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過去


 私は、死んだのだろうか。


 ふわふわと、水中にいるような感覚がする。


 体が痺れているかのように、動かすことができない。


 目だけを動かして周りを見ると、夜空のような風景が無限に広がっていた。


(ここはどこなのだろうか、早くイヴァスを倒さなければいけないのに。)


 私が焦っていると、後方から女の人の声が聞こえた。


「ルチェット、目が覚めたのですね。」


 振り返ることもできずに、黙って耳を傾ける。


「ああ、動けないのでしたね。」


 指を鳴らす音が聞こえると同時に、私の体は自由に動かせるようになった。


「あっ、貴女は誰ですか?」


 私はそう言いながら振り返る。


 クリーム色の髪の毛に、黄金の瞳を持つ美しい女の人が、微笑みを携えてこちらを見ていた。


「私はルミエラチェルヌミレシア……ルミアと呼んでください。」


「る、ルミアさん……ここはどこですか?」


「ここですか?私の創り出した夜空です。生と死の狭間だと考えていただいて構いません。」


「……私は、負けてしまったんですね。」


 悔しさで涙が止まらない。


 重力の関係なのか、私の涙は宙に浮いてゆっくりとどこかへ漂っていく。


「泣かないで、まだ諦めるには早いですよ。」


「でも、私は死んでしまったということでしょう?」


「いいえ、言ったでしょう。ここは生と死の狭間なんです。生きていないし、死んでもいません。」


 ルミアさんは柔らかく微笑んで、私の目元を優しく拭った。


「私は光の精霊です、結晶に自分を封じてずっとこの空間にいました。」


「……でも、結晶は壊されてしまいましたよね?」


「壊されたくらいなら大丈夫です、完全に消滅させなければ私は消えたりしません。」


 少しおどけた様子でそう言って、ルミアさんは私の手を取った。


「……これから言うことは、あなたにとって残酷なことかもしれません。」


「残酷なこと、ですか……?」


「はい……結論から言うと、あなたは現在の身体、現世には戻れません。」


 頭が痛く、冷や汗が止まらない。


 心臓がどんどん速度を増していく。


「も、戻れない……とは……」


「あなたの"身体"は、死んでしまっています。」


「えっ……?そ、そんな、だって……!」


「はい。魂は私が救い出しましたので、あなたは今に至るのですが……」


 私の身体が死んでしまっている。


 つまり、魂の入る器がなくなってしまっているということ。


 そうルミアさんに言われた私は、動揺と混乱が全身を支配した。


「いや……そんなの、いやです!!」


「落ち着きなさい、まだ希望はあります。」


「……希望?」


「……イヴァスは、人間の魂を喰らい強くなってしまいました。」


 ルミアさんは、先ほどのおおらかな雰囲気とは打って変わって、真剣な表情で私に語りかける。


「私の力を授けます。覚醒した状態で過去に戻り、まだそれほど魂を喰らっていないイヴァスを倒してしまうのです。」


「過去に……そんなこと、できるんですか?」


「はい、しかし戻せるのは一度だけです。」


 過去に戻れば、今ほどは強くないイヴァスと対面することになる。


 覚醒して無事倒すことができたら、世界は平和になる。


(でも、私は……)


「あの……夫は……皆はどうなるんですか……?」


「……記憶がなくなります。過去に戻すのですから、記憶も共に巻き戻されます。」


 言葉が出ない。


 視界がぐらぐらと揺れて、頭の中は真っ暗になった。


 今までの皆の記憶が、全て消えてしまうということ。


 それは、ヴォルフレッド公爵家での出来事もなかったことにされてしまうということだった。


 レアンの記憶が消えて、私と出会ったことも、気持ちも、愛も、全てが戻されてしまう。


 そんなの、私は耐えられない。


「何か、別の方法はないのですか……っなにか……!!」


「残念ですが、ありません。私にできるのは、過去にあなたを戻すことしか……」


「そんな……いやだ……やだよぉ……!!!」


 私の泣き叫ぶ声が辺りをこだまする。


 ルミアさんは慟哭する私を止めることをせず、ただ静かに俯いていた。


 どれほどの時間が経ったのか、そもそもここに時間が存在するのかもわからないが、ようやく泣き止んだ私はある結論を出した。


「私、レアンに幸せになってほしいんです。」


「それは、あなたの夫のことですか?」


「はい。レアンは、私に愛を教えてくれた、何よりも大切な人なんです。彼が幸せになれるなら、私は何だってします。

たとえ……一人ぼっちになったとしても。」


 記憶が消えたとしても、それでもいい。


 今度は政略結婚などではなく、心の底から愛した人と添い遂げてほしい。


 レアンの隣が、私でなくてもいい。


 私のことなど何も知らなくていいから、幸せを手にしてほしい。


「お願いします、私を……世界を過去に戻していただけませんか?」


「いいでしょう、私の力を授けます。」


 ルミアさんは、私と額同士を合わせてから、おそらく精霊語を使って詠唱し始めた。


 私の中に、力が流れ込んでいくのがはっきりとわかる。


 全身が、光の力で満ち溢れていく。


「……では、あなたの魂を過去に送ります。」


「ありがとう、ございます……。」


 私の意識が薄れていく中で、ルミアさんは私を慈しむように見つめていた。


「運命とは、必ず巡り合うものなのです。あなたならきっと大丈夫。光の祝福があらんことを__」


 それが、微かに聞こえた、ルミアさんの最後の言葉だった。



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