優しい朝日と黒魔法
「ん……」
朝日に照らされて、ゆっくり目を開ける。
隣にはいつも通りレアンがいるけれど、上に服を着ていないから、昨日の出来事を思い出してしまう。
あの後、シャワーに入ってからすぐに寝てしまったんだっけ。
レアンにちゃんとごめんなさいって言いたかったんだけど、瞼が勝手に下がってしまって、気づいたら朝だった。
レアンの方を見ると、まだすやすやと気持ちよさそうに寝ている。
私はそんなレアンの頬を撫でてから、額にキスを一つ落とした。
「レアン、大好きですよ。」
「……俺も、愛してる。」
「えっ、お、起きてたんですか!?」
レアンはゆっくり目を開けて、私の驚いた表情を見るとくすくす笑い始めた。
「もうっ、からかいましたね!」
私は恥ずかしくて、それでも幸せで、なんだかむずむずしてレアンの胸元にすり寄った。
布団と筋肉に包まれてあたたかい。
「ルチェットがあまりにも可愛いから……」
「……レアンからキスしてくれたら許します。」
返事がないのでレアンの顔を見ると、目を見開いてそのまま固まってしまっていた。
「レアン?レーアーンー?」
「……すまない、昨夜を思い出してしまった。」
レアンの頬は熟した果実のように染まっていて、なんだか私も顔が熱くなってきて、布団の中に隠れた。
(そうだよね、だって、あんなに情熱的に……)
「れ、レアン!」
私はぶり返してきた熱に知らんぷりして、誤魔化すようにレアンに話しかける。
「あの、昨日はごめんなさい。」
「いや、俺は大丈夫だが……ルチェットは大丈夫か?」
「はい、ちょっと腰が痛いです。」
私がそう言うと、レアンはすぐに私の腰をさすってくれた。
「昨日は君の本音が聞けてよかった。」
「昨日、すごく不安になってしまって……」
いつもはあんなに不安になったりすることないのに、何故あんなにも……
私がぐるぐる考えていると、レアンは私の胸元に触れる。
「……ルチェット、その胸の紋様は何だ?」
「え?」
「いや、先程服がめくれた時に見えてしまったんだが……」
私は首元の服を引っ張って、胸元を覗いてみる。
すると、黒に近い紫色の紋様が妖しく光っていた。
「な、何ですかこれ!?」
「俺も、こんな紋様は見たことがない。」
「昨日はなかったのに……」
「ユシルに見せたほうがいいかもしれない、あいつは魔法の事には詳しいからな。」
私達は着替えてから急いで荷物をまとめて、受付の人に挨拶をしてから宿を出た。
数日前に馬車から降りた場所で、レアンは魔法で合図を送っている。
私はだんだんと瞼が重くなってきて、次に気がつくと教会らしきところの、ベッドの上で寝ていた。
「あ……れ……??」
上半身を起こして、辺りを見渡すと、遠くでレアンとユシルさんが話しているのが見えた。
私はベッドから降りようとしたけれど、足がうまく動かなくて、そのまま床に倒れてしまった。
「ッルチェット!?」
「大丈夫ですか?」
うまく呂律が回らなくて、まるで赤子のように、言葉をしっかりと発することができない。
「あ……あう……」
「ルチェット……」
レアンが私をベッドに戻してくれて、なんだか苦虫を噛み潰したような顔をしている。
すると、ユシルさんが私の状況を説明し始めた。
「結論から言いますと、ルチェットさんは黒魔法に侵されています。」
どうやら、私の身体は黒魔法により蝕まれていたようで、初期段階としてネガティブになってしまっていたようだ。
でも、黒魔法なんて、いつ受けてしまったのかな。
思い当たるのが、エレンの部屋に侵入した時くらいなんだけど……
「そして、ルチェットさんが確保した宝石を解析したところ、やはり精霊の力が宿っていました。」
ユシルさんに宝石を渡されると、宝石からキラキラとまばゆい光が放たれて、咄嗟に目を閉じる。
『ルチェット、ルチェット。』
『……えっ?』
私を呼ぶ女の人の声が聞こえてくる。
それは酷く懐かしいような、安心するような、優しい声色で。
目を開けると、そこは花畑。
そして、目の前には……
『お母様……?』
『ええ。正確には、私はプリュイの残留思念です。』
お母様は、私のことを優しく抱きしめて、私もお母様を力いっぱい抱きしめて。
お母様に触れられることに、涙が流れてくる。
『ルチェット、あなたは精霊の末裔なのです。』
『……えっ?』
お母様は寂しそうな顔をして、ぽつりぽつりと話し始める。
『あなたの父上は、精霊を兵器として利用しようとしました。』
『私はたくさんの子どもたちを産みました。
ですが、あなたの父上に取り上げられ、そのまま帰らぬ子となって私の手元に戻されるのです。』
『これ以上、私は子どもたちを死なせたくなかった。兵器になんてさせたくなかった。』
『そんな……酷い……』
私が生まれる前に、たくさんの兄弟たちがお父様に殺されて、強さを求めてまた新たな子を……
お母様は、そんな苦痛を味わって、最後に私を産んでくれた。
『お母様、私は何故生まれたのですか?』
『……あなたを授かった時、確かに視えたのです。あなたが、幸せそうに笑っている姿……そして』
生きたいと、会いたいと願っていることが。
そう言われた私は、時が止まったように固まった。
私が願ったから、お母様は全てを託してくれた……?
『笑ったあなたがとても可愛らしく、隣にあなたを愛おしげに見つめる人がいて、産まねばならないと思いました。』
私の、隣。
それは、もしかしてレアンのこと?
私は、レアンに会いたくて、この世に生まれたいと願ったの?
でも、それじゃあ。
『私が、生まれたいと願ったから、お母様が……』
だって、私が生まれたいと願わなければ、お母様は身を滅ぼしてまで私を産むことはなかったのに。
私がお母様を殺してしまったのと同義ではないか。
『いいえ、産んだのは私の意思です。』
お母様に目元を拭かれながら、そう諭される。
『今までの子どもたちの分も、あなたに幸せになってほしかった。
私はあなたの父上の記憶を操作して、あなたが殺されないように暗示をかけました。』
それほどまでに、あなたを愛していたから。
私は嗚咽することしかできなかった。
涙が滝のように止まらなくて、でも、嬉しくてたまらない。
『そろそろ、お別れの時間です。』
『いや……いやです……お母様……』
『あなたに、私から祝福を与えます。』
お母様は私の両手を握って、何かを詠唱し始めた。
詠唱が終わり、最後に微笑みながら私にこう言った。
『あなたの人生に、幸せが溢れますように。』




