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黒船サッカーパークへようこそ!  作者: K砂尾
シーズン1(2019)

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第68話 CVシステムの導入(20/3月)

(簡易人物メモ)

濱崎安郎: 南紀ウメスタSC GM

糸瀬貴矢: 黒船サッカークラブ 代表

真弓一平: 黒船サッカークラブ 管理部長


ーーーーーーーーーー

「選手の市場価値を見える化したい」



 黒船グループ本社ビルの3階にて、南紀ウメスタGMの濱崎と管理部長の真弓を前に、代表の糸瀬がそう口にした。


 糸瀬は以前からクラブの方針は所属選手の市場価値最大化と公言しているため、徐々に実務ベースまで具体化するプロセスに入っているものと思われた。



「それは、うちの選手がいくらで売れるのかということを網羅的に知りたいと?」


「そういう意味にもなるかなあ。ほら、不動産とかなら、鑑定評価額があるじゃない? サッカーの場合だと、例えば選手のオークションとかやるなら、いくらくらいで落札されるか、みたいな。何か物差しが欲しい」



 客観的に選手の能力や評価を数字に置き換えたいという、実に金融畑な人間らしい考え方だった。特に糸瀬はサッカーの知見がないので、なおのこと選手を把握する意味において重要だと思っているようだ。



「残念ながら選手の獲得でオークションはありませんし、これはビジネス全般で同じことですが、需要と供給の世界です。チーム事情によって、どれくらいその選手を欲しているかは異なるものです」


「アローくん、それはわかってるよ。でも考えてくれって言ってるの」



 急にオーナー然とした要求を突きつけられて濱崎が苦笑する。



「難しいことをおっしゃいますね」


「いや、例えばさ、じゃあ真田と新しい契約を締結する際に違約金条項をつけるとするじゃない? それはいくらが妥当なのかって、どうやって説明するつもり?」


「…難しいことをおっしゃいますね」



 違約金条項を織り込んである選手契約を結んでいる選手が他のクラブへ移籍する場合、その違約金ら一義的には契約当事者である選手が払わなければならない。しかし通常その違約金は選手ではなく、選手を獲得する予定のクラブが支払うことが一般的であり、これが俗に言う移籍金というやつである。


 この移籍金の金額の妥当性は永遠の課題というか、答えはない。選手の実績、年齢、能力、身体的な強み弱み、知名度、ありとあらゆる要素を総合的に判断しつつ、似たような前例との比較もされる。算出ロジックはあってないようなものだ。



「プロ選手であれば、例えば『Transfer Data Bank』など、独自のロジックで世界のプロ選手の市場価値を網羅しているウェブサイトなどはあったりしますが、アマチュア選手はないです」


「いや他人が作ったものを参考に意思決定できないでしょ。うちの中でロジックを作るんだよ、そこは」


「それが実際の市場価値と乖離していてもですか?」


「市場価値がそのまま実際の取引金額に反映されないんでしょ? 正解がほしいという意味じゃなくて、なにか目安みたいなものを用意してほしいってこと」



 なるほど。つまり糸瀬は単純に選手の価値を測る物差しが欲しいというだけで、実際の市場価格を調べろということではない、濱崎は理解した。



「Contingent Valuation Methodみたいなものですね、それは」



 Contingent Valuation Methodとは、市場に流通していない資産やサービス、プロダクトを、仮想的な環境や市場を想定した上で価値を算出する手法のことである。本来は環境資源や公的サービスを評価するためにアンケート等を用いて行われるものであり、サッカは選手の場合は市場で取引される存在ではあるものの、人の価値という観点では近いとも言える。



「ちなみにこれ、選手にも公開したいと思う」


「え!?」



 真弓が思わず声を上げた。糸瀬が意外そうに真弓の方に視線を送る。



「え、だめ? だって違約金の金額は契約当事者の選手は知ってるでしょ。それと同じじゃん」


「あ、そ、そうですね。確かに」


「とりあえずやってみてくれない? これができると俺らの間でのコミュニケーションはやりやすくなると思うんだよな」


「分かりました」



 よろしく頼んだ!と颯爽と部屋を後にする糸瀬と、残された濱崎、真弓。


 糸瀬の退室後、残されたふたりはそれぞれ椅子に座って改めて議論を始めた。



「つまりうちの中のロジックで言うところの選手の価値、分かりにくいのでさっきの話を例にして『CV』としましょうか。このCVを何をベースに決めるかということですが」


「…それは、やっぱり年俸じゃないですか?」



 真弓の一言に濱崎は同意した。実際にクラブが選手に対して払っている年俸とは、まさにその選手がクラブにとってどれだけ必要な存在であるかの価値を表している。



「いいですね、私もそう思う。年俸をベースにしましょう。例えば年俸1,000万円の選手に3年契約を提示した場合、クラブはその選手に対して、1,000万円×3年の金銭を支払う義務を負っている。これはその選手に3,000万円の価値があると判断したということです」


「でも実際は契約年数で乗じた金額にはなってないですよね」


「ですね。変数が少ないんですよ。選手の価値を決める重要な要素といえば…」


「やはりシーズンの成績ですか?」


「…いや、もちろんそうなんですが、それって年俸の決定要素になりますよね」


「あ、そうか…」



 あくまで各選手の年俸が実際の成績やキャリアをストレートに反映されたものであるという前提だが、その年俸をベースに、さらに選手の成績を考慮した変数を用いてCVを算出すると、成績要素がダブルカウントされていることになる。



「つまり、年俸を決める要素にはならず、移籍金を決める要素になるポイントということですね」


「それはもう、年齢でしょう」



 社会人であればある程度一般的な話にはなるが、サッカーにおいても若い選手のほうが年俸は低いものだ。その選手を判断するキャリアや実績が不足しているので当たり前である。


 しかし選手の価値という観点で考えると、同じ成績でシーズンを終えた18歳と30歳では、おそらく両者の市場価値は凄まじい開きがあることだろう。若いほど価格は高いのである。



「年齢に応じて変数を変える仕組みが良さそうですね。35歳とか、引退も考えられる年齢になった場合、そもそも複数年契約自体レアケースでしょうから、年俸の1倍くらいで妥当な気がします」


「そうなるとあれですね、年俸を決めるロジックもセットで考えないと、片手落ちになります。今は昨年から年俸を払っていた選手を除き、一律月額5万円で統一しちゃいましたから、それだと最終的なCVが実態と乖離するのでは」



 真弓の言う通りだ。少なくとも今年についてCVシステムはあまり機能しないかもしれない。ただ、南紀ウメスタSCの所属選手は言うまでもなく全員アマチュア。そこまで実際の価値に開きがあるものではないと割り切ってしまえば、意外と年齢によって差を設けるというのはフェアとも言える。



「厳密にやるなら1試合消化するごとに選手の価値は変動するはずです。出場したのかしなかったのか、ハットトリックを決めた前と後では、もちろんその選手の見方は変わるはずですから。つまり…1試合ごとに選手を採点しますか?」


「…その通りだとは思いますが、誰がやります? それ」



 採点できそうな人物といえば監督だが、監督だと採点に恣意性が介在する可能性がある。好きな選手の採点を高くしてといったことが起こり得る。できるだけ中立な立場で、かつその採点内容に信頼がおけるような人物…。



「…ーーーそれこそ客観的な評価をしてもらいましょうか」



 ヨーロッパでは、マスメディアを中心として、各試合における出場選手に点数をつけて評価する文化がある。10点満点だったり、5点満点であったり、国によってバラバラではあるが、大手スポーツ誌の評価は実際クラブ側も参考にしていたりするものである。



「でも日本ではあまり浸透してないですよね。しかもアマチュアチームの試合なんて見てるメディアないですよ」


「それに日本の会社はなかなか融通がきかないことは知ってますよ。だから、本場に頼みましょう」


「本場?」



 時計を見た。現地時間では午前10時。濱崎は自身のスマートフォンを拾い上げると、昔馴染みを電話で呼び出した。



「ヘーイ、アロー久しぶりだな」


「トム、真面目に仕事してるみたいじゃないか」


「ああ、陰湿な部屋の中でビデオを見る毎日さ」



 トムは、オーストリア最大手のスポーツ紙「LAOS」のスタッフである。濱崎がASKグラーツとして在籍していた頃は現場の記者として働いており、たいして取材価値のないアシスタントコーチまで追いかけるようなmadな男だった。


 風の噂では目利きを評価されて採点チームへ異動になったと聞いていたが、どうやら本当だったようだ。



「仕事の話だよトム」


「お、どうした。確か日本に帰ったんだろう? Nextキタノでも見つけてきたか?」



 ザルツブルクに所属する日本代表選手を引き合いに出してトムが軽口を叩いた。



「いや君に仕事の依頼だよ。うちのチームの試合を採点して欲しいんだ」


「日本のアマチュアチームの? バカ言うなよ、俺にとって一番遠い仕事だぜそれは」


「君はサッカーの試合を見て、選手をスコアリングすることができる。それはオーストリアのチームだって、日本のチームだって同じじゃないか」


「そりゃできるさ。エレメンタリースクールの試合だって採点はできるよ。でも仕事にならんだろうが」


「1,000ユーロ」



 終始ふざけた口調で聞き流していたトムの笑い声がぴたりとやんだ。



「1試合採点するごとに1,000ユーロ払おう」


「…マジで言ってんのか?」


「悪くないだろ? バイト代としては」


「…悪くねえな。映像はちゃんとあるんだろうな」


「あるよ。うちのスタッフがピッチ全体見れるように必ず撮影してる」


「…1週間だ。1週間くれれば暇を見つけてやってやるよ」


「助かるよ。依頼は4月からだ。契約書送っとくから、電子サインしろよ」


「OKボス。日本のニュースペーパーに出しても恥ずかしくないやつにしてやる」



 電話を切ると、ドイツ語のやりとりについていけていない真弓に内容を共有した。


「そ、そんな約束しちゃって大丈夫ですか? クラブのお金使うんですよね?」


「私も考えていたらおもしろくなってきちゃいまして…これくらいなら糸瀬さんもOKですよ。それに、必要なことですから。ちゃんと組み立てたら結構良い仕組みだと思ってます」



 単純にこれは経営側が選手の価値を判断するための指標というだけに留まらない。選手にとっても毎試合のパフォーマンスが、自分の市場価値バーチャルなものではあるがが変動するのを目の当たりにするのだ。ややゲーム感覚とも言えるが、モチベーションになる選手も少なからずいそうである。


 さらにシーズン終了時点においても、よくわからない理由で来季は何%増額だ減額だみたいなことをやらないで済む。CVのベースとなる年俸を基準に交渉すればいいのだ。


 選手年俸をケチる必要のない、資金力を武器とするクラブには相応しい仕組みになるかもしれない。






つづく。

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