第88話 黒船流IPの活用術①
(簡易人物メモ)
砂橋一輝: 紀伊テレビ プロデューサー
山田: 紀伊テレビ アシスタントプロデューサー
糸瀬貴矢: 黒船サッカークラブ 代表
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2020年6月。和歌山市内に本社を構えるローカルテレビ局、紀伊テレビ。
そこに籍を置く番組プロデューサーの砂橋一輝は、今日の打ち合わせに向けて、密かに心を躍らせていた。
昨年世間を騒がせた黒船グループから案件の相談である。紀伊テレビを含めてマスメディアは文字通り黒船だなんだと騒いでいたが、ヤマト製鉄破綻の激震が和歌山県を襲った中で、突如として現れた彼らの存在は間違いなくホワイトナイトだった。
ヤマト製鉄跡地の取得以降はあまり話題になっていないように記憶していたが、ここで直接オファーをもらえるとは願ったり叶ったりだ。テレビ業界は良いものでも悪いものでも、とにかく刺激を求めているのである。
だからこそ、実際に目の前で、しかも黒船のトップである糸瀬貴矢を前に話を聞いて、砂橋はとんでもなく落胆した。
すっかり興味をなくした砂橋の横で張り切って相手方に説明しているのはAP山田である。20代の彼女はまだまだ目の前の仕事には分け隔てなく全力で当たってくれるため、砂橋は久しぶりに彼女のその姿勢に感謝した。
まさか持ってきた話が、新しくオープンするホテルのCM撮影とは。
もちろん立派な仕事である。しかも撮影からやらせてくれるなら放映料以外の収益も稼げるので、規模は別としても利益率の観点では儲かる案件だ。ありがたい話だ。
しかし当初の期待値からすると、砂橋の琴線にはまったく触れなかった。本来であれば、作業的にCM班に繋ぐべきところだが、我らはしょぼいローカル局。その人に来た仕事はその人がやるのだ。
ふと視線を目の前の糸瀬に向けると、どうも糸瀬も自分と同じような心持ちでAP山田とのやりとりを部下の女性に任せているように思えて、口元を釣り上げる。
期待させやがって、少しからかってやろうか。
「糸瀬さーん、もっとデカいことやりましょうよお」
糸瀬が視線をこちらに向けた。というか話の流れをぶった斬っての一言であり、全員が砂橋を見た。
「ちょっと、スナさん…!」
「うるせえ、おまえはホテルのCM打ち合わせしとけ」
山田はぶつぶつと文句を言いながらも打ち合わせを再開。糸瀬と砂橋だけ打ち合わせから外れたような格好になった。
「本当は御社の株を買いたいと思ってたんですよ」
電子タバコを吹かしてからそう切り出した糸瀬に、砂橋の目が輝いた。負けじと自らもタバコを取り出す。
「ははは! いいですね、それでこそ黒船だ! 買います? 社長にでも専務にでも取り次ぎますよ。あ、カメラ回してもいいですか?」
「あー、いや、なんかそれ言っても話進まなそうじゃないですか? 早く動きたい人間なので、やりたいことを優先したいというか」
「やりたいこと? このホテルの話とは別に?」
「うち、番組作りたいんですよ。企業が番組持つこともできるんですよね?」
冠スポンサー単独での番組のことを指して言っているのだろう。通常は合間に放送するCMスポンサーを複数集めて番組予算を作っていくが、それらすべてを一社で賄う場合は、実質その番組の権限を単独の企業が握ることもある。
「できますよ。あのー、なんとか3分クッキングみたいなやつ」
「ああ、そうそう。紀伊テレビさんでもできますか?」
「頂ける予算に応じていくらでもやりますよ。どんな番組を作りたいんですか? 情報番組?」
株を買う話には及ばないが、少なくともホテルのCMを撮りたいというよりはよほど自分に向いた仕事だと砂橋は考えた。
しかし続く糸瀬の一言で砂橋はひっくり返ることになる。
「アニメです」
「は?」
「アニメを作りたいと思ってます」
思わず隣の打ち合わせも中断させてしまうほど突拍子もない単語が飛び出てきて、関係者一同沈黙した。そしていち早く現実に戻った砂橋が声を上げる。
「あ、アニメ? えーと、好きな漫画があるとか?」
「いえ、完全オリジナルで作りたいと思ってます。サッカーのアニメです」
そういえば黒船はヤマト製鉄の跡地で社会人サッカーチームを運営していると聞いたことがある。あれは金持ちの道楽的なものではなかったのか?
