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黒船サッカーパークへようこそ!  作者: K砂尾
シーズン0(2018)
9/48

第8話 最初の支援者

(簡易人物メモ)

矢原智一(3): 黒船サッカーパーク 代表

下村健志(2): 南紀ウメスタSC 選手兼監督

柳井進(初): トロングジム 代表


ーーーーーーーーーー

 2018年12月。黒船サッカーパークの開発を担当するゼネコンの田辺組との打ち合わせを終えた、社長の矢原智一やのはらともかずと南紀ウメスタSCの監督である下村健志しもむらたけしは、下村の車で和歌山市内に向かっていた。



「いや、でもシモさんに来てもらってよかったですよ」



 今日の打ち合わせは練習グラウンドの人工芝化についてだった。


 Jリーグ側の基準もあってメインスタジアムを天然芝で設計することはほぼ必須と言えるが、練習グラウンドについては、維持費の兼ね合いで人工芝への改修を予定していた。



「ほんとサッカー場は金かかるわ…」



 天然芝のグラウンドはそのメンテナンスに何千万円もの費用がかかる上、芝の養生が必要なため、頻繁に使用することはできないのだ。


 また、人工芝へ変えることで維持費を抑えることはできるが、その改修工事でざっと1億円はかかる。まさに金食い虫であった。ちなみに人工芝にもグレードがあり、下村の意見を参考に田辺組の見積もりに手を加える形となったのである。



「なんか我儘言ってすみません。結果余計に金かかる感じになってしまって」


「いやいや、まぁ選手が怪我しないのが一番でしょう。シモさんに芝選んでもらったから安心だよ」



 矢原は運転席に座る下村に視線をやった。


 自分とあまり変わらない年齢で去年までプロサッカー選手として現役でプレーをしていた選手だ。サッカーの疎い自分には分からない感覚であるが、おそらく今のチームに所属する選手からすれば、間違いなくカリスマ的な存在なのだろう。



「もうすぐ着きますよ」



 田辺組との打ち合わせ帰りに、下村が和歌山市でスポーツジムを経営する社長に会いに行くというので、矢原もついていくことにした。


 車から降りると、狭い敷地に建てられた、いわゆるペンシルビルのエントランスを二人で潜る。このビル丸ごとその会社が借りているというのだから、それなりに勢いに乗っているのだろう。



「下村選手! いや、久しぶりですね!」



 株式会社トロングジムを引っ張る社長、柳井進やないすすむの大きくてよく通る声がスポーツジム内に響き渡る。


 ビル内に設置されたジムスペースにてトレーニング中なのか汗を光らせながら、それでも躊躇なくハグをされると、その暑苦しい胸板に、ゴリゴリ体育会系の下村でもさすがに顔を引き攣らせた。



「お久しぶりです、柳井さん。こちら黒船サッカーパークの矢原社長です」


「あ、伺っていますよ。噂の黒船さんですね。はじめまして、柳井です。ここだとお客様の前ですから、上のフロアにご案内しますよ。あ、ちょっとマシン動かしてから行きましょうか?」



 柳井の提案を丁重にお断りすれば、三人はエレベーターでひとつフロアを上がった。


 トロングジムは和歌山県内で5つのスポーツジムを運営する新興企業である。基本的には初心者向けの扱いやすいマシンを置いている24時間型のジムだが、アスリート会員向けに自社のトレーナーによるサポートプログラムを併せて提供するという、高価格と低価格を組み合わせたサービスがハマり、順調に店舗数を伸ばしているようだ。


 またトロングジム代表の柳井氏は、地元出身の人間ではないが、和歌山県を基盤に事業を行っており、地域活性化にも一定の関心があることから、先日真弓が実施し、糸瀬が1,000万円を突っ込んだあのクラウドファンディングに50万円の支援を行なっていた。



「改めて、この度はクラウドファンディングでのご支援、ありがとうございました。ご挨拶が遅くなってしまいすみません」


「ああ、いいんですよ。金額が少なくて申し訳なかったです。私は見る目がなかったと反省しているくらいなんですから。それにいま話題の黒船さんに来ていただけるなんて、光栄です。あ。せっかくですからうちのプロテイン、飲んでみてください」



 出されたお茶ならぬプロテインを飲んでみると、プロテインのイメージを覆す味に思わず二人して液体の入った容器をまじまじと見つめてしまった。



「甘くない」


「そうなんです。うちの新製品トロングプロテインの特徴です。プロテインっぽさを甘味で打ち消すことをやめて、フレーバーで自然に和らげる。これが結構受けていましてね」



 出しているのはカフェオレ味ですと補足を受ける。確かに好みは分かれるかもしれないが、間違いなく巷であふれているプロテインとは異なる方向性だ。



「それで、今日はどのようなご用件ですか?」


「あ、実は御社のジムに所属しているトレーナーをーーー」



 柳井の問いに答えようとした下村を矢原は手で遮った。ここまでの言動を見るに、彼は根っからの実業家だ。金にならないことは絶対にやりたくないタイプだ。裏を返せば、興味のあることなら話が早いかもしれない。



「柳井さん。一応、クラウドファンディングを通じて、我々と柳井さんでうちのチームを共同支援した形になっていますが、これはあくまで支援です。…でもせっかくなら、ちゃんとしたビジネスやりましょうよ」



 トロングジムは和歌山発のアスリートブランドを目指す企業として、地元でのスポーツの種は広く蒔いておきたいのだろうが、それがゴールではないだろう。矢原の読み通り、柳井の目が輝いた。



「さすがですね。いや、そういう話がしたかった。夢への投資は美しいですが、どこか外から見ている者にとっては味気ないものです」



 柳井は立ち上がると、デスクの上に置いてあったファイルをテーブルの前に広げた。



「もし矢原さんが私の思った通りの方であれば、今日は何かお願いされる側ではなく、お願いする側としてお話ししようと思っていました」


「というと…6店舗目?」



 理解が追いつかずにただ資料に目を落とす下村を尻目に、ピンときた矢原が探りを入れると、柳井はページをめくる。



「ここはうちの店舗の分散から言ってもベストに近い立地で、現在空き家となっていますが、改装して使うことは難しいと判断しています。ただ取り壊して新たに建てるのはちょっと財務負担としては重いです。なんとか検討すると売主は引き留めているんですがね」


「うちが買い上げて新しく建てた建物を御社が借りる?」


「そうですそうです! シンプルでしょう」


「なるほど。既存店舗の収支見られますか?」



 柳井は黙ってページをさらにめくって矢原に手渡した。矢原はゆったりとした動作で資料に書かれている数値を指で撫でていく。



「儲かるんですね、ジムって。…でもそうか。いわゆるオペレーショナルアセットだけど、トップラインが会費だからサブスク。安定してるんだな」


「その通りです。さすがプロですね」


「…開発コストと家賃のイメージはありますか? うちがやるとして投資回収期間はどれくらい?」



 柳生は自信たっぷりに人差し指を立てた。



「1年半です」


「1年半? たった?」


「売主とも話ついてますから、矢原さんがハンコ押せばすぐできますよ。毎月3百万お支払いしますし、物件の開発前に契約巻いても構いませんよ」


「逆算すると、うちの手出しは50百万円くらいってことですね」



 柳井は自信ありげに笑ってみせたのに対し、矢原はまだ考え込んだ様子だ。柳井はぱんと手を叩くと、背もたれに身を預けて。



「さあ、うちのカードは出しました。御社は何をお望みですか?」



 矢原に促され、先程話を遮られていた下村が身を乗り出した。



「実は、御社のトレーナーをお貸しいただきたいです。御社のトレーナーは柔道整復師や理学療法士など資格を持っている方が複数いると聞いています。彼らをチームに帯同させてもらえないかなと…」


「…なるほど。選手のケアはプロスポーツでは必重要ですからね」



矢原がバトンタッチして交渉のテーブルにつく。



「うちの選手全員御社のアスリート会員として、クラブがまとめて会費をお支払いしますので、ご検討頂けないでしょうか」


「おお、それはもちろん。専属のチームトレーナーとしてエースをご用意しますよ」


「ありがとうございます。…あとはそうだなぁ、ユニフォームにロゴも入れてもらいましょうか、下村さん」



 矢原の唐突な提案に下村は驚き、柳井は眉をぴくりと動かした。趣旨は理解しただろう。



「それは企業スポンサーとしてですか?」


「家賃を払って頂けるとはいえ、5,000万円もの資金を出させようというのですよ。先程相談したトレーナーの件は御社としても業務の延長線上だ。一方でうちは…言いたいことはわかりますね」



 直接的な事業シナジーのないことに金を出させるつもりなら、もう少し対価を寄越せ。要は矢原は吹っかけたのだ。



「いくらをご希望でしょう」


「家賃3ヶ月分に色をつけて1,000万円でいかがでしょう。その代わり、家賃の発生はジムのオープンしてから発生するという形では?」


 

 矢原の提案はいわゆるフリーレント期間をつけるというものであった。柳井は暫し考えこんだ。悪くはないはずだが、もう一押しというところか。



「2店舗やりましょうか」


「ほお…」


「その代わり、追加の1店舗は木国市内にして頂きたい。選手たちの通いやすい場所」


「なるほどなるほど。…ありますよ。すでに何件かパイプライン、出店候補地はアタリをつけていますからね」



 矢原は黙って右手を差し出すと、柳井はしっかりとそれを握った。



「さすがは『三本の矢』。素晴らしいご判断です! そうだ、せっかくですから下村さん。うちのプロテイン宣伝してくださいよ」


「いいですよ、その代わりプロテインうちの選手に飲ませてくれますか?」


「あげますあげます。その代わり宣伝ね! あ、矢原さん。後でうちの営業から会社のロゴのデータ送らせてますんで、ユニフォームに使ってください」



 トントン拍子というのはこういうことを言うのか、下村はやや呆気に取られて二人のやりとりを眺めていた。


 こうして黒船サッカークラブ率いる南紀ウメスタSCにトレーナー、ジム設備、プロテイン補給をひっくるめた、初のスポンサーがつくことになったのである。






つづく。

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