11 初めてのパーティー
「スパイ…?」
「何も出てこなかったのはおかしいだろう?」
これはきっと、お父様の仕業。
私についての事を隠蔽して、私の受けた事を無かったことにしようとでもしているのだろう。
でも、何も出てこないなんてことあるの?
いっそ、私から今までのことを全部話してしまえば。
でも、流石にそれは気が引ける。
「……スパイではありません、絶対に。」
「……じゃあ、情報が何も無いのは?」
「お父様が私の存在を隠蔽しているのだと思います。」
「何故?」
公爵様から言え、という圧力を感じる。
今まで私を殺さなかったのは、もしかしてスパイかどうか見極める為だった?
そうならば、パーティーと見せかけて今日殺される可能性があるということ?
言わなきゃ絶対殺される。
でも、私は打ち明けても幸せでいられる?
公爵様は裏切ったり、私の扱いをアルベレア家にいた頃と同じようにしたりしない?
正直、しないとはまだ断言できない。
なら、どうするべきか。
「私の母は夜逃げして行方不明です。それで後からお父様の愛人が来て……私はいない者として過ごしていました。」
「……ほう。」
「なので、その事を隠したかったのでは?」
今、私に出来ることは、精一杯ぼかして誤魔化すことだ。
私は過去を誰にも伝えたくない。
リメアは私のことを信頼してくれていたし、色々教えてくれた。
だから少しだけ言ってしまったけれど、まだ信用しきれていない公爵様に言っても、きっと傷物だから捨てられる。
幸せになりたいから、生きたいから。
今ここで言わない選択をしよう。
「まぁ、いいだろう。」
公爵様はまだ腑に落ちない様子だが圧力が解けて、私は心のなかでホッとした。
「話を変えるが、パーティーの最中は俺を名前で呼べ。いいな?」
「な、名前ですか?」
きっと、表面上は仲のいい夫婦に見せたいんだ。
だから名前で呼ばないといけないのね。
私は少し考えてから、公爵様に提案を持ちかける。
「では、私のことも名前で呼んだ方がよろしいのでは?」
「それは……そうか。」
何で不服そうなんですか、公爵様。
名前を呼ぶくらい簡単ではないの?
嫌そうな公爵様にカチンときて、私から名前を口に出した。
「公爵さ………れ、レアン様…」
揺れる馬車の中で、私は公爵様の名前を呼ぶ。
すると、公爵様は目を見開いた後に、何故か私を見て口角を上げた。
「様は要らない。レアンと呼べ。」
「そんな……じゃあ、レアンさん。」
「何だ?ルチェット。」
うわぁ……シルベリアに来てから数ヶ月、公爵様に名前を呼ばれるのは始めてかもしれない。
ちょっと気まずい空気が流れた後に公爵様は不思議そうに頭を傾けていた。
わ、私の態度が変だったのかな。
そうこうしている内に会場に着いたようで、私達は馬車を出て入り口へ向かう。
「あの、レアンさん。」
「何だ。」
「ここって貸し会場なんですか?」
「俺の別荘だが。」
べ、べ、別荘!?!?
