いつもよりあたたかい夜
その日の夕食は、エレンも一緒だった。
何を言うか気が気でない。
緊張していつも食べる美味しいお肉があまり進まない。
「お姉様はおっちょこちょいで内気なの、だからエレンがサポートしてあげてたんです!」
内気なのは間違ってないけど、サポートだなんて全くの嘘である。
「それで、お姉様は昔体が弱かったからお勉強もできなかったの。」
エレンの作り話が食事中ずっと続いていたけれど、レアンは嫌な顔一つせずに静かに聞いていた。
食事が終わった後も私に危害を加えることなく、その日は恐ろしいほど平穏に終わった。
私はエレンから受けてきた事を思い出して眠ることができなかった。
寝転がるのも苦痛で、まだ誰か起きていそうだったから、廊下に出てその辺をふらふらする事にした。
私はロウソクに火をつけて廊下に出る。
廊下は嫌に寒くて体がぷるりと震えた。
暫く歩いていると、いつの間にか私はレアンの執務室の前まで来ていた。
今はとにかく人肌が恋しい。
誰かと一緒にいたい。光が漏れている扉を力弱くノックすると、まだ仕事をしていたのかレアンが出てきてくれた。
「こんな時間にどうした?って、泣いているのか?」
「えっ…」
私は自分の頬に触れる。
私の冷たい頬は濡れていて、自覚すると一気に涙が出てきた。
レアンは慌てた様子で私を執務室に入れてくれた。
「怖い夢でも見たのか?」
「違います、眠れなくて…。」
レアンはソファに座らせてくれて、隣に座って控えめに、優しく私の背中を擦ってくれた。
その優しさにまた涙が溢れる。
「体が冷たい、この上着を使うといい。」
「ありがとうございます…」
私が普段と違って見えたのか、レアンは困惑しながらも上着をかけてくれた。
私は客室で眠るエレンの事を思い出しては怖くなっていた。
頭にこびりついて離れず、呪いのように私に付き纏う。
すると、レアンはいつもより優しげな声であることを提案してくれる。
「一緒に寝ないか?いや、ルチェットが嫌ならいいんだが…。」
「一緒に…?」
「その…パーティーの日に一緒に寝ただろう?その日は俺も良く眠れたんだ。きっと君も人肌があれば寝られると思ったんだが…。」
いきなり饒舌になって、レアンは緊張した顔でそう私に聞いてきた。
あの日は確かに私も良く眠れた気がする。
…いいのかな、邪魔じゃないかな。
「私、レアンの邪魔じゃないですか…?」
「いや、むしろ……」
「むしろ?」
「…………君と一緒がいい。」
私は恐怖が少し薄れた気がした。
レアンがあまりにも子犬みたいに縮こまって、私の機嫌を伺っているのが珍しくて、思わずふふっと笑ってしまった。
「じゃあ、一緒にいいですか?」
「も、勿論だ…!」
私がそうお願いすると、レアンは顔は変わらないけれど、パアッと効果音が付きそうなくらいに喜んでいる様子だった。
私はレアンの仕事が終わるまで執務室で待たせてもらう。
カチカチと時計の鳴る音だけが響いている静かな空間だけれど、寧ろ落ち着くくらいだった。
そこで、気持ちが落ち着いてきた私はこの前勝手に逃げた事について謝ろうと口を開いた。
「レアン、この前は逃げてごめんなさい。」
「いや、いきなり距離を詰めた俺が悪い。」
「違う、私が全部いけないんです。だから、心の準備が出来たらいつか話します。それまで待っていてくれますか…?」
「いつまでも待つよ。」
レアンは仕事が終わったのか椅子から立ち上がって私の方へ近づいてくる。
すると、私の身体は急に宙に浮いた。
「えっ…!?抱っこしなくても歩けますから…!」
「俺がこうしたいからこうしている。」
私は抵抗しようとしたけれど、結局レアンの首に手を伸ばすことしか出来なかった。
私を抱えたままレアンは寝室へと向かう。
今日こうして一緒に寝られるのは奇跡に近いのだろう。
寝室に着くとふわりと優しくベッドに下ろされて、そのまま寝転がる。
レアンも隣に寝転がって、私達は寝る準備をした。
「じゃあ、おやすみなさい。」
「………手を繋いでもいいか?」
「手、ですか?」
「その方が安心するかと思ったんだが…」
私の事を考えてくれてるんだ。
胸の中心がくすぐったい。
でも、嬉しい。
私は肯定の意味でレアンの手をきゅっと握った。
「二人で寝るのもいいものだな。」
「ですね。」
レアンの隣はなんだか落ち着く。
やっぱり体が大きいからかな。
守ってくれそうで、頼りになって…。
「ふふ、おやすみなさい…。」
「おやすみ、良い夢を。」
私は目を瞑る。
先程まで私を包んでいた恐怖は和らいで、今はレアンのことで頭がいっぱいで幸せだ。
私はその幸せを噛み締めながら意識を夢の中に飛ばした。
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次の日、私は頭の違和感で目を覚ました。
目を開けるとレアンが私を撫でていて、その顔はとても慈しんでいるように見えた。
「おはよう。」
「おはようございます。昨日はすみませんでした。」
「いや、俺は良く眠れたから問題ない。君は眠れたか?」
「おかげさまで…。」
「それはよかった。」
私はベッドの縁に座って体をぐっと伸ばす。
その後に立ち上がって部屋を出ようとした。が、レアンに阻止された。
「着替えはメイドに持ってこさせよう。もう少しだけ一緒にいたい…だめか?」
レアンの表情も、態度も、いつもより柔らかい。
私はそんなレアンにきゅんとしてしまった。
可愛いという言葉が頭を埋め尽くす。
私はレアンの可愛い言動を無視することも出来ずに、大人しく部屋に留まった。
私がベッドの縁に座り直すと、レアンは隣に座って私の肩に頭を乗せた。
「君が来る前の俺は、今思い返せば殺伐としていた。君が来てくれて俺は人の温もりを知った。ありがとう。」
「何だか、今日のレアンは素直ですね。」
私達はそう言って笑い合う。
レアンは私の事を友達のように思ってくれている気がする。
人と仲良くなるのは必要ないと思っていた時もあったけれど、人のあたたかさはやっぱり素敵で、私には必要なものかもしれない。
だからこそ、いつか私の事を全て話さないといけない。
でも、話すことで崩れてしまったら、もう戻らないから。
今はこのあたたかさを、感じていてもいいかな。




