第42話 第1回黒船カップ決勝(19/7月)①
(簡易人物メモ)
オレンジ熊野: 黒船ch 実況担当
真弓一平: 黒船ch 解説者
高橋: 南紀ウメスタSCサポーター
木田: 南紀ウメスタSC データ収集班
※選手は割愛
※今話より登場回数は省略。
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【07.12 13:45 黒船SP ホームサポーター席】
「すげえ…!」
「ああ、このスタジアムにこんだけ客が入るの初めてじゃないか?」
「ああ、アイドル様々だな」
黒船らしく黒い衣装に身を包んだ、アンバサダーの池田明里嬢が、3,000人を超える観衆の中、30分のライブを終えて手を振りながらピッチを後にする。
黒船カップ決勝当日。初の有料試合となったこの日は試合前にアイドルのライブコンサートイベントを設ける宣伝が奏功し、黒船サッカーパーク依頼最大の客入りとなっていた。
一方でライブが終了するのに合わせて、会場を後にする観客も目についた。
「なんだよ、これからが本番なのによ」
「まあまあ、仕方ないよ。それにこれから来るお客さんだっている。どっちにしても、一番盛り上がる試合になりそうだろ」
不満げな表情を見せる高橋を宥めながら、木田がホームサポーター先の真ん中に腰を下ろした。今回は今までになく、戦略に絡んだデータ収集を行なったことで、ある意味充実感に溢れている。
さぁ、見せてくれウメスタ。
ホームで他所もんなんかにやられるんじゃないぞ。
『黒船カップの決勝戦がいよいよ開始されます! 和歌山の南紀ウメスタSCな対するは、三重の伊勢瑞穂FC。どちらも県リーグ2部に所属するチームですが、下馬評を覆して見事に決勝の舞台へ立つことになりました! 申し遅れましたが、本日実況を務めますオレンジ熊野です! 解説の真弓さん、今日の試合のポイントはどこになるでしょうか?』
『準決勝でハットトリックを決めた伊勢瑞穂FCの児島選手ですね。彼を止められるかどうかが、ウメスタにとってはタイトル獲得を左右することになるでしょう』
『はい、その児島選手なんですがーーー』
運営側から当日配られたペーパー、両チームの登録選手の一覧に目を通しながら高橋が口を開いた。
「いわゆるゼロトップってやつなんだろ、伊勢は」
「そうだ。児島の1トップというよりは、0トップってほうがしっくりくる」
0トップとは、FWの選手が中盤まで下がり、トップ下の役割を担う戦術のことである。実際にFWがいないわけではなく、中盤でプレーするFWを「偽9番」と呼んだりもする。
「伊勢瑞穂はカウンター型のチームじゃないが、ボールを常に支配できるほど中盤にテクニカルな選手が多いわけでもない。FWを中盤に下げることで数的優位を作って試合をコントロールする方法を選択してるんだ。児島の個人技があればゴールから遠いところでも得点できると踏んでるんだな」
「なるほどなぁ…でもそれならウメスタの戦術ともマッチするんじゃないか?」
高橋の言葉に木田が頷いた。戦術はおそらく噛み合うだろう。どちらもやりたいことができる状態になる可能性が高い。
「うちが児島を抑えられるなら、このゲームはそんなに難しくない。いつも通りだ」
「それが難しい?」
「わからん…」
ただ、今回に限ってはウメスタ側のリクエストで、木田はいつもよりも細部のデータを収集した。社会人サッカーはそもそも映像が少ないので、あくまで黒船カップの2戦に限った話ではあるが。
「もうここまで来たら、信じるしかないよ」
「そうだな。その通りだ!」
高橋は勢いよく立ち上がると、サポーターとして声を力に変えるため、定位置となった最前列へ駆け降りた。
『ウメスタ先発メンバー発表されました。GK礒部、DFは大橋、下村、岡。中盤は相川、大西、西野、江崎、上田。2トップは小久保と真田です。ーーー真弓さん、8番の三瀬を外してきましたね』
『そのようですね…。おそらくこの試合に関しては前線のアイデアよりも、速さ。シンプルなカウンターで攻めたいということかと思います』
『さぁ、いよいよキックオフです!』
【07.12 14:05 黒船SP The field of play】
「黒船カップを通じて、格上の相手と本気で戦えたことは良い経験になった。自分たちの改善点も見えてきたし、来年1部に上がってからのレベルも肌で感じることができた。俺たちはやりたいことがもうできていて、この試合の勝敗はリーグ戦にも関係ない。…それでも、勝ちに行こう。うちに負けてここまで辿り着けなかったチームがある。その選手たちのためにも勝って終わらせよう」
試合開始の笛を聞きながら、大西はロッカールームでの下村のスピーチを思い返した。
無論負けるつもりはない。しかも相手は他県の同カテゴリのチーム。なおさら退くわけにはいかなかった。
序盤はサン和歌山FCとの一戦と同様にボールの支配権を巡って流動的に両チームの選手が動く。
大西はこの試合、相手FWである10番児島のマンマークについていた。ボールの流れに目を向けながらも視界には必ず児島を入れるように構える。
「児島のポジションは確かに0トップの位置だが、基本的に中央からは動かない。偽9番としてプレーしてるようなシステムにはなっているが、プレーそのものは9番、センターフォワードの動きであることは覚えとくんだ」
下村の助言通り、児島は時折周囲に目を配らせボールの行方には意識を向けているものの、試合開始時からほとんど動いていなかった。
であれば児島へのパスコースを塞いでしまえば安全なのではないかという意見もあり、もちろんそこは意識しつつも、やはり思い通りにいかないのがフットボールである。
ハイボールのこぼれ球が児島の下へ転がり込んできた。それに合わせて伊勢FCの攻撃陣が一気に前へベクトルを向ける。
児島はまっすぐ大西を見つめた。笑っているわけではないが笑っているように見える。なんとも楽しそうにサッカーをするやつだと思った。
「いいか、大西。負けん気は必要だが、今日に関して相手が格上だと割り切ることも必要だ。データと対策で上回れ」
児島は、敵や味方の存在を無視した純粋な1対1の場合、右足のボールをあえてアウトサイドに出して右側から抜きに行くことが多い。
大西は割り切った。左か右か、丁か半か。ダメでもシモさんがカバーに入るはず。
データに基づいた確率によって、児島が上体を動かした瞬間に、大西は動いた。
相手から見て右側に寄せてボールと児島を引き剥がすことに成功したのである。
「よーーし!!」
下村とともに最終ラインを任されているキャプテンの大橋の大声がピッチに響いた。今の大西は先程の児島と同じ表情をしていることだろう。
児島が一発で止められることを想定していなかった伊勢FCが慌ててラインを自陣側に傾けようとするが、もう遅い。大西は鋭いグラウンダーのボールを右サイドへ。
ボールを受けようとした西野が相手の意表をつくように、ワンタッチでハイボールを前線へ送り込んだ。
「西野のやつ、中盤のプレイが板についてきたな…!」
「ディフェンス!」
伊勢FC選手の声が飛ぶ中、西野のパスを受けた真田がドリブルで加速する。ウメスタと同様に伊勢FCのDFも初めて体感するはずだ。真田宏太というエースの存在感を。
児島のプレイは先読みして当たれば偶然でも止めることはできるかもしれないが、真田の場合はスピードで千切るので、よーいどんでスタートしてしまえば、俊足の選手でもない限り止めようがない。
真田は一気にバイタルエリアを駆け上がりペナルティエリアへ。GKが飛び出してくれれば、逆サイドを駆け上がる小久保へアシストして先制の流れであったが。
「キーパー動かない!」
相手GKは冷静にあえて飛び出さないで待ち構える。真田は一瞬立ち止まってからボールを少し前に出すと、その場で右足を振り抜いた。
ボールはGKの両手を掻い潜ったところまでは良かったが、ゴールラインまで戻ってきた相手DFがギリギリのところでクリアに成功する。
南紀ウメスタSC先制点ならず。しかし伊勢瑞穂FCの選手たちは気づいたはずだ。このチームは一味違うぞと。
『伊勢瑞穂FCの素晴らしいクリアです! よく追いつきましたね真弓さん』
『本当ですね。まだ序盤ですから体力が十分残されていることも影響したかもしれません。ただシュートまでの流れは良かったですよ。何より児島選手を1対1で止めた大西くんのファインプレイでしたね』
「さすがにそう簡単には入れさせてくれないか…」
真田はコーナーフラッグに立ち、ボールをセットした。いつもならDFラインのツインタワー、下村と大橋が上がってくるところが、下村は大西とともに最終ラインに残った。相手FWの児島がセットプレイの守備に参加せず前線に張り付いているからである。
真田は大橋と小久保に絞ってゴールから逃げるような右足のボールを供給するが、ターゲットにらハマらず、混戦の中でゴールキックとなり、一旦ウメスタの攻撃ターンは終了した。
「れ、練習通りだね」
「ああ、相手が対策してくる前に決め切りたかったな。それと、西野。ナイスパスだった」
守備の配置に戻る中で真田が西野の言葉を交わす。まだ大西の魔法は解けていないはずで、警戒した伊勢FCがいつもと違う攻撃を仕掛けてくるなら、逆にやりやすくはなるが。
黒船カップ決勝の一戦はまだ始まったばかりだ。
つづく。




