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黒船サッカーパークへようこそ!  作者: K砂尾
シーズン1(2019)

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59/113

第57話 県2部リーグ第8節①

木田: 南紀ウメスタSC データ収集班

高橋: 南紀ウメスタSC サポーター

オレンジ熊野: 黒船チャンネル 実況担当

真弓一平: 黒船チャンネル 解説担当

※各選手は省略


ーーーーーーーーーー

【11.17. 13:45 黒船SP ホームサポーター席】



 ようやく夏の暑さも息を潜め、冬の訪れを感じさせる肌寒い秋晴れのこの日、南紀ウメスタSCのサポーター300人が黒船サッカーパークの観客席で待機していた。あと15分足らずで和歌山県リーグ2部の第8節、FC紀伊新庄戦のキックオフである。


 南紀ウメスタSCはここまでで勝ち点21を獲得しており、今日勝てば、残り2試合残してリーグ首位が確定するとあって、サポーターの熱気が外まで伝わってきそうな雰囲気の中、彼らを率いる高橋もさぞ気合が入っているかと思いきや、複雑そうな表情でスタジアム後方の席に座っていた。



「…さすがに予想外すぎた」


「まぁ、そうだよな…」



 高橋の呟きに、隣に座った木田が苦笑した。もちろん原因は、先日公式SNSで発表された真田宏太のレンタル移籍である。



「いや、もちろん分かってるさ。選手の移籍はクラブチームの宿命だよ。…それにしたって、タイリーグなんてなぁ」


「でも真田の力が認められてプロリーグから誘い来たってことだぜ。広義で言えばチームの成果だよ」


「分かってる、分かってるよぉ」



 高橋も嬉しいという感情はもちろんあるのだろう。それでもチームからエースが抜けてしまう不安や寂しさもあり、もやもやした感覚なのだ。


 それは高橋だけに限らず、他のサポーターも同じような気持ちを抱えているはずであり、今日の試合はまさにそういった不安を払拭する内容が求められているとも言える。



「一応レンタル移籍だから、成長して帰ってきてくれるはずだよ。サポーターとしてしっかり送り出してあげるべきだと思うね」


「おう」



 木田の言葉に高橋が頷いた。2人の片耳にはイヤホンがついており、今日も元気にwetubeチャンネルのライブ放送が始まっている。



『南紀ウメスタSC、先発メンバー発表されております。GK礒部、CB右から大橋、下村、坪倉、ボランチは大西、平。両サイドは江崎とアディソン、前線は小久保の1トップに、三瀬と西野の2シャドーです。ーーー真弓さん、真田が先発から外れましたね』


『先日発表された移籍の影響だと思いますね。レンタル移籍なので、ベンチには入っていますが、監督としても真田抜きでも結果を出してサポーターを安心させたい気持ちがあるんじゃないでしょうか』


『なるほど。そして、真田選手のポジションには西野選手が入りましたね』


『はい、西野くんがFW起用されたのは第1節以来ということになります。今シーズンは右サイドでの起用が多かったですが、元々西野くんはFWの選手ですから、問題ないでしょう』



 南紀ウメスタのボールから前半は始まった。


 最終ラインでボールを動かしつつ、司令塔の平がプレッシャーの弱い自陣から、味方選手の動き出しを確認する。


 平のファーストチョイスは左サイドのアディソンだった。何度か足先でボールを転がしてからスイッチを入れて加速しようとしたところで相手のスライディングタックルに阻まれた。



「うお、ノーファウルか?」


「際どい。今日の主審はあんまファウル取らないタイプかもな」



 今日は、というか今日以降は右サイドで真田・西野のコンビプレイが使えないとなれば、左サイドから攻めたくなるところだが、接触プレイを得意としないフットサル上がりのアディソンにとっては厳しいゲームとなるかもしれない。


 相手ボールのスローインとなり、相手選手がウメスタ陣内にロングボールを放り込むも、ここは坪倉が落ち着いて頭で押し返す。再びボールを持った平が、今度は間髪入れずに同じくハイボールを相手陣内に蹴り込んだ。


 長身の小久保が競り合った後のこぼれ球を狙いたいところであったが、ボールが浮いてしまい、GKがキャッチする。仕切り直しである。



『ここまでいかがですか、真弓さん』


『小久保くんの高さは活かせそうですね。サイド攻撃よりも中央での混戦からチャンスが生まれそうに思います』



 真弓の言葉通り、平が小久保をターゲットにパスを供給するも、相手の集中した守備に弾かれる場面が目立つ。それならばと、FW起用されている三瀬が中盤まで降りてきて細かいショートパスを繋いでチャンスを作ろうとするも、なかなかスムーズにはゴールに迫れない時間が続いた。



