第94話 陰の応援団
(簡易人物メモ)
矢原智一: 黒船サッカーパーク 代表
進藤唯: 黒船サッカーパーク 広報部長
真弓一平: 黒船サッカークラブ 管理部長
大西誠司: 木国市役所 都市計画課 課長
植本: 木国市役所 大西の部下
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黒船サッカーパークの代表を務める矢原智一は、広報部長の進藤と、黒船サッカークラブの管理部長である真弓とともに、木国市役所を訪れていた。なお、真弓は今日アポを取っている都市計画課の課長である大西誠司と面識があるということで、とりあえずついてきた格好である。
一行は市役所内の会議室に通されると、程なくしてドアが開き、大西と部下の植本が部屋に入ってきた。
「息子が、お世話になっております」
入室早々に深々と頭を下げられた3人は慌てて立ち上がり、恐縮するように一礼した。息子というのはもちろん南紀ウメスタに所属する大西亜誠であることは皆が分かっていた。、
「息子は皆様のご迷惑になっておりませんでしょうか」
「迷惑だなんてとんでもない!」
大西の息子、亜誠は南紀ウメスタにおける不動のボランチとして、ほぼシーズンを通じてフル出場している。ウメスタには守備能力に強みを持つ中盤の選手は彼しかいないため、現状では替えのきかない存在となっていた。
「そう言って頂けると…。しかし、サッカーをやって悔しがる息子を見るのは久しぶりで、楽しそうにやっとりますわ」
「大西さん、サポーターになってますもんね」
「え、そうなんですか!? シエロに?」
部下の植本の言葉に真弓が驚きの声を上げると、大西は照れたように頭を掻いた。
「いやあ、言い訳がましく聞こえるかもしれませんが、息子は関係ないんですよ。ちょうどあなた方が初めて和歌山にいらっしゃった時、代表の糸瀬さんから言われた事がずっと引っかかってましてね。なにか自分でもできる事を探してるんです、この街のために」
真弓はその場にいたからよく覚えている。思い返してみれば無礼極まりない言い分ではあったが、なにか大西の心に響くものがあったという事だろう(第7話参照)。
「ですので、仕事は仕事ですが、私個人としては、できるだけ皆さんのお役に立ちたいとは考えています」
「大変心強いです。もしかしたら息子さんからすでにお聞きになっているかもしれませんが、ぜひご相談に乗って頂きたいことが…」
矢原が代表して、進藤が進めている「黒船サッカーパーク前バス停新設計画」(第85話参照)について説明する。
南紀ウメスタSCが現在県リーグ1部に所属しながら、最短で4年後、2024年のJリーグ入りを目指しているということ。
ヤマト製鉄が建設した黒船サッカーパークのままでは、収容人数の観点でJ2への昇格要件を満たすことができず、その基準をクリアすべく、大規模なスタジアムの増改築を予定していること。
それらに先立ち、黒船サッカーパーク周辺の交通インフラを整備し、収容人数に見合う集客力を備えなければ増改築後のスタジアムの収益性を担保できないということ。
交通インフラの整備には、町内会と自治体の協力が不可欠であり、その準備を今始めているということ。
話を聞き終えた大西が口を開いた。
「ご丁寧にありがとうございます。よくわかりました。いや、なんというか…壮大な話ではありますが、皆さんなら本当にやってしまいそうだと思えるのが不思議ですね」
「ぜひ、実現したいと思っています」
「私も色々調べているんですが、増改築後のスタジアムの収容人数は何人くらいになる予定なんですか?」
「予算と増改築に係る時間、それと集客力。これらのバランスを考えて最適な規模にしたいところですが、少なくとも25,000人以上の大きさにはしようかと思っています」
矢原の言葉を受けて大西が手元の資料に目を通す。隣に座る部下の植本が資料を指差して示した。
「現在和歌山県内で一番大きなスタジアムは市民陸上競技場で、収容人数は19,200人です」
「認識しています」
南紀ウメスタもリーグ戦の際、アウェーゲームで何回か利用しているスタジアムであり、おそらく現在関西リーグ1部に所属しているシェガーダ和歌山がJリーグ入りした際は、ホームスタジアムとして登録する流れになっていると聞く。
「つまり、いま矢原さんが仰った規模のスタジアムができれば、和歌山県内では最大になります。これはおそらく我々サイドで最終決定する上では意味のあるファクトになるんじゃないかと思っています」
Jリーグ入り後に試合が開催されるのは週に1回〜2回。しかもホームゲーム以外では使用されないため、南紀ウメスタが黒船サッカーパークをスタジアムとして直接利用する機会は月に2〜3回程度になるだろう。
したがって、それ以外の用途としてどう使うかも重要であった。県内で最大の収容人数を誇るスタジアムということになれば、当然人が多く集まるようなイベント会場の第一候補になり得るということだ。
「サッカー専用スタジアムであることは不利に働きませんか?」
市民陸上競技場はその名前の通り、ピッチの周囲を陸上競技用のトラックがぐるりと配置されており、サッカー以外のスポーツにも利用できる仕様となっている。サッカー専用スタジアムはそれがない分、箱の用途が限定されてしまうのだ。もちろん幅広い使い方のできるスタジアムの方が、関係者の理解は得られやすいことは間違いないだろう。
「でもやっぱりピッチと観客席が近くないとねえ…」
