第37話 第1回黒船カップ初戦②
(簡易人物メモ)
オレンジ熊野(2): 黒船ch 実況担当
真弓一平(7): 黒船ch 解説者
※選手は割愛
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【06.06 15:00 黒船SP The field of play】
後半が始まった。南紀ウメスタSCの選手交代にホームサポーター席が盛り上がる。
「出てきたな!」
「頼むぞ三瀬!」
リーグ戦での懲罰交代はどこへやら。手放しに期待するサポーター達の声援を受けて、三瀬は身体のスイッチを切り替えた。
『前半は一進一退の攻防が続いていたように思えましたが、先に動いたのは南紀ウメスタSC。チーム最年少18歳の三瀬がゲームに入ります。…真弓さん、この交代の意味はなんでしょうか?』
『変化だと思います。前半はお互いの強みがぶつかり合ってなかなかゲームが動かない状況でしたので、三瀬くんという新しいオプションを加えることで、攻撃全体の活性化を図ろうとしているのではないかと』
紀北SCは今大会優勝を目指してウメスタをしっかり対策してきたのだ。だからこそ既存の攻め方で相手の戦略の裏をかくことはできない。
データのない選手の働きや創造的なアイデアが求められているのだ。
ハーフウェイライン付近で三瀬がボールを受ける。途中交代で入ってきた得体の知れない選手の出方を伺うように、紀北SCは前半のシフトそのままで対峙した。したがって中央のプレッシャーはゆるい。
首を振って周囲の状況を確認した三瀬のファーストプレイは、がっちりマンマークのついている真田へのショートパスであった。
普段の位置より浅めでボールを受ける形になって真田はやや驚いたように三瀬を見ると、三瀬は真田に向かって指を差した。
ここで相手を抜いてたところで一気にチャンスへ繋がるようなポジションではない。それでもあえて真田にボールを出したのは、そんなヤツくらい個人の力で抜いてみろという、三瀬からのメッセージであると、真田は感じ取った。
「生意気な…」
年下のくせに一丁前に自分のことを「使う」つもりでいるのか。真田は笑みを浮かべながら意表をつくように大きくボールを前に出して、坪倉を引き連れたままサイドを切り裂くと、カバーリングに入った相手ボランチにボールが当たり、ラインを割った。
これでいいのかと真田が振り返ると、三瀬は拍手で応えた。
「よし」
これでいい。重要なのは真田を止めるために2人の選手を使ったということ。つまり相手からすると、この1プレイで坪倉に真田を任せておけば大丈夫というわけにはいかなくなったのである。
これから右サイドを攻められたときに中央の選手は坪倉のカバーのため陣形を広げざるを得ない。そうすれば、より中央にいる自分はプレイしやすくなる。
再びボールを受けた三瀬は、今度は自らドリブルでボールを運ぶと、真ん中の空いたスペースを利用して左足を思いきり振り抜いた。
慌ててチェックに入ろうとした平のスライディングも届かず、三瀬のミドルシュートがネットを揺らすかに思われたが、コースが甘かったため相手GKが両手でボールを弾く。ボールはラインを割った。コーナーキックである。
『左足一閃! 目の覚めるようなシュートが紀北SCを襲いました! いやぁ真弓さん、いかがですか!』
『素晴らしいです。シュートも見事ですし、相手GKもファインプレイでしたね。戦術的に非常に有効な攻撃だったと思います』
後半に入り、徐々にゲームはウメスタに傾き始めた。紀北SCの攻撃精度が落ちてきたのである。なぜなら、平の攻撃参加が少なくなったからだ。
三瀬が事あるごとに中央から突っかかろうとするので、平は三瀬のマークに身体を取られてしまい、攻撃に時間を割けなくなっていた。
「うちの流れになってきたな…」
相手のクロスを余裕を持って弾き返した下村がつぶやいた。
さぁそろそろ点を取ろう。そういったチーム全体の雰囲気に呼応するかのようにボールを受けた大西が自らドリブルでボールを運ぼうとすると、すぐに中央の平が距離を詰めてくる。
そのタイミングで前の三瀬に受け渡すと、相手ボランチの注意を引きつけた上で右サイドに流れた真田へパスを送った。
真田と向かい合うように対峙する坪倉の間合いは見事だった。どちらから抜きにきてもついていけるように重心を左右に動かしながら、視線はボールではなく真田をしっかり捉えている。
「いいのか? そんな俺ばっかりに気を取られて」
マンマークであるが故に狭まった視野を利用して、真田が選択したのは浮き玉のパスだった。
シェガーダ和歌山相手に同点ゴールを決めたプレシーズンマッチを思い出す。そのパスを下手くそにトラップしたのは…。
右サイドからオーバーラップしてきた西野が真田を追い越し、ぽっかり空いたサイドの深い位置でボールを受けた。SBである坪倉の後ろは誰もいない。
