第93話 最後の弟子
(簡易人物メモ)
砂橋一輝: 紀伊テレビ プロデューサー
山田: 紀伊テレビ アシスタントプロデューサー
森繁洋二(初): STUDIO Os 代表
吉村浪漫(初): Karavan Graphics 代表
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紀伊テレビで番組プロデューサーを務める砂橋一輝は、局のデスクでPCに向かい、ひたすらキーボードを打ち込んでいた。そして横に座る山田が事あるごとに歯止めをかけようと口を出す。
「ねぇ、スナさん。やっぱり無茶ですよ」
「うるせえな、さっきから。邪魔すんならホテルのCMでも撮っとけって言ったろ」
「もうとっくに撮りましたよ。放送されてます」
幸いなことに山田はうまく仕事をこなしたらしい。予定通り7月からホテル山楽荘のCMは紀伊テレビで放送が開始され、そのおかげかどうかは定かではないが、ホテルは結構な客入りなのだそうだ。
一方で煮詰まっているのは砂橋の方であった。黒船グループの代表、糸瀬のリクエストに応えるべく、年齢により衰え始めた脳みその端っこに、黒船グループのビジネス、国内のアニメ事情、トレンド、制作会社、ありとあらゆる情報を溜め込んだ。
そしてたどり着いた答えが。
「森繁!? 森繁洋二のことですか!?」
「おう、その森繁だ」
「おう、じゃないですよ! アニメ分かんない私だって知ってますよ!」
森繁洋二。日本アニメーション界における重鎮のひとりである。制作会社「STUDIO Os」の代表としてクリエーターを引っ張り、日本のアニメ映画から、海外のテレビCM、世界的なポップスターのPVなど作品の実績は多岐に渡る。また、客員教授として大学で教鞭を執っており、さらに日本政府所管の芸術祭アニメーション部門の審査委員長を務め…。もはやその活動はアニメーションの域を飛び越え、映像クリエーターとして世界的な知名度を誇っていた。
「知ってたか? 森繁洋二って和歌山県の出身なんだぜ」
「知ってるに決まってるじゃないですか! 和歌山で一番有名な業界人といえば森繁洋二でしょ!」
「そうだよな、和歌山の森繁洋二といえば誰でも知ってる」
「あの人は『和歌山の』じゃありません。世界のMORISHIGEです」
森繁洋二は和歌山県出身であり、和歌山の森の中で暗くなるまで遊んでいた少年期の記憶が、映像作品を作り上げる上で重要なエッセンスになっていると過去のインタビュー記事には書いてあった。実際にそういった自然を残すために町おこしのような活動にも積極的だと言う。
「ま、まさかその記事を真に受けて…?」
「ああ、今回なんてまさに町おこしじゃねえか。黒船の存在意義だぜ。きっと協力してくれるはずだ」
「そ、そんなわけないでしょ。1作品作るだけで何十億円を動かすレベルの人が、ローカル局のアニメ番組に興味を持つはずない!」
「だからうるせえなあ、お前は! そんなもん、やってみなきゃわかんねえだろうが!」
砂橋は国内で放送されているアニメの制作会社をほぼすべてチェックした。しかし、アニメ素人の彼から見て、それらに大きな違いは見出せなかった。かわいいモノかっこいいモノはいくらでもあったが、黒船の考えるアニメにハマるようなイメージは湧かなかった。
そもそも5分の短編アニメで声を入れず海外展開を見据えるものなんて、既存の国内作品ではほとんど存在しない。おそらくこれは日本のキー局で放送されているようなテレビアニメの延長で作られるものではないという直感を突き詰めていった結果。
「もう一番詳しいやつに聞くしかない、ってなったんですか?」
「まぁ…そういうことだな」
「そこでアニメに詳しい人じゃなくて、アニメを作ってる有名人のほうに振ったのはある意味天才的ですよ」
砂橋も山田の言わんとしていることは十分に認識している。さすがに世界のMORISHIGE直々にアニメ作ってくれなどお願いするつもりはないのだ。
とにかく作品のコンセプトや、この作品に賭ける思いみたいものを、ありったけメールの文章にぶちこんで、なにか突破口、作品のヒントになるような何かを得たいというただそれだけの気持ちで、砂橋はSTUDIO Osにメールを送りつけた。
ーーーそれが、今から3週間前のことである。
「スナさん、ここですよー、たぶん」
砂橋と山田は東京都中野区、地下鉄の中野坂上駅から至近の距離にある雑居ビルの一角を訪れていた。フロアの案内に「Karavan Graphics」の文字。ここに間違いない。
返信自体半ば諦めていた2020年7月。世界のMORISHIGE…のおそらく秘書的な立場の方から、レスポンスがあったのだ。
メールにはとりあえずKaravan Graphicsに相談しろという趣旨の内容が書かれており、その理由や背景は語られていなかった。
「ーーーKaravan Graphicsの吉村です…」
「…あ、紀伊テレビの砂橋です」
「山田です」
Karavan Graphicsのオフィスは、そのフロアの広さとスタッフの人数のアンバランスがある種異様な空間を作り出していた。
Karavan社は今から2年前に、二人の目の前にいる吉村浪漫が立ち上げたアニメ制作会社である。ウェブサイトに記載されていたスタッフの人数はたった5人だが、実際フロアにいる人間はもっと少なかった。
調べるたところ、この吉村浪漫なる人物は、森繁洋二の最後の弟子と言われているそうな。
もしかしたら高齢で生まれた子供を親は甘やかしてしまう的な話かもしれない。仕事のない弟子に飯のタネを与える的な。
ある意味で体良く門前払いされたということかと諦めかけた砂橋の前に、どかんと置かれたディスプレイ。そこに表示されているキャラクターに、二人は目を見開いた。
