決められた結婚
この世界で最恐と謳われる帝国、シルベリア。
その理由は残虐と名高い公爵家が大きく関わっていて、シルベリアの皇帝も恐れるほどらしい。
何故こんな話をしているかと言うと、私がそのシルベリアの公爵家に嫁ぐことになったから。
私の名前はルチェット・アルベレア、シルベリアよりも小さなカシエレ王国の貴族の一人。
貴族といっても私の扱いはぞんざいであり、その理由は母が夜逃げをしたから。
私は一人アルベレア家に取り残されて、邪魔者扱いされて生きてきた。
「痛いです…!やめて…!」
「何言ってるの?母親に置いていかれたゴミを生かしてやってるだけ偉いでしょ?」
暴力、暴言は当たり前で使用人がするような雑務もやらされたり。
少しでも抵抗すれば折檻される為、私の体は傷だらけだった。
そんなある日のこと、いきなり父の部屋に呼び出された。
「お前はこれから結婚するんだ。」
私なんかにそんな話が来るわけないと、嘘だろうと最初は思っていたのだが、相手を聞いて私はゾッとした。
あの残虐と名高いシルベリアの公爵家の当主と結婚しろと言うのだから。
「お前は母親と似て顔だけは良いからな、邪魔者が減ってシルベリアとも繋がれる。だからお前が行くんだ。」
どうやら妹は残虐な人の所へ行きたくないと駄々をこねたようで、母譲りの平均よりかは美しい顔に、珍しい薄桃色の髪の毛を持っている私が送られるそうだ。
何故こんな目に遭うのだろうか、私は何か間違えてしまったのだろうか。
いくら送られないようにするにはどうすれば良いのか考えて、神に願ったりしてみても意味は無く、明日には出発しなければならなかった。
気持ちの整理がつかないまま次の日になってしまい、シルベリアに出発する時が来てしまった。
私は部屋に感謝の気持ちを込めて掃除をしてあげて、ピカピカにして一旦部屋を出る。
きっと時間がかかるだろうから軽く食べられるサンドウィッチを作った。
そして部屋に戻りお父様がくださったドレスに着替えた。
これで汚らしかった私も少しは綺麗になれただろうか。
すると、トントンとノックをする音と聞き慣れた声が聞こえた。
「お姉様、いる?」
「ぁ…はい…。」
父の愛人との間に出来た妹のエレンは特に私への当たりが強かった。
掃除をしている時に掃除用の冷たい水を頭からかけられたり、母が置いていった宝石を私から奪ったり、折檻の際に父と一緒になって私を鞭で傷つけた。
あの高らかな笑い声は他の人にとってはとても可愛いのだろうけど、私にとっては悪魔のような笑い声でしかなかった。
そんなエレンが今私の狭い部屋の扉の前にいる。
「な、何ですか?」
「お姉様、あの残虐公爵のところに行くんでしょ?可哀想だから最後に顔を見ておこうと思って!きっと今より酷い目に遭うんじゃない?私が遊びに行った時には死んでたりして!キャハハ!!」
恐怖を煽ってくる事しか言わないし、やっぱりエレンは私が居なくなっても変わらないのだろう。
「ていうか、何その服。お姉様にしては豪華だね。」
「お父様が見た目を整えろとくれたんです。」
「ふーん、じゃあもっと可愛くしてあげる!」
その言葉を聞いた瞬間嫌な予感がして、咄嗟に後ろへと下がった。
しかし後ろは私の部屋の窓しかなく、袋小路になってしまった。エレンは元から服をズタズタにしようと企んでいたのか知らないが、どこからか取り出したハサミをチョキチョキと鳴らしながらこちらへ近づいてきて私の服を切り刻む。
「やっ、やめてください!!」
「何でやめなきゃいけないの?お姉様ごときが指図しないでよ!!」
結局私の服は見るも無残な姿になってしまった。私が落ちた服の切れ端を拾って涙を堪えていると、エレンはあの笑い声を発しながら侮辱してくる。
「お姉様、随分可愛くなっちゃって!アハッ!せいぜい殺されないように媚びることね!!キャハハ!!」
そう言って去っていき、私は安堵して息を吐く。
最後までそうやって私のことを虐げて楽しむのね。仕方がないので、いつも着ている中で汚れの少ない質素な服に着替えて分厚い上着を取った。
シルベリアは冬になるととても寒いことで有名だから、上着がないと凍えてしまう。
「…ふぅ、これでよし。」
私はお気に入りの服を何着か入れたカバンと、先程作った軽食のサンドウィッチのカゴを持って、外の馬車へ向かった。
馬車はすでに用意されていて、あとは私が乗るのを待つだけだった。
着替えていたのもあって少し遅れてしまったけれど、御者に遅いとかウスノロとか、何も言われなくてよかった。
そうして今まで暮らしてきた家と呼べるのかも分からない家を出た。
初めての馬車の乗り心地はあまり良くないし、とても揺れているけれど、私は家族の近くにいなくてもいいという嬉しさでいっぱいになっていた。
けれど、すぐに我に返る。
シルベリアの残虐公爵は、はたしてどんな人なのだろうと考える。
きっとその名の通り冷酷で感情のないような人間なのだろうか。
気に入らない人間を殺すような人間なのだろうか。
私は面白みも何もない人間だから、殺されてしまうかもしれない。
それでも、ほんの少しでもいいから幸せだと思えるような場所だといいな。
カーテンが閉め切られていてガタゴトと馬車に揺られながら私は言葉では言い表せないような複雑な感情に揺さぶられていた。
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「アハ、ずっと目障りだったのよねぇ。」
エレンは誰もいない、綺麗に片付けられた部屋の中で、チェスの駒を動かしながらそう呟く。
「私が可愛いから、みーんな言う事を聞いてくれる。…あの御者、失敗したら許さないんだから。」
クイーンの駒を盤の中心に置いて、くすくすと笑いながら、これから起こるであろう出来事にエレンは胸を躍らせた。