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12 滴るお酒

 周囲からくすくすと笑い声が聞こえる。


 俯いた状態から顔を上げると、笑っている令嬢と困っている令嬢の二通りに分かれていた。


 この液体は…?


「あ〜あ、ワインが可哀想だわ〜!こんな女にかかっちゃって。」


 どうやら私は、歩いてきた給仕が転び、給仕の運んでいたワインを頭からかぶったらしい。


 これも、きっとロザリー様の仕業だろう。


 現に、ワインを私に溢した給仕は、遠くの方で笑っているように見える。


 せっかくのドレスと髪型が酷いことになってしまった。


 私は初めてのパーティーでもこんな仕打ちなの?


 自分が可哀想だなんて思ってはいないけれど、こういう卑怯な手口を受けると、妹を思い出して怖くなって、息がうまくできない。


 それでも、この行為は許しがたい。


 けれど、私には睨むことしかできなくて、無力感から俯いた。


 せっかくのパーティーなんだから、問題を起こして台無しにしたくない。


 すると、一つの足音がやけに大きく聞こえてきて、私の前で止まった。


 頭を上げてみると、そこには他の人と話していた筈の公爵様が立っていた。


「あ……」


「誰がやった、言ってみろ。」


 公爵様はとても怖い顔をしていたけれど、私は何故か怖く感じなかった。


「あ、あそこの給仕の方です……」


「……不注意とはいえ、公爵夫人に無礼を働いたなら、謝罪するべきではないか?」


「あっ………あ……」


 給仕はがたがたと震えていて、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなっていた。


 また、ロザリー様もその取り巻きも、公爵様の圧力に負けたのか、そそくさと遠くの方へ逃げていった。


「申し訳、ございませんでした……!」


「……行くぞ。」


「あっ……!」


 私は公爵様に手を引かれてそのまま会場を出た。


 手を引かれていて分からないけど、公爵様は今どんな顔をしているんだろう。


 貴族達との交流は大丈夫なのだろうか、途中で切り上げたのだろうか。


 だとしたら、とても申し訳ないことになってしまった。


「レアンさん、私は大丈夫ですから……」


 そう言うと公爵様はピタリと止まって振り向いた。


 手は繋いだまま。


 公爵様は私と薄い水色の瞳を合わせるだけで、言葉は発しなかった。


 いや、どちらかというと戸惑っている感じだった。


 公爵様の思惑を知らないまま、また私達は歩き出す。


「ここは誰も入れない。メイドを呼ぶから待っていてくれ。」


 私はそう言われると、一人ぽつんと連れてこられた部屋に取り残された。


 暫く立って待っていると、数人のメイドさんが急いで駆けつけてきてくれた。


 その後ろからローブを着た1人が前に出てきて、私に一礼してから手をかざしてきた。


 すると、みるみるうちにドレスや髪の毛が乾いていく。


「えっ!?乾いて……!?」


「私は魔法使いでございます、水を操る事が得意でして、ワインの水分だけを取っております。」


「魔法使い!?初めてみました!すごい!」


 私のドレスはあっという間にシミ一つ無く綺麗になって、髪の毛も乾いた状態になった。



 すると、待ってましたと言わんばかりに、メイドさん達が私をソファに座らせ、化粧と髪型のお直しが入った。


 ちょうどお直しが終わった頃に公爵様がまた入ってきて、ソファに座る私を立たせてくれた。


 そして、またパーティー会場へと戻る。


 きっと、先程公爵様に圧をかけられたから、令嬢達はもう危害を加えてこないと思う。


 会場に戻っている途中に、公爵様がふとこんな言葉を溢した。


「……君がスパイじゃなくてよかったと思ってる。」


「えっ……?」


「今度は俺の近くに立っていてくれ。」


「はい……。」


 そう言って私の横を歩く公爵様。


 いきなり、どうしたのだろうか。


 私が、スパイじゃなくてよかった、なんて。


 少しは心を許してくれてるのかな……?


 いいえ、残虐と言われる公爵様の事だから、きっとスパイと結婚した、という事実を残したくないだけかもしれない。


 私が公爵様の意図がわからずに、頭をぐるぐるさせていると、いつの間にか先程までのパーティー会場まで着いていた。


 その後は特に問題も起きず、そのままパーティーは終わった。


 私は言われた通りに、ずっと公爵様の横で黙って立っていた。


 お酒をちまちまと飲んでいたせいか、なんだか熱くてぽわぽわする。


 会場から人々が退出して、私達二人だけになった時に、公爵様は私の様子を見て怪奇そうな顔をした。


「……どれほど飲んだ。」


「ん〜……三杯……??」


「顔が真っ赤になっている、今日はここに泊まるか。」


「う〜〜……」


 まずい、考えが回らなくなってきた。


 ぼーっと頭に霧がかかって……


________



 ルチェットは酒に弱いのか、べろべろになっていて会話もまともに出来ない状態になっていた。


 レアンは歩くのもおぼつかないルチェットを、仕方がないので寝室に連れていくことにした。


「あれ?私、浮いてます!」


 ルチェットはきゃっきゃと楽しそうにしていたが、下を向くと怖くなったのかレアンの首に腕を回した。


 レアンはぴくりと眉を動かしたが、すぐに無表情に戻る。


 寝室に着くと、ベッドにルチェットを寝かせる。


 レアンはそのまま去ろうとしたのだが、ルチェットが服の裾を引っ張ってきて、うるうると涙を溜めた瞳でレアンを見つめる。


「寂しい……一人は嫌です……」


「っ……はぁぁ」


 レアンは仕方なくそばにいてやる事にして、ベッドの縁に座った。


 すると、ルチェットはおもむろに起き上がってレアンの顔をまじまじと見る。


「……綺麗。」


 しかし、レアンはすぐにそっぽを向く。


 レアンは積極的なルチェットを邪険にはしていなかった。


 そんな自分に疑問を抱き、そんなはずはないと首を振るも、頭の中はルチェットでいっぱいだった。


 食事をする時の笑顔、花と戯れて楽しそうな笑顔、それから、自分に向けて微笑むルチェット。


 考えれば考えるほどに彼女が可愛らしく思えた。


 可愛らしいと少しでも思ってしまったレアンはとても困惑する。


 あの日掴んだ細い腕を思い出しながら、レアンはルチェットの方をもう一度見る。


 ルチェットはベッドにぽふっと横向きに寝転がって、レアンを誘うようにぽんぽんと隣を叩く。


「一緒に寝ましょう……?」


「……は。」


 一緒に寝ようと、ルチェットがニコニコしながらレアンに言った。


(たまには誰かと寝るのも、いいかもしれないな。)


 レアンはぎこちない動きでルチェットの隣に寝転がり、ルチェットと向き合う。


 既に寝息を立て始めている彼女を見て、レアンが無意識に口角を上げていたのは、レアン本人でさえ知らなかった。





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