35.足枷
突然(夫の故郷の)移転話が進み、話について行けない香里は…
「親を想う香里さんの気持ちは分かりますが、親の気持ちも理解下さい」
そう言い井鷺氏は母に視線を向けると母は大きく息を吸い
「香里が私の最後を看取りたいって言ってくれるのは嬉しいわ。でもそのせいで正親くんは故郷に帰るのを先延ばしにしている。それに永人があっちに行くのが遅くなればなるほど、向こうに行ってから永人が苦労するわ」
そう言い自分が私達家族の足枷になっていると言い母は表情を曇らせた。
『足枷?』
予想外の言葉に固まる。そして母がそんな事を思っていたのがショックだった。言葉が出す酸欠の金魚の様に口をパクパクしていたら井鷺氏が母に
「お母さんの本心を伝えると香里さんはショックを受けるでしょう。しかし想いはちゃんと伝えて下さい」
井鷺氏がそう言うと母は隣に来て私の手を握り、言葉を選びながら語り出した。
「お母さんね。胃癌が見つかった時、治療を拒否し延命を望まなかったの」
「!」
医療に従事し沢山の人を助けて来た母が、そんな事を言うなんて思ってもなくてただショックだった。
私は知らなかったが当時母は重度の更年期と癌の症状に精神的に参ってしまい気弱になっていた。そんな事とは知らず私は母に、政府からクラトスカ移転のプレッシャーを愚痴っていた。
当時母は私に何も言わなかったが母も限界だったのだろう。
『自分がいっぱいいっぱいで、母の事を想いやる余裕も無かった…』
ただただ後悔し言葉も出ない。
「井鷺さんから香里が私の最後看取りたいから、それまでクラトスカに行かないと言っている事を聞き、鬱で正常な判断が出来なかった私は、私が死ねば皆んな上手くいくと思ったの」
その言葉を聞き井鷺氏が立ち上がり私と母に深々と頭を下げ謝罪した。井鷺氏が悪い訳ではない。彼も上からの意向を伝える役目を果たしていただけだ。
色んな感情が溢れ出し涙が出て来た。母は私を抱きしめ背中を撫でてくれる。
私は親孝行したいとかそんな事ではなく、父が亡くなり身内がいない母を1人にしたく無かっただけ。夫に見初められなければ、こんな想いしなくて良かったのに。一瞬そう思ってしまった。私の考えている事が分かった母は
「正親君には香里が必要よ。それに正親君と夫婦になったから永人を授かったんでしょ」
母はそう言い孫を見せてくれてありがとうと私に感謝の言葉を述べた。私は夫に会うまで結婚しないから孫は見せれないと言っていて、母は諦めていたそうだ。
母は永人は家族に幸せを齎してくれた宝だといい、泣きそうな顔をした。
そして少し落ち着いた私をみて母は笹川先生が手術を受ける様に説得した事や、想いを告げてくれたと語った。
「先生は私が香里の為に治療拒否をし亡くなったと後から聞いたら、一生自分を恨みそして後悔する事になると言ったの」
その言葉で母は目が覚めたそうだ。そして笹川先生は母に告白し自分が最後まで母側にいる事を誓った。先生は(母が)1人じゃないと分かれば私が安心して転居できると言い母に治療を説得。考え直した母は治療を受け、完治した後に先生は母に求婚した。
因みに笹川先生はクラトスカ王国や夫が異世界人である事は知らない。母は先生に夫の故郷が遠方で、夫の故郷に行けば帰って来れないと説明したそうだ。
「だから香里。後はあなた次第よ」
母の言葉に思いもよらないタイミングで決断の時が来てしまった。
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