妹の身代わりで結婚したら、残虐公爵様に溺愛されています！

14 襲来

　夕方、レアンは執務室にカオンを呼び出していた。

　ノックをして扉を開けると、公爵としての業務をしていたのか、資料と睨み合いをしていた。

　レアンはそのまま顔を上げてカオンを見る。

「公爵様、どうかなされましたか？」

「ルチェットの様子を聞きたい。」

「夫人の様子ですか、特に変わったところは無さそうですけど……あ、金平糖を嬉しそうに食べてました！」

　レアンはそれを聞いて、さらに顔を険しくさせた。

「彼女は、スパイだと思うか？」

「……僕は思いません、今の所は。」

「何故そう言える？」

「……わかりません。根拠はないんですが、夫人は違うと、そう感じます。」

　カオンはレアンの睨みに臆すること無く、はっきりと発言した。

　レアンはカオンの発言を聞いて、頭を抱えた後ため息を一つ零した。

　何故、ルチェットが気になってしまうのか。

　それはルチェットがスパイだという危機感からなのか。

　それとも、他に何か理由があるのだろうか。

　そう深く考えていても、脳裏に浮かぶのは彼女のころころと変わる表情ばかり。

「……カオン、護衛から外れて構わない。ご苦労だった。」

「えっ？で、では……！」

「ルチェットはスパイではないと断定する。」

　カオンは脳内で、無罪と書かれた紙を広げた。

『夫人！夫人は無罪です！！おめでとうございます！！』

　カオンは、彼女がスパイかどうか確かめるための護衛の中で、その人柄に触れた。

　直感でスパイではないと思っていたのだ。

　勿論、怪しい人物と関わっていたりしていなかった部分もあるが、それ以上に、戦場で培ったカンが働いていた。

　それはカオンよりも多くの戦いや裏切りを経験してきたレアンも同じである。

　ルチェットは、レアンにとってまだ謎に包まれている。

　父親に消された過去のことも、家族のことも、好きなものも、嫌いなものも。

　全部でなくていいから。

　ただ、少し知りたくなった。

「カオン、俺はおかしくなってしまったのだろうか。」

「と、言いますと？」

「……ルチェットの事を、知りたいと思ってしまった。」

　カオンは首を傾げた後、ポンと手を叩いてレアンに一言。

「それって、恋じゃないですか！？」

「……は？」

＿＿＿＿＿＿＿＿

　夜になり、私は早速暗い庭園へと出向こうとした。

　しかし、その前にレアンが私の部屋まで迎えに来てくれた。

　庭園は真っ暗で、目を凝らせば花々が見える程の暗さ。

　しかし、次の瞬間辺り一面明るくなった。

「えっ！？花が光って……！？」

「俺の魔法だ。」

「魔法……使えたんですね！」

　花々はぼんやりと光っていて幻想的だ。

　まるでおとぎ話の不思議な世界に迷い込んだようで、私は心が躍った。

「レアンは光らせる魔法が得意なんですか？」

「得意というわけではないが……力をうまくコントロールすればこういう事が可能だな。」

「すごいです！綺麗……！」

　私達は光る花の道を歩きながら、桃色のスイートピーの咲いているベンチまでたどり着いた。

　座るよう促されたのでおとなしく座ると、レアンは目の前で少し屈んで、私の頭になにかを付けているようだった。

「……出来た。」

「何を付けたんですか？」

「……花を付けた。」

　私は頭の上を見ようとしたけれど、何の花が付いているのかはギリギリ見えなかった。

　レアンはそんな私の隣に座って真剣な顔で私を見た。

「……君のことを調べても、何も出てこなかったと言った。」

「はい、それが何か……？」

「……君から直接聞きたいんだ、これまでアルベレア家ではどんな暮らしをしていたのか。」

　私は頭を殴られたのかと錯覚する程の衝撃を受けた。

　まさか、レアンの方から聞いてくるとは思っていなかった。

　だって、私にあまり興味無さそうな感じだったし、私はそもそもお飾りの妻なのだから。

　心臓が早く動く、耳の中でドクドクとうるさいくらい音がする。

　嫌だ、嫌、知られたら捨てられる。

「っ……ごめんなさい、ごめんなさい！！」

　私の名前を呼ぶレアンを置いて、私は部屋に戻る。

　頭から花が落ちてしまったけれど、今は逃げたい。

　廊下には、一輪のスイートピーがぽつりと落ちていた。

＿＿＿＿＿＿＿＿

　逃げ帰った部屋にはリメアがいて、ベッドを整えていた。

　私は鍵をカチャリと動かして部屋に誰も入れないようにする。