「はは、完全にサポーターの意見ですよ、大西さん」
「いえ、でも正直そこは天と地の差があります。集客にも大きく影響する部分です」
真弓が大西の一言に強く同意した。結論としては使い方が制限されるデメリットはあったとしてもサッカー専用スタジアムのコンセプトを崩すつもりはなかった。
「自治体側でスタジアム建設を資金的に助成するみたいな話になる場合は、もちろんそういった意見が出る可能性もありますが、サッカー専用スタジアムだからダメということはありませんよ。それにバス停の新設自体はそこまでハードルの高い話ではないと思います。すでに前面道路を既存の道路バスが通っていますから」
バス停設置の可否自体はバス会社と協議する必要があるが、運行ルートを大幅に変えるような場所ではないため、おそらく問題ないだろう。
「現段階で正式に自治体が動くことはできませんが、私の方から紀州バスさんには連絡入れておきますよ」
「本当ですか? 直接ご説明しようと思っていましたので、取り次いで頂けるなら大変助かります」
「お安い御用です」
自治体及びバス会社側はなんとか進められそうな雰囲気になってきた。となると、やはりこれから最も注力すべきなのは町内会だということになりそうである。
「町内会…えーと、木国市の自治会連合会さんに我々から働きかけるのは難しいですね…」
大西の言葉に黒船側も頷いた。さすがに市役所から、バス停を新しく作る要望を出してくれとは言えるわけもない。
こちらからバス停新設の要望をまず自治会全体の意見として取り上げてもらう必要がある。
「合併前の湊町内会だったらラクでしたよね、たぶん」
「はは、一概には言えないですけど、連合会は大所帯ですからね…。直接その地域に関係ない役員がどう反応するかみたいなところは読めないですね、確かに」
「でも、自治会を動かすっていうシンプルな話になったので、大きな収穫ですよ!」
進藤の明るい声に会議室のおじさん方の頬も緩む。彼女のキャラクターは自治会をまとめる上でも意外と重要な要素になるかもしれない。
「実際に自治会とのやりとりは大西さんが受けられるんですか?」
「いえ、自治会の窓口は自治振興課というところが対応しておりまして。今回で言うと、自治会の要望をまず自治振興課が受けて、都市計画課の我々と一緒にバス停の設置可否を判断する流れになるでしょうね」
「そこは大丈夫そうですか?」
部署同士の連携が取りにくいといった問題はどこの組織においてもよくある話である。
矢原の質問に大西が笑顔で答えた。
「大丈夫だと思います。自治振興課の課長は山崎と言って、去年までスポーツ振興課の課長だった男で、彼も南紀ウメスタのサポーターですから」
「え、最高じゃん! 市役所にこんな応援団がいるなんて!」
むしろスポーツに関しては山崎の方が熱い(第1話参照)。紀北を本拠地とするシェガーダ和歌山に続いて、紀南から南紀ウメスタが出てきてくれたことにとても喜んでいると言う。
「もちろん街全体がそうなっているわけではありませんが、間違いなく皆さんを応援している人は大勢いると思います。ですから、私が言うのはおかしいですが、バス停の設置もうまくいきますよ」
矢原は立ち上がると黙って大西に向かって手を差し出した。大西も黙って腰を上げ、その手を握る。
今日は身も蓋もない言い方をすれば、バス停設置の根回しのために訪問したはずが、自分達の知らない沢山の人々に支えられていることを認識できた一日となった。
「…いける気がしてきたな」
帰り道、先程のやりとりを思い返した矢原がぽつりと呟いた。それを聞き逃さなかった進藤が声を上げる。
「え、ひどい! あたしはずっといけると思ってやってるんだけど!」
「ダメだった時のことを考えるのが経営者の仕事なんだよ。うまくいったらそれでいいわけだから」
「ふーん…それっておもしろい?」
「…おまえ、意外と考えさせられること言うよな」
「キャバ嬢に向いてるってよく言われる!」
黒船女性陣の顔を思い浮かべながら矢原は首を捻った。
「あー…確かに。福島も森田も水商売には合わなそうだなぁ」
「やめて! 亜紗ちゃんとこずこずを悪の道に引き摺り込まないで!」
「てか木国にキャバクラなんてねえだろ。スナックやれスナック」
「お金貸してくれる?」
「ああ、本気でやるならな」
いつのまにやら夫婦漫才を繰り広げるまでに打ち解けている二人を微笑ましげに真弓は眺めながら、タイミングを見て声をかけた。
「でも、もう少し地元の人達と接点を持てるような工夫はしてもいいかもしれないですよ」
「えー、スナック!?」
「いや、スナックじゃなくてもいいと思いますけど、直接地元の方々の声を拾える空間、ほしくないですか?」
「サポーターがいるじゃないか」
矢原の言葉に真弓は首を横に振った。
「それは普通のクラブチームの話じゃないですか。我々は黒船。自由にビジネスできるんですから、それを活かさない手はないですよ」
「スナックじゃん!」
「…考えとくわ」
聞き流すような言葉を添えて足取りを早めた矢原は、実は少し違うところで心を動かされていた。
今の今まで矢原は、黒船とは詰まるところ、糸瀬、細矢と自分の3人だけであり、社員のみんなは、どちらかといえば地域住民側と位置付けていた。心の底から身内と思ってはいなかったかもしれない。しかし、彼らもまた黒船に乗り込んだクルーのひとりひとりなのだ。
地元の人の声を聞く前に、社員の声をもっと聞くべきだと省みる矢原であった。
つづく。




