第64話 第1回サポーターズmtg②
(簡易人物メモ)
高橋: 南紀ウメスタSC サポーター
糸瀬貴矢: 黒船サッカークラブ 代表
濱崎安郎: ASKグラーツ コーチ
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2. クラブの方向性について
「改めまして、サポーターの皆さん。南紀ウメスタSC代表の糸瀬です。私が和歌山県で暮らすようになってから1年が経ちました。無事に県1部リーグへ昇格ができて、ホッとしています」
改めてサポーターからも拍手が湧き上がった。
「えー、皆さんご存知の通り、私はサッカーの素人です。皆さんより確実にサッカーのことを知らない自信がある。じゃあなぜ今サッカーチームを運営しているのか。ーーー理にかなっていたからです。私達が買った和歌山県の広大な土地には、目新しい立派なサッカースタジアムがぽつんと建っていて、そこで暮らす人々には『いつか和歌山県からJリーグのチームを誕生させる』という夢がありました」
高橋は一年前を思い出していた。働いていた会社が倒産して、その日まで自分が使っていた練習場が他人のものになって、子供達との会話の中でサポーターという答えに辿り着いたことを。
「その場所にはサッカーをやるためのインフラが整っていて、市場のニーズもあったということですよね。しかし『そもそもサッカークラブを1から運営すること自体がビジネスの理にかなってないではないか』という反論があるかもしれません。金融の世界においてスポーツが儲からないのは常識であり、一般論だ。だからこそ、私達黒船グループが運営する南紀ウメスタSCのミッションは『カネ』である必要性があると思っています」
南紀ウメスタSCというクラブのミッション。それは「サッカーは儲からないという常識をひっくり返すこと」だ。
「ミッションとは、その組織が社会の中で果たすべき役割や使命のことを指します。南紀ウメスタSCは何のために存在しているのか。それは、サッカーは儲かるという世界を作るためです。それが実現された時、Jリーグや地域リーグのクラブには投資家からお金が集まるようになるはずです。そうすれば、日本のサッカー界は確実に変わります」
「はは…」
思わず高橋は笑ってしまった。
Jリーグの様々なクラブのウェブサイトを覗けば、どこもその理念を高々と掲げているのを目にするだろう。大抵は「地域の活性化」や「スポーツ振興」といったフレーズばかりで、もちろん他と比べるようなものでないであろうが、正直似たり寄ったり。
そんな中、我等のなんとユニークなことか。そこに共感できるかどうかは別としても、間違いなく日本で唯一無二のミッション、クラブ理念だと高橋は思った。
「まぁ…とは言ってもですね、うちは現状ではただのアマチュアチームですから、あまりミッションだ理念だなんだと語ったところで説得力はありませんので、まずは持てるリソースすべてを使って引き続き、最短でのJリーグ昇格を目指していきます」
3. サポーターの皆様へのお願い
「では、質疑応答の前に私からサポーターの皆さんへお願いがあります。このミーティングを実施することになった趣旨についてです。…クラブにとってサポーターとは身内です。つまりうちの社員や株主、選手と同じ側にいる存在と思っています」
糸瀬の語った通り、サポーターはいわゆる「お客様」や「ファン」ではない。
お客様がスタジアムに足を運んで試合を見に来るのは自分が楽しみたいからだ。一方でサポーターがスタジアムで応援するのは自分のためではない。チームを勝たせるためにやっていることなのだ。
実際にサポーターの応援によって力をもらえる選手はいるし、相手チームにプレッシャーをかけられる。さらに当日の審判のジャッジにも大きく影響する。だからホームゲームでの勝率はアウェイに比べて高い。これはある意味統計学的に証明されている事実なのである。
「つまり、ここはいわゆる顧客満足を高める場ではありません。サポーターは客ではありませんからね。じゃあなぜこのミーティングは存在するのか…。私たちはこれから引き続き色々なマーケティング施策を使って、wetubeの登録者やスタジアムに足を運んでくれるお客様・ファンを増やしていこうと思っています。その人達を皆さんの力でぜひサポーターに変えて頂きたい。そのための、材料を提供しているつもりです」
クラブ側からサポーターを直接的に増やすことは難しい。なぜなら、クラブ側から何かを提供する限りにおいて、そこにメリットを感じるのは自分が何かを得たいというお客様に留まるからである。そこからサポーターになってもらうためには、同じサポーターの力が必要だ。