「おいおい、これってさ…」


「ああ」



 ウメスタとしてはあまりよろしくない展開になっていた、明らかに真田の不在が響いている。真田がいれば、多少マークのついた状態でボールを持って相手を引き剥がせるが。



「真田がいた時とおんなじやり方でやってもダメだぜ。違う攻め方をしないと」


「ゴール前まではスムーズなんだけどな。そりゃこんだけ相手が引いてれば当たり前かもしれんけど」


「いや、修正するみたいだぞ」

 


 おそらく一連のプレイにゴールの匂いを感じなかったのだろう。接触プレイで相手選手が倒れている合間に、平が小久保に向けて何か話しているのが上から確認できた。


 その直後のプレイだった。平と三瀬のワンツーから小久保がボールを受けると、両手を広げて相手を背負うようにして時間を使い、走り込んできた味方にパスするように見せかけて、そのまま反転してシュートを狙った。


 シュートの勢いは弱かったものの、GKがボールを弾いてしまい、そこに詰めていた西野の右足、に当たる前に相手DFがボールをかき出した。



「んんんっ…ーーーでも、いいよ! そういうことだぞ!」



 高橋が拳を握りしめながら声を上げた。


 サッカーに限らずだが、勝負事は詰まるところ心理戦である。ポストプレーヤーである小久保があえて強引にシュートに持っていく。裏をかかれた相手の反応が遅れてチャンスが生まれる。これを繰り返すことが得点への近道だと思われた。


 逆に今のプレイでヒントを得てほしいのは小久保以外のアタッカー陣、三瀬と西野である。特にテクニックのある三瀬には是非ともゴール前のアイデアを見せて頂きたいところであるが。


 しかし、いくら工夫を凝らしても点が入らない時は入らないのがサッカーである。


 終始相手陣内で攻め続けたものの、相手のゴールネットを揺らすことは叶わず、前半は無得点でハーフタイムを迎えることとなった。



【11.17. 15:00 黒船SP ロッカールーム】



 前半の出来について、ロッカールームでの意見は真っ二つに割れていた。


 初めはいつもの如く、大橋と坪倉の言い合いから始まった。「少なくとも形は作れているわけだからこの調子でいこう」と全体に声をかけた大橋に対して、坪倉が真っ向から反論したのである。



「いや、前半ノーゴールはまずくないっすか。あんだけ攻めてて。それに形作れてるっていうほどでもないですよ、決定機なんて数えるくらいしかなかったじやないっすか。…なんか変えた方が良くないっすか」


「チャンスは作れてただろ。それに相手側の決定機なんてそれこそゼロだったじゃねーか」


「大橋さんはどこ目指してるんですか。全勝して1部上がるのが目標でしょ。引き分けなら負けも同じですよ」



 口を挟む人間が誰もいないのは、それぞれに正しさがあるからであった。そして前半の出来を修正する解決策として皆が同じことを考えているが、それを口に出すことは憚られた。さらに、監督の下村自身もその判断を下しかねていた。


 一瞬の静寂の後、口を開いたのは今年リーグ戦を通じて初めてベンチから試合を眺めていた真田であった。



「監督、すみません。ちょっと足に違和感があるので、今日は欠場してもいいですか?」


「え!?」



 選手の何人かが声に出して驚きを表現した。一方で下村は真田の言葉の真意をすぐに理解した。


 それはサポーターに最後のプレーする姿を見せるというパフォーマンスを犠牲にしたエースからの叱咤激励であった。


 選手に背中を押されるなど監督失格だなと内心で自嘲しながら、下村が立ち上がる。



「みんな、聞いての通りだ。今日は真田は出場できない。おまえらでやるしかないってことだ」



 皆が押し黙る中、下村が続ける。



「もし前半、真田がいればなんて思ってるやつがいたら目を覚ませ。俺も含めて、俺たちだけで勝つんだ」



 心のどこかで甘えがあったことは否定できない。しかし自分達もやればできるはずだ。実際に真田が怪我で欠場していたリーグ戦も、しっこり勝ち点を積み重ねてきたではないか。


 普段の檄を飛ばし合うような雰囲気とは異なったが、選手の皆の顔つきが徐々に変わっていくのを感じて下村は締め括った。



「後半も選手は変えない。ただし、システムは少しいじるぞ。バイタルエリアを厚くしてDFラインを少し上げたい。三瀬のポジションを落として、前線は小久保と西野の2トップにする」


「うぇい!」



 下村の判断に真田が深く頷いた。






つづく。

 

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