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黒船サッカーパークへようこそ!  作者: K砂尾
シーズン0(2018)
8/52

第7話 黒船の提案

(簡易人物メモ)

大西誠司(2): 木国市役所 商工振興課 課長

植本(2): 木国市役所 大西の部下

糸瀬貴矢(4): 黒船サッカークラブ 代表

真弓一平(2): 黒船サッカークラブ 管理部長

山崎(2): 木国市役所 スポーツ振興課 課長


ーーーーーーーーーー

 2018年12月、木国市・商工振興課の課長である大西誠司おおにしせいじは、デスクに座って雑誌の特集記事に目を落とした。


 特集記事のタイトルは、『ヤマト製鉄の犠牲となった地方都市に投資家上陸。彼らは白馬の騎士か黒船かーーー続報』



・・・・・・・・・・

 2018年11月。国内中堅のヤマト製鉄株式会社が東京地裁に対して、会社更生手続の申立をおこなったことは記憶に新しい。同計画は債権者の同意を得られ、計画の認可が降りる見込みとなっている。

 当該計画の認可により救われる国民が数多くいる一方で、犠牲になった者たちがいることも無視できない。その代表的な存在が和歌山県木国市である。


ーーー中略ーーー


 木国市の住民の不安を和らげるため、更生計画上不要と判断された対象の不動産は速やかに売却されることとなり、国内最大手のJPスチールと黒船サッカーパークという新設会社が売却先に決定した。


 JPスチール側は製鉄所職員達の一部再雇用を計画しているとのことであるが、後者の新設会社については詳細が知られていない。


 役員の名前は今年の9月に話題となった、国内大手金融コングロマリットのFIDホールディングスに売却された企業再生ファンドのメンバーであることは確認されている。


 和歌山の地方都市で彼らは何をするつもりなのか。彼らは地方都市を救うホワイトナイトとなるのか、それとも。


・・・・・・・・・・



「大西さん」


「うわ」



 記事に熱中していて部下の存在に気が付かず、声をかけられて思わずびくりと肩が震える。部下の植本が時計を指差した。時刻は14時ちょうど。



「すまん。行こうか」


「はい。黒船とのご対面ですね」



 植本は記事の表現を拝借して笑った。大西からすればとても軽口を叩けるような気持ちにはならず、固い表情を崩さぬまま、植本を従えてエレベーターにて2階へと降りた。


 木国市役所の2階にいくつかある会議室は来客用の応接も兼ねていた。すでに先方は会議室に通されているとのことで、会議室1の扉を三度ノックしてから二人は入室した。



「黒船サッカークラブの糸瀬と申します」


「商工振興課の大西です」


「植本です」



 糸瀬の隣に立つもうひとりの男は「恐縮ながら名刺を持ち合わせておらず」というので、こちらの名刺だけ渡して着席する運びとなりました。



「木国市は初めてですか?」


「ええ、私は初めてです。いいところですね」


「ありがとうございます」



 率直な感想なのかお世辞なのかとても判断がつかず、大西はお茶を勧めると会釈で返される。


 どことなく張り詰めた空気感が先方にも伝わったのか、彼はすぐ本題に入った。



「ご存知かと思いますが、この度ヤマト製鉄さんが保有されていた土地の一部を弊社が買い取りましたので、まずは木国市さんにご挨拶をしないとと思い、今日お時間を頂きました」


「それはご丁寧に。ありがとうございます…。私どもとしても、今回のヤマト製鉄さんの件で混乱しておりまして。住民の皆さんも非常に不安に思っていることと思います」


「そうでしょうね」


「ーーーあの、御社はここで何をされるおつもりですか?」



 痺れを切らした植本が強めの口調で口を挟んできたので慌てて制止する。下手に出るわけではないが、慎重にやりとりをする必要があると大西は勝手に思っていた。


 だから続く糸瀬の言葉には耳を疑った。



「えーと、社名の通りですが、サッカーをしようと思っていまして。ここでサッカーチームを作ります」



 …。


 ……。


 静寂が場を支配して。


 ようやく場をリードすべき大西が我に返る。



「は、その…なんとおっしゃいました?」


「サッカーチームです」


「サッカーチーム…」



 言っていることは理解したが、その意味はまったく理解できなかった。確かに社名にはサッカーと入っているが、サッカーチームを作る? サッカーチームを作ることと土地を買うこととなんの関係が?


 疑問が次々と浮かび上がる中、植本があっと声を上げた。



「え、あ、サッカー場のことですか? 製鉄所にに作られたあの?」


「あ、そうですそうです。できたばかりと聞きましたので、あのままにしておくのはもったいないなと」


「い、いや、え…? 御社の買った土地、何坪あるかご存知ですか?」


「35万坪です」


「サッカー場の広さは?」


「さぁ、サッカーチーム作ろうと思っていながら不勉強で恐縮ですが、どうでしょう? 5,000坪くらいですか? いや観客席とかもあると聞いてるので、もうちょっと広いのかな」



 サッカー場なんて存在すら気にしていなかった。仮に1万坪だったとして、その1万坪を手に入れるために残り34万坪もまとめて買ったということか?


 そうだとすると、彼らは白馬の騎士でも黒船でもなく、ただの成金ドラ息子じゃないか。



「残りの土地はど、どうされるおつもりですか?」


「うーん、どうしましょうね。一緒に考えます?」


「…ま、真面目に話していただけませんか!」



 成金ドラ息子の態度に我慢のならなくなった大西は思わず立ち上がって声を荒げた。


 冗談じゃない。今この瞬間だって、将来の生活が不安で眠れないような住民がたくさんいるんだ。こんなお遊びでサッカーしにきたような連中の相手をしている時間は大西にはなかった。


 ふと気づくと、正面に座る糸瀬は真剣な表情で大西のことを見つめていて、その迫力に思わず腰を下ろした。


「私は真面目に言ってますよ大西さん。残り34万坪を使って、どうすれば住民の皆さんが幸せに生活できる未来を作れるか、一緒に考えましょうと言ってるんです」


「そ、それは」


「私は5年間、企業再生の仕事に携わってきました。潰れた会社にステップインして、窮境要因を分析し、改善することで会社を再生してきました。今回もそれは同じです」



 糸瀬は一度言葉を切ってから再び口を開いた。



「厳しい言い方をしますが、あなた方が今苦しんでいるのはヤマト製鉄のせいですか? もちろん直接的にはその通りかもしれませんが、そのヤマト製鉄に依存した街を作ってきたのは誰ですか? その人達に責任はないんですか?」


「っ……!」



 糸瀬のメッセージは明白だった。


 被害者面をするな。


 大企業に頼りっきりの歪な産業構造を野放しにしてきたそのツケを住民に払わせているのは行政ではないか。そう言いたいのだろう。


 正論だった。大西は机の下で拳を握りしめながら俯くことしかできなかった。



「私は35万坪の土地を使って、サッカーチームを作り、和歌山県初のプロチームに育てます。あの土地は、新しいサッカーチームのボールパークにしようと思っています」


「ボールパーク?」


「極東経済の記事は読みましたか?」


「は、はい…読みました」


「製鉄所の閉鎖によって失った税収は、弊社が一定カバーできるかもしれせん。ただそれが住民の皆さんの幸せにつながるかは分かりません。この街のことを我々はよく知らないので。ーーー弊社のことを白馬の騎士とするか黒船とするかはあなた方次第なのではないでしょうか」



 今日はご挨拶だけなのでまた来ます、と最後に口にして、黒船の二人は足早に市役所を出て行こうとする。その背中を眺めながら、植本がつぶやいた。



「なんか、すごかったっすね」


「ああ…うまくやっていけるかな」


「でもなんか、言いたいことだけ言って。もう少し打ち解けてくれると嬉しいんですけどね…」



 植本の言う通り、彼の言動は完全にイメージする黒船のそれであった。あの調子で住民と話をしてしまったら、相当なハレーションが起きるのではないか。


 正論を振り翳せば全員言うことを聞いてくれるなんて世の中は存在しないのだ。皆理想と現実の中で戦っている。住民が彼らを受け入れてくれるかどうかは正直疑問であった。



「あれ、大西さん。真弓さんとなんの話してたんですか?」


「山崎」



 振り返ると、スポーツ振興課の課長である山崎がコンビニの袋を手に、大西たちと同じ方向に目を向けている。



「? 真弓って誰のことだ」


「いや、あの人ですよ」


「え、あ、糸瀬さんの横にいる人のことですか?」



 植本が指差した先に山崎がうなずいたのを見て大西は驚いた。そういえば名刺を持ってないとかで名前を聞くのを忘れてしまっていた。


 確かにサッカーチームを作ろうとしているのだから、スポーツ振興課と接点があってもおかしくはないが、これは嬉しい偶然である。



「おまえ、東京の人とネットワーク持ってたのか。今度話すとき同席してくれないか。俺たちだけじゃなかなかうまく話ができなくて」


「へ? いやだな大西さん。ーーー真弓さんは地元ですよ」


「…え?」


「真弓さんは生まれも育ちも木国ですよ。働き始めて色んなところ行ってたみたいですが、最近戻ってきたのかな。サッカーがすごい好きで…」



 同席していたということは、おそらく彼はもう黒船の一員なのだ。たった1ヶ月で彼はもう地元の人間をひとり味方につけたのか。


 糸瀬の言葉を思い出す。彼は一緒に考えましょう、確かそう言っていた。



「植本」


「はい?」


「ちょっと考えてみるか。考えてさ、今度は俺らがあの人に会いに行こう」


「いいっすね。今度はこっちがかましてやりましょうよ!」



 大西はシャツの袖を捲って、市庁舎へ戻った。確実にこの街が変わっていく足音が聞こえてくるようであった。






つづく。

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