公爵との対面と、メイドとの出会い
お前が俺の婚約者ってことなのか、と言われて私は固まってしまう。
理解が追いつかずに男の人を見つめることしかできない。
「確かに、俺の婚約者は珍しい桃色の髪の毛だと聞いた。やはり…」
男の人が何かぶつぶつと呟いているのが聞こえる。
冷静そうな男の人に反して、私の頭はパニックになっていた。
婚約者?私は残虐公爵に嫁ぎに来たから…もしかして、この人が残虐公爵だったり!?
ようやく理解した私は慌てて挨拶する。
「も、申し訳ありません!貴方が公爵様だとは知らずに…!」
私が頭を下げていると、ズカズカと近づいてきて私の顎を掬って顔を上げさせた。
「あぁ、俺が公爵のレアンだ。言っておくが、お前はお飾りの婚約者だからな。俺からの愛は期待しない方がいい。」
それは、私にとっては都合の良い事だった。
何故なら、お飾りというだけだから取り敢えずは殺されずに済むから。
愛なんて最初から求めていない、幸せが愛だけだとは誰も定義していないから、私は私が幸せだと思えるような生活を送りたい。
私は首を縦に振って頷き、男の人もとい公爵様に肯定の姿勢を見せた。
「話が早くて助かる、ここのことは明日メイドを送るからそちらに任せる。」
「分かりました、おやすみなさい。」
一応おやすみなさいと言ってみたものの、公爵様はチラリとこちらを見ただけで何も言わずに部屋を出て行った。
私もまだ眠たかったので身体を倒してぽふっとベッドに寝る。
雰囲気が怖かったけれど、すぐに剣で斬ってきたりしなかったからまだ生きていられそう。
でも、いつか私に本性を見せてきて殺されるのかもしれない。
そんな不安を抱えながらゆっくりと目を閉じて、足の痛みを少し感じながら眠りについた。
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「ねぇ、戻ってきたということは、ルチェットはちゃんと始末してきたのよね?」
エレンが、アルベレア家の地下の尋問室にて、御者を問い詰める。
御者は冷や汗をかいていて、目線も右往左往して落ち着かない様子を見せている。
「聞いてるんだけど。始末、してきたのよね?」
御者は震える口を動かして、なんとか言葉を発する。
「も、申し訳、ございません。」
「はぁ、謝るだけじゃ分からないんだけど。」
エレンはずっと笑顔だった。
尋問室という場所に似合わないくらいに。
御者はエレンの笑顔に恐怖を抱いていた。
「ルチェットを、逃がしました…」
「…………ふぅん?」
「途中で、何者かに邪魔をされて…」
まるで生まれたての小鹿のように震える御者。
そんな彼の顎を掬って、エレンは告げる。
「使えない奴はいらなーい!」
尋問室の扉が開いて、数人の男達が入ってきた。
御者の男を羽交い締めにして、どこかに連れて行こうとする。
「いやだ!やめてくれ!!」
バタンと閉められた尋問室の扉。
残されたエレンは楽しそうに鼻歌を歌っている。
外から聞こえてくる悲鳴とは、対照的だった。
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次の日、いつも通り早朝に起きて朝食の準備をしようと思った。
しかし、そこで私は服の入ったカバンを雪の中に置いてきたことを思い出した。
「着替えが…無い…。」
こんな汚れた服で寝かせてもらっていたのも申し訳無いのに、調理場に入るなんて絶対に駄目だ。
「う〜ん……」
申し訳なさを感じつつ、私はクローゼットを開けて中を覗く。
ここはきっとお客様用の部屋だと推察して、バスローブを探している。
私の予想通りバスローブが一着入っていた。
多分予備か何かだと予想して、ありがたく着させてもらうことにした。
私は着ていた汚れている服を脱いで、バスローブに袖を通した。
ふわふわで真っ白で着心地がとてもいいし、肌触りも素晴らしい。
少しブカブカだけれど、許容範囲内である。
まぁ、バスローブで動き回るのには、少し抵抗があるけど。
今はこれしか無いのだからしょうがない。
それにしても、足の傷は意外と浅かったのかな。
もう痛くないし、歩くこともできる。
「あっ。」
足を確認する直前、思わず声が出てしまった。勝手に食材を使ったら駄目なのではないか、という考えが頭をよぎったからだ。
ここはアルベレア家ではなく、公爵邸なのだから無断使用はご法度だろう。
うんうん唸っていると、私のお腹がぐぅとなってしまった。
部屋には私しか居ないけれど恥ずかしくなった。
「……お腹すいたなぁ。」
昨日のサンドウィッチ以来食事を口にしていないが、そもそも食事を与えられなかった事もあったから今回も大丈夫だろう。
よし、食事を作るのが駄目なら掃除しよう。
掃除なら誰の迷惑にもならない筈!
