第83話 県1部リーグ第3節①
(簡易人物メモ)
高橋則夫: 梅サポ「シエロ」リーダー
椋林翼: 元Jリーガーのサッカー浪人
椋林空: 梅サポビギナー 椋林翼の弟
オレンジ熊野: 黒船ch 実況担当
真弓一平: 黒船ch 解説担当
※選手は割愛
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2020年5月17日。リーグ戦第3節、紀北サッカークラブと南紀ウメスタSCの一戦がまもなく開始される。今年は早めの梅雨入りということもあり、小雨がぱらつく悪天候にも関わらず、すでに和歌山市内の市民陸上競技場に両チームのサポーターが集結していた。
サポーターを束ねる高橋則夫は、先日新たに梅サポに加わった車椅子の少年、椋林空と、その兄である椋林翼の二人とともに、アウェーのサポーター席に陣取った。
南紀ウメスタのアナリストを務める木田から空の兄である翼が、今日観戦に来ている理由はすでに聞いている。少しでもクラブに興味を持ってもらえるといいのだが。
「…なんか、全然Jリーグと変わらないですね」
「そうそう、おんなじおんなじ! この社会人サッカーからJリーグに上がったチームだっていくつもあるわけだからね!」
サポーター席の様子を眺めていた翼の一言に対して高橋は自慢げに片手を上げて応える。
もちろん規模はJリーグのそれとは比べられないが、この雨の中アウェーに駆けつけたサポーターの情熱は決して見劣りしていないはずだ。
3人はそれぞれ片耳にイヤホンをつけており、wetubeの黒船chの実況を聞きながらの観戦という、年配サポーター曰くヤングなスタイルである。
『えー、今シーズンのリーグ戦で最も厳しい戦いと目されているこの試合、スターティングイレブン発表されております。GK礒部、DFは3バックです。左から坪倉、榎本、大橋。ダブルボランチは平、大西。左にアディソン、右に江崎。トップ下に三瀬。そして手塚、西野の2トップです!」
手塚 西野
三瀬
アド 江崎
平 大西
坪倉 榎本 大橋
礒部
実況を聞いた空が手元のホワイトボードで先発のフォーメーションを再現する。その様子を翼が驚いたように見つめた。
「裕介くん達がやってるの見ておぼえちゃった」
「おお、たぶん合ってるよそれ。…着実に一端の梅サポに近づいていってるなぁ、空くんは」
『基本的には前節と同じシステムですが、フォワードのところが小久保選手から手塚選手に変わっていますね』
『そうですね、前節で小久保選手は負傷交代していますので…大きな怪我だとは聞いていませんが、大事を取ってという判断かもしれませんね』
『対する紀北サッカークラブですが、やはり警戒すべきは9番の安藤選手でしょう。190cm近い長身は、下村選手を怪我で欠いているウメスタのDF陣にとっては脅威となります。今シーズンもすでに3ゴールを上げており、まだ2試合ではありますが、西野選手と並んで得点ランキングはトップです!』
実況を聞きながら高橋はピッチを覆う重苦しい雲を見上げた。雨は止みそうにない。
キックオフを前にピッチに散らばった選手達を見ながら、横に立っている翼が高橋に尋ねた。
「今日はリーグ戦の中でどういった位置付けの試合なんですか?」
「夏の中断期間前の最後の試合になるんだよね。相手は紀北サッカークラブと言って、去年、一昨年とリーグ戦を連覇してる強豪だよ」
前節対戦したサン和歌山FCもリーグの中では強豪であるが、過去の実績からすれば紀北SCが頭ひとつ抜けている。去年の黒船カップでは1-0で退けたが、終了間際のPKが入っていればどちらに転んでいたか分からない接戦であった(第37話参照)。