……やっぱり、公爵の名を持っているだけあってお金もちなんだなぁ。
なんだか、急に恐れ多くなってきた気が……
公爵様は私の百面相を見て首を傾げていたけど、入り口に着いたことによって首が元の位置に戻った。
「準備はいいか?」
「はい、レアンさん。」
「行くぞ。」
私達は玄関ホールに入ると、階段を登って二階へと向かう。
そして、おそらく会場の部屋への入り口であろう幕が垂れているところまで着いた。
幕のそばにはメイドさんが二人立っていて、私達に気づくと幕を持って高く上げる。
私達は腕を組んで、上げられた幕の向こうへと進む。
会場にはたくさんの人がいて、私達は上から見下ろす形で入場したのだった。
「皆さん、集まって頂き感謝します。」
公爵様が大きな声でそう言うと、会場が静まって一斉にこちらを向く。
恥ずかしいという気持ちを抑えて、私はしゃんとする。
「こちらが、俺の妻であるルチェットです。」
いよいよ私が喋る番になった。
声が震えないようにしながら言葉を発する。
「レアンさんの妻のルチェットです。皆さん、お集まり頂きありがとうございます。」
会場がざわざわとし始める。
きっと全て私についての話題だろう。
しかし、公爵様がざわつきを制した。
「今日は楽しんでいって下さい。」
すると、会場は耳が痛くなりそうな程の拍手が飛び交って、私は歓迎されているのかなと感じ、少し嬉しくなった。
私達はくるりと後ろを向いて、会場を一旦後にした。
メイドさん達が幕を再び上げてくれて退場する。
それから急いで一階に降りて、皆のいる会場へと向かう。
「レアンさん、私ちゃんとできてましたか?」
「……まあまあだな。」
そんな会話をしながら、会場の扉をくぐり抜ける。
すると、人がたくさん集まってきて波にのまれそうになった。
「公爵様、おめでとうございます!」
「ぜひこれからもよろしくお願いします!」
私は公爵様に必死にくっついて耐えていたけれど、公爵様が道を開けるように言うと、人が二つに別れて通れるようになった。
「女性同士で話したい事もあるだろう?行ってくるといい。」
「は、はい!」
私は出来た道を通って人混みを抜ける。
が、今度は私の周りにご令嬢が集まってきて身動きがとれなくなった。
皆それぞれ何か言っているけど、私はそれどころじゃなくて混乱していた。
すると、何故か令嬢達がざわざわして、道を開けていた。
何かと思いそちらを見てみると、一人の女の人と後ろに数人が近づいてくる。
「貴女が公爵様の妻ね?私はロザリーよ。」
「ロザリー様と言うのですね。ごきげんよう。」
「……はっ、どんな子が嫁いできたのかと思ったら…大したことなさそうねぇ。」
ロザリー様、もしかして私に悪口言ってる?
マレシア先生が言っていた事を思い出す。
『社交界では言葉の裏をしっかり汲み取らないといけません。』
きっと、貴女は公爵様に相応しくないとでも言っているんでしょうね。
それは私も思うから否定はしないけど。
「公爵様も見る目が無いのね。」
この人、もしかして令嬢達を仕切ってる?
序列が強いのかもしれない。
他の令嬢は何も言わないもん。
いや、言えないの間違いね。
でも、公爵様の悪口は許せない。妻としてハッキリ言ってやらないと。
「レアンさんへの悪口ですか?それは見過ごせませんけど。」
「あら?何言ってるの?事実を言っているだけよ。」
ねぇ、と周りの令嬢に同調を促すロザリー様。
後ろの令嬢数人はくすくすと笑っていて気味が悪かった。
嫌なので私も社交界の令嬢らしく何か言ってみよう。例えば……
「レアンさんに選ばれなかったのによくそんな事が言えますね。」
「はぁ!?このっ……!!」
「いっ……!?」
私がビンタされたと気づいたのは、私が座り込んだ後だった。
ロザリー様、私のことが相当気に入らないのね。
でも、立場上公爵夫人に対して失礼すぎないかな?
でも、こんな所を公爵様に見られたら後々怒られて、もしかしたら問題を起こしたからと殺されるかもしれない。
それに、私にはビンタを仕返しできる程強くない。
だから、私はやり返すことができない。
私はロザリー様を睨んでからその場を立ち去って、料理のあるコーナーへと向かった。
コルセットを出来るだけ締める為に食事をあまりとっていないから、お腹が空いた。
公爵様もまだ話しているし、ロザリー様達は無視して、ちょっとだけ何か食べよう。
と、料理を取ろうとしたその時だった。
パシャッと水の音が聞こえてきて、私は髪の毛からポタポタと水を滴らせていた。
 




