鮮やかな赤色
お茶会が再開されると、私はカリンさんの元へ行き、出来るだけ優しい声色で話しかけた。
「何か、好きなものはありますか?」
「の、農業が好きで……」
「そうなんですね、では農地のある所に家を建てましょう。」
「わ、笑わないんですか?私が農業が好きって……」
「笑いませんよ、とても素敵だと思います。」
そう言うと、カリンさんは私に抱きついてきて、何度も感謝を述べた。
しかし、ハッとして私から離れると、今度は何度も謝ってきた。
「ご、ごめんなさい私ったら、夫人の許可なく抱きついてしまって…!」
「ふふっ、いいですよ。」
「夫人…!」
その後も色んな令嬢と交流して、友達が沢山増えた。
お菓子やケーキもとても絶品で、どうやって作ったのかメイドさんに聞いてみると、街にあるパティシエのケーキらしい。
私も買えることに内心とても喜んだ。
今度レアンと出かけた時は一緒に寄ろうかな。
なんて考えていると、他の令嬢も寄ってきて美味しいお菓子やスイーツの話になって、私はつい喋りすぎてしまった。
令嬢達は、私がスイーツ好きだという印象を強く持ってしまったのか、今度美味しいものを紹介してほしいと皆言ってきて、恥ずかしくなった。
けれど、食事は大好きなので皆と共有できるのは嬉しい。
楽しい時間はあっという間なもので、終わりの時間が来てしまった。
「皆さん、今日はありがとうございました!とても楽しかったですわ!」
マリーさんがそう言って、令嬢達は拍手をしてお茶会は幕を閉じた。
________
お茶会も終わって公爵邸に帰ると、私はお風呂に入ってから仕事を再開する。
色々な書類があって、交易のものだったり、騎士団の団員を少し借りたいだったり、本当に様々。
私は残り僅かになった今日の分の仕事を素早くこなす。
仕事が終わって一休みしようとした所でリメアがひょこっと部屋の扉から顔を出した。
「ルチェット様、お茶会はどうでしたか?」
「リメア。実はこんな事があって…」
私は今日起こったお茶会での毒事件を、なるべく全て伝えた。
「ロザリー様が…もう!ルチェット様のこと散々悪く言ったりして…!!許せません!」
「落ち着いて…今度、レアンが戻ってきたら相談しようと思ったの。カリンさんの為にも早くしないといけないのだけど…いつ帰ってくるのかな。」
「ルチェット様…」
私が窓の外を見ると、すっかり暗くなっていて、星が一つも浮かんでいなかった。
しとしとと雨が降る音が部屋に響く。
私は気を取り直し、リメアにそれ以外のお茶会での出来事も話す。
主に、令嬢達と話した……その、恋愛の話。
すると、少し曇っていたリメアの顔が、かぶっていた雲が太陽の元から移動したかのようにみるうちに元気になっていく。
「はわぁ…!!!遂に!気持ちを伝えるんですね!」
リメアは伝える本人でもないのに顔を赤らめて楽しそうにしている。
そんな様子に不思議に思って私はリメアにあることを聞いてみることにした。
「…女の人って、恋愛の話が好きなものなの?」
「はい!そういう生き物ですから!」
「そうなんだ…」
リメアはふんすと鼻を鳴らして得意げにそう言った。
私は恋愛の話を誰かとする事自体あまりないから分からなかったけれど、確かに他の人の話を聞いているとドキドキして、気持ちが高揚しているのかもしれない。
リメアはウキウキしていたけれど、カチカチと鳴る時計を見てふと我に返ったのか落ち着いた様子で私に話しかけてくる。
正直切り替えが早くて少し怖かった。
「………あ、もう就寝の時間ですね。ベッドメイクは済ませてあります!」
そう言われて、私は思ったよりも疲れているのか、どっ……と体が鉛のように重くなった。
仕事も切りがいいから、お言葉に甘えて寝ることにしよう。
私はリメアと一緒に執務室を出て、自分の部屋まで静かに歩く。
雨音が聞こえる。
静かな空間の雨音、それは心地よいはずなのに。
私の心に渦巻く心配がそうさせているのか、なんだか落ち着かなかった。
そう考えているうちに、部屋の前に着いた。
「ありがとう、じゃあ私は寝るね。おやすみリメア。」
「おやすみなさい、話を聞かせてくれてありがとうございます!」
リメアはパタンと扉を閉めて、私は部屋に一人になった。
綺麗にセットされたベッドに寝転がったけれど、どうしても孤独に感じてしまう。
「早く会いたい…」
レアンの安全を祈りながら眠りにつき、波乱の一日は終わった。
________
それから私は何日も何日も待ち続けた。
仕事も毎日きっちりやって、レアンを迎える準備もいつでも出来ていた。
なのに、帰ってこない。
どうしても心配になってしまう。
魔物は魔法使いがいないと倒すのが難しく、魔法使いの数も少ない為、レアンは今まで色々な戦いに繰り出されていたと本人から聞いた。
きっとレアンは大丈夫、魔法も使える歴戦の猛者なんだから、きっと生きて帰ってきてくれる。
そう考え続けて毎日を過ごす。
しかし待ち人は来ず、いつの間にか梅雨の月の終わりになっていた。
