カシエレ王国にて
ガタゴト、と揺れる馬車の中。
レアンと私は、カシエレ王国へと向かっていた。
公爵邸に帰ってから、すぐに準備をして出発したのはいいんだけど、ついユシルさんからもらった小瓶も一緒に持ってきてしまった。
何のために渡してくれたのか、まだわからないけど……
もし、万が一エレンに襲われたりしたら、その時に中身をかければなんとかなったりしないかな。
「ルチェット、怖いのか?大丈夫か?」
顔をしかめていた私を見たレアンは、心配してくれたのかそう聞いてきた。
「大丈夫です、考え事をしていて……」
「……妹のことか?」
エレンのことを考えていたのは事実なので、私はこくりと頷いた。
小瓶のことは内緒にして、どう私の実家に侵入するか、という内容に話をそらした。
「護衛や門番もいるでしょうし……」
「そうだな……いっそ、正面突破は?会いに来たという名目で。」
「う〜ん、でもエレンが止めそうですよ。」
二人で突破方法について悩んでいると、急に私の手が光り出して、前の空いている座席も光り出して。
「わおーん!」
何故か、レアンに似ているあのオオカミが出てきた。
「どうして……!?」
「わん!」
オオカミは何かを訴えているようで、私のことを凝視してくる。
そこで、私は名案を思いついた。
「そうだ!魔法でこっそり取ればいいんだ!」
「なるほど、具現化した魔法で侵入するのか。」
賢いな、と、隣に座っているレアンから頭を撫でられて、私は嬉しくてレアンの肩に頭を預けた。
そこで私は、あることをレアンに問いかける。
「ねぇ、レアン。私の昔の話、聞きたいですか?」
「い、いいのか?」
「エレンが話してしまったから、もう知ってるかもしれないですけどね……」
私はぽつぽつと、レアンに過去を話し始める。
前までは、昔を思い出すだけで気持ち悪くなって、涙を必死に我慢していた。
でも、今は違う。
過去の私も受け入れて、レアンと前に進みたい。
私は私の全てを好きになりたい。
「……話してくれてありがとう、ルチェット。」
レアンは私の目元を拭う。
いつの間にか涙が出ていたみたいだったけど、これは苦しみの涙じゃない。
全て受け止められたから出た涙だって、私はそう思う。
「……諦めないでくれて、ありがとう。」
「レアン、私を受け入れてくれて、ありがとう。」
同時にありがとうと言ったものだから、私達はお互いに吹き出して、笑い合った。
「くぅーん!」
今まで静かだったオオカミが、急に前の座席からこちらに飛んでくるから、一瞬で顔が、暖かいもふもふとした毛に覆われてしまった。
「もがっ……!!」
「……ルチェットから離れるんだ。」
レアンがそう注意すると、それに反抗するようにオオカミが唸って威嚇しているのが聞こえる。
そんな、似た者同士なのに張り合わなくても……
「俺のルチェットから、離れろと言ってるんだ。」
「ヴヴゥ゙……!!」
私が止めようとしても、圧迫してくる毛のせいでうまく喋ることができない。
なぜか、オオカミの魔法を解除することもできない。
いったい、私はどうしたらいいのでしょうか。
「わん!!」
「俺だって、ルチェットを抱きしめたいんだが。」
「ガウ!!」
「あぁ、俺は゛夫゛だからな。」
何でレアンとオオカミは会話ができるの?
という疑問を抱えながら、オオカミをなだめようと、優しく毛並みに沿うように撫でてあげる。
すると、オオカミは私が圧迫されていることにようやく気づいたのか、しぶしぶ私から離れてくれた。
しかし、今度はレアンがぐいぐいと近づいてきて、私の頬に手を添えた。
「レアン、ちょっと、あの」
ずっとそのまま顔を凝視してくるから、困ってしまって声をかけたけど、反応がなかった。
きっと、拗ねてるんだと思う。
なんだか、犬みたいで……
「……今、俺のことを犬みたいだと思っただろう。」
「えっ!?な、何で……」
考えていることが分かって。
そう言おうとしたら、口を塞がれた。
レアンの唇で。
何度も角度を変えてキスしてくるから、息がうまくできなくて、ふわふわ思考が溶けていって。
やっと離してくれた時には、私は息が上がってしまって、酸素を求めて必死に呼吸する。
「……俺は可愛い犬じゃなくて、世界でたった一人のルチェットの夫だ。」
「は……はひ……」
「……俺だって、男なんだからな。」
レアンはそう言って、私の額にキスをする。
すると、ガコン、と大きな音が馬車から鳴った。
「ん、着いたんじゃないか?」
私はカーテンを開けて窓の外を見る。
カシエレ王国の街並みが遠くまで続いている。
まぁ、祖国といっても家から出たことがあまりないから、街並みもほぼ初めて見るのだけれど。
急いでオオカミを魔法で戻して、何事もなかったように座る。
ガタン、と馬車の扉が開いて、御者が顔をひょこっと出した。
「着きました。」
レアンが先に馬車から降りて、御者にお礼を言っている。
「あぁ、ご苦労だった。」
「数日後の昼、またここに馬車を走らせるので。」
「わかった。」
そんなレアンと御者の会話を聞きながら、私も馬車から降りた。
「ここが、カシエレの街なんですね。」
私の生まれた祖国。
久しぶりのカシエレは、湿気で熱がこもってとても暑いけど、そんな懐かしい空気に緊張する。
「……ルチェット、行こう。」
「はい。」
私は、レアンの手を引いて歩き始める。
向こうに見える、豪勢な建物が、お父様とエレンのいる家。
近づくたびに大きくなっていって、少し怖くなったけど、レアンが大丈夫だと言うように、手を少し強く握ってくれた。
そしてついに、門の見えるところまでやってきたわけなのだけど。
「魔法の形はどんなのがバレにくいですかね。」
「小さい方がいいだろうな。」
私達は、門の近くの茂みに隠れて、作戦を練る。
「ねずみはどうですか?」
「いや、メイド達が目を光らせているだろう。」
「じゃあ……虫?」
「形見を持てないのでは意味がないからな……」
うんうん唸って悩んでいると、私の頭の上に、小さな鳥が止まった。
「……鳥!鳥はどうですか!」
「……そうだな、飛び回れるから捕まる可能性も低いだろう。」
「鳥なら、窓を割ってもすぐ逃げられますし!」
頭の上の鳥に感謝を述べながら、早速私は目を閉じて集中する。
大空を自由に飛んで、素早くて、足もしっかり掴めるようなものがいいな。
「むむ……ふん!!」
まばゆい光に包まれて、手の中から出てきたのは、茶色くて、どこかツンとした顔の鳥。
「リメアに似てる……!?」
私の手に顔をすりすりして、目を閉じているリメアに似ている鳥。
私は、形見の宝石を想像しながら、鳥へと流し込むようなイメージで魔法を操る。
「イメージ、伝わりましたか?」
「ピィ!」
「今見せた宝石を取ってきてほしいんです。」
私は門の向こう、エレンの部屋の窓を指差す。
すると、私の意図が伝わったのか、鳥はぱたぱたと飛んでいってしまった。
「だ、大丈夫ですかね……遠いですし……」
「きっと、ルチェットの魔法なら大丈夫だ。」
そうだよね、きっと大丈夫。
それに、リメアに似ている鳥だから、仕事はきっちりこなしてくるはず。
無事に戻って来ることを祈りながら、レアンと二人、頭の上の鳥を愛でながらゆっくり待つことにした。