それにしてもオリジナルのアニメを作るなんて、素人意見も良いところである。アニメ制作に費やされるコストは通常の番組を作るものとは比べ物にならない。金額もそうだが、何よりその工数と時間である。巻き込む関係者もとんでもなく多い。そして砂橋はそのジャンルに関して完全に門外漢だ。
「い、いやいや…何言ってるんですか? 自分のチームを題材にしたサッカーアニメってこと? 聞いたことないっすよ、そんなの」
「いえ、うちのチームのアニメとかじゃないです。子供が楽しめるような普通のアニメ」
いよいよ荒唐無稽なことを言い出した糸瀬に砂橋は頭を抱えた。何を言ってるんだこいつは。
「わ、悪い…意味がわからない。そのサッカーのアニメは、おたくのやってる、なんだっけ、南紀なんとかっていうチームと、一切関係ない作品になるってことか?」
砂橋の言葉に糸瀬はその通りと頷いた。
「本気で何言ってるんだアンタ。それじゃあ企業番組にならねぇじゃねえか!」
企業とテレビの関係はどこまでいっても広告媒体でしかない。番組ひとつ買い取るような資金を出すにもかかわらず、企業の宣伝要素がないなんてことがあるか? それはもう経済合理性が破綻している。百歩譲って暇つぶしのためだとしても、アニメ制作はかかる労力が見合ってない。
糸瀬はまるでこちらの理解が悪いとでも言うかのようにやや前のめりになって捲し立てた。
「だから、まずアニメを作るでしょ?」
「おん! それで!?」
「それで、そのアニメが子供に大人気の作品になる」
「だからーーー」
それとあんたの会社と何のつながりがあるのか。そう言いかけた砂橋を遮って糸瀬が答えを言い放った。
「そのアニメのキャラクターを、うちのチームのマスコットにするんですよ」
「は、……マスコット…?」
「砂橋さん見たことあるでしょ、Jリーグの試合会場で着ぐるみいるじゃないですか」
いる。確かにどのスタジアムにも端っこの方に着ぐるみが動いている。何もサッカーだけじゃない。野球だってチームのマスコットがいて…。
「わかるよ。見たことあるよ。でもありゃアニメのキャラクターじゃねーだろ。クラブがマスコットとして作ったキャラクターの着ぐるみだよ」
「だから、そのマスコットを主人公にしたアニメを先に作ろうって話ですよ」
「………」
ようやく黒船の言っている意味を理解すると同時に、なぜだか鳥肌が立って身震いしたくなった。
知識はないが、おそらくあらゆるスポーツクラブのマスコットは、まずクラブ側がマスコットのデザインを考えて、そのまま自分達で名前を決めたり、名前を公募したりして命が宿る。そしてその着ぐるみが文字通りマスコットとしてクラブ様々なビジネスの場面で、いわゆるIP(Intellectual Property:知的財産)として活用されるわけだ。
もしかしたらその延長線上で、マスコットのキャラクター設定を細かく決めたり、サブキャラクターなどを登場させて、PVみたいにアニメーション作品に手を出すクラブくらいはあるかもしれない。
しかし彼が言っているのはーーー。
「さ、先にキャラクター人気を取ってから、マスコットとして逆輸入する…そういうことか?」
「ですです。Jリーグチームのマスコットってよくできてると思うんですよ。でも多分あのマスコットって、チームのファンしか好きじゃないですよ。なんかもったいなくないかなって」
そりゃそうだ。それはマスコットを使ったビジネスが、そもそもクラブのファンに売る前提として作られているものだからである。
しかしそのキャラクター自体が好きな人がいるとなれば、IPの活かし方はまるで変わる。例えば南紀ウメスタSCに興味がない人でも、そのマスコットは好きというよく分からない状況になるわけだ。つまり。
「マスコット自体を新規ファン獲得の材料にするってことか…?」
「あー、そうですね。そういう狙いもあります。あの人気アニメの着ぐるみと写真撮れるってだけで、お客さんがスタジアムに足を運ぶような…」
「………」
すげえセンスだ。アニメの人気キャラをイメージキャラクターとして企業が採用することはよくあるが、そのキャラクターから作りにいくというのは聞いたことがない。畑が違いすぎるからだ。
砂橋は落ち着いて糸瀬の考えを理解すべく、二本目のタバコに手を出した。
「…発想はおもしれえよ。ぶっとんでる、さすが話題の黒船さんだ。ーーーただな…うちでオリジナルのアニメなんて作ったことも放送したこともないし、そもそもアニメなんてプロが作ったって、当たるかどうかなんて博打の世界なんだ」
だから少しでも確率上げるためにすでにヒットしている漫画を原作にするような流れが一般的になっている。それは漫画に限らず、映画やドラマの世界でも似たような状況になっている。ハリウッドですらそんな感じである。
「そんな中でオリジナル……。な、なんでこの話、うちに持ってきた? 素人が考えたって、紀伊テレビで作れるなんて思うやつはいねえよ糸瀬さん」
せっかく発想自体は面白いんだから、然るべきところに出せば可能性が生まれるかもしれない。しかしこんなローカル局がその話を聞いたところで、いったいどうすればいいというのか。
直接アニメのプロダクションにでも依頼すればいいだろうと口にした砂橋に対して、糸瀬の回答は明確だった。
「和歌山で仕事してるんだから、同じ和歌山の人でやることを考えるのは当たり前ですよ。…それにやったことないって言うけどさ、砂橋さん。俺もサッカーチームの運営なんて、やったことなかったよ」
砂橋は自然と拳を握りしめていた。小学生みたい理屈だが、そこには嘘も下心もまったくない。目の前のこいつは本気でやろうとしている。それだけは伝わってきた。
運命を信じているわけではないが、世の中にはなるべくしてなるというものが確実に存在する。
たまたまうまくいったと整理するしかないものでも、結果が出る前から絶対にうまくいくと確信を持ってプロジェクトを動かした人間がいるのだ。
これはもしかしたらそういう類の話ではないのか、そう砂橋は自問した。
仮にこの話断って、他のヤツらと組んで成功させたとしたら、おまえはプロデューサーとしてこの先やっていけるか?
「…も、もう少し話聞かせてくれ、どういうコンセプトの作品になるんだ? 子供が好きなアニメってなんだ。サッカー漫画のアニメみたいなやつか?」
砂橋は姿勢を正した。とりあえず持ってきていた手元のノートを初めて開いて、ペンを手に取ったのだった。
つづく。




