第5話 天使の梯子(18/12月)
(簡易人物メモ)
真弓一平(初): 旧ヤマト製鉄サッカー部 部長
下村健志(初): 旧ヤマト製鉄サッカー部 監督
大橋大地(初): 旧ヤマト製鉄サッカー部 選手
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真弓一平は、大学時代スポーツマネジメントを学んでいた頃から、いつの日か自分のサッカーチームを作るのが夢であった。
サッカー選手としては何らキャリアを持ち合わせていなかったが、大学卒業後はチームをサポートする立場として、サッカーに限らず様々なスポーツの管理スタッフとして経験を積んできた。
転機が訪れたのは2016年の冬、地元の和歌山へ帰郷していた時のことであった。
ヤマト製鉄の和歌山製鉄所跡地にサッカースタジアムができる。そして、それに合わせて和歌山製鉄所内でサッカー部が作られるらしいと。
真弓はその情報を聞きつけすぐにヤマト製鉄へ飛び込んだ結果、製鉄所におけるバックオフィスの業務に従事する傍ら、サッカー部の部長としてクラブ設立に向けて舵を取ることになったのである。
当初はヤマト製鉄の経営陣と、和歌山製鉄所の現場レベルで、サッカー部に対する想いの強さは相応の温度差があったが、経営陣の熱を間近で伝えられる真弓の存在によって、急速にチームは形を成し始めた。
ヤマトは真弓の働きに満足していたようだったが、しかし経営陣にとって予想外だったのは、真弓の情熱が自分達のそれを上回っていたことである。
真弓は2017年の12月に、当時J3のグランデ鳥取に所属していたベテランDF下村健志を口説き落とし、選手兼監督として招聘することに成功する。
下村は家族三人で木国市内に引っ越してきて、ヤマト製鉄からの指導報酬と地元のサッカースクールでスポットコーチとして働きながら、ヤマト製鉄の社員、要はアマチュアの選手たちを戦う集団に変えていった。
そしてスタジアムが完工した2018年4月、下村率いるヤマト製鉄和歌山サッカー部が、初めてチームとして挑んだ和歌山県社会人サッカーリーグ3部で、彼らは快進撃を見せた。
決して攻撃を牽引できるような選手はいなかったものの、堅守速攻をはじめとした弱者の戦い方を徹底した結果、5勝1分と無敗でリーグを制し、最終節を残して早々に来季の2部昇格を決めたのである。
所詮は県リーグの3部であり、昇格に向けた熱自体に他のチームとの乖離があったことは否定できないとはいえ、現場の真弓含めてその日はお祭り騒ぎであった。
そして迎えた2018年11月。
昇格決定後のリーグ最終節を前にして、チームは不戦敗となった。試合当日になっても誰もグラウンドに姿を見せなかったのである。
テレビをはじめとした地元のメディアはヤマト製鉄の破綻一色に染まり、真弓は呆然と自室で時を過ごす他なかった。
もしかしたら和歌山製鉄所のサッカー部は、ヤマトの経営陣にとってただの現実逃避の先だったのかもしれない。
「とりあえず、チームのみんなはJPスチールに引き取ってもらえることになりそうっす」
「そうか、よかった…」
チームのキャプテンを務める大橋大地からの報告を聞いた真弓は、とりあえず安堵のため息をついた。注文したビールは一切口をつけていない。
JR木国駅の西側、200mほどの狭いエリアに100店舗以上の飲食店が軒を並べる和歌山でも有名な飲み屋街、木国横丁の一角に居酒屋「よし乃」は店を構えている。カウンター10席に奥の座敷1卓と決して広い店とは言えないが、活気が良く常連客でいつも賑わっているのだ。
優勝決定時には店を貸し切って盛大に祝ったこの店に、チームの中心である三人、真弓、下村、大橋が集まっていた。
「じゃあ、あとは大橋。お前だけだな」
「いや、真弓もだろ?」
「それを言うならシモさんもですよ」
チームは解散の危機に瀕していた。不戦敗となったリーグ最終節。本来であれば来季に向けてテストしたい戦術もあったが、正直それどころではなかった。
幸い選手は若手社員ばかりであったこともあり、一部製鉄所の継続に合わせて、JPスチールに受け入れてもらえることになったようだ。
結果として、選手の働き口を一番心配していたこの3人の就職が決まっていないとは、皮肉なものである。
「俺はコーチの仕事とかやって食いつないでいけるけどな」
「シモさん、B級ライセンス持ってるんでしたっけ。…C級だったら俺でも取れますかね」
「ああ、C級取ったら二人でスクールでもやるか?」
