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黒船サッカーパークへようこそ!  作者: K砂尾
シーズン1(2019)

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57/113

第55話 渡泰の決断

真田宏太: 南紀ウメスタSC所属FW

斉藤: 大阪文化大学サッカー部 強化部

真田裕太: 木国高校サッカー部 真田宏太の弟

真田翔太: ウメスタサポーター 真田宏太の弟

真田茜: 真田宏太の妹

西野裕太: 南紀ウメスタSC所属MF


ーーーーーーーーーー

 タイ2部リーグからレンタル移籍のオファーを受けた真田は、社会人になってから初めて有給休暇を取得し、大阪市にある私立大阪文化大学のキャンパスを訪れた。


 大阪文化大学は関西大学サッカーリーグ1部に所属している大学サッカー界においては強豪校として位置付けられており、Jクラブのキャンプ等における練習相手として呼ばれることがある他、毎年必ずJリーグに選手を送り出している名門である。


 真田は高校1年の時から、その大阪文大のスカウトである斉藤に目をかけてもらっていた。ヤマト製鉄の破綻によって状況が一変する前は、斉藤の誘いを受けて大阪文大のサッカー部に在籍する予定だったのだ(第11話参照)。



「タイ!?」



 サッカー部の練習風景を遠くから眺めながら話を始めた2人であったが、オファーの話を聞くと斎藤は心底驚いたように声を上げた。プロ選手になるということは電話で伝えていたが、まさか移籍先がタイであるとは想像していなかったのだろう。



「斉藤さん、タイリーグのこととか知ってます?」


「…いやぁ、申し訳ない。たぶん真田くんより知らないかもしれない」


「そうですよね」



 とりわけ大学サッカー界でタイ国との接点を見つけるのは難しいだろう。



「んー、でも会いにきたってことは悩んでるんだろう?」


「そう、ですね」



 それじゃあまずはキャリアプランを整理しよう、と斉藤は言った。



「元々のプランだと、推薦でうちに入学して4年間大学サッカーで経験を積んだ後、Jリーグ入り。うまくいけばJ1のチームから誘いが来るかもしれない。でも保守的に考えてJ2のチームとしようか。…そしたら真田くんは22歳でJ2の選手ということになるね」



 真田は頷いた。



「それに対して、今真田くんは南紀ウメスタSCに所属していて、彼らは県リーグ2部。もしこのまま今のチームに所属してJリーグ入りを目指そうとすると、すべてストレートで上がったとしても、J2の選手になるのは…えーと、6年後だから25歳だ」



 そうか、今はクラブ側の方針に賛同しているものの、実際年齢に換算すると、J2、いやJ3に上がっても24歳。まだ若手扱いではあると思うが、将来性半分即戦力半分という年齢になる。サッカー選手としてのキャリアは半分くらい過ぎていると言っていい。



「じゃあここからはかなり想像になってしまうけど、今年そのタイリーグ2部のチームに移籍して、もしうまくいけば、そこでスタメンを勝ち取った上で1部に上がれるかもしれないね。…そしたら20歳でタイの1部リーグの選手ということになる。その1部でもし良い成績を出せれば、そのままJリーグ入りは…可能だと俺は思う」


「そうなんですか?」


「ああ。いまJ1にもタイの選手いるよね。札幌とどこかもうひとつあったと思うけど。彼らはタイ代表に選ばれるレベルの選手だと思うけど、ふたりともタイリーグ1部から移籍してきているはずだよ。ということは、タイリーグ1部で活躍すれば、それはJリーグでも通用するってことだと思う。それに君は日本人だ。外国人枠を使わなくて済むから、より獲得されやすいんじゃないか。…そうか、それなら、この選択が君がJリーガーになる最短の道になり得るってことだね」



 タイ1部在籍時点で20歳。そこで結果を出せれば21歳でJリーグ入りの可能性も出てくる。それなら大学卒業後よりも早いということだ。



「もちろん、大学の在学中にプロになる子だっているから、一概に早いとは言えないけど、でも比較できるレベルにはなる。そういう意味なら、君が思ってる通りこれはチャンスだよね」



 そうなると問題になるのは、果たして自分がタイリーグで活躍できるかどうかということになるが、そこは先程の彼の言った通り、タイリーグの内情が分からないのでなんとも言えないということだろう。



「真田くん、行くつもりだね? というか初めから行くつもりで来てるんだと俺は思ってたけど」



 そうなのかもしれない。悩んでいるというよりは、自分の選択について誰かに背中を押して欲しかったというほうが合っているような気がした。



「斉藤さん、ありがとうございました。少し整理できました」



**********



「タイ!?」


「タイってどこ!?」


「カレー! カレーじゃない?」


「カレーはインドでしょ!」



 兄の進路を聞かされた弟2人と妹1人は明らかに動揺、というか混乱していた。


 ちなみに大阪の関西国際空港からタイのスワンナプーム国際空港までは飛行機で6時間強かかる距離にある。死ぬほど遠いわけではないが、決して近いとは言えないだろう。



「いつ行くの!?」


「…来月かな」


「来月!? すぐじゃん!」



 妹の茜が飛び上がった。長男のタンスから着替えを用意し始めたところで次男の裕太に止められる。



「いつまで行くの!?」


「わかんない。契約は3月までだけど、チームからもっといてほしいって言われたら、いると思うな多分」


「もう会えない…?」



 翔太の一言に、真田はしゃがみ込んで弟に目線を合わせた。



「翔太、寂しいか? でもまたすぐ会えるぞ、タイに行ってる間も。サッカー選手ってのは、一年の半分はシーズンオフだ。日本に帰ってこれる」


「そっか…!」



 翔太は大きく頷いた。



「裕太。迷惑かけるな」


「いや、全然迷惑じゃない。プロってことはお金稼いでくるんだろ? むしろありがとうじゃん」



 腹の内はなんともわからないが、兄弟の中で次男の裕太が最も冷静な反応を見せていた。遅かれ早かれ兄貴はプロに行くはずだと本人より大見得を切っていただけに、心の準備ができていたのかもしれない。



