思っていたから。
私は上着を羽織って部屋を後にして、長い廊下をリメアと談笑しながら歩いてキッチンへ向かう。
寒いので温かい食べ物を差し入れに持っていこうと思ったから、キッチンで何か作ろうと向かっているのである。
ホールの階段を降りてまた一階の廊下を通ってようやくキッチンに着いた。
「えっ、夫人!?どうしたんですか?」
と、料理長さんらしき人が驚きながらも話しかけてくれた。
どうしてももじもじしてしまうので、リメアをチラリと見たけれどグッ、と親指を立ててウィンクされるだけだった。
私は意を決して要望を言うことにした。
「あの、騎士団の方々に差し入れがしたくて…!」
「差し入れ……!?そ、そういうことでしたか、それなら昼食を一緒に作られますか?」
「い、いいんですか...!お願いします!」
料理人さん達はざわざわしながら私を見ていて、なんだかむず痒くなった。
やっぱり、私みたいな突然来た婚約者が料理するのは変かな。
でも、ここでやめたら騎士団長のカオンさんに会う口実が…
騎士団の方々は、訓練で忙しいだろうし…
私は少し居心地の悪さを感じつつ、昼食のメニューを聞いてみることにする。
アルベレアの家では自分で昼食をこっそり作ることもあったから、料理はできる方だと思う。
「騎士団達の昼食はポトフです。」
「わぁ…食べたこと無いです…。」
「玉ねぎやじゃがいも等の野菜や肉を入れて煮込むんです、素朴ですが旨味が染み出てとても美味ですよ。」
私は腕まくりをして、リメアがいつの間にか持ってきてくれたエプロンを着て野菜と睨み合う。
シュルシュルと、どんどん野菜の皮を剥いていく。
料理長さんと一緒だとあっという間で、全ての野菜の皮を剥くことが出来た。
次は食べやすい大きさに切って、お肉も同時に切って、切り終わった食材を鍋にぼとぼとと入れる。
それから調味料を入れてグツグツ煮込み、暫く待つととてもいい匂いがしてきた。
「はい、これで完成です!」
「わぁ…美味しそうに出来ましたね!」
「じゃあ、次はこれを訓練場の隣にある宿舎の食堂まで持っていきます。」
「わかりました!ふんっ………重い…です…」
「あぁ、台車を使うんですよ。」
は、恥ずかしい...!台車で運ぶ物を自力で持っていこうとしちゃった…!
料理人さん達が皆笑顔なのが余計に恥ずかしい…
料理人さんの一人が台車を持ってきたので、料理長さんと一緒に台車に乗せた後に付け合わせのパンが大量に台車に乗っていく。
騎士団の人達ってこんなにいるんだなぁ、と私は驚いた。
私は料理長と一緒に台車を動かして宿舎へと向かう。
台車をカラカラと鳴らしながら外廊下らしき道を歩いていると、カンカンと剣が交わる音が聞こえてきた。
なんだか御者に襲われた時を思い出すけれど、首を振って違う事を考える。
すると、こちらに気づいた騎士さんの一人が私達に向かって駆け寄ってきた。
「こんにちは、どうされましたか?」
「あの…昼食を…」
「おーい、昼食の時間だってよー!」
騎士さんがそう叫ぶと、剣の音が止まって皆宿舎へと入っていくのが見えた。
私のことは認知していないみたいで、こちらへ駆け寄ってきてくれた騎士さんも宿舎へと走っていってしまった。
「ルチェット様、公爵邸に来て初日なんですから気にしないで下さい。大丈夫ですよ!」
「リメア…」
リメアの励ましを心に刻みながら、私も宿舎の中に入った。宿舎は綺麗に保たれていて、掃除が行き届いていてピカピカだった。
「今日の昼食はなんだろうな。」
「あぁ、お腹すいた…」
ざわざわとしていて色んな会話が聞こえてくる中で、キョロキョロしていたら見覚えのある顔が見えた。
私から話しかける前に、あちらから話しかけてくれた。
「あっ!!公爵夫人!!」
「せ、先日はどうもありがとうございました!!」
私がペコリと頭を下げると、すぐに上げるように促されたので頭を上げてみる。
そこには茶色の瞳と髪を持った美形の騎士さんが立っていた。
「覚えて下さってたんですね!僕、騎士団長のカオンって言います!」
カオンさんは私を見て顔色が良くなったと言ってニコニコしている。
なんだか犬みたいな人だなぁ、と思いつつ私は台車からポトフの入ったお鍋の蓋を開けて、お皿によそっていった。
「うまそう!」
「公爵夫人が直々に…」
「俺、ちょっとタイプかも…」
先程のカオンさんの公爵夫人!という大きな声は勿論皆さんにも届いていたらしく、私の話題と昼食の話題で分かれているようだった。
皆さんがお皿を受け取る時にありがとうと言ってくれて、人生でそんなこと無かったから私は嬉しくなった。
「さて、皆さん!召し上がれ!」
料理長がそう言うと、騎士団の皆さんは勢いよく食べ始めた。
「いただきまーす!」
「うわ、うまい!!」
それぞれポトフとパンを頬張って笑顔で美味しいと言ってくれていて、嬉しさもあるけれど頬張っている様子がリスみたいだななんて思ったりした。
皆さんの食事を見守っていると、突如宿舎の食堂の扉が開いた。
「カオンはいるか………何故ここにいる?」
「あっ…公爵様…ごきげんよう…?」
扉を開けたのは、なんと公爵様だった。