第40話 伊勢の星
(簡易人物メモ)
ウメスタ選手一同
児島一太(初): 伊勢瑞穂FC所属FW 10番
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南紀ウメ 和歌山市役所
2 ー 1
13' 小久保(真田) 45' 木村
79' 大橋(三瀬)
※括弧内の選手名はアシスト
6月の中旬に開催された黒船カップ準決勝。
南紀ウメスタと和歌山市役所サッカー部との一戦は、前半早々に2トップのコンビネーションから幸先良くウメスタが先制するも、前半終了間際に同点に追いつかれてしまう。
しかし後半には、三瀬のコーナーキックから、初戦でPKを与え悔しい思いをしたキャプテンの大橋が、汚名返上となるヘディングでの決勝ゴールを決めて、見事ホームサポーターの声援を受けた南紀ウメスタSCが決勝に進出した。
試合終了後、クールダウンを終えた選手たちが続々と準決勝となる試合会場に現れる。
「なんか、盛り上がってますね」
「ん? 有名な店でも出てるのか?」
GKの礒部の声に大橋が視線を移すと、練習場とメインスタジアムの間にある広場にちょっとした人だかりができていた。普段リーグ戦等の試合がある日はキッチンカーがぽつぽつ出ている場所である。
「あああー!」
「おおー!」
紫色のユニフォームに身を包んだ坊主頭の男が、黄色いエプロンに身を包んだ褐色肌の少年に見事にドリブルで抜かれていた。どうもサッカーの1対1の大会でもして遊んでいるようだった。
「あ、あそこの店有名ですよ」
「あのカレー屋?」
「そうそう。木国商店街で一番って評判の店ですよ」
どうもその店がキッチンカーで出張してきているらしかった。店名はどこの言語なのか横文字でよくわからない。先程のエプロン姿の彼は店の従業員だろうか。
ただこういった光景が日常的に現れるのも、きっとクラブの経営陣が掲げるボールパーク構想のひとつの形なのだろうと選手を引き連れていた監督の下村は感じていた。
本日は1日2試合行われる予定であり、1試合目を終えた南紀ウメスタSC一同は、これから行われる第二試合、サン和歌山FCと伊勢瑞穂FCの一戦を視察しに試合会場の観客席を訪れた。
「どっちが勝ちますかね」
「カテゴリ的には和歌山なんだろうけどな」
サン和歌山FCは和歌山県社会人サッカーリーグの1部に所属する県内屈指の強豪であり、ウメスタが初戦で破った紀北サッカークラブに次いでリーグ2位につけている。
対する伊勢瑞穂FCは、三重県社会人サッカーリーグの2部に所属しており、現在首位独走中のチームである。
カテゴリで言えばもちろん1部のサン和歌山FCが格上ということにはなるが、伊勢瑞穂FCはその1部リーグ所属のチームを初戦で倒して準決勝に上がってきているわけで。
そもそもウメスタ自体も1部リーグのチームを倒して決勝へ駒を進めている以上、カテゴリはもはや関係ないと言ってもいいだろう。
両チームのイレブンがそれぞれ配置につく。この試合の勝った方のチームが決勝でウメスタと戦うことになるのだ。
「木田メモによると、伊勢瑞穂FCの10番の選手が要注意と書いてありますね」
「10番…あの1トップのちっちゃいやつか」
三瀬がデータ収集班の分析レポートを読み上げると、チームの関心はその10番に向けられる。
「…あれ? あの選手…さっきキッチンカーの前で遊んでた人じゃないですか?」
「んー…そう言われてみれば?」
確かに伊勢瑞穂FCのユニフォームと同じ紫色であったし、特徴的な坊主頭はそうであったかもしれない。
「いや、試合の20分前かそこらにあんなとこで遊んでるわけないだろ」
「そうかなあ…」
「でもよ、本当にさっきのあいつが伊勢瑞穂の10番なら、カレー屋の従業員にやられてるくらいだ。たいしたことないんじゃないか?」
大西の指摘に対して、そこまではっきりと記憶しているわけではない礒部は頭を捻りながら、釈然としない表情でピッチに視線を落とした。
サン和歌山FCは中盤をフラットに並べるクラシックな4-4-2のシステム。対する伊勢瑞穂FCは4-2-3-1である。
「4-4-2のシステム珍しいですね」
「ああ、イングランドで昔よく使われてたけど、今はほとんど見ないな」
序盤はロングボールに対しての競り合いが続くふわふわとした展開で始まった。なかなかボールが落ち着かず、どちらも主導権を握れない中途半端な時間である。
「伊勢は全体的に小柄な選手が多いね」
「ああ、なんでショートパスで繋がないんだろうな」
「和歌山のプレスが効いてるんだろう。パス精度にそこまで自信がないからボールを上げたくなる。気持ちはわかるがな」
木国高校コンビの感想を聞いていた下村が指摘する。おそらくウメスタがサン和歌山FCと当たった場合も同じような展開になりそうな気がした。
そのプレスが前半早々にビッグチャンスをもたらす。
「あ」
このままでは埒が開かないと思ったのか伊勢FCがグラウンダーのパスに切り替えたところで、和歌山FCの選手がボールをカットしてショートカウンター。
綺麗なワンツーからFWが抜け出すと、飛び出したゴールキーパーもかわして、呆気なく先制点を奪ったのである。
「あらー」
和歌山イレブンがその場で両手を上げてアピールするゴールゲッターの元に集まる。彼らのやりたいことが詰まった攻撃だと言えた。
「えー強いじゃん、和歌山」