西野がわたわたとボールのコントロールに苦労している間に、即座にボールを追いかけてきた坪倉が身体をぶつけてくる。
バランスを崩しつつ、西野はなんとかキープしながら、ゴールから遠ざかるようなマイナスのボールを送った。
待っていたのは先程パスを出した真田である。ワンツーの形で今日の試合初めてフリーでボールを受けた真田が。
相手DFが距離を詰めてくる前に、鋭いグラウンダーのシュートをゴール左隅に突き刺した。
ゴールを決めた真田が、途中で西野を引き連れコーナーフラッグまで走り抜けると、サポーター席に向かって声を上げる。
『ゴーーーール! 後半26分、先制点は南紀ウメスタSC! 決めたのはリーグ戦2試合で3ゴールを決めている10番のエース真田、黒船カップでもその存在感は健在です!』
『素晴らしいゴールでしたね。元木国高校サッカー部コンビの連携から、狙い澄ましたシュートでした!』
相手GKが両手を叩きながらDF陣のモチベーションを維持しようとする中、真田のマークを担当していた坪倉が天を仰いだ。
ピッチの中央では、三瀬が自らの存在をアピールするかの如く右手を高々と上げた。
【06.06 15:26 黒船SP 第一練習場 観客席】
「さなだ! さなだ! さなだ!」
サポーターの真田コールに包まれる中、高橋と木田は思いきりハイタッチした。
「素晴らしい! さすがエース!」
「西野もよかったなぁ」
右ウィングバックとして初めて起用された前回のリーグ戦では、守備での貢献は一定あったものの、攻撃に顔を出す機会は少なかった。今日も先ほどのプレイを除いて目立った動きはなかったが。
もしかしたら彼は彼なりにその課題を意識して、攻撃参加するタイミングを図っていたのかもしれない。欲を言えばトラップでバタバタしなければ自分で持っていくこともできただろうが、そのおかげで坪倉を真田から引き剥がす結果となり、ゴールが生まれた。
「西野のウィングバックへのコンバートは冒険だったかもしれないけど、こりゃもう固定だな」
単独で右サイドを突破する力はなくとも、今のようにサイドに流れた真田との連携ができれば、十分攻撃のオプションとしては有効である。
そしてなんといっても、後半途中交代でピッチに登場した三瀬である。
彼が前回のリーグ戦でやりたかったことは、こういうプレイだったのだと皆理解したことだろう。
そのプレースタイルは、カウンターの駒としては使いにくいが、整った相手守備を崩すには有効なオプションだと思われた。
「このまま試合終わるならマンオブザマッチは三瀬だよ」
「よかったなぁ、活躍できて」
サポーターは勝利ムードで試合の感想などを話し始める中、木田も高橋も実況も解説も気が緩んでいた。おそらく選手も少なからずそういう気持ちはあったように思える。
後半40分、和歌山県1部リーグの王者がウメスタ陣営を恐怖のどん底に突き落とす。
残り時間が少なくなる中、紀北SCの平が意表をついた中央からのスルーパスに、これまで結果を残せていないエースの安藤が仕掛けた。
小細工は不要と言わんばかりに力任せの強引な突破を試みる。
それに対抗しようとしたCBの大橋が身体を思いきり寄せると、安藤は意外にも呆気なく倒れた。
そして、レフェリーの長い笛がピッチに鳴り響く。
「え、PK?」
「PK?」
「うそPK?」
観客席で湧き上がる疑問は、レフェリーがボールをペナルティエリアの真ん中に置いたことで次々と落胆に変わっていく。
実況がなにか叫んでいたが、木田の耳には入ってこなかった。高橋は両手で頭を抱える。
ボールをセットしたのはPKを奪取した9番の安藤。
対するはGKの磯部である。
「フルタイムで同点ならどうなるんだっけ…」
「…延長戦なし。そのままPK戦だ」
「まじかぁ…」
静寂がピッチを包む中、レフェリーの短い笛が鳴った。
安藤は短い助走の後に右足を振り抜く。
礒部は右に思いきり飛んだ。
ボールは礒部の飛んだ方向とは逆の左に力強く飛んでいき。
ゴールの上を通り過ぎていった。
「外したーーーー!」
真田がゴールを決めた時よりも大きな歓声がサポーターから湧き起こる。
まったく逆に飛んでいたにも関わらず礒部は力強く両手を上げ、それからウメスタ選手からもみくちゃにされていた。
「助かったぁ…もう勘弁してくれよ」
高橋が思わずしゃがみ込んだ。
木田は大きく息を吐いて、改めて両手で作った拳を握りしめた。そして自らを律する。選手が油断していたことは明らかだが、見ている自分たちも気が緩んでいた。
ゲームの流れを一瞬でひっくり返せる力を持った相手なのだ。肝に銘じなければならないだろう。
その後は、紀北SCの気合の入った攻撃を最後まで耐え抜き、南紀ウメスタSCは黒船カップの初戦を辛くも勝利。準決勝への進出が確定した。
南紀ウメ 紀北SC
1 ー 0
71' 真田(西野)
※括弧内の選手名はアシスト
つづく。