「…主人公はマシュー、それと妹のアンナです」
「は…?」
「ドリームシュートのキャラクターですよ…」
「ど、どりーむしゅーと?」
「海外で出す時はExtreme Shootにしましょう。そっちのほうが意味が伝わる…あ、X Shootのほうがいいかも…それだと日本のタイトルも合わせたほうが…」
吉村が話している内容が、砂橋が森繁洋二に送ったメールの内容であると理解するのに時間を要した。
今から相談に乗るという段取りになっていない。すでに話の内容は吉村には伝わっており、吉村はこの短い期間でキャラクターのイメージまで固めてきたのだ。いやそれだけでなく、タイトルまで決めているということは、ストーリーや作品の中身まで頭の中で描けているということかもしれない。
呆気に取られている山田を放置して、砂橋は少しだけ呼吸を整えてから席に座った。
こういうアーティスト肌の人間に、表面的な美辞麗句は不要である。それよりも仕事の話をどんどん詰めていったほうが良い。
「ーーーありがとうございます。…まず教えて欲しい、どういう作品になる?」
「…エピソードごとにマシューが色んな道具を使って、現実にはあり得ないサッカーのシュートを開発する。それをひたすら繰り返す、不毛な作品にしたい、です…」
砂橋はサッカーのアニメと聞いた瞬間に、サッカーの試合を描くという発想から抜け出せなかったが、確かにボールを蹴るというだけでもそれはサッカーだ。5分の短編アニメという制約の中では、その方がシンプルで視聴者には分かりやすいかもしれない。
「この、マシュー? 主人公は毎日、それこそサッカーのアニメに出てくるような必殺技みたいなものを無理やり自分で編み出そうとするってことだな…。この妹、アンナはなんだ?」
「…アンナはスーパーマン…や、スーパーウーマン。マシューの作ったシュートよりもすごいやつが出せる」
吉村が画面を操作すると、なんと3Dタッチのキャラクターが動き出した。これにはさすがの砂橋も驚嘆した。仕事が早いとかそんなレベルじゃない。
マシューがサッカーボールになにやら緑色の液体を塗りたくっている。マッチを取り出して火をつけると、サッカーボールか火の玉へと変わった。そいつをマシューが無理やり蹴り込むと、火の玉はゴールに突き刺さり、ゴールネットが炎で燃え上がった。
達成感に満ち溢れるマシューの横で、ペロペロキャンディを口にくわえた妹のアンナが、目の前にあるサッカーボールを睨みつけた瞬間、ボールは炎の獅子と化してゴールへ突進。ゴールネットどころかゴールそのものが爆発して、そいつに巻き込まれて黒焦げになったマシューを見たアンナが笑い転げる。
そこで画面が落ちた。
「ーーーすげえ、なるほど! そういうことか! アンナはオチ担当だ!」
「…え、スナさん! これくだらないですよ!」
「アニメなんてこんなもんだろ! なにも考えずに見て、笑える。キャラの真似したくなる。それでいいんだよ、たぶん。さすがに子供たちがボールを燃やさないように配慮はしなきゃいけないけどな」
火をつけるとか本当にできそうなやつは厳しい。やるなら例えばボールにロケットをくくりつけて飛ばすとか…子供の身近になさそうなものがいい。
考えれば考えるほど、イメージに合っていた。余計な世界観や説明がいらない。エピソード2つ見れば、誰でも、あっそういうことね、と作品の構造は理解されるだろう。
そしてこれだけオーバーな演出で表現するなら声もいらない。泣き声笑い声くらいをエッセンスとして入れれば、あとはBGMとSEで十分盛り上がる。
さらに、この形式なら無限にネタを生み出せる。5分も尺がいらないんじゃないかと思うほどだ。シーズン2、3といくらでも続けられる。極論、順番を入れ替えてもエピソードを飛ばすことすらできそうだ。内容自体はある意味過激であり、放送するのに適切かどうかの基準は国によって異なるものの、それすら対応できる仕組みであると思うと、意外と深い。よく考えられている。
「ちなみにキャラクターの名前は仮のものか?」
「黒船…」
「え?」
「…マシューはペリー提督のファーストネーム。アンナはペリー提督の妹の名前」
「……はは。あんた、すげえよ。プロだな!」
「一応、森繁の弟子…。出来損ないだけど」
砂橋は確信した。この男に任せればマジで跳ねるかもしれない、少なくとも糸瀬を納得させられる内容にはなる。ヒットするかどうかはやはり博打だが、可能性という点では疑いようがなかった。
「…3割」
「え?」
「予算はスポンサーが全部出すと聞いている。それだとうちが儲からない。Karavanで3割出させてくれるなら、受ける。この仕事…」
吉村はただの変人アニメーターではない。しっかり経営者だ。ビジネスとしてこの作品を手掛ける認識を持っているのは砂橋としてもありがたかった。
「…よーし、わかった! そいつは俺が説得してやる。スポンサー5割、あんたらが3割、うちが2割。3社で製作委員会組むぞ!」
「砂橋さん、話早い。助かります…」
お礼を言いたいのはこちらのほうだ。このスピード感なら、思っているよりも早く放送まで持っていけるかもしれない。
「山田、戻るぞ。局長の首根っこ掴んで縦に振らせる。ーーーあ、吉村さん、もう少しキャラクターの動きとか世界観が分かる資料用意してくれねえか? さっきの映像だけでもいいんだけどさ」
「メールで送る…」
まさに道が開けた瞬間だった。
その後、有言実行。砂橋は紀伊テレビ製作局長の首根っこを引っ掴んで、首を縦に振らせることに成功する。
テレビアニメ「X Shoot!」製作委員会が一気に具体性を帯び始め、この和歌山の地で、世界に発信されるアニメがまさに誕生しようとしていた。
つづく。




