10.看取りたい
香里がなぜあの条件を出したのか明らかになる。
夫と知り合ったのは私が29歳の時。夫の過激な求婚と国からの圧力に負け、夫との結婚を条件付きで承諾した。
その条件とは
[ひとり親の母が健在なうちは日本を離れない]
と言うものだった。なぜこんな条件をつけたかと言うと、母は孤児で身寄りがない。そして早くに亡くなった父も孤児だった。
母と父は同じ養護施設で育ち、独立し社会人になってから再会。長い交際期間を経て結婚している。物心着く前に捨てられた母は両親の記憶がなく、結婚に対して憧れもなく生涯独身を貫くつもりでいたそうだ。そんな独身を決意した母は手に職をつけるため看護学校に通い看護師になったのだ。
かなり長い交際期間中父の求婚を断り続けた母は、最後は父の圧に負けて結婚し、その当時にしたら遅い(マル高)出産をした。
『お父さんは家庭に強い憧れがあり、結婚し香里を授かったけど、あんなに早く逝っちゃうなんて思わなかったわ』
そう言い笑い話にする母。容姿の良い母は未亡人になりモテたが、父に操を立て男性と交際すらしなかった。そして母はいつも私の事を優先し、進んで夜勤に入り私を大学まで出してくれた。
そんな母を置いて夫の元に行くなんてできず、夫の求婚を断り続けた。
そんな当時の私を見ていた母は、自分と同じだと笑っていた。そして私に縁あってめぐり逢った男性なのだから、後悔のない様に自分の事だけを考えて選ぶ様に助言した。
そう言われても母を置いて行けるわけがない。せめて身寄りのない母の最後は看取ってあげたいとおもい、あの条件を出したのだ。
もちろん夫もウチの事情も母の境遇も知っていて、私の望みを優先してくれた。
本当なら夫は直ぐにでも自国に帰り、親の手助けをしなければならない身なのに、全てにおいて私を優先してくれる。そんな夫の愛に応えたいが、母だけは見捨てれない。
黙り込んだ私に井鷺氏が
「まだ推測でしかありません。上には香里さんの希望が通るように話しておきます」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
こうして井鷺氏は帰って行った。
「香里さん…」
「大丈夫。ありがとうね」
そう言いキッチンに行き片付けをする。私の心情を思ってか夫は書斎に行った。その後少しして永人が戻り日常に戻る。
井鷺氏訪問から数日経った。夫は普段通りであの話題には触れない。気を遣っているのか夜の誘いも無い。絶倫の夫にしたらよく我慢していると思う。
微妙な空気感に永人は気付いているようで、気を使っているのが分かる。そんな永人は我慢できなくなった様で、夫がお風呂に入ったタイミングで私に
「父さんとママは喧嘩してるの?」
「!」
子供にそう言われて心配をかけたと反省して
「喧嘩はしてないけど、少し思ってる事が違ってね、少し気まずいかなぁ」
「そっか。そんな時もあるよねー」
そう言い大人の対応し、安堵の表情を浮かべ部屋に戻って行った。
「まだまだ子供だと思っていたけど、子供の成長は早いね」
振り返ると夫がバスタオルで頭を拭きながら立っていた。夫の言うとおりだと思いながら、久しぶりに夫の顔をまっすぐ見た。
相変わらず綺麗な御尊顔に体温が上がるのを感じる。何度も思うけどこんな完璧な男が私を愛しているのが不思議でたまらない。
夫は私の思っている事がわかった様で、私の前に来ていつもの様に跪き
「僕の愛をみくびらないでね。香里さんがどんな姿をしていても、どんなに遠くにいても探し出し、夫になるまで離れないから」
「諦めが肝心なかぁ」
戯けてそう言うと立ち上がり抱きしめた。そして耳元でいつもの様に夜のお誘い。今日は素直に頷き早めにお風呂に入った。
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