心理学の世界において社会的アイデンティティという言葉がある。自分がそのグループに所属していること自体を、自分の個性とみなす考え方である。これによって、そのグループにはある種の一体感が生まれる。そして、所属しているグループ自体の価値上がることによって、脳が活発化し、自らの価値まで上がったように感じられるのだ。
その価値が上がるということがサッカーで言うところのチームの勝利であり、サポーターに関して言えば、それは数の力だ。
自分たちのクラブは今どうなっていて、これからどうなる。何が他のクラブと違う。そういったことをサポーターの口から、まだ興味のない人達に広めて仲間に引き入れて欲しい。それがこのミーティングの趣旨であると糸瀬は伝えた。
「私たちはホームスタジアムを持っています。完全に100%保有している。そんなクラブはJリーグを見渡しても稀有なはずです。現在黒船サッカーパークの収容人数は5,000人。J2以上の基準を満たすためにはスタジアムの増築が必要であり、そのために今我々はあらゆる手段を使ってその資金を集めています。…しかし、スタジアムが完成しても、そこに人が集まらなければ意味がありません。ぜひお力添えのほど、よろしくお願いいたします」
4. 質疑応答
都度質問者にマイクを渡され、壇上のクラブ話運営陣と直接話すことのできる時間が設けられたが、その中でも印象に残った質問をひとつ紹介したい。
「真田宏太選手の移籍についてお聞かせください。来年リーグ戦を戦っていく上で彼の力は必要だと思います。レンタル移籍だと聞いていますが、来年のリーグ戦には戻って来れるのでしょうか?」
サポーターの何人かがよくぞ聞いてくれたと頷いたように感じた。対するクラブ側も当然に質問される内容であると予測していたのか、お互いに軽く顔を見合わせてから濱崎が立ち上がる。
「GMの濱崎です。質問にお答えします。真田選手に限らず、すべての選手が来年3月で契約が切れます。ですので、それ以降のことはお約束できないというのが直接的なご回答になりますが、そういうことが聞きたいのではないと思いますので、我々の考え方を共有しましょう」
少し遠回りしますが、と前置きをしてディスプレイを指定のスライドで止めた。そこにはでかでかと、『カネ』『成長』と書かれている。
「選手がクラブに求めるものは、大きく言えば『カネ』と『成長』です。労働の対価として金銭を求めるのは当然ですし、サッカー選手としてさらに高みを目指す上で『成長』は欠かすことができません。このふたつを満たせる環境があるクラブは選手にとって魅力的だということになります。ちなみに南紀ウメスタSCの場合ですが、『カネ』の部分についてはある程度対応が可能です。我々は来季から所属する全選手との間でプロ契約を締結することを決定しました」
サポーターから拍手と驚きの声の混じったリアクションが響いた。
「一方で『成長』という観点では逆にとても難しいです。どこと比較するかにもよりますが、例えば本当にJリーグで通用するような選手を、ウメスタに留めておくのは不可能でしょう。真田選手に関しては、我々としても最大限の努力は致しますが、結果が出るほどに引き止めるのは困難になりますから…。来シーズンしっかり戦えるチームを作って、ご質問者様の懸念を払拭できるように努めたいと思います」
真田のことはある意味で忘れてくれ、そういうメッセージだとサポーターは受け取った。
「どうしようもないってーことか、真田の坊主は」
「向こうで活躍できれば、当然引き続きチームにいて欲しいとはなるでしょうね」
「じゃあ活躍できないほうがうちにとってはありがたいってえ話じゃないか」
それは、そうなのだろう。しかし高橋は逆立ちしても単身タイに飛んだ真田に対して、活躍するなと祈ることはできなかった。
うちの選手が外で活躍すればそれだけうちのチーム自体の認知度は上がるはずだ。このチームに所属すれば活躍できるぞと、そういうイメージを浸透してもらえるほうが長期的には価値があるのではないか。
どうせなら死ぬほど活躍して、真田宏太のファーストキャリアは南紀ウメスタSCだったんだと世間に広めてもらいたい。そんな気持ちだった。
「ヤマさん、濱崎さんの言った通りですよ。いない選手のことを考えても仕方ない。今いるメンバーで来季勝ちに行くんです。俺らがそれを後押ししないとだめだ」
こうしてサポーターズミーティングは終了した。単純に情報を仕入れるだけでなく、単純に話自体がおもしろかったことには感謝したい。
来季の今頃は、関西2部での戦いに向けた説明ができるように尽くすという運営陣の言葉をサポーターは信じた。
つづく。




