1.お願い
一般的な家庭に見える黒川家。でも夫に秘密があり…
平日の夜の食卓。息子の表情が冴えない。探りを入れるが特に問題があるようには思えず、気まずい空気のまま食事を続けた。明らかに様子がおかしい事に気付いた夫が息子に
「パパもママも何があっても永人の味方だよ。嫌な事や心配事があるなら話して欲しい。一緒にどうすればいいか考えるから」
そう言い視線を息子に合わせ優しく話しかける。夫は温厚な性格で知り合ってから今まで声を荒げた事が無く、きっと本気で怒ったら怖いタイプなんだと思う。反対に私は瞬間湯沸かし器よく怒るので、恐らく息子はパパの方が好きだと思う。
「実は…パパにお願いがあるんだけど…でも嫌ならママでも…えっと…いい」
「「?」」
こんなに話す事すら躊躇するお願い事とは何なのだろう? あまり我儘を言わない息子のお願いに少し興奮気味の夫が内容を聞くと
「あ…香里さんどうしよう」
息子のお願いに困り私に助けを求める夫。実はうちは私の方が10歳も年上の姉さん女房で、家庭内の最終決定権は私にある。今までおねだり一つした事のない息子のお願いなら利いてあげたい。でも夫の秘密がバレる恐れがあり即答できず、相談して決めると返答を伸ばし食事を終えた。
普段は食後に夫とゲームをする息子が何故かゲームが下手な私とやりたいと言い私の隣に座った。そしてゲームを始めるとあからさまに手加減しわざと負ける息子。ゲームで負けると私が機嫌悪くなるので、勝たせていい気分にさせ良い返事を貰おうとしているのだろう。安易ないや可愛い思考に頬が緩むと夫が
「普段から我儘一つ言わない永人の頼みだから僕は聞いてあげたいよ。ちゃんと加減するから…」
そう言いながら夫は永人の隣に座り私と息子を抱きしめた。夫も普段から我儘を言わない人で人畜無害。この二人に頼まれ嫌と言えない状況になって来た。大きな溜息を吐き
「分かった。パパは頑張り過ぎないでね。また引越しは嫌だよ」
そう言うと永人と夫は両手を上げて喜ぶ。そんな可愛い二人を見ながら幸せを感じていた。一頻喜んだ2人はいつもの様にゲームを始め、私はキッチンで夕食の後片付けしつつ二人の様子を見ていた。ふと何で永人がそんなお願いをしたのか疑問に思い
「永人」
「何ママ?」
「何でパパに出て欲しいと思ったの?」
するとゲームの手を止めずに理由を語りだした。
「隣のクラスの拓斗はパパ自慢ばっかりであまり好きじゃない。だからあまり一緒に遊ばないんだ。でも今度の体育祭で保護者リレーに出る人を決める時に、拓斗がパパの事を悪く言ったんだ」
どうやら隣のクラスの子に父親の悪口を言われ腹が立った様だ。そして本当の父親は凄い事を見せつけたくなり思わず保護者リレーに立候補。しかし後に人前に出る事を嫌う夫を思い出し不安になったが、引き下がれない状況になりあの聞き方になった訳だ。
この隣のクラスの拓斗くんは所謂クラスカースト上位の子でボス的存在。母親もボスママ的地位にあり取り巻きも多く、PTAの役員もしていて厄介なママなのである。
ウチは小学校入学のタイミングで引越してきて知らないが、幼稚園から一緒のママからあらゆる悪行を聞かされ接近危険なママと認識していた。そんな親子に張り合ってしまった息子。
連絡帳には先生から保護者リレーは強制では無いので、無理な場合は断ってくれていいと書かれていた。断った方が無難なのだが息子が
「拓斗は授業参観の日にね、ウチのパパを見てダサくどんくさそうと言ったんだ。本当のパパを知らないくせに」
そう言い悔しそうな顔をした。そんな永人を抱きしめ宥めた。こうして悩みを打ち明け安心した永人は早く休み、夫と話し合い結局リレー走者を受ける事にした。そして
「本当にお願いね。ほどほどに丁度いい位で走ってね。絶対本気を出しちゃだめだからね!」
「分かった。愛する香里さんを困らせる事はしないよ」
そう言い優しい口付けをくれる。本当に優しく愛情深い夫で良かったと思っていたら、急に指を絡められ耳元で
「頑張るから褒美を先に欲しいなぁ…」
「!」
「永人も寝てるし…ね!」
こうして夫の誘いを受けて普段より早く寝室に行く事になり翌朝は寝坊する事になった。
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