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黒船サッカーパークへようこそ!  作者: K砂尾
シーズン2(2020)

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89/114

第84話 県1部リーグ第3節②

(簡易人物メモ)

栗田靖: 南紀ウメスタSC 監督

下村健志: 南紀ウメスタSC 選手兼コーチ

高橋則夫: 梅サポ「シエロ」リーダー

椋林翼: 元Jリーガーのサッカー浪人

椋林空: 梅サポビギナー 椋林翼の弟

オレンジ熊野: 黒船ch 実況担当

真弓一平: 黒船ch 解説担当

※選手は割愛


ーーーーーーーーーー

 2020年5月17日、和歌山市内で行われているリーグ戦第3節。南紀ウメスタSCは2点ビハインドで前半を折り返す形となっていた。


 ハーフタイムのロッカールームにて、昨シーズンまでキャプテンを務めていたDFの#03大橋が、雨で濡れた身体をタオルで拭きながら、そのタオルをその場に投げつけた。



「くそっ! 汚ねえ事ばっかりしやがって!」


「…証拠はないっすよ大橋さん」


「証拠なんていくらでもあるだろ! 前半何回ファールやってると思ってんだよ、坪倉と平を引き抜かれた腹いせに削ってきてるんだよ、向こうは! 実際に平がやられてるじゃねえか!」



 大橋の言うことを誰も否定することはできなかったが、それを口にしたところで状況が変わるわけではない。


 ロッカールームに最後に入ってきた監督の栗田が、改めて選手達を睨みつけた(ように見えた)。



「平は無理だ。骨いってるかもしれねえ」


「ーーー!」



 その一言にチームにさらなる緊張が走った。鼻血の量が多かったため、平の様子を近くで見ていた選手達はおそらく鼻骨だろうと察する。


 栗田はホワイトボードに、選手交代を含め後半のシステムを書き殴った。



平→

←若村


    西野

アド      手塚

   若村 三瀬

   大西

坪倉 榎本 大橋 江崎

    礒部



「とりあえず身体拭きながら聞けよ、おまえら。さてーーー2失点目はいらんかったな…なぁ、つぼくらぁ」


「ぐっ…すんません」



 GKの礒部が弾いたボールを本来であれば坪倉が外にかき出すべきところ、相手選手に先を越された。平の負傷退場でやや冷静さを欠いていたことも影響したかもしれないが、それは言い訳に過ぎないと坪倉は唇を噛んだ。



「相手の18番は確かにめんどくせえ選手だが…おまえ押さえられんだろ。後半は4バックに変えたから、マンマークついて仕事させんな」


「クロスの一本も上げさせないっす!」



 坪倉は気合を入れるかのようにタオルでぐしゃぐしゃと顔を拭いた。



「…それから、三瀬。おめえなにビビってんだよ」


「は?」



 聞き捨てならないといったように三瀬が鋭い眼光を栗田に飛ばす。



「なんか勘違いしてるみたいだから言っとくが…ピッチ悪い中で活躍できるのはテクニックのある選手だぜ」


「………」


「コントロールが利かない中でボールを通すのが技術だろうが。雨で転がらねえとか言ってロングボールやスルーパスしねえから、向こうが削りにきてるところを好きにやられてんだよ。本当は平に言ってやりたいが…いねえからよ。おまえがやれ」


「…わかりました」



 三瀬にしては珍しく素直に頷いた。



「それから、西野。…おまえゴールのイメージが湧かねえから動きが悪いのか?」


「え、あ、はい…どちらかといえばパスのイメージがつかなくて、動き方が難しい…」


「…すみませんね、パス出してなくて…」



 三瀬の恨み節に対して苦笑いする西野に、栗田が言葉をかけた。



「確実にゴールできる状況以外はシュート狙わないなんてFWじゃねえぞ。ピッチどろどろなんだろ、普段入らねえシュートも入るかもしれねえ。倒れりゃPKもらえるかもしれねえだろうが。とりあえず打てるエリアでボールもらいに行けよ」


