救急車
救急車の揺れと共に、男は意識を取り戻した。頭は鉛のように重く、全身は痺れたように動かない。
耳に入ってくるのは、救急隊員の逼迫した声とけたたましいサイレンの音。
「鹿島さん!鹿島さん!」
救急隊員が必死に呼びかけている。
しかし、男は返事をすることはおろか体を動かすことすらできなかった。
まるで魂だけが抜け殻に閉じ込められているような感覚。
(一体、何が起こっているんだ)
男は混乱しながらも、必死に状況を把握しようとした。
「鹿島さん、わかりますか」
救急隊員が呼びかけている名前が、自分の名前ではないことに気づいた時、男は愕然とした。
(鹿島?俺の名前は鹿島じゃない。まさか....)
その時、脳裏に嫌な予感がよぎった。
「血圧低下!心拍数も低下しています!」
「ダメだ!心停止!」
救急隊員の焦った声が、男の耳に突き刺さる。
(やっぱり....)
男は自分が取り返しのつかないことになっているのを悟った。
そして驚きや悲しみよりも、むしろ諦めに近い感情が湧き上がってきた。
やがて救急車は病院に到着し、ストレッチャーに乗せられた患者が運び出されていく。
男は取り残された救急車の中でぼんやりとその様子を見ていた。
(そうだった、思い出した。俺はもう死んでいるんだった)
この状況は男にとって初めてではなかった。
何度も何度も、救急車の中で目覚め、他人の死に際に立ち会い、そしてまた意識を失う。
まるで、終わりのない悪夢のようだった。
(一体、いつまで続くのだろうか。なぜ、こんなことを繰り返さなければならないんだ)
男はこの終わりのないループに疲れ果てていた。
せめて、さっきの患者が助かっていれば、少しは救われるのだが。
(どうか、助かってくれ)
そう願いながら、男の意識は再び遠のいていった。
救急車のサイレンが遠くで鳴り響いているのが聞こえる。
それが男が終わりに聞く、そして最初に聞く音だった。
そしてまた同じことの繰り返しが始まる。
救急車のサイレンが鳴り響くなかで救急隊員の焦った声が聞こえる。
「山中さん!山中さん!」
男は、再び救急車の中で目を覚ます。
今度こそ、この悪夢のようなループから抜け出せるのだろうか。それとも永遠に繰り返されるのだろうか。
男は再び始まる悪夢に、静かに身を委ねた。