「今日も雨…。」
私は気分転換に散歩をしようとしていたのだけど、激しく雨が降っていてそれは叶わず、廊下の窓から外を見続けていた。
今日も帰ってこないのかな。
私は、早くこの気持ちをレアンに伝えたい。
伝えて、レアンとの関係をハッキリさせたい。
そう思いながら、暗く激しい雨の降る外を再び見る。
すると、外から馬車が入ってくるのが見えた。
レアンだ。
私は待ち続けていたレアンに会えると思って玄関ホールへ向かう。
しかし、次に目に入ったのは鮮やかな赤色だった。
「公爵夫人…!」
カオンさんが、騎士団の人達が、レアンに肩を貸していた。
カオンさん達は傷だらけだけど、レアンは特に酷く、傷だらけで、どこも血で赤く染まっている。
「れ、レアン…?」
「ッ……ルチェット……」
レアンは弱々しく私の名前を呟くと、首に力が入らなくなったのか、がくんと頭を落とした。
嘘だと言ってほしい。
こんなの嫌。
だって、生きて帰ってくるって約束した。
なのに、こんな。
「早く!医者と魔法使いを出来るだけ多く呼ぶんだ!!」
「止血用のタオルです!」
「ぁ……あ……」
私は動けなかった。
目の前の光景が信じられなくて、足がうまく動かなくて、見ることしか出来なくて。
レアンがベッドに運ばれて暫く経った所で、リメアが声をかけてくれて、ようやく我に返った。
「レアン……!レアンは……!」
「寝室にいます……。」
私は寝室という言葉を聞いてダッと走り出す。
ドレスの裾を踏んでしまい転んだりもしたけれど、そんなのお構い無しに、無我夢中で寝室へ向かう。
寝室に着くと、レアンは血のついた包帯でぐるぐると巻かれていた。
「ッレアン……!!」
私は上手く出ない声でか細く叫んだ。
側に駆け寄ると、顔色が悪く呼吸が早くて、瀕死の状態だとお医者さんに言われた。
私は絶望の淵に立たされた。
私はもうレアンがいないと幸せになれない。
それほどに貴方のことが好きなのに。
私は何も出来ない。
いつもそう。
寝室の椅子に座らせてもらい、診察が終わるのを待つ。
やがてお医者さんが私の方へ向くと、今夜中に亡くなるかもしれないと伝えてくれた。
私は涙すら出ないほどに、心に穴があいたように空っぽになった。
「そんな………」
次に、魔法使いさんが私に教えてくれた。
魔物との戦いで出来た傷は治りにくく、今回は毒も体内に入っている為に酷い現状になっているそうだ。
魔物の毒を取り出して浄化するには魔法を使わなければならない。
けれど、魔法使いさんは試したが何故か出来なかったと言う。
私は震えが止まらなくなった。息がうまくできない。
何故、こんなことに?
レアンに話したいこと、いっぱいあったのに。
人を好きになるって、こんなに辛いんだ。
胸がズキズキと重く痛む。
こんな痛みは人生で初めて。
知りたくなかった。
お医者さんは公爵邸に泊まってくれるとのことで、私を気遣ったのか、一旦レアンと二人きりにしてくれた。
しんと静まり返って、打ちつけるような雨音が響く寝室。
私はレアンの側にいたくて、ベッドの近くに椅子を運んだ。
「ねぇ、レアン…起きてください…」
私が昏睡していた時、レアンはこんな気持ちだったんだと知ってしまった。
こんなに苦しかったんだ。
そんな中、私が起きるのを待っていてくれたのね。
「レアン、私ね。友達が沢山出来たんです。仕事の引き継ぎもちゃんと毎日大量にやりました。公爵の仕事ってこんなに大変なんですね。」
もっと話したかったけれど、声が出てくれない。
私の呼吸と、レアンの浅い呼吸しか聞こえない。
だから、心の中で語りかける。
私、レアンがいない間毎日外を見て馬車が来ないか楽しみにしてたんですよ。
来る日も来る日もずっと。
友達もたくさんできて。
毒が関わる事件が起きたけれど、何とか場は収まって皆で楽しいお茶会でした。
それで、そのお茶会で出たケーキ。
美味しくてレアンにも食べてほしくて、帰ってきたら一緒に街まで行って食べたいって…思って…
「ッぅうう…レアン……」
レアンに話したかった事を、ゆっくりと心の中で語っていたら、悲しくなってきて、実感が湧いて、ようやくここで涙が出てきた。
「レアンも、私が昏睡していた時、こうやって話してくれたんでしょう?私達、似た者同士ですね。私も今こうして貴方に語りかけています。だからお願い、起きて…!」
それでも、レアンは浅く呼吸するだけで返事はなかった。
レアンが、死んでしまう。
それを考えてゾッとしたけれど、死ぬ前に貴方に伝えておきたいことがあるんです。
私はベッドに乗ってレアンのすぐ横に座る。
深呼吸して出来るだけ心を落ち着かせてから、私は口を開き言葉を紡いだ。
「レアン、貴方の考えるときに顎に手を当てる仕草も、怖い見た目に反して小動物が好きなところも、貴方が話してくれた過去も。私は全てを愛しています。どうか、伝わりますように。」
私は、彼の私より大きくて血のついたその唇に、そっとキスを落とした。




