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はじめましては突然に

馬車に揺られて時間はどのくらい経ったのだろうか、私はサンドウィッチをもぐもぐと頬張りながら誰も居ない目の前の席を見つめる。


すると、ガクンと馬車が大きく揺れたかと思うと、扉が勢い良くバタン!と開いた。


しかし誰も来ないので荷物をもって外に出てみると、御者は馬車に乗っていなかった。


降り積もる雪の中、ハッとして後ろを向くも間に合わず、私は御者に太ももを短剣で刺されてしまった。きっと足を潰して逃げられなくする為だろう。


「いっ…!?」


「エレン様からの命令でなぁ、殺せと言われたからには痛めつけてから殺さないとなぁ?」


「ひっ…だ…誰か…!!」


「誰もこねぇよ、可哀想なルチェットお嬢様よぉ!」


もう駄目だ、と思った。頭がやけに早く回って、色々な思い出が駆け巡る。


顔も覚えていない母は、今どこで何をしているのだろうか。


きっと、私の事なんて忘れて、幸せに暮らしているかも。


「痛い…」


次に目の前に広がった光景は、真冬の掃除の冷たいバケツの水、痛々しく赤くなった手。


廊下や階段をひたすらに、手の感覚が無くなっても綺麗に掃除し続けたんだっけ。


痣だらけの身体、毎晩見る悪夢。


痛くて、寝られなくて。


毎晩、死への恐怖と戦っていた。


あぁ、特によく覚えているのは母の形見の指輪をエレンに取られそうになった時のこと。


結局取られてしまったけれど。


お父様に酷く怒られて何時もより激しく折檻された傷が今も残っている。


とても痛くて苦しくて、助けを求めても返ってくるのは笑い声だけだった。


それよりも苦しく、私はこのまま死ぬのかな。


でも、私は生きたい、ほんの少しだけでいいから幸せに生きてみたい。


私は着ていた分厚い上着を御者の頭にかけて、痛む足を引きずって逃げる。


足からは血が出てきて嫌に熱いけれど、それを我慢して必死に走る。


「まて!この小娘!!」


逃げても怪我と雪のせいで上手く走れず、すぐに追いつかれてしまった。


「いや!!やめて!!」


「来世ではお幸せにな!!」


私は本当に死ぬと感じて、ぎゅっと目を瞑った。


来世では幸せになれますように、そう願って目を閉じ静かにその時を待っていた。


すると、何処からか馬の鳴き声がして、バタリと何かが倒れる音がした。


恐る恐る目を開けると、そこには地面に伏せている御者と、馬車の馬ではない知らない馬の顔があった。


「大丈夫ですか!?って、血が出てる…!」


「あ…ぅ……」


先程まで死にかけていた私にとって、他の人という存在は恐怖でしかなかった。


血が足りないからか、恐怖なのか、ほっとしたからなのかは分からないが、ドサッと音がして私が倒れたのだと理解した。


意識が遠のいて暗くなっていく。


馬に乗っていた男の人がなにか叫んでいるけれど、私はぼんやりとしか聞き取れず、意識を手放した。


「あっ、気絶してしまったか…!」


ルチェットが意識を手放して、男はさらに焦っていた。


馬も何処か落ち着かない様子で心配している様子だ。


男は馬から降りてルチェットを抱え、また馬に乗り直す。


「急いで公爵邸に帰るぞ、頼む。」


馬はヒヒンと軽く鳴いて、雪の中を軽やかに走り出した。


ルチェットの顔色は悪く、呼吸も浅いのを見て男は顔を歪めた。


「はぁぁ…今日は公爵様の婚約者が来るって言うのに…!」


こんな時に何故事件が起こるんだ、と男は愚痴を吐く。


雪はいつの間にか先程より優しく降っていて、ルチェットを歓迎するかのように頬にポツリと落ちてじゅわりと解けた。


暫く馬を走らせていると、大きな門へ辿り着く。門番は慌てて頭を下げてこう言った。


「お疲れ様です、騎士団長。」


「お疲れ様です。」


「いいから!!この女性が見えるなら早く!!」


門番は抱えられたルチェットを見ると、目を大きく見開きながら急いで門を開けた。


「ありがとう、門番さん!」


男は馬で庭を一気に駆け抜ける。


後で、知らない女性を勝手に敷地内に入れたことで、怒られる事を少し気にしているが、それどころでは無いため許してくれるだろう、と目の前に集中する。


すぐに大きな玄関扉の前に着いたので馬から降りる。


「寒いだろうが少し待っていてくれ。」


馬はぶるると鳴いて返事をしたようだ、返事を聞いてから玄関扉を開けて中に駆け込む。


そして、大きく息を吸い込んでからガラスが割れそうなくらいの気持ちで叫ぶ。


「誰かッ!!!来てくれッ!!!」


すると色々な方向からドタドタと物音がして、メイドや執事、料理人や騎士団の団員など様々な人間が集まった。


「この女性を頼む、僕は公爵様に伝えてくるから。」


集まった人々は一斉に分かりましたと返事をしてルチェットを預かる。


世話が得意なメイドを中心に、ルチェットを手当てする。


筋力がある騎士団の団員は直接圧迫して止血をして、執事が暖炉を付けて休ませる部屋を用意して、料理人は止血が終わったらルチェットを執事が用意した部屋へと運んだ。


人々は皆改めてルチェットを見る。


容姿は整っているが、服は質素な物を着ているし騎士団長が抱えて来た為、平民の女性だと思っている。


その内自分の仕事や訓練を思い出して、他の人々は持ち場に戻った。 



________



「う〜……ん……??」


私が目を覚ましたのはふかふかで手触りのいいシーツがかけられたベッドの上だった。


首を動かしキョロキョロとすると窓があり、外はすっかり暗くなっていた。


私は意識を手放す前のことを振り返る。


確か、男の人が助けてくれて、声をかけてくれて、そこで意識を手放したんだと思う。


私は身体を起こして立ち上がろうとしたけれど、足が痛くて上体を起こすことしか出来なかった。


それにしても、ここは何処なのだろうか。


アルベレア家の私の部屋よりはるかに広く綺麗にされている。辺りを見回していると、大きくて縦長に丸い鏡が目に入った。


「………酷い顔。」


そういえば、アルベレア家では食事が貰えない時もあったっけ。


と思い出しながら、私はこんなに痩せていたのかと驚いた。


頬も少しこけていて目の下にはクマがあり、不健康を物語っていた。


なにより血が少ないようで顔色がとても悪かった。


もう少し寝させて貰おうかな、なんて考えていていたその時、ギィ…と扉が控えめに開く音がした。


無言で入ってきたのは美形だけどどこか怖いような顔をした男性で、黒色の髪に白色の髪が混じっていて狼のようだった。


その男性はこちらを淡い水色の瞳でジロリと見た。


「あの、えっと、ベッドをお借りしてます…?」


「……名を名乗れ、話はそれからだ。」


「あっ…ルチェット・アルベレアです、実はシルベリアの公爵様の所へ嫁ぐ予定だったのですが…この通り…」


男性は眉をピクリと動かした後、さらに顔を顰めてしまった。


人前で喋るのは苦手だしあまり経験がない為分からない。もしかしたら失礼な言い方をしてしまったかもしれない。


「ごめんなさい、なにか無礼を…?」


「それは、お前が俺の婚約者ってことなのか?」


「………えっ?」


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