「わかりました」



 その後も選手ひとりひとりに指示を与えてから、栗田はどっかりとベンチに座って眼鏡の位置を整えた。



「いいか、大橋の言った通りだ。間違いなく向こうはやってきてる。んなことは最初の10分見りゃ明らかだ。俺はなめられんのは大っ嫌いなんだ。意地でも3点入れろ、3-0で勝てるレベルの相手だぞ」


「うぇい!」



**********



 雨足が弱まることなく後半が始まった。南紀ウメスタは負傷退場したキャプテンの平に変わって、高卒ルーキーの若村を投入。紀北SCは選手交代なし。


 後半に入って変わったことがふたつある。


 ひとつは南紀ウメスタの戦い方だ。前半は雨が降っていることを理由に、結果として紀北SCのペースに合わせ過ぎた。


 栗田のメスが入った後半、4-3-3の中央に配置された#08三瀬が、#04平の抜けた穴を埋めるため、本来のポジションから一歩引いた位置で、ピッチの左右をワイドに使うような攻撃の展開を始めたのである。もちろんパスミスがないわけではなかったが、繰り返す内に本来のプレイのクオリティを取り戻しつつあった。


 ふたつめはレフェリーのジャッジだ。サッカーにおける審判の役割とは、ルールに100%則った判定を下すことではなく、試合における秩序をコントロールすることに主眼が置かれる。従って、同じプレイをしてもファールになるケースとならないケースが生まれるのだが、それで問題はないのである。


 結果として前半は一方に有利なジャッジとなった事実をハーフタイムで整理したのか、後半はそのバランスを正すために、紀北SCのラフプレーに、レフェリーが積極的にファールを取り始めたのである。



「来てますね、流れが」


「ああ、きてる…! 間違いなく」



 翼の一言に高橋が強く同意した。


 前半に比べると、紀北SCのボールポゼッションが下がり、ウメスタの時間が増えていることは明らかだった。反撃の準備が整った、そう確信した。


 そして迎えた後半15分。紀北SCの#18草彅がタメを作った後にドリブル突破を試みるも、南紀ウメスタの#02坪倉がそれを見事にシャットアウト、ボール奪取に成功する。


 そして草彅のサポートに向かうべく相手サイドバックが上がっていたことを確認して、坪倉はその裏に強めのボールを蹴り出した。


 ボールを受けた左サイドの#08アディソンは目の前に生まれた広大なスペースを活かし相手エリアへ斜めに侵入する。紀北SCはサイドバックがいない分マークのズレが生じており、その混乱をウメスタ攻撃陣は見逃さなかった。



「西野、手塚フリーだぞ!」



 アディソンからパスを受けた西野は、フリーの手塚など目に入っておらず、マークがついていることも無視して強引にシュートへ持っていった。


 決して綺麗にインパクトしたシュートではなかったが、相手GKはキャッチできず。こぼれ球をフリーだった手塚が左足で押し込んだ。


 アウェイサポーター席が一気に波打つ。南紀ウメスタ加入後初ゴールをあげた手塚は、サポーターの方向性を指差してクールなゴールパフォーマンスを見せようとしていたが、すぐに我に返るとゴールに転がっていたボールを拾い上げて、センターサークルまで持っていった。



「よし…!!」



 高橋は自然と隣に立つ翼とハイタッチをして、握り締めた拳を振るわせた。


 そして、ピッチの選手たちも後半のやり方に手応えは感じていたが、時計の針が進むにつれて雨のピッチに翻弄されてきた足が言うことを聞かなくなってきているのが見て取れた。


 紀北SCの安藤のようにひとりでなんでもできるタイプの選手が南紀ウメスタにはいない。従って得点を奪うには複数のプレイヤーが絡む必要があるが、疲労により前線に上がれる人数が少ない中で、1点を返して以降なかなかチャンスを作ることができなかった。



「三瀬、ゴール前行けよ」



 後半途中投入された若村が、珍しく横並びのポジションでプレイしている三瀬に声を掛けた。彼の性格上、ゴールに近い位置でプレイしたいはずである。しかも一点を追いかける展開だ。