「あのプレスをどうかいくぐるか、対策が必要ですね…」
決勝で戦うことを想定したコメントが選手から上がる中、先制点を奪ったタイミングが早すぎたのか、引き続き和歌山FCは守備ラインを高めに設定したまま前線からボールを奪うべくプレスを継続。伊勢FCにとっては苦しい時間帯が続いた。
試合が動いたのは前半終了間際、セットプレイからのチャンスを、再び和歌山FCがモノにして追加点を上げる。前半は2-0、サン和歌山FCが2点リードで折り返す形となった。
「こりゃ決まりですかね…」
「中心選手がいるわけじゃないが、プレスやセットプレイが強力なのは組織の力だ。うちも見習いたいところだな」
紀北サッカークラブのように抜きん出た個の力を頼りに戦ってくる相手であれば、そこを抑えればいいというシンプルな話になるが、サン和歌山FCの場合は誰かに戦術が依存していない分、隙がない。チームとしての完成度は彼らの方が上かもしれない。
「でも対策すれば勝てない相手ではないと思いますよ」
「三瀬の言う通りだ。組織で戦ってくる分、対策はしやすい。プレスさえ突破できれば、うちの攻撃陣なら点取れるだろ」
ウメスタイレブンは残りの時間、和歌山FCのシステムの分析に費やすつもりで試合の見方を変えようとしていたその時である。
後半開始の笛が鳴ると同時に、伊勢FCの10番が狙いすまして山なりの強いボールを相手陣内に打ち込んだ。
「あ、これ入るかも…」
「キックオフゴールか!?」
感覚的に枠内だと直感した礒部の言う通り、ボールはゴールを目掛けて一直線。
後ろ飛びでなんとか追いついた和歌山FCのGKがなんとかポスト上へ弾き出した。
一気にボルテージの上がる試合会場とともに、紫のユニフォームに身を包んだ10番、児島は、三重からはるばるやってきたサポーターに向かって指を差した。まだまだこれからだと、そう言っているようだった。
そして直後のコーナーキック。意表をついたショートコーナーで、パスを受けた10番が再び見せる。
相手選手のひしめくペナルティエリア内に侵入すると、横にスライドしてのドリブルの最中、気がつけば、グラウンダーのボールがころころと、いつのまにかゴールに吸い込まれていた。
一瞬の静寂の後、紫のサポーターが一斉に両手を上げた。後半1分、伊勢瑞穂FCが1点を返す。
「な、なんだあ? 今なにした!?」
「…股抜きで通しましたね」
正確にはリプレイを見ないと分からないが、相手DF二人の股の間を通した、と真田は振り返った。味方選手に隠れていて、かつ足の振りかぶりが見えないほどのチップキックであったため、相手GKも反応できずにボールを見送るしかなかった。
「え…偶然だよね?」
「まぁ…確かに。偶然かもな。でもそれを狙いにいったセンス、というか発想がゴールを生んだってことだ」
「すげーのがいる!」
「だから言ったじゃないですか、要注意だって!」
和歌山FCとしては、先程のゴールは不運だったと割り切って落ち着きたいところであったが、後半開始直後のキックオフシュートと相まって、明らかにチームが動揺してしまったのだろう。
後半10分、バイタルエリアでボールを受けた伊勢FCの児島が、緩急をつけたドリブルで相手ボランチを突破すると、待ち構えていたCBの間をかいくぐってのコントロールシュート。
なんとわずか10分で伊勢FCは試合を振り出しに戻した。
「すごい…」
「今のはまぐれじゃねえな」
伊勢瑞穂FC10番、児島一太。身長170cm、体重62kg。ポジションはFW。テクニカルなドリブルと多彩なシュートを武器とするストライカーで、中央でプレーするのを好む。
去年の三重県リーグ3部では、10試合で18ゴール。全試合得点。ハットトリック3回。サポーターからのニックネームは「伊勢の星」。
「伊勢の星ね…」
「そんなに有名なら、なんで社会人サッカーの2部にいるんだ?」
「んー、怪我してたみたいですね。故障が短期間で再発したこともあって、高校2年と3年は試合に出れてない。ただ1年の時はレギュラーだったみたいです」
「なるほど…それで社会人サッカーに活躍の舞台を移したのか。大学は選ばなかったんだな」
和歌山FCは追加点を狙いに行きたいところだが、シュートエリアの広い児島を警戒するあまり、DFラインを上げることができず。
最終的にはペナルティエリアでファールを誘発し、PKを決めた伊勢瑞穂FCが、3-2でサン和歌山FCを退けた。児島は今大会初のハットトリック達成となった。
逆転勝ちの立役者はフル出場にしたにも関わらずサポーター席の端から端までを何度も往復するウイニングランのパフォーマンスを披露している。スタミナもありそうだ。
試合が終わり、ウメスタの選手も試合会場から引き上げていく。
「…さて、決勝はシンプルだな。あいつを止められるかどうか。
「誰が止めるんですか?」
三瀬の言葉には誰も答えなかった。ウメスタのDFは縦には強いが、横の動きに難があることは、初戦の紀北サッカークラブ戦で露呈してしまっている。
「あいつはボールを持つ位置が低い。だからCBが止めるってよりは…」
「ボランチで抑えられるなら安全ってことです。大西さん」
「わかってるよ」
真田の言葉に大西が被せた。おそらく後半からずっと自分がマークするつもりでピッチを見ていたに違いない。
3週間後、賞金50万円をかけて、南紀ウメスタSCと伊勢瑞穂FCが激突する。
つづく。




