13 近づく距離
朝起きると、私は知らない部屋に一人だった。
でも、シーツはちゃんとかけられていたから、きっと誰かがかけたのだろう。
ベッドに座ってあくびをしていると、扉が開いて公爵様が入ってきた。
「起きたのか。」
公爵様はお風呂上がりなのか、バスローブ姿でこちらに寄ってきて、とても刺激が強い。
私は咄嗟にシーツで顔を隠した。
「……何故隠す?」
「だ、だって!」
(そんな裸同然の格好で近づいてこないで……!)
私は、シーツで視界が真っ白なのにもかかわらず、視線を右往左往させた。
私がシーツに潜り込んでベッドの上に白い山を作っていると、公爵様がペラリとシーツをめくってきて私と目を合わせる。
真っ赤になっているであろう私の酷い顔を見て、公爵様はフッ、と鼻で笑った。
というか、私昨日の夜何してたっけ?確か公爵様の隣でお酒を飲んで……それから……?
「公爵様、昨日私変なことしてませんよね……?」
「……あぁ。」
(その間はなんなの??)
私は何回も聞いたのに、公爵様は『あぁ……』としか言わず、結局昨日の事は何も教えてくれないままで、私達は身支度をして馬車に乗った。
……しかし、何故か隣には公爵様が。
「……向こうの席に座らないのですか?」
「……逆に、ここじゃ都合が悪いのか?」
「……いえ。」
馬車が出発しても席はそのままで、公爵様の肩と私の肩が当たる程の近さだった。
公爵様はやっぱり体が大きくて、私の小ささが浮き彫りになってしまう。
すると、公爵様は窓の外を見ながら、私にこう言った。
「……これから俺のことはレアンと呼んでくれないか?」
「ど、どうしたんですか公爵様。」
「……何がだ?」
「……なんだかいつもと違います。」
そう、明らかに公爵様の態度が違う。
本当に、昨日の夜に何があったの?
公爵様、誰かと中身が入れ替わったりしてないならいいんだけど。
「……レアンさん。」
「さん付けも要らない。」
「…………レアン。」
「……ルチェット。」
公爵様……レアンは、何を考えているのかわからないけれど、私を見つめる硝子のような瞳に、思わず見入ってしまった。
ハッとして目を逸らしたけれど、レアンは私の頬に手を当ててそっと元に戻した。
「ルチェット。」
「こうしゃ……レアン?」
無言、無表情のまま、私とレアンは見つめ合うだけ。
けれど、レアンの瞳の奥に寂しさがあるように見えて、私は思わず聞いてしまった。
「もしかして、私と仲良くなりたいんですか?」
公爵に対して失礼すぎる発言だったのには、言ってから気がついた。
しかし、思わず口から出てしまったのだ。
ハッとして口元を押さえたけどもう遅くて、レアンは目を見開いて私の発言に心底驚いている様子だった。
「仲良く……そう……なのか??」
私はてっきり怒られると思っていたのだけど、そんなことはなかったらしい。
レアンは私を咎めることをせずに、自分の気持ちと向き合っているようで、私は返答がくるまでじっと待った。
「ふむ……だが、君に興味が湧いているのは事実だ。」
「……私のこと殺さないって約束してくれるなら、仲良くしても構いません……けど。」
「……??」
レアンは意味がわからないと思っているのだろう、顔がそう物語っている。
「残虐公爵って名前が付いてるでしょう?私、ここに来た時凄く怖かったんですから……!」
「ふむ……その名は誰かが勝手に付けたものだ。俺はあまり殺生は好まない。」
「じゃあ、仲良くしませんか?一応夫婦……ですけど、友達みたいな関係でもいいと思うんです。私もレアンと仲良くなりたいです……!!」
「……そうか、なら君を殺さないと約束しよう。」
約束ですからね。
と言って小指を差し出した。
レアンは真似して一回り大きい小指を差し出してきたので、私は小指同士を絡ませた。
すると、ガタンと馬車が揺れて止まった。
カーテンを開けて馬車の外を見ると、私達の家、公爵邸に着いていた。
レアンは先に馬車を降りて、手を差し出して私のことをエスコートしてくれた。
玄関のドアを開けると、公爵邸の中から私達が乗っていた馬車を目撃したのか、リメアやカオンさんが出迎えてくれた。
私達はパーティーで疲れているということで、各自の部屋でゆっくりと休むことにした。
レアンと別れる際、彼にこそっと囁かれた。
『今夜、よければ庭園のベンチまで来てほしい。』
私は不思議に思いながらも、夜にベンチへと出向くことにした。