もちろんそれは相手に司令塔の平、DFに坪倉がいたことが多分に影響していたはずで、現在は二人とも白梅のユニフォームを背負っていることを考えれば、地力に優っているのは南紀ウメスタの方だと思われるが、それでもわからないのがサッカーである。
「県1部リーグは全部で10試合しかないから、本気で昇格を狙うチームは、基本的に全勝を目指すよ。1戦でも負けたら自力優勝はなくなっちゃうからね」
「それは厳しいっすね…いけそうですか、ウメスタは」
「うーん、まさにこの試合次第というところだなぁ」
試合は南紀ウメスタボールからスタートした。#08三瀬が感触を確かめるようにボールを転がしながら、左サイドのアディソンに展開しようとするも、パスは途中で失速し相手ボールに。三瀬はわざとらしく肩をすくめて守備位置に戻る。
「どうしたんだろう?」
「芝の状態を確認したんだろうな、たぶん。雨降ってるから」
空の疑問に兄が答えた。翼の言う通り、雨のピッチではボールが転がらない。三瀬や平などテクニカルな選手からすると、歓迎すべきコンディションではないだろう。
相手MFのチェックに行った#04平が倒されてファールをもらう。ファールを受けた相手が両手を上げてやや抗議したことが目についた。
再びウメスタボールに変わると、平が一発ロングボールで裏抜けを狙うも、ややボールが流されて軌道がずれる。すぐさまポストプレイに切り替えた#14手塚に、のしかかるように覆い被さってきた相手DFに倒された。
ゴールから30m弱の距離からのフリーキックである。ボールをセットしたのは#08三瀬。壁の位置を睨みながら、レフェリーの笛とともに左足を振るも、直接FKはゴールの上へ逸れていった。先程とは違い、悔しがるように歯を食いしばる様子がサポーターにも伝わる。
「雨を言い訳にしたくないだろうな、三瀬は」
「フリーキック自信あるんですか?」
「ああ。本人曰く、フリーキックはファンタジスタの代名詞ってことらしい」
雨のコンディションとはいえ期待していたところはあったが、今のシュートを見る限り、フリーキックの精度もシビアなものが求められるようだ。
徐々に雨足が強まるにつれて、試合は肉弾戦の様相を呈してきた。パスは途中で止まるため、選手同士の距離を近づける必要があり、またドリブルで抜くにしてもボールが転がらないため、どうしてもフィジカルがものを言う展開になる。
そうなると苦しいのはウメスタの方であった。最終ラインこそ高さで勝負できるものの、中盤から先は小柄な選手が多い。対する紀北SCはガタイの良い選手を揃えていた。無論ファールを取られることもあったが、それでもジリジリとウメスタのラインは引き下げられていった。
前半35分、紀北SCのコーナーキックである。山なりのボールは予想通りターゲットをCFの安藤に合わせたものであり、#03大橋、#04平の二人がかりで空中戦を争ったところ、もつれるような格好で3人が倒れた。
レフェリーの笛とともに倒れた3人が起きあがろうとしたところ、その内の一人が立ち上がれない。両手で顔を押さえている。
「誰だ?」
「誰!? 平?」
「安藤の肘が当たった!」
梅サポが口々に断片的な情報を叫ぶ中、どうやら担架で運ばれたのは#04平のようである。
「出血してるかも…血が出てる」
「まじ?」
「肘だな、そしたら…」
一方でピッチ上でも#03大橋が安藤に詰め寄っているところを他の選手に押さえられていた。
そんな中、なんとレフェリーはペナルティエリアを指差していた。ペナルティキックの判定である。すぐさま状況を理解した選手達が今度はレフェリーの方に駆け寄っていく。
「嘘だろ、PK!?」
「倒れてんのはウチの選手じゃないか!」
ピッチの上からでははっきり分からなかったが、大橋か平が安藤を倒して、その後の接触プレーによって平が負傷した、という整理なのかもしれない、が。
「厳しい判定っすね…」
「で、でもおかしいよ! 怪我してるのはこっちなのに!」
空少年の言葉には全力で同意したいところだが、レフェリーの判定が覆ることはない。高橋は黙ってGKの礒部に視線を向けた。
PKキッカーは安藤。去年の黒船カップでは失敗している。そこに賭けて祈る他なかった。
『…ーーー決めました! 去年の王者、紀北サッカークラブ! 前半40分、PKによる先制点をあげました!』
実況の言葉とともに目の前の光景が現実へ変わると、サポーターから口々にため息が漏れる。前節に続いての先制点献上である。
「…なかなか、そう簡単には上がらしてくんねーな…」
高橋は頭に当てていた両手を下ろして立ち上がった。これまで公式戦で苦戦を経験してこなかったため、それなりに余裕を持って観戦していたものだが、ここはシエロを束ねるリーダーとしての力量が試されている。そう思った。
改めてメンバーに檄を飛ばそうとしたその時、サポーター席から悲鳴が聞こえてきた。慌ててピッチを振り返るとーーー。
ピッチの外で#04平の治療が続いていた中、10人でのプレイとなっていた隙を突かれた格好となった。#09安藤の強烈にシュートがウメスタGKの#01礒部に襲いかかる。
雨で最も影響を受けるのは実はフィールドプレーヤーではなくGKである。水に濡れたボールは滑りやすく、キャッチすることは困難だ。だからこそ、身体にどこかにあたればいいくらいの気持ちで腕を伸ばし、安藤のシュートを弾き返すことには成功した。
しかし跳ねたボールを拾い上げたのは紀北SC右ウィンガーの伏兵#18草彅であった。ウメスタDF陣よりも素早く反応したチームいち小柄なアタッカーが、追い縋る礒部をかわして、こぼれ球を押し込んだ。
前半アディショナルタイムでの追加点。南紀ウメスタにとっては痛すぎる2失点目である。
ゴールゲッターの草彅は、濡れたピッチもお構いなしに滑り込んでのパフォーマンスから立ち上がると、南紀ウメスタ側に向かって思いきり拳を振り上げた。
「なーーー」
間違いなくあいつはこっちを煽った。ざまあみろと言わんばかりのそのジェスチャーに、普段は温厚な高橋もさすがにカッとなった。続いて、相手選手の意図に気づいた古参のサポーターが声を荒げ始める。
「あの…」
その時、隣にいた空の顔が目に映った。状況がわからないながらに前に見に来た試合とは明らかに周りのサポーターの様子が違うことに戸惑っているようだった。
落ち着け。ここで喧嘩腰になっても仕方ない。
当の本人がすぐに安藤によって連れ戻され、頭を叩かれていたのを見て、高橋は幾分冷静になった。
先程のパフォーマンスにムカついている者、前半での2失点に肩を落としている者。サポーター達の表情は様々だ。
高橋は改めてサポーターの方を振り返ると、両手を振り上げた。
「ーーーみんな、声出していこう! たとえ選手ががっくりきててもな、サポーターだけはそれをやっちゃいけない! サポーターはチームを勝たせるために来てるんだ! もう前半は終わっちゃうけど、とりあえず声を出せ!」
選手達は戦っている。レフェリーが味方してくれない試合だってこれからいくらでもあるだろう。そんな時こそサポーターの勢いで流れを引き戻さなくてはならない。
「ハーフタイムでチームは必ず修正してくるよ!」
「紀北なんて相手じゃねえよ!」
「雨でちょっと運が悪かっただけだろ!」
「2点なんて余裕だぜ、俺らは2試合で8点取ってるチームなんだぞ!」
サポーター席から聞こえてくる声に高橋は笑みを浮かべた。
リーダーの檄に200人のサポーターが呼応すると、先程まで不安げな表情を浮かべていた空も、今はクラブの名前を一生懸命叫んでいる。
翼は少し前から、ずっと拳を握りしめていたことに気づいた。
つづく。