　そして、とにかく落ち着きたくてリメアに飛び込むように近寄った。

「リメア……リメアっ、どうしよう……！」

「ルチェット様、落ち着いてください……どうされましたか？」

　私は事の顛末を話す。

　リメアはくしゃりと顔を歪めて私を抱きしめてくれた。

「大丈夫、誰も咎めたりしませんから。きっと公爵様もわかってくれます。」

「捨てられたくない……嫌……！」

「ルチェット様……。」

　私はあまり覚えていないけれど、わんわん赤子のように泣いて、疲れて眠ったのだと思う。

　次の日はベッドの上だったから。

　その後、レアンとの会話も少なく中々会わないまま数週間経った。

　私はいつも通りマレシア先生のレッスンを受けてから、自室でリメアの淹れてくれた紅茶を飲んでいた。

　私の座っているソファの横には、小さな箱がたくさんある。

　これはレアンが送ってきているもので、数日に一回は必ず部屋の前に置いてあるか、リメアが箱を持って来る。

　殆どがお菓子だけど、今日は違った。

　いつものように小箱を開けると、そこにあったのはキラキラと輝く宝石の付いたネックレスだった。

　宝石の色はレアンの瞳と同じアイスブルー。

　私は返そう考えたけれど、失礼かなと結論が出たのでやめておくことにした。

　リメアに着けてもらうと、私の首元は一気に華やかになった。

「似合ってます！素敵です！」

「……ありがとう。」

　あの日、庭園に置いて部屋に戻ったことがまだ心に引っかかる。

　殺さないって約束もしたし、話してもよかったんじゃないか。

　でも、まだ怖い。

　レアンは私の事を知りたいって言ってくれた。

　けれど、こんな汚い私を知ってしまったら、きっと幻滅されて捨てられる。

　それが、どうしようもなく怖かった。

　私の頭の中は、嫌われたくないという思いでいっぱいだった。

　何故、嫌われたくないの？

　約束したから死ぬことはない。

　じゃあ、何故……

　私が一人でぐるぐると考えを巡らせていると、突然ノックもなく部屋の扉が開いた。

「お姉様、久しぶりっ！」

　声を聞いた瞬間、私の体は冷や汗をかいて震え始めた。

　この高い声の主は、まさか、そんな。

「エレン……？」

「遊びに来たわ！」

　エレンの言動と私の様子がおかしいのを見て、妹だと察したらしい。

　リメアはすぐに、エレンを客室に案内すると言って部屋から二人で出た。

　私は部屋に取り残されたまま暫く動けなかった。

　リメアが戻ってきて、私も客室へ行くことになった。

　怖くて仕方がないけれど、私はもう一人じゃない。

　だから、勇気をだして客室に行くことができた。

　客室にはレアンもいて、エレンは何故か顔を赤らめている。

　こちらに気づくとすぐに笑顔で話しかけてくる。

「あ、お姉様〜！」

「……どうして来たの？」

「言ったじゃない、遊びに来たの！お姉様の様子も気になったし！」

「そう……」

　エレンはきっと私が生きてるか確認しに来たんだ。

　エレンは私に死んで欲しがってたから。

　でも、様子がおかしい気がする。

　人前で猫を被るのは変わらないけれど、レアンによく話しかけている。

　私のことは気にしていないみたいだった。

　エレンは面食いな所があるから、もしかしてレアンのこと狙うつもりなのかもしれない。

　そう考えると、何故か胸がずきりと痛んだ。

「公爵様かっこいいですねっ！エレンドキドキしちゃう！」

　レアンは何も答えなかった。

　それどころか、私に隣に座るよう促してきた。

　私はエレンに怯えながらおずおずと隣に座る。

　一瞬だけエレンの大きな目が鋭くなった気がした。

「エレンね、ここに何日か泊まるつもりで来たんですけど……お父様に内緒で来たから荷物がないんです……」

　レアンはまた何も答えなかった。エレンが怒る事は避けたいから、私が代わりに答える。

「……じゃあ、私のドレスを貸すね。」

「いいの！？ありがとうお姉様！大好き！」

　大好きだなんて、息を吐くように嘘をつくのね。

　胃の中がぐるぐる回っているような感覚。

　あぁ、吐き気がする。

　しかし、私は場を荒げたくないため笑顔で耐える。

　レアンは私とエレンが仲のいい姉妹に見えたのか、ようやく口を開いた。

「……料理長にも言っておこう。」

「ありがとうございます！」

　何日程滞在するんだろう。

　出来るだけ早く帰ってほしいという気持ちを込めて、首元で光るネックレスをぎゅっと握った。