この状況において軽口を言い合える二人のメンタルに感謝しつつ、真弓は自身のスマートフォンを取り出し、画面を凝視する。
自身が立ち上げたクラウドファンディングの募集ページであった。募集の開始は11月。募集期間は1ヶ月。今日がその最終日となっていた。
「真弓、クラファンどう?」
「厳しいですね…。まだ諦めたくはないけど、もう時間がない」
目標金額5,000,000円に対して、支援総額は500,000円。僅か1/10しか集まっておらず、その支援者も、下村の人的な繋がりで協力してくれた関係者であるという事実が、ありがたいという思いと同時に、さらに気持ちを沈めていく。
この500万円があるから何が変わるのかと言われると真弓に明確な答えはない。それでも何か明るい話題を提供できれば、また選手がチームに集まってくれるかもしれないという、淡い期待があった。
サッカークラブのクラウドファンディングなど今時珍しくもない。それでもヤマト製鉄という話題性、下村というJリーガーの存在、さらに大型支援特典としてチーム名を決める権利までつけて、募集開始時はそれなりに前向きにファンディング達成の希望をもって始めたことであったが、現実はそう甘くなかったようだ。
「下村さん、申し訳ありません」
真弓は監督である下村に対して、ただひたすらに責任を感じていた。今回はうまくいかなかった、残念だという一言では済ませられない。彼は奥さんや子供も連れて木国へ引っ越してきたのだ。自分のわがままに付き合う形で。
「よせよ。そもそもうまくいかない可能性があるってことは、自分でも分かっていたさ」
真弓は黙って首を振った。それは自分の努力が足りなかった時、自身を納得させるための言葉だ。今回の件に関して、下村は120%結果で答えてくれた。にもかかわらず次のステージへ向かうための階段が崩れ落ちてしまったのだ。真弓だけがそれをなんとかできる立場であったことはチーム内の役割から言っても明らかであった。
あと10分となった。ここから資金が集まる可能性なんて1%もないだろう。
「…私が前に働いていたチームで、コーチの募集があるかどうか聞いてみます」
せめてもの責任の取り方として、下村と大橋ふたりの就職先だけはなんとしても探そうと決意を固めた時のことであった。
「あーーーーー!!」
今まで黙ってビールを煽っていた大橋が突然、狭い店内に響き渡る大きな声をあげて立ち上がった。
真弓は思わず飲む気もないのに掴んでいたビールのジョッキを倒しそうになり、横に座る下村はただ呆気に取られて大橋を見上げていた。
「みみ、みて! スマホ見てください!」
「スマホ?」
「クラファンですよ! クラファン!」
大橋の勢いに押されて真弓はスマホを落っことしそうになりながらも画面を開く。
目標金額5,000,000円に対して。支援総額は10,500,000円。200%超の達成にて、募集は終了していた。
「あ、え…? な、なにこれ…」
「い、いまケタ数えました! 1,000万円ですよ!? いっせんまん!」
一瞬バグか何かと疑いながら、真弓は画面を指で何度もスライドして、該当ページを更新したが結果は変わらない。土壇場でクラウドファンディングは目標を達成していた。それも当初を大幅に上回る超過達成である。
三人は顔を見合わせてから、握りしめたそれぞれのジョッキをがつんと真ん中でぶつかり合わせた。
「やべえ! クラファンすげえ!」
「おい真弓! これからどうするんだ!」
「どど、どうしよう…! あ、そ、そうだ。と、とりあえずSNSに結果を投稿しよう!」
あくまでクラウドファンディングはゴールではなくスタートであるはずだ。その本分を思い出した真弓が、早速クラウドファンディングのリンクボタンからURLをコピーしてSNSを開いた。
そして、1通のDMが届いていることに気がついたのだ。
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真弓様
初めまして。
黒船サッカークラブの糸瀬と申します。
突然のご連絡、申し訳ありません。
募集されていたクラファンの件について、
先程10,000,000円を支援させて頂きました。
弊社は設立したばかりの会社ですが、
準備が整い次第、和歌山でサッカークラブを作るつもりでした。
もしよろしければ、ご一緒しませんか。
一度お会いして詳しいお話ができれば幸いです。
ご連絡お待ちしております。
糸瀬
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つづく。