「えっと、バケツと雑巾は…無いよね。」
仕方ないから探しに行こう、音を立てなければ平気だよね。
私は出来るだけ音を出さないように扉を開けて廊下に出た。
(わぁ〜!なんて広いの!)
私が使わせてもらっていた客室らしき部屋も大きかったけれど、まさか廊下もこんなに広々としているなんて。
さすがシルベリア帝国の公爵様。
なんて考えていたら向こうから誰かがやって来て、私を見るなりドタバタと駆け寄って来た。
「お、奥様!何故こんな朝早くから!?それに座何故バスローブを!?」
「えっ、あっ、メイドさんですか?」
「とにかく、お召し物をお持ちしますから待っていて下さい!」
「は、はい…!」
メイドさんは気の強そうな方で、とても可愛らしい容姿をしていた。待っていてと私に伝えると、すぐに何処かへドタバタと走って行ってしまった。
待てと言われたので潔くその場で待っていると、今度はメイドさんとは違う見覚えのある人物が前から歩いてくる。
「あっ…公爵様、おはようございます。」
「…何故そんな格好を?」
「ふ、服が無くて…。」
公爵様は私を見て黙り込んでしまい、私はどうしたら良いかわからずオロオロとしていると、先程のメイドさんが急ぎ足でこちらへ駆けてきた。
「奥様〜!お召し物で…あっ、公爵様。おはようございます。」
メイドさんはヒラリと給仕服の裾を摘んで、綺麗なカーテシーを見せた。
あまりにも綺麗なカーテシーだったから、つい見入ってしまった。
そんな私を急かすようにメイドさんはまくし立てる。
「奥様、体が冷えてしまいますから!早くお部屋に行きましょう!」
「は、はい!」
「では公爵様、失礼します。」
私とメイドさんは公爵様に一礼してから、パタパタと急ぎ足で先程の部屋に戻る。
「さぁ、ドレスに着替えますよ!」
「よ、よろしくお願いします!」
「…何故メイドの私にかしこまっているのですか?敬語はおやめください!」
アルベレア家での私はメイドさんと同等かそれ以下だったので、つい敬語を使ってしまった。
けれど、今目の前にいるメイドさんは敬語じゃなくて良いって言ってくれている。
それなら、一つやってみたいことがあった。
「あのね、あのね、メイドさん。」
「はい、何ですか?」
「お名前で呼んでもいいで…いい?教えてくれると嬉しいな。」
「はい!私の名前はリメアです!これから奥様の専属メイドを務めさせていただきます!よろしくお願いしますね!」
私は自分でも顔がパァッと明るくなるのがわかって、それを見たリメアはふっと微笑んでくれた。
「私はルチェットって言うの。よかったら、貴女も名前で呼んで。」
「では、ルチェット様。着替えましょうか!」
「ええ……!」
私はリメアに着替えを手伝ってもらいながら、嬉しさでいっぱいになって終始笑顔だった。
こんなに笑えたのは久しぶりだから少し頬が痛いけれど。
しかし、私の着ていたバスローブを脱がせると、リメアは動きが止まってしまった。
振り向くと目を見開いて顔を青ざめさせていた。
嬉しさに浮かれて忘れていた、私の身体は傷だらけだった。
「これは違うの!昔から私ドジで…それで」
「……ルチェット様、着替えたらすぐにお食事にしましょう。痩せすぎですから!」
リメアは引くことも蔑視することも無く、振り向くとリメアの顔をはただ悲しそうにしているだけだった。
着替えが終わって髪の毛を整えられると、私は鏡を見せられた。
フリルが少し付いているけれど決して派手ではなく、可憐で素敵なドレスを着ているという事実に感激してしまう。
そんな私の後ろから、リメアがひょっこりと顔を出して鏡を見る。
「なんて綺麗な方なんでしょう!素敵です!もっと着飾らせたいくらいです!!」
「確かにドレスはとても綺麗で素敵ね。」
「いえ!ルチェット様は美しいです!ほら、この薄桃色の御髪がドレスの色にとても合っています!」
「…ありがとう。」
あまりにも早口で褒めちぎられるものだから、顔が熱い。
私は今、ぽっと頬を赤くしているのだろう。
恥ずかしくて体をもじもじさせてしまう。
「さ、お食事に行きましょう!」
リメアは部屋の扉を開けてくれて、私は一礼してから部屋を出た。
慣れないドレスで廊下を歩いていると、リメアが私の様子に気がついたのか手を差し出してくれた。
リメアにエスコートされながら歩くと、先程よりも歩きやすくて、足取りが軽やかになる。
そして、ある部屋の前で私達は止まった。