「あれ、県大会の準々決勝っていつだっけ」


「来週」



 次男の裕太が所属する木国高校は、冬の全国大会において県の準々決勝まで駒を進めていた。対戦相手は王者関大和歌山高校である。



「見に行くよ、試合。裕太出れそうなのか?」


「ベンチには入れてるけど、1年だから厳しいと思う」


「1年でベンチ座れるならすげえじゃん」


「それ言ったら兄貴はスタメンだったじゃないか」


「俺はほら、プロだし」


「調子乗ってる!」


「調子のってる!」



 次男に三男が乗っかった。いつも通りの真田家の日常が続いていくようで、少し安心した。

 


**********



 お世話になった人、残される家族と言葉を交わし、最後に真田がやってきたのは、西野農園だった。実際に西野の自宅まで来たのは初めてだったが。



「タイ!?」



 本日最大のリアクションはチームメイトの西野だった。クラブからはチームメイトに事前に伝えることは止められていたはずなのに、なぜ西野に直接言おうと思ったかは自分でもはっきりしていない。


 ただひとつ、真田は移籍のこととは別のことを伝えようと思っていた。そのために来た。



「その、移籍…ってことだよね?」


「ああ」


「タイリーグって日本で言えばJリーグってことだよね?」


「ああ、そういうことになるな」


「そっか…。おめでとう、真田くん」



 その笑顔は少し複雑そうな色を浮かべていたが、そういえば祝福されたのは初めてだ。



「じゃあ…次のリーグ戦が真田くんと一緒にやる最後の試合ってことになっちゃうね」


「いや、そんなことはないだろ。そもそもレンタル移籍だから、レンタル期間が終われば戻ってくるんだよ」


「うん…そうかもしれないね」



 考えてみれば西野を南紀ウメスタに誘ったのは真田である。あれは今年頭のプレシーズンマッチで、試合の後半から無理やりチームに加入させて、最後は西野が同点ゴールを決めたんだっけ。


 なんとなく巻き込んでしまった責任感みたいなものが真田の足をここに向けたのかもしれなかった。


 しかし今、西野のゴールが頭に浮かんだことで、今日真田が西野家を訪れた理由を再認識した。



「西野」


「うん」


「おまえはもう俺を探すのやめたほうがいい」


「ん? あ、え? どういう意味?」



 その唐突な言葉に西野は首を傾げた。



「おまえリーグ戦始まって右サイドやるようになってから、プレイ中俺のことばっか探してるだろ」


「え? そ、そうかな…」



 そんなつもりはなかったんだけど…と西野は口ごもる。


 おそらく、というか間違いなくチームメイトも監督も気づいていない。考えてみればそれは当たり前のことで、繰り返しになるが、西野は真田が連れてきたのだ。クラブの人間や監督が西野の特徴を知っているわけがない。


 そしてそれは高校時代に遡っても同じだった。みんな目先の運動量とか、中途半端なスピードなんかに目がいってしまうのだ。



「右のポジションになって、一列前に俺がいるからっていうのはあると思うけどさ。ーーー西野、お前はFWだろ。俺じゃなくて、ゴールを目指せよ」



 西野はリーグ戦全試合フル出場にも関わらず未だゴールがない。僅差の試合だけでなく、大量得点が奪えてる試合でも得点がないのだ。それこそ彼がゴールに向かっていない何よりの証拠だと真田は考えていた。



「な、なんで真田くんは僕がFWだと思うの?」


「お前は俺と同じタイプの選手だからだよ」



 周囲からの西野の評価はそのまま幼い頃の真田の評価だった。ボールを持たなくても点を取れる選手。いわゆるフィニッシャーと呼ばれる典型的なストライカータイプな選手なのだ。


 真田はそこからドリブルのテクニックを磨いて、相手を抜けるようになったわけだが、なにもそうなる必要はない。



「おまえはテクニックがあるわけでも、スピードがあるわけでも、フィジカルがあるわけでもない。ただそれでも点だけは取れる。そういう選手を目指すべきだ」


「そ、そんな選手いる?」


「いくらでもいるよ。チャンスは味方に作ってもらえ、最後決めるのがお前の仕事。だから、シュート練習しろ」


「わ、わかった」


「俺が抜けたポジションはお前しかいないと思ってるよ、俺は」


「え、う、うそ」


「だから、点決めろよ。…そんで、クラブをJリーグに上げてくれ。翔太とか裕介くんがそれ待ってるんだろ」



 自分ではそれができなくなったことへの責任を西野に転嫁するような物言いになったことに、真田は後悔していない。


 西野は終始戸惑った様子であったが、最後は真田の勢いに押し切られる形で頷いた。






つづく。

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