第56話 高校選手権和歌山県予選(19/11月)
栗田靖: 関大和歌山高校 監督
若村栄介(初): 関大和歌山高校 3年(MF)
手塚望(初): 関大和歌山高校 3年(FW)
下村健志: 南紀ウメスタSC 選手兼監督
木田: 南紀ウメスタSC データ収集班
糸瀬貴矢: 黒船サッカークラブ 代表
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2019年11月。夏のインターハイに並ぶ高校サッカーの全国大会、冬の高校選手権における和歌山県予選が行われていた。
今日はベスト4を決める準々決勝の中でも最も注目されている木国高校と関大和歌山高校が相見える。
試合は0-0で前半を折り返した。
大方の予想通り、関大和歌山高校がボールを支配する展開が続くも、木国高校は、キャプテン榎本壮一を中心とした組織的な守備で、関大和歌山高校の攻撃を跳ね返していた。
「わかむらぁ」
関大和歌山高校のロッカールームにて、監督の栗田靖が、若村栄介を名指しした。
ハーフタイムに監督からのお説教が始まることはチーム全員が予想できていたので、ノーサプライズである。
「いつも言っとるだろうが。勝てるところで勝負しろと」
「はい」
「勝てるところがないなら作りにいけよ。なんのためのダブルボランチだ? センターバック4枚置いてるわけちゃうんぞ」
「はい…」
「ガキのおまえらが自分たちのサッカーなんて型にハマるのは10年早いんだよ。お前がリスク取りに行かなかったら誰が行くんや」
「はい…」
若村は、サッカー部への入部が確約された状態で入ってきた生徒とは違い、セレクションを通じて合格を勝ち取った上でサッカー部に入部した苦労人である。ちょうど栗田が監督に就任した時に入学してきたため、いわゆる栗田チルドレンのひとりだ。
「ーーーいや、監督。そうは言うけどさ、向こうは良いチームだよ。前半はこれで良かったと思うけど」
どんどん小さくなっていく若村の後ろで、レモンを齧りながら監督に意見したFWの手塚望に、ギロリと色眼鏡越しの鋭い視線が飛んだ。
「なんだぁ、手塚。おまえが前半ゴール外したのを気遣って、代わりに若村搾り上げてんのによ。おまえはレモン搾ってんのか?」
「おお、監督うまいっすね。さては機嫌悪くないな?」
ロッカールームに笑いが起こる。そもそも監督のお説教タイムは関大和歌山イレブンにとって空気の重くなる類のものではなかった。全員すっかり慣れているのだ。
「おまえらが1対1で崩せないんだから、向こうが良いチームなのは知ってんだよ。どっかでリスク取って崩しに行かないとずっとこのままじゃねーか。おまえらPKマニアか? わざとPK戦狙いで引き分けにしようとしてる?」
「PKやりたい人間なんてド変態ですよ。決めて当たり前なんて言われるゴール決めて、誰が嬉しいんすか」
「だからよ、ボランチが前に出てミドルでもなんでも打ってDFラインを上げにいけって言ってんだ。前のやつが抜け出せるスペース作れや。わかむらぁ、聞いてんのか?」
「はい!」
「よし、いけ。…俺はこの試合負けるなんて1ミリも思ってねーからな」
選手と笑い合って、関大和歌山イレブンを率いる栗田靖が、後半のピッチに姿を現した。
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「本当は大卒の新人を取りたいんだけどな」
下村のぼやきに木田が振り向いた。
南紀ウメスタSCのフロント担当である2人はこの日、黒船サッカーパークに足を運んでいた。理由は和歌山の高校チャンピオンである関大和歌山高校の試合が行われるからである。サポーター席には真田宏太をはじめ、対戦相手である木国高校の応援団が集まっており、その人数は南紀ウメスタSCのサポーターよりも圧倒的に多かった。
「じゃあ大学の視察に行きましょうよ」
「大卒新人なんてそう簡単に取れないんだよ。そのままJリーグのチームに通用するようなレベルの大学だっていくつもあるんだ」
視察して目に引くようなレベルの選手はプロの声がかかるし、彼らからしてもわざわざ県リーグ2部のクラブに入団するインセンティブがない。大卒であればJFL、関西リーグ1部のチームなど選択肢はプロ以外にいくつもある。
であれば、高校サッカーから選手を発掘しようというのが今日の趣旨であった。
「でも普通にレベル高いっすね」
「そりゃあそうだ。関大和歌山高校レベルなら、うちにとっては下手すりゃ格上だ」
実際に関大和歌山高校のサッカー部に在籍していた現役高校3年生の三瀬学人が、南紀ウメスタの中心選手の1人となっていることが良い証拠である。
「でも木国高校も頑張ってるじゃないですか」
確かに木田の言う通り、木国高校は善戦していた。なかなか攻撃のチャンスこそ作れないものの、その組織化された守備は関大和歌山相手でも十分に機能することを証明している。
「榎本くんですね。真田くんも知ってましたよ、彼のことは」
「一年の時から出番もらってたみたいだからな、キャプテンだろ、確か。ちゃんと守備が統制されてるよ」
しかし後半20分を過ぎたところであった。引いた相手に対して中盤のスペースを活用し、ボランチの若村が攻め上がるとミドルシュートを放つ。決してその威力は強いものではなかったが、不意を突かれたのかGKがボールを弾いてしまい、そこを詰めていた9番の手塚がゴールネットを揺らした。関大和歌山高校が待望の先制点を奪う。
「8番の若村くん。良い選手だなぁ」
「ああ、監督の指示だとは思うが、木国高校の守備を相手にそれを実行できるのは実力だな」
「詰めてた手塚くんも良いですよね。身体を張るタイプの選手じゃないですが、上背もあって足元の技術もありそう」
「木国見ろの、榎本がしっかり手を叩いて声出してるわ。こんだけ守備上手くいってたところをやられたら気落ちしそうなもんなのに、えらいな」
同じセンターバックのプレイヤーらしい感情の乗せた言葉に木田が頬を緩めた。
「お」
「お」
木国高校の選手交代だ。背番号6に変わって25番がピッチに入る。真田裕太である。さすがに真田宏太の弟とあって、応援団席からは声が上がった。
「裕太くん出番ありましたね」
「ああ、この時間帯で1年生が途中投入されるわけだから、期待されてるってことだ」
真田裕太は兄の宏太とはタイプが異なり、中盤の真ん中を主戦場とするMFである。
「うちの大西や平とはタイプが違いますね」
「関大の若村とも違う、いわゆるボックストゥボックスってやつだ」
自陣のペナルティ「ボックス」から相手のペナルティ「ボックス」までを広くプレーエリアとするところから、そう呼ばれている。フィジカルと豊富な運動量を武器にするMFだ。
「今年の木国高校はトップ下を置かないサイド攻撃主体のチームだから、プレースタイルは合ってるよな」
「前線を変えるだけじゃなくて、攻撃の枚数自体を増やして1点取り返しに行こうってことですね」
身内の身内が出ている試合だ。なんとか同点に追いついてほしいが、果たして。
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3年生最後の試合になるかもしれないこの一戦で、敵味方含めた唯一の1年生としてピッチに立った真田裕太は焦っていた。
本来のポジションよりひとつ後ろでの起用となったが、監督からは本来の位置としてプレーすることを意識しろと言われた。要は攻めろということである。
しかし関大和歌山の攻撃は鋭い。ここで2ボランチの一角が攻め上がったら追加点を取られるリスクが増えることになる。もう一点取られてしまえば致命的である。その事実が裕太の足を重くしていた。
「裕太」
声をかけられて振り向くと、キャプテンである榎本壮一が、裕太の背中を押した。
「なにしてる、いけよ。点決めるんだろ」
「榎本さん」
榎本は2年前、唯一全国大会を経験しているチームの中心だ。つまり当時一年生ながら兄の宏太と同じピッチでプレーした凄い選手なのである。
「でも…危なくないですか」
サイドバックの位置が高い。カウンターを喰らったら、残るワンボランチ合わせても3人で守らないといけない。
「あぶねーよ」
榎本は笑った。
「だったらーーー」
「ーーーここは先輩を信じて、後輩は自分の役割を果たす…そうだろ?」
裕太の言葉を勝手に繋げた榎本が、もう一度背中を押した。
「ここ数年で1年生で全国レベルの相手と戦ったことあるのは、お前の兄ちゃんと、俺と、それからお前だけだ。ちゃんと経験して次に繋げろよ!」
「はい…!」
自分が判断して動くのは生意気すぎたと反省しながら裕太は一気に加速して前に出た。一年坊はとりあえず監督や先輩の言うこと聞いて足を動かせばいいんだ。
そして危なければまた戻ればいいだけだ。先輩達と違って自分は今ピッチに入ったばかり。2人分くらい走れなくてどうする。
この日、真田裕太は後半20分から投入されたにも関わらず、後半の総走行距離はチームで一番だったという。
スプリント15、デュエル4、シュート3。ゴール0。
試合は0-1で関大和歌山高校が勝利。
木国高校は昨年に続いて準々決勝で姿を消すことになった。
つづく。




