第66話 大敗の収穫
(簡易人物メモ)
栗田靖: 南紀ウメスタSC 監督
若村栄介: 関大和歌山高校 サッカー部3年
手塚望: 関大和歌山高校 サッカー部3年
榎本壮一: 木国高校 サッカー部3年
※選手は割愛
ーーーーーーーーーー
2020年2月。黒船サッカーパークでは、和歌山県リーグ1部の開幕を控えた南紀ウメスタSCと関西1部リーグの強豪シェガーダ和歌山のプレシーズンマッチが行われていた。
昨年に引き続きの開催となるこの一戦に、強気なサポーターは「和歌山ダービー」などと銘打って、声をあげているとかいないとか。
昨年を上回る500人のホームサポーターが訪れる中、中央でピッチの状況がよく見える観客席に座ったのは、来季から南紀ウメスタSCの指揮を任された栗田靖新監督と、来季南紀ウメスタに加入が内定している高校生たちである。
ひとりは関大和歌山高校でボランチを任されていたチームの中心、栗田チルドレンの筆頭と言われる若村栄介。フィジカルで勝負するタイプの選手ではないものの、サッカーIQが高く、スペースを埋めるカバーリングの技術に優れており、オーバーラップしてのミドルシュートも武器のひとつだ。4月から地元企業への就職も決まっている。
若村の隣に座るのが同じく関大和歌山高校で1トップとしてチーム最多得点を記録したFWの手塚望だ。上背があるものの、足元の技術に優れている技巧派のセンターフォワードだ。何の気まぐれか、大学サッカーからの誘いを蹴って南紀ウメスタSCへの入団を決めた。
最後のひとりが榎本壮一である。木国高校サッカー部のキャプテンであり、一年生の時には真田宏太と同じピッチに立って全国の舞台を経験している。フィジカルとスピードのバランスが取れたDFだ。直近ではベスト8止まりであったことから注目を浴びることはなかったが、GMの濱崎が最も欲しがった選手であるとか。
栗田が色眼鏡越しにつまらなそうに試合を見ている横で、手塚が思わず声を漏らした。
「つええ…」
ピッチ上では、今年はJFL昇格の本命と目される深緑のユニフォームがホームの南紀ウメスタを蹂躙していた。
前半は拮抗していたのだ。個の能力で劣る南紀ウメスタはシェガーダに押し込まれていたものの、最後のところではゴールを割らせない気迫の守備が光っていた。カウンターについても、新加入の平を起点として、単純に小久保へのハイボールだけでなく、最終ラインを飛び越して西野へのロングスルーパスや、左サイドのアディソンを経由するなど、バランスよく散らしながらチャンスは窺っていたのだ。
バランスが崩れたのは前半終了間際であった。シェガーダのFWと交錯した南紀ウメスタの下村が負傷退場となってしまったのである。
ボランチの大西を最終ラインに下げるといった対症療法でなんとかDFの強度を維持しようとしたものの、セットプレイから失点した後はワンサイドゲームになってしまった。
「…良いテストマッチになったなぁ」
シェガーダ和歌山によるこの日4点目が入った後で、栗田がつぶやいた。
「どこがっすか。誰が見てもボコボコですよ」
「てづかあ、もうちょっと頭使えや。センスだけでやってたらこの先伸びねえぞ。榎本、教えてやれ」
話を振られた榎本が暫し思案してから口を開いた。
「リーグ戦に入れば1敗もできない戦いになりますから、今のうちに負けておいた方がいいという考え方かと思います」
「お」
「それに去年のウメスタの試合を見る限り、下村さん抜きで勝ったゲームはありません。結成してまもないチームですから、こういうイレギュラーな展開への対応に弱いのかもしれないです。そういうことが分かるきっかけとしても意味のある試合です」
「おおー」
マイペースな手塚が拍手を送る。栗田が付け足した。
「自分がいないと守備がまとまらねえ状況を作った監督の責任だ、これは。選手と兼務してたらそれどころじゃなかったのかもしれねえけどなあ」
明らかに点差が開いてからのほうが栗田のピッチを見る目つきが鋭くなっていることは、愛弟子の若村が一番認識していた。
「監督、何見てるんですか?」
「顔」
「顔?」
「選手の顔に決まってんだろうが。わかむら、点差が開いた時こそ選手の心理ってのが一番わかるんだぜ。おまえらでもやる気のあるやつないやつの区別はつくだろう。誰が一番やりそうだ?」
3人は栗田の言葉に従ってピッチに目線を落とした。
「11番」
「11番です」
「西野裕太。おまえらの一個上の先輩だ。…真田宏太のチームメイトって話だったが」
真田宏太と同じピッチに立っているなら覚えてるはずだけどなぁ、とぶつぶつ独り言を続ける栗田の横で、ルーキー達は実際に加入後のシミュレーションを始めていた。
「にしても下村さんの怪我が長引くなら、榎本、いきなり試合出れるかもしれないね」
「え、若村おまえ試合出ないつもりだったのか?」
「そういう意味で言ったんじゃないよ望。出るつもりだよ俺も」
「でも平さんは良い選手だぜ。平さんがいたほうが俺もっと点決められそう」
「そこは頑張るよ…。おまえこそ器用貧乏じゃないか。西野さんは監督に褒められたし、小久保さんより背低いじゃん。出れんのか?」
「んー…あ、三瀬がいるじゃん。あいつとポジション争いする」
「三瀬は前からうまかったよ。今日はやる気なくなってるけど…あれ監督からキレられるやつだな」
試合も終わろうかというその時、攻め疲れからかシェガーダのプレッシャーが弱まった隙をついて、平のロングボールが直接、最前線の西野に渡った。
「トラップすごい!」
「この時間帯であんな丁寧にボール収められるのすげーよ、スタミナあるってことだよ」
ペナルティエリア内でボールを持った西野はその場で右足を振りかぶるも、当然に反応した相手DFが潰しにかかる。それぞれの足が交錯し、ボールがややイレギュラーに浮いたその時だった。
「おお!」
上体を使って胸でボールを押し出すと、ゴール左にボールが転がろうとする。そのバウンドにタイミングを合わせて、西野がややボレー気味に左足を振り抜くと、ボールはグラウンダー気味に鋭い軌道を描いてゴールの右隅に突き刺さった。
「ナイスゴール!!」
「すげえ! 西野先輩!」
関大和歌山勢に押されっぱなしだった木国出身の榎本が、OBの先輩である西野の活躍に歓喜の声を上げた。
「キーパー笑っちゃってるよ」
「あんなに至近距離でしっかりミートされたら、キーパーはノーチャンスだよね」
「…こいつぁおどろいたな」
栗田も思わずそうつぶやいて、色眼鏡を手で直してから顎をさする。
「監督の言った通り、良い選手ですよ!」
「なんか乗り移ったかね…。まぁゴールパフォーマンスに行ったのは頂けねえがな」
1点を返したとはいえ、まだ3点差あるわけで、本来はすぐにボールをセンターラインまで置きに行くべきところだが、西野はサポーターに向かって手を挙げていた。
「ありゃ顔に似合わず、点取り屋じゃねえか。チームの勝ち負けなんて関係ねえって感じだな」
「そういうタイプなの? 西野さんって」
「い、いや…どちらかというと真逆のイメージなんだけど」
「ふーん、なんかあったか? ちょっと『入っちまってる』感じだったもんな」
独特な表現で感想を口にした栗田だったが、ホームサポーターの歓声にかき消された。
そして、試合終了の笛が鳴る。南紀ウメスタSCはシェガーダ和歌山の前に1-4で大敗した。
「フルメンバーでやりたかったでしょうね」
「フルメンバーだよ。アクシデント込みで実力なんだ」
下村がピッチにいない中、ボランチの平が音頭を取ってサポーターに頭を下げている姿を四人は観客席から眺めていた。
「えのもとお、ビデオもらって過去の試合全部見とけ。下村は怪我でアウトだ。お前がまとめないとまたボロ負けするかもしれんぞ」
「わ、分かりました」
「てづかあ、おまえはフィジカル鍛えろ。高校みたいに綺麗に笛吹いてくれるレフェリーは少ないぞ。PK狙いみたいなセコいことしたくなかったら、筋トレしろ」
「ういす」
「わかむらあ、おまえは…試合出られなくてもへこたれないようにメンタル鍛えとけ」
「ええっ…!?」
オチに使われた若村が声を上げる。二人は思わず吹き出した。
「なぜですか監督! 俺にも指示ください!」
「…今のウメスタの中でボランチのとこが一番安定してる。今日の大敗は下村がいなくなったせいじゃねえよ。大西を無理やりセンターバックで使ったことだ。あいつはボランチに残しとくべきだった」
そこをいじるのはリスクが高いんだよなぁと栗田が顎を摩りつつ、辞めない程度に使ってやると若村を突き放していた。
「監督は平さんと大西さんは評価されているってことですか?」
「いや、単純にチームバランスの話をしてるだけだ。ーーーてかなんでおまえらに俺の評価なんて話さなきゃいけねえんだよ」
『試合出たいから』
3人の声が揃った。
「高校の時とは違うんだよ馬鹿野郎。俺が全部決められねえんだ」
帰るぞとぶっきらぼうに言葉を残して栗田は席を立った。慌てて3人もついていく。
南紀ウメスタSCのプレシーズンマッチの結果が公式サイトにアップされると同時に、新加入選手のお知らせが掲載された。
若村栄介。背番号13。関大和歌山高校出身。18歳。身長177cm。登録ポジションはMF。
手塚望。背番号14。関大和歌山高校出身。18歳。身長182cm。登録ポジションはFW。
榎本壮一。背番号15。木国高校出身。18歳。身長180cm。登録ポジションはDF。
つづく。