 三瀬は指先で雨で濡れた前髪を払ってからため息をついた。



「イガグリの話聞いてなかったのか、君は。今日私はここで磔の刑に処されているようなものだ。ストレスしかない」


「だからーーー」


「そっくりそのままお返しするよ。なぜ君は上がらないんだ?」



 三瀬の言葉に若村はきょとんとした顔で彼を見つめた。



「キャプテンが交代して、中盤の底からゲームを組み立てる役割は私が担うことになった。じゃあ君は? キャプテンの代わりにピッチに立った君は何をするつもりなんだい?」



 急に雨の音が鼓膜を震わせるとともに若村の中で、ハーフタイムでの栗田の指示が頭の中で蘇った。


 ーーーおまえにやれることはすくねえ。だから点でも取ってこいや。



「パスくれよ、三瀬」


「君がゴールの匂いがする場所にいてくれるならね」



 後半40分を過ぎた。もう時間が残されていない。右サイドの江崎はとっくに中央にポジションを移して相手DFとやりあっている。アディソンは左サイドに張っているが、おそらくもうバテている。


 ボールを持った三瀬は残り時間を確認して、自身のドリブルを選択した。若村はとっくに前線に上がっている。自分が上がれば中盤はスカスカになるが、そのリスクを背負ってもここで決めきるべきだと判断した。


 この期に及んで裏抜けを狙おうとする西野を見ながら舌打ちをするも、一歩引いた位置でもらいにきた手塚に一旦ボールを預ける。



「リターン!」



 相手を背負ったまま手塚が走り込んできた三瀬にワンツーでボールを戻した。三瀬にマークはがっつりついていた。このままシュートを打つのは自分らしくないが、仕方ない。


 その時相手DFの強烈なタックルが三瀬を襲い、態勢を崩してしまう。PK取れるかもしれないなと思いながら受け身を取ろうとしたその瞬間。三瀬はスライディング気味にバックパスを選択した。


 パスを受けたのは若村。細かいコントロールをするつもりも、そんな技術もなかった。


 若村の右足から放たれたミドルシュートは、多少山なりになるような決して力強いものではなかったが、三瀬のカットインに引っ張られて前に出ていたGKからすると、絶妙なループとなって、ゴールに吸い込まれて行った。


 DFとともにピッチに倒れた三瀬はそのまま起き上がらず、雨を顔で受けながらその場でガッツポーズを決めた。ゴールを決めた若村は最終ラインから走ってきた大橋に押し倒されている。そして手塚は再びゴールからボールを拾い上げるとセンターサークルに置いた。



『ゴーーール! 南紀ウメスタSC、土壇場で試合を振り出しに戻しました! 決めたのは高卒ルーキーの若村栄介! 前半で負傷した平に代わって出場した高卒ルーキーが値千金の同点弾です!』


『素晴らしいですね。手塚くん、三瀬くん、若村くんですが、3人とも同い年。関大和歌山高校出身トリオの見事な連携でしたね』



 ベンチでも怪我にて試合出場の叶わない下村が在らん限り両手を振り上げて感情を表現している。一方の監督の栗田は表情を変えずに座り直した。そして水滴のついたメガネを拭きながらつぶやく。



「あと一歩及ばずか」



 状況からすれば勝ち点1で納得する内容だが、そもそも実力が違う。できれば逆転したかった。


 試合終了のホイッスルが吹かれ、リーグ戦の第3節、紀北SCと南紀ウメスタの一戦は2-2の同点で幕を下ろした。



「くぅー……勝てた! 勝てたよな!」


「勝てたよお、絶対。でもよくやった!」


「引き分けでも十分だぜ! 一応優勝候補とのアウェーゲームだったわけだし!」



 サポーターに向けて頭を下げる選手たちを見ながら、高橋はようやく大きく息をついた。そして大きな拍手を選手たちに注ぐ。


 空も車椅子から精一杯選手たちに見えるように手を高らかと挙げて何回も拍手をした。翼はその様子を見て、Jリーグにいた頃の自分を思い出していた。


 見にきてよかった。Jリーグではなかったとしても、ここにはサッカーがあった。



紀北SC      南紀ウメ

  2    ー    2

39' 安藤(PK)  61' 手塚

45' 草彅      85' 若村(三瀬)


最高評価点: 若村栄介、三瀬学人、手塚望(7.0)






つづく。

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