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黒船サッカーパークへようこそ!  作者: K砂尾
シーズン0(2018)
7/48

第6話 命名の件

(簡易人物メモ)

細矢悠(3): 黒船ターンアラウンド 代表

田中アンナ(初): ジョージ屋 店主の妻

福島亜紗(初): ジモットわかやま 編集者


ーーーーーーーーーー

 2018年12月。極東経済に掲載されたヤマト製鉄和歌山製鉄所のニュースは、1ヶ月ほど経ってからようやく注目を集め始めた。


 新設の株式会社、黒船サッカーパーク(以下、黒船SP社)なる得体の知れない輩が、和歌山製鉄所跡地の一部を買い取った事実が公になったからである。


 ヤマト製鉄撤退の受け皿となるもう一社がJPスチールという日本を代表する大企業だっただけに、この対比関係においても、黒船の名前はさらに異質なものとして映った。


 全国的にはそこまで大きく報道されてはいないが、地元の和歌山からすれば大きなトピックであり、各報道関係者は黒船SP社の調査に乗り出したのである。


 しかしながら、黒船SP社側から本件の土地取得に関して何ら発表を行なっておらず、企業のウェブサイトも存在しないたため、法務局にて黒船SP社の会社謄本を取りに行くくらいしか調べる手立てがなかった。


 ちなみにその手がかりを辿って辿り着く黒船SP社の登記上の本社所在地は、黒船サッカーパークと命名された製鉄所跡地から程近い三階建の店舗兼事務所ビルであった。



「灯台下暗しっていうやつかしらね」



 目の前で停車のための減速を始めるミニバンを眺めながら、黒船SP社の兄弟会社として設立された黒船ターンアラウンド社(以下、黒船TA社)の代表取締役となった細矢悠ほそやゆうが、窓際の席で優雅に食パンをかじっていると、横から声をかけられると共にコーヒーのおかわりが注がれた。



「ありがとうございます」


「いえいえ。でもせっかくここまで車で来たんなら、店に寄ってくれればいいのに」


「本当ですね」



 ひっきりなしとは言えないものの、こうして座って見ているだけで、明らかに報道関係者と思われる車が何台か隣のビルの前で停まっていく。



「惜しいですよね。あと一歩なんだけどな」


「あはは、そろそろ教えてあげたら?」



 隣の事務所ビルは、元々ヤマト製鉄の下請け会社が賃借していたようだが、ヤマトの経営破綻とともに早々に引き上げ、もぬけの殻となったところを、黒船が居抜きで借りることになった物件だ。


 将来的には本格的に事務所として使用することは想定されているものの、現状は登記簿に記載するために借りただけの状態となっており、残念ながらそこを訪れてもメディアが求める情報は手に入らないであろう。


 細矢が朝食を食べているのは、その事務所のビルの隣の隣に佇む、真新しい木目調の外観が特徴のカフェ?である。



「朝はカフェ、昼は定食屋、夜はバーよ」



 田中譲治、アンナ夫妻が経営しているその店は、外観はカフェっぽく、内装は完全にバーであり、営業時間や店主のモチベーションに応じて、様々な顔を持っていた。ちなみに店の名前は店主のファーストネームから取って「ジョージ屋」という。すごいセンスである。


 農家の繁忙期になると朝食時間帯は混むらしいが、今日は閑散としている。そういえば昨日も一昨日も閑散としていた。



「今は農家さんが忙しくないんですかね」


「それもあるけれど…細矢くんが来るの早すぎるのよね」


「まぁ…住んでますからね」



 そう、細矢というか黒船メンバーの三人は、全員このジョージ屋の2階に部屋を借りて住まわせてもらっていた。もちろん家賃は払っている。


 元を辿れば、事務所ビルの内見に訪れた当日、ビルの前で三人が事務所で寝泊まりするかどうかを真剣に考えていた際、店主のジョージさんに声をかけられたことがきっかけである。


 「ちょうど3部屋空いてるけど住む?」と「今日飲みにいく?」みたいなノリで話しかけられたため、思わずついていってしまったのだ。


 それ以来、細矢は毎日ジョージ屋で朝食を食べることが習慣化していた。また、店主夫婦との会話から街の情報が手に入ったりするので、意外と有意義な時間なのである。



「結局ヤマトのサッカー部のみんなとは一緒にやることになったの?」


「あ、はい。そうなりました。やっとスタートラインに立った感じです」



 旧ヤマト製鉄のサッカー部が募集していたクラウドファンディングの件は本当に偶然だった。手当たり次第に地元の情報を集めていた細矢が見つけて、糸瀬に連絡を入れたその5分後には、糸瀬が1,000万円を突っ込んでいた。


 その後サッカー部の中心メンバー数人と面談を行い、就職先の決まっていない3人の雇用を維持することを条件にサッカー部の黒船入りが決定した。



「その節はアンナさんご協力頂きありがとうございました」


「いいのよ別に。こっちも頼まれてたからさ」



 アンナが照れたようにひらひらと手を振って答える。サッカー部のメンバーの内、部長の真弓と監督の下村はヤマト時代の雇用を継続する形で自然と収まったが、大橋だけは宙に浮いてしまい、困っていたところをアンナが働き口を紹介してくれたのである。



「うまくやってるかね、大橋くんは」


「やってるんじゃないですか? 肉体労働だし、ちょうどいいですよ」



 大橋は木国で梅農家を経営する西野農園にしののうえんに就職することが決まった。製鉄所の勤務からはだいぶ毛色の違う仕事にはなったものの、大橋は地元の人間であり、和歌山を代表する特産物である梅づくりには、プライドを持って労働してくれそうであった。


 あ、梅と言えば。



「アンナさん、ちょっと聞いてくれますか。実はすぐにでもチーム名を決めなきゃいけないんですよ」


「チーム名? あ、サッカーの?」


「そうそう。今月末までに県リーグにチームの申請をしないといけないらしくて」



 さすがにヤマト製鉄の名前を使うわけにはいかず、クラウドファンディングにて大口支援特典としてチームのネーミングライツを黒船が保有している手前、こちらから案を出していく流れになっていた。


 旧TAパートナーズ時代、案件のプロジェクト名を決める役回りを細矢が担当していたこともあり、冷静に考えると、とてつもなく重要な事柄であるにもかかわらず、糸瀬・矢原の両取締役は、当然のように細矢に一任したのであった。


 細矢が言葉を続けようとした時、カランカランと入店を知らせる鐘の音が店内に響くと。


 ジャケットにパンツ姿の小柄な女性がふらりと店へ入ってきた。


 そしてばっちり細矢と目が合う。



「細矢さん、ですよね?」


「お…」



 細矢の反応にギラリと眼光が鋭くなると、早足かつ前のめりで近づいてポケットから名刺を差し出した。



 ジモットわかやま

 編集部

 福島 亜紗



「わたくし、ジモットわかやまの福島と申します! お時間よろしいでしょうか!」


「おお…よく、私のこともそうですが、ここがわかりましたね」


「外から細矢さんがお店にいるのが見えました! お顔はウェブで拝見していましたので!」



 目がいいのが自慢なんですと語る彼女。


 ようやく地元メディアが黒船の当事者に接触した瞬間に、後ろからアンナが拍手を送る。



「ジモットわかやま、さん? ごめんなさい、まだこのあたりの情報に疎くて」


「えーと、ジモットわかやまは、和歌山の情報を取り扱う地元のウェブメディアです!」


「あ、知ってるよ、ジモットわかやま。でもグルメとか観光情報とか載せてるイメージだけどね」



 アンナの言葉に福島が頷いた。ジモットわかやまは、いわゆるF1層(20代〜30代中頃)をメインターゲットにしたメディアであるとのこと。


 黒船の話題は真逆というかF1層とは最も遠い位置にある気もするが。



「それがなんでまた」


「このネタに媒体の特徴とか関係ないですよ! ぜひお話、聞かせてください」



 福島の圧に思わず椅子に背中をつけた細矢だったが、軽く咳払い。


 主体的に公表していないだけで、そもそも姿を隠すつもりはなかったし、サッカーチームの運営は人気商売の要素も多分にあることから、むしろ積極的に露出していくべきだろう。


 今後のためにも取材を受ける方向で頭の中で整理しつつも、細谷の優先順位は別のところにあった。



「分かりました。でもちょっと待っててもらえますか? アンナさん」


「はいはい。あ、さっきのチーム名の話?」


「そうですそうです」



 当初はチーム保有会社として設立された黒船サッカークラブをそのままチーム名にする予定であったが、Jリーグの思想からして企業名を入れることは基本的にNGであり、かつ黒船のイメージに合わせてユニフォームの色を黒にすることは、レフェリーの着用する審判服と被ってしまうため、明確に禁止されているようなのだ。


 従ってゼロベースでチーム名を考えなければならず、数日の間、細矢は悩みに悩んだ結果。



「ウメスタ木国っていうのはどうですか?」


「………」



 店内が静寂に包まれた。



「ウメスタっていうのはどういう意味?」


「えーと、梅干しのこと、です」


「うめぼし? え、スタは?」


「その梅『干し』を、一番になるぞという意味を込めて『星』とかけまして、英語にしました…」


「……え、ダサっ」



 話の経緯を半分聞いていないはずの福島も思わず突っ込んでしまうネーミングセンスであった。



「ーーーいやいやいや、待ってください。黒船という名前が使えない以上、地元色を出しに行こうと思ったんですよ。和歌山と言えば梅干しでしょう。ほら地元の方!」


「そそそ、そうよ。紀南地方で作られているわけだから、い、いいんじゃないかしら」


「いや、ダサいです」



 なんとか空気を読もうとするアンナの言葉を遮って、福島がばっさり言い捨てた。



「もうちょっと考えましょうよ。じゃあウメスタにこだわりがあるんだったら、木国のほうを変えるのはどうですか」


「もっと広くもって、紀南? ウメスタ紀南?」


「なんか名探偵みたいじゃない?」


「うーん…あ、南紀。…南紀ウメスタはどうですか?」


「あ、前に持ってくるってことか。そういうパターンもあるな」



 町田しかり長野しかり。街の名前を前に持ってくるタイプの前例がいくつか思い浮かんだ。


 南紀ウメスタ、SCか。FC、フットボールクラブのほうが使われている気もするが、黒船サッカークラブの社名と合わせてSCのほうが良さそうである。先程よりはいくらかマシだろうか。



「ちょっと可愛く思えてきたかも」


「はい、呼んでたら慣れてきますし、覚えやすいですよ」


「ありがとう! じゃあこれでちょっと当ててみるよ」


「…ところで、何のチームの話ですか?」



 完全に会話に入り込んでいたせいですっかり抜け落ちていたが、黒船のことをまったく知らない彼女には説明が必要だろう。



「時間もあれなので、連絡先渡しますから、改めてお時間頂けます?」


「それは構いませんが、うちより先に他所から取材受けたらダメですよ。予約しましたからね!」



 わかったわかったと福島に名刺を渡して追い返すと椅子に座り直した。


 コーヒーはすっかり冷めてしまっていた。






つづく。

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