第65話 来季の契約(20/2月)
(簡易人物メモ)
濱崎安郎: 南紀ウメスタSC GM
平雄一郎: 南紀ウメスタSC 所属MF
西野裕太: 南紀ウメスタSC 所属FW
三瀬学人: 南紀ウメスタSC 所属MF
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昨年に引き続き黒船サッカーパークにて開催の決まったシェガーダ和歌山とのプレシーズンマッチを控えて、南紀ウメスタSCのGMである濱崎は、各選手との間で来季の契約交渉を行なっていた。
とは言ってもプロ選手ではないので、細かい条件交渉にはなりにくく、かつサポーターズミーティングにて発表の通り、基本的には全選手を対象に一律月額5万円のプロ契約を締結するとあって、実態としてはGMと選手との個人面談の場として利用された。
「去年までは1部でずっとやってましたから、そんなに特別な気持ちはないですね。普段通りやれば結果はついてくると思っています」
来シーズンの意気込みを聞かれた平雄一郎は淡々と答えた。
南紀ウメスタSCの中で県1部リーグの経験者は4名、DFの坪倉、MFの大西、平、FWの小久保である。
特に平と坪倉は、昨シーズンまで和歌山県1部で首位を走っていた紀北サッカークラブの中心選手であったことから、間違いなく来季リーグ戦を戦っていく上では中心的な存在になると濱崎は位置付けていた。
「今の南紀ウメスタは紀北SCと比べてどう?」
「うーん、どうですかね…なんとも言えませんが、ただ黒船カップのとき真田が出てなければ、紀北が勝ったと思いますね」
「坪倉も同じこと言ってたよ」
坪倉は基本的に思っていることを何でも言ってしまう性質なので、真田を抜けた穴を埋めるのがフロントの仕事だろうと一丁前に力説していた。
「さっき普段通りやればって言ってたけど、来季昇格するためには関西府県CLを突破しないといけない。その点についてはどう?」
「そこは…そうですね。勝ったことないから何とも言えませんが、和歌山県1部のレベルよりは確実に上です。大阪勢がいますから」
関西府県サッカーリーグ決勝大会、通称関西府県CLは、関西2部リーグへの昇格を目指して、各府県1部リーグを突破した上位チームで争われるトーナメントである。
大阪府、京都府、滋賀県、兵庫県、奈良県、和歌山県、6つの府県リーグの1位と2位が出場するが、人口密集地域であるほど、そもそも県リーグ自体のレベルは高いわけで。つまり激戦区である大阪を勝ち抜いたチームが関西府県CLにおいても優勝候補になるということである。
「現在のメンバーでは厳しいと思う?」
「確実に上がるための戦力を前提にするなら、厳しいと思います。新加入の選手は皆高校生だとお聞きしましたが」
「今のところは3月から3人入ってくるよ。彼らは皆戦力になり得るとは思うけど、関西リーグで通用するレベルかと言われると、分からないな」
平は少し考え込むように、視線を宙に向けてから肩をすくめた。
「まぁ、なんとかしますよ」
「ありがとう。期待してるよ。ちなみに平がピッチ上で頼りにしてる選手はいる?」
「坪倉かな、やっぱり。身内贔屓を抜きにしてもあいつがいると守備は安心できますよ。それと、西野くんですかね」
「西野?」
濱崎は少し意外そうに目を見開いた。
「優勝決めた試合から、ちょっと雰囲気変わりましたよね。優勝決めた後の2試合ではゴールなかったですけど、どっちも決めておかしくないチャンスはあった。ハマれば量産する気がします」
FWなんてみんなそうかもしれないけど、と平は笑った。
その西野との面談において。
濱崎はその心境の変化を質問してみた。
「あの試合で点を決める楽しさが分かりました」
「今までは違ったの?」
「うーん…なんて言えばいいんでしょう。自分の存在価値というか、認められてる感じがするんです。あの試合以降はダメでした。役立たずで、自分に怒っています」
周りから聞いていた印象とだいぶ違う。
おそらくきっかけは真田宏太の移籍だろう。彼は真田に誘われて南紀ウメスタに加入したと聞いている。二人とも木国高校のサッカー部出身。特別な関係があるのかもしれない。
「去年は最後1.5列目でプレイしてたけど、シーズンを通しては右サイドでのプレイが多かったよね。それに関してはどう思う?」
「前がいいです。その方が点取れるから」
即答だった。
成績で言えばシーズン10試合で1ゴール。とても来季スタメンFWとして固定させる数字ではない。場合によっては新加入の選手を置くことも視野に入れていたところだった。しかし。
「自信があるってことかい?」
「自信…かどうかはわかりませんが、でも点を取らなければ僕がこのチームにいる理由がありません。今はそう思ってます」
「右サイドでプレイしていたじゃないか」
「それはそうですけど…」
答えからある種の危うさを感じるが、平が言っていた通りハマるのであれば…。判断に迷うところだった。シーズン序盤で様子を見ながら試していくしかないかもしれない。
「ありがとう。チーム作りの参考にするよ。…誰かチームで期待している選手はいる?」
「…三瀬くんのパスは良い感じです。ゴールの…なんて言うんだろう、ゴールを決める流れの中のパスになってるというか…」
「優勝決めた試合でもラストパスは三瀬からだったね」
西野は頷いた。実際、来季安定して勝ち点を稼ぐには三瀬の力は不可欠だ。
リーグ戦10試合で5ゴール4アシスト。得点関与数で言えば真田を除くとチームトップ。最年少でありながら立派な数字である。加えてセットプレイのキッカーも全て担当していることから、攻撃陣においては最も重要な選手と言わざるを得なかった。
「西野さん? 正直やりにくいですね」
西野について質問された三瀬はバッサリ言い放った。
「やりにくいかぁ…西野は君のパスはすごく良いって言ってたよ」
「無論です」
相変わらずの自信家な反応に濱崎は苦笑した。
「どういうところがやりづらいの?」
「合うときと合わないときがあるんです。それって、合わないってことでしょう? 何回もパスしてれば偶然合うことだってある」
「それを、偶然合わないときがあるとは思わないんだね」
「…私のパスが正解ですから。それに合わせられない相手に問題があるということですよ。でもそういう時は自分で決めますから。問題ありません」
こっちはこっちで大変危うかった。そこもひっくるめてハマるかどうかということを平は言いたかったのかもしれない。
それよりも、三瀬についてはひとつ特殊な事情があった。
「来季から栗田監督が指揮を取ることになるけど、関大和歌山の時ケンカしたんだって?」
三瀬が南紀ウメスタSCに加入した経緯について、監督の方針に合わずに練習をボイコットしていたところを下村が引き抜いたということは聞いていた。その人物が再び監督になる。思うところは当然あるだろう。
「ケンカではありません。私のプレイを認めないイガグリが悪い。それだけです」
「でも君はそのイガグリに指摘されたフィジカルの弱点を克服しようと、今も欠かさずフィジカルトレーニングやってるよね?」
「…フィジカルはあるに越したことはありません。フィジカルがない振りをして倒れることもできるわけですから」
はい、ただのケンカでした。
濱崎はため息をついて身を乗り出した。
「うまくやっていけるか?」
「彼が私をちゃんと活かす戦い方をするなら」
「三瀬」
三瀬は今年で関大和歌山高校を卒後する。GKの礒部が通っていた地元の大学に進学するらしいが、引き続き南紀ウメスタSCに所属することは先程確認を取っていた。
「君はもう大人だ。どちらが正しい、間違っているで物事が決まらないことは分かっているだろう。サッカーと同じだよ。ゴールを設定して、ゴールに近づける努力を怠ってはいけない」
「ゴール?」
「君はサッカー選手としてもっと上に行きたいんだろう? 別にうちのクラブにこだわっているわけじゃない。それならなおのこと試合に出場してその人達にアピールしなければいけない。多少迎合することになってもだ」
「……」
「僕の目からその努力が見える限りにおいては、クラブは君をサポートするよ」
「どういうことですか?」
「栗田監督も今までのようにはいかないということさ。高校の監督をやっていた時、彼は確かに王様だったかもしれないけど、ここでは僕がいる。彼の好きなようにはチームを動かせない。それがクラブチームのサッカーというものだよ」
それを権力と捉えるか、しがらみと表現するかは別として、監督は思い通りにチームは作れない。オーナーの意向、GMの意向、スポンサーの意向。様々な外野の声に耳を傾けなければ、その椅子に座り続けることはできないのだ。
三瀬は納得したように頷くと右手を差し出した。
「イガグリとはできる限りうまくやります。あなたはちゃんと私と向き合っていることがわかります。信頼しましょう」
「理解に感謝する。それ以外に何かクラブに対して注文はあるかい?」
三瀬は暫し考えてからこう答えた。
「エースにふさわしい背番号を。8番に不満はありませんが、真田さんのいない今、10番に一番近いのは私でしょう」
「なるほど。君は一番プロっぽいことを言うね。…そうだな。来季一年周りを黙らせる活躍ができれば、それは約束しよう」
「いいでしょう。お任せください」
こうして、濱崎は真田を除くと全選手と契約更改を終えた。
3月から新監督と新加入選手が加わる。いよいよ新たなシーズンが到来する実感が日に日に強まってきていた。
つづく。




