第69話 初日の練習風景
(簡易人物)
江崎秀(初): 南紀ウメスタSC 所属DF
栗田靖: 同監督
下村健志: 同選手兼コーチ
榎本壮一: 同所属DF
若村栄介: 同所属MF
手塚望: 同所属FW
三瀬学人: 同所属MF
大橋大地: 同所属DF
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突然だが、南紀ウメスタSCに所属する江崎秀をご存知だろうか。
高卒で社会人となり、ヤマト製鉄の現場作業員として働いていた中、当時サッカー部の部長を務めていた真弓に誘われたことがチーム入団の経緯である。そういった意味では昨季キャプテンとしてチームを引っ張っていた大橋大地と並んで、チーム最古参のひとりなのだ。
リスクも冒さないがポカも少ないという地味なプレイが心情の彼は、ヤマト製鉄が倒産し、周囲の環境が大きく変わる中でも意外と休まずに練習に参加し、特別仲の良い選手がいるわけでもなかったが、なんだかんだでチームには定着していた。さりげなくリーグ戦でも1ゴールをあげていたりもする(第28話参照)。
学生時代の本職は右のサイドバックであったが、南紀ウメスタは3バック主体であることから、右または左のウィングバックとして適用されることが多い。学生時代から人数合わせ的に左もやらされていたことから、微妙なクオリティで両サイドできるという点が意外と今でも役立っていた。
今日は監督が変わって初めてのチーム練習ということで、江崎はいつもより5分だけ早く着て、サッカーコートの端っこで練習用のスパイクに履き替えていたところ。
「えざきぃ、おまえ、週末の練習試合スタメンだから、ちゃんと準備しとけよ」
不意に声をかけられて見上げると、新監督である栗田靖がトレードマークの色眼鏡を光らせて歩いていた。
声をかけられたこと自体も、スタメンと言われたこともそうだが、何より自分の顔と名前を覚えていたことに驚いた。
見た目怖そうで話しても怖そうだが、長らく指導の対象が高校生だったこともあって、意外と細かいところまで気を配るタイプの人なのかもしれない。
「あー、栗田靖だ。今月からチームの指揮を取ることになった。よろしく。おい、おまえらも挨拶しろや」
チーム練習の冒頭にて、新監督である栗田が選手を集めて簡単な自己紹介をする。合わせて横に並んでいた高卒トリオを促すと、それぞれが前に出て声を張った。
「若村栄介です! 昨日関大和歌山高校を卒業しました! ポジションはボランチですが、チームの役に立てるならどこでもやります。よろしくお願いいたします!」
「手塚望です。同じく関大和歌山高校出身で、ポジションはFWならどこでもやります。よろしくおねがいします」
「榎本壮一です! 西野先輩と同じ木国高校出身、ポジションはセンターバックです! よろしくお願いします!」
ぱちぱちぱちぱちと、選手それぞれが拍手で迎えるとともに、そのさらに隣に立っていた前監督である下村健志が改めて軽く挨拶をして頭を下げる。
下村は選手兼コーチとして、引き続き指導に当たることが告げられた。また先月の試合で負傷した件について、重症ではないが、5月頃まで試合の出場は難しいことが発表された。
「ようし、じゃあこっからは俺のチームだ。…先月やったシェガーダ和歌山とのプレシーズンマッチは観客席から見てたが、普通にボコられてたなぁ。真田がいなけりゃあのザマってことか?」
栗田の独特な口調とともに先月の試合を煽られると、選手たちの表情が変わる。黙って俯く者もいれば、拳を握りしめる者、そして明らかに監督を睨みつける者と様々だ。江崎も下村の負傷退場に合わせて途中出場していたが、相手の攻撃の波を食い止めることはできなかった。
「さすがにそれ聞いてヘラヘラしてるやつはいねえか。しかしあれじゃあ4月からのリーグ戦、勝てそうかどうかわからんやつも多いだろう。来週練習試合組んどいたから、そこで確認するぞ」
監督への接し方がまだ掴めていない選手を尻目に、高校時代の教え子であり、空気が読めないことでも知られる手塚が挙手して口を開いた。
「どことやるんですか?」
「大阪の難波CityFCだ」
江崎を含めた一部の選手たちがぴくりと表情を変えたが、多くの選手たちはピンときていない様子だった。
難波CityFC。大阪府社会人サッカーリーグ1部に所属するチームで、ここまで全シーズン最多得点最小失点で勝ち上がってきた新星である。
IT系の投資会社を親法人に持つ企業型クラブという点では南紀ウメスタSCと同様であり、オーストラリアAリーグのメルボルンFCでコーチを務めていた監督を招聘して躍進しているとか。
「難波Cityはなぁ、来季の関西府県CLの優勝候補と言われてるクラブだ。向こうもリーグ戦直前だから、ガチでくるぞ。今回はこっちからお願いしてるから、大阪まで遠征だ。アウェーでボコされてこいや」
栗田の言う通り、シェガーダ和歌山戦とは違い、今回は実際に来季関西リーグ昇格を賭けて戦う相手となる。ここに負けるようでは和歌山県リーグを仮に首位で終われたとしても、再来季もう一度県リーグを戦うことになりかねず、もちろん練習試合ではあるのだが、負けられない試合という位置付けであると選手たちは認識した。
「それと、スタメンはもう決めてある」
その一言に選手達がざわついた。実際に練習を行う前から先発メンバーを決めていると言うのだ。その真意が掴めずに選手同士で小声で話し始めたのを無視して、栗田が手元に用意していた紙を読み上げた。
「GK礒部、3バックは右から大西、榎本、坪倉、ダブルボランチは平、若村、両サイドは江崎、アディソン、3トップは小久保、手塚、西野。以上だ」
先程監督から個別に伝えられていたとはいえ、改めて自分の名前が先発に入ったことに驚いた。昨季の流れからすると西野が選ばれるかと思っていたが、西野はFW起用で先発だ。
一方、次第にチーム内で呼ばれていない選手の名前をそれぞれが認識し始める。
DFでは昨季キャプテンを務めた大橋が外れ、そしてFWでは昨季真田を除いてチーム最多得点の三瀬が先発から漏れていた。特に大橋については、本来ボランチであるはずの大西をDF起用してまでのことだ。意図的に変えていることは明らかだった。
「納得できません」
しかし大橋よりも先に声を上げたのは三瀬だった。三瀬は関大和歌山高校時代に監督と衝突して南紀ウメスタに移ってきた経緯があり、そこに恣意性があるという疑惑の視線が感じられた。
「なんだあ? 文句あるやついるのか?」
「当たり前でしょう。去年の数字見てないんですか? 私が攻撃の中心です。外される理由はないはずです」
栗田は色眼鏡の隙間からじろりと三瀬を睨みつけてから鼻で笑った。
「理由を説明しないとわからねえとは、とんだアマチュア野郎だ。いいかあ? 三瀬、大橋。おまえらふたりは、この前の試合、シェガーダの4点目が入った時点で試合投げ出しただろうが」
「は…?」
「上から見ててすぐ分かったぜ、なぁ?」
栗田が高卒ルーキー3人に同意を求めるように声をかけたが、さすがにその気まずさから頷ける者はいなかった。
「選手ってのは大勢の中から選ばれるから『選手』って言うんだろうが。やる気ねえやつは出る資格はねえってことだ」
「やる気がないと思われたのは心外ですね。それに、あの試合はもう勝敗は決していたじゃないですか」
「ほー、勝敗が決まってるならもう意味がねえってことか? プレシーズンマッチってのはリーグ戦のための練習試合のことじゃねえのか? リーグ戦は得失点差で順位が変わることも知らねえのか、おまえは」
「ぐっ…それは」
怒涛の正論に言葉に詰まる三瀬。一方の大橋は反論する余地を失って、黙って話を聞くしかなかった。
「それにな…そもそもおまえらは道化だってことを忘れてんじゃねえよ。客商売なんだよ、サッカーだって。客は金払って試合見にきてくれてんだぜ。たとえ10-0で負けてても足折れるまで走るのが当たり前なんだよ」
ボコボコだ。江崎は不謹慎ながら笑いそうになってしまった。この思ったことを口にする感じ。相手の顔色を窺わない感じが良い意味でも悪い意味でも、高校サッカーの監督っぽさを感じてしまう。結局、三瀬と大橋は最後まで一言も返すことができずに引き下がるしかなかった。
「つっても、おまえらだって学習するこたぁ分かってる。次からは最後まで走れよ。走れなかったらバツ出せや、代えてやるから」
こうして、栗田節の炸裂した練習当日は、黒船サッカーパークから無駄に大声が聞こえてきたと周辺住民から噂になったとか、ならなかったとか。